第4章:間引き(6)
エル・バタラは四年に一度の開催。
これまでにも幾度となく開かれ、何人もの伝説に残る優勝者を生み出し、多くの猛者を育ててきた由緒正しき大会だ。
ただの力自慢や血気盛んな若者ばかりではなく、各ギルドの新鋭、流離の冒険者、貴族お抱えの傭兵――――時期によっては騎士の参加もあったくらいだ。
その大会の歴史の中にあって、ハルは『特別』と称した。
エル・バタラの開催を知って以降、自身の足と目で大会について調べて来たフランベルジュは、更に険を濃くする。
「……今までとそんなに違うの? 実力者が集まる大会なのは知ってるけど、今の私が門前払いを食らうレベルじゃない筈よ」
決して他人事ではないフェイルも、怪訝な顔を浮かべつつ二人のやり取りを眺める。
いつの間にか、ハルから笑顔が消えていた。
「おう。例の御嬢様失踪事件があったろ? スコールズ家が色んなところに声かけて、結果的にはそこにいる勇者君が連れ帰ってきた。ウチも含めて各ギルドがメンツ潰されたって訳だ」
「え? 僕はただ付き添っただけで、僕が連れて来たんじゃ……」
「誰もそうは思ってねーの。実際お前さん、最近スコールズ家に何度も足運んでんだろ? 勇者が街の権力者と懇意になったって、ギルド界隈じゃ持ちきりだぜ」
ハルのその物言いは、一応筋は通っている。
が――――その令嬢失踪事件自体、裏があると信じて疑わないフェイルとファルシオンは到底鵜呑みには出来ず、神妙な顔つきで続きに耳を傾ける。
「余所者から手柄を奪われたってんで、殺気立ってんだよ。どこも名声を欲しがってる。その相乗効果で、スゲー面子が顔を揃えるみてーだぜ」
「ハルは参加しないの?」
「生憎、お祭りとは相性悪りーんだ。あんま目立てねーんだよ、俺」
「そんな事言って、自信がないだけじゃないの?」
半眼で腐すフランベルジュにも、まるで動じず。
寧ろその目を涼しく整え、口元を更に引き締めた。
「ま、優勝って意味ならそうかもな。面子見れば、お前さんも嫌でも理解するだろうよ。自分がどんな立ち位置にいて、どんな惨めな思いをするか……な」
「上等。より一層やる気が出た、って言っておく」
鼻息荒く、フランベルジュは床に落ちていたガントレットを拾い、店の外へ出て行く。
再び稽古をしに行くとしか思えない表情で。
その様子を、フェイルは嘆息交じりに見送り、ハルへ視線を動かした。
「大人げないよ、ハル」
「いやいや、そんな年変わらねーだろ。あの冷徹剣士と俺。なあ、そんな老けて見えるか?」
ハルは半笑いでリオグランテとファルシオンを交互に見つめる。
返ってきたのは――――
「私は三〇代半ばと思っていましたが」
「えっと、僕のお父さんと同世代かな……と」
世知辛い現実だった。
「マジかよ……おいフェイル、お前は違うよな? お前って接客業だし、ちゃんと客の年齢を見分けられないと職業柄ダメだろ? なぁ。なあ! おおおお俺は何歳に見えるんだよう! 言えよ、本音を言えよ! 飾らない本心をさあ!」
若干壊れ気味の友人から、フェイルは冷や汗混じりにふと目を反らした。
「なんでだよ! 見ろよこの筋肉、若々しいだろ!? 首回りとか艶があるだろーが艶が! ホラ見ろ、手もスゲー綺麗だろうが!」
「アピールがいちいち中年っぽい……」
「しかも中年女性のような言い分ですね」
「ンな訳あるか! お前ら、ちゃんと俺を見ろよ! この肉体の何処に中年要素があるんだよ! 贅肉無駄肉微塵もないわボケ! ボケ!」
本人的には精一杯の抵抗のようだが、顔に一切触れない時点で説得力はなかった。
「ハルの実年齢は兎も角、今回のエル・バタラはそんなに凄い人達が集まるの?」
「俺への興味! あーくっそ……正式にエントリーするまでは喋れねーけどよ、マジでシャレになんねーぞ今回。あの冷徹剣士じゃ予選通過も怪しいぜ。虚勢張るのは精神が弱い証拠。あの手のタイプは本番弱えーんだよな」
「あの……」
真面目な顔で偉そうにハルが分析を口にする最中、リオグランテがおずおずと手を挙げる。
「ん。リオ、どうしたの?」
「わっ! フェイルさんが急にフレンドリーに!? 何事ですか!?」
「……」
ファルシオンとの約束を一つ果たしたフェイルは、次に待っている相手の反応を想像し、頭を抱えたい心境に駆られた。
「えっと、まあなんて言うか、そろそろ付き合いも長……くもないけど、それなりに懇意にしてる……感じもそんなにしないけど、仲間っぽい呼び方にしてもいいかなって」
「は、はあ。僕は嬉しいですけど、フェイルさんが愛称で呼んでくれるとは夢にも思いませんでした」
「どう考えても僕以上に呼びそうにない人が隣にいるんだけど」
「ファルさんは割り切れる人なので。パーティの連携を密にする為には愛称で呼び合うのが良いって提案したら、快諾してくれました」
「……チョロいね」
「何か言いました?」
「素晴らしい判断って言ったんだよ」
そう返すフェイルの顔は、天井を眺めていた。
「ま、でも確かに呼び方って大事だぜ。俺も隣の国で暴れてた時代には別の名前で呼ばれてたんだけどよ、やっぱ今とは周りの接し方も違うしな」
「それは良い体験談です」
「興味!」
ファルシオンの口調は元々淡々としているが、ここにいる誰もが同じ感想を抱かざるを得なかった。
「えっと、リオ。話続けて」
「あ、はい。その前に……僕もフェイルさんの事を愛称で呼んだ方が良いですか? フェイさんみたいな」
「話続けて」
「あ、はい。えっと、実は僕も参加する事になりました。エル・バタラ」
唐突な宣告――――
「そっか。まあ勇者だしね」
「ええ。勇者ですから」
しかし勇者が立ち寄った街の武闘大会に出るのは英雄譚のお約束なので、然したる驚きは呼ばない。
けれども――――
「あと、スコールズ家の代表として出場する事になっちゃいました」
それだけでは片付けられない大事を、勇者は背負っていた。
スコールズ家はヴァレロン新市街地を牛耳る貴族。
彼等が後ろ盾となる意味は、余りに大きい。
もし予選敗退なんて結果になれば、貴族の顔に泥を塗ったと大騒ぎされる可能性が極めて高いだろう。
「……あれ?」
その責任の重さを感じているのかいないのか、リオグランテの顔は普段通り程よく弛緩している。
フェイルとファルシオンは暫し顔を合わせ、二人同時に嘆息した。
「そ、そんなにマズい事ですか? 大会中のバックアップとか、色々してくれるって言うから良い話だなーって思ってたんですけど」
「悪くはないです。悪くはないですが……いえ、いいです。今更撤回は出来ないでしょう。それより、どういった経緯でそんな話に?」
「えっと……スコールズのお家で一悶着ありまして。リッツのお父さんと――――」
その一瞬、話を聞いていた三人が思わず引く。
「おい、今あいつ貴族の御令嬢を呼び捨てにしたぞ」
「うん。これってつまりそういう事だよね。え? リオってそういうタイプなの?」
「人たらしではありますが……女たらしって印象はありません。なので恐らくこの中で私が一番困惑しています」
輪を作り緊迫した顔で話し合う三人に、リオグランテは反応に困って店内を右往左往していた。
「え、えっとですね! それで、これまでずっと仲良くしてた宝石のお店の人と、リッツのお父さんがケンカになったんです! 理由はわからないんですけど。それで、勝負するとかお互い言い出して」
呼び捨てにしている理由や経緯を一切語ろうとしないリオグランテに対し、フェイル達は終始白い目で凝視していた。
「……あの、ちゃんと聞いてます?」
「問題ありません。流れから察するに、お互いエル・バタラの出場者を擁立して、より上位に進出した方が勝ちという勝負に決まったのでしょう。そしてスコールズ家の代表として貴方が出場する事になった、と」
「そ、そうです。ファルさん偶に僕の心を読みますよね。もしかして、そういう魔術があるんですか?」
「いや、あそこまで話聞けば誰でも予想付くって」
苦笑するフェイルの隣で、ハルは半笑いを浮かべていた。
「そんな訳で、僕は暫くスコールズ家で特訓を受ける事になりました。暫くお店は手伝えません。あ、もし賞金が貰える所まで勝ち残れたら、それはフェイルさんへの借金返済に全部充てますね。スコールズ家にはお金は入れなくて良いって言われてますから」
「欲しいのは名誉だけ、って訳ね。何はともあれ、リオに借金してる自覚があるのを確認出来たのが今日一番の収穫かな」
「……」
「冗談だから、そんな血走った目で見ないで。ファル」
――――こうして。
エル・バタラ開催を前に、薬草店【ノート】は最小限の人数で運営して行く運びとなった。




