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第67話 「山の中には複数の眞化人がいるんじゃ……」

 櫓から降りるあたしとラン。

 階段から少し離れて、周囲に人がいない事を確認して、立ち止まる。


「どうしたのかしら?」


「うん、実はね。さっき山の中で威啓律ヴァーチュー・因子アーカイブスを探してる時……眞化人シンカビトに会ったんだ」


「えっ!」


 さすがのランも、目を丸くする話だったようで。


「……何かされたの?」


「えっと」


 まぁ、言わないわけにもいかないか。


「……襲われた」


「……っ……! ……はぁ。無事でよかったわ」


 今度は絶句してしまうラン。

 だけど諦めたように溜息をつきながらそう口にする。


「ごめんなさい……」


「過ぎた事はいいわ。そう……山の中……あの意識のない男女二人が見つかった場所から考えて、ある程度は予想していたけど。それって、何体見たのかしら?」


「え? 1体だけだよ。なんで?」


「昨日、眞性異形ゼノグロシア化の術で、あの男女二人が犠牲になっていることを考えると、手数を増やそうとしているように感じられる。……山の中には複数の眞化人シンカビトがいるんじゃないかと思ったのよ」


「あんなのが、もっといるってこと!? うわ……笑えない……」


 でも確かにランの見立てを考えると、あり得ない話じゃないな……。


「今のところは、そいつしか見てないけどね」


「ええ。で、戦って、どうなったのかしら?」


「うん、決着がつかなかった。そいつ、戦ってる最中に、なんか誰かに呼ばれたみたいな素振り見せて逃げていっちゃったんだ」


「なるほど……その個体、どうやらマスターコントロール下にあるみたいね。マスターから何らかの指示を受けて、その場を立ち去ったのよ」


「山の中に? じゃ、そのマスターも山の中にいる?」


「それは何とも言えないわね」


「……ん?」


 ってことは、『山の中にいない』かもしれない? 


「もっと離れた全然違う場所から、眞化人シンカビトに指示を出してるとか?」


「そうね。マスターとして眞化人シンカビトを操れるのは、力を持っているとはいえ正常な人間よ。今の話を聞く限り、離れた所から命令を下すこともできるようだからね。……ただ」


「……ただ?」


「マスターと言う存在が、山の中に潜んでいるかどうかは分からない。けど、私は『そうだったらいいな』と思ってる」


 なんか歯に物の詰まったような言い方をするラン。

 それを聞いてちょっと考えるあたし。


 ……。


 ……まさか。……いやそんな事は――


「まぁ、マスターの正体を特定するにはちょっと情報が足りないから措いておくとして」


「……うん」


 あたしも『その考え』をいったん切り上げる。


「そのマスターの目的も気になる所よ。一体何のためにそんな事をしているのかしら。それをつかめれば対応のしようはあるけど……タイミングが悪すぎるわね、それに人が足りなすぎる」


「そうだよね。眞化人シンカビトはランから聞いてた通り、かなり強いと思った。危なっかしくて村の人に捜査を頼むわけにいかないよ、アレ」


「かといって――自分で言うのもなんだけど、私たちが捜査に出れば、魔王軍が攻めてきた時の対応もできなくなるだろうしね……」


 状況は何とも芳しくない。

 ランは、すっと視線を村の裏手へと向けた。


「オビアス村の人はファバロ山と共に過ごしているような所があるけど、今まで眞化人シンカビトと遭遇した事はなかったのかしら」


「マキュリやネイプさんの反応を見る限り、なかったよね、きっと」


「そうね。だとすれば、眞化人シンカビトはいつごろからファバロにいたのか」


「んー……昔からいたとすれば目撃証言ぐらいはあってもいいと思うし……最近、かな、やっぱり」


「ふふ、そうなってくると、今度は『昔』とか『最近』とかが『いつ?』って話になっちゃうわね」


「まぁ、そうなっちゃいますよね」


 って事で、二人して首をかしげるしかないところまで、話は進んだようで。


「とりあえずそっちも気を付けなきゃだけど、やっぱり当面の直接的な危機は魔王軍よね」


「うん」


 一瞬向こうを見るように、ちらりと壁へと視線を送る。


「魔王軍がこちらの出方を図っている内はいい。でも村の防護シールドがない事がバレて、分散して襲ってこられたら、村の人数では勝ち目はないわ。私たちが打って出て、数を減らしていくしか――」


 と、そんな方向に話が転がったところに。


「旅団長!」


 駆け寄ってくる小柄な姿は。


「マール君?」


 はしっこい、もとい、村でも小回りの利くマールは、各所への伝令役を任されているらしい。


「どうしたの?」


「村長が対策を練りたいってさ。パルティス兄貴とかサット兄もいる?」


「櫓にマキュリと一緒にいるよ」


「ありがと勇者様。ああ、勇者様も一緒に集会場に集まってくれよ」


「うん、分かった」


 櫓へ登っていくマールを見送って、あたしとランは村の集会場へ歩いていく。

 その足取りは、揃ってどうにも軽くない。


 そして、『このままでは済まない』と思わせるような何かが、あたしの首筋にチクチクとまとわりついていた……。




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