第55話 「これは村史上、類を見ない絶好のカードになりそうだ!」
「先ほどから聞いていれば、宴を催した側の人間としてふさわしくない、礼を失した言葉がいささか気になるのだがな」
「……えっ!? ちょ、ちょっ、ヴァイスさん!」
もしかして、砕けた二人の言葉の事言ってるの!?
「あたしは全然そんな――」
「やれやれ、王国の騎士ってのは、こんなに頭が固いのばっかりなのかい?」
あたしは慌ててヴァイスさんを止めようとしたけど、パルティスがヴァイスさんの言葉に乗っかるように、ずずいっ、と一歩前に出る。
「昨日来た伝令の騎士さんも、随分と融通が利かなそうだったけどな?」
「パ、パルティスも、よしなって」
サットも止めるけど、パルティスは不敵な笑みを浮かべたまま下がらない。
「勇者殿の重責を考えれば、そこに対しての礼というものは自然と発するもの。われら騎士は、その責務を尊重しているからこそ、任務に忠実だというのだ。そなた達にはそれがあるのかと問いたい」
「ふーん。別に俺らは俺らなりに礼儀を欠いたつもりはねぇが、それでもっていうなら仕方ねぇ。わりぃがこの村じゃ、俺らが法だ。もしも言う事を聞かせたいなら――」
ふと、広場の傍らに、あつらえたように少し高めに切られた、切り株があった。
そこに腕まくりをして、どんっ! とパルティスが肘を乗せて――
「力を見せてもらわなきゃなぁ!?」
手をヴァイスさんに向けてくる……!
その腕の太さがとんでもない。
切株から生えてるぶっとい枝なんじゃないかって思えるほど逞しい、肉体派の腕だった。
「ぬぅ……望むところよっ!!」
ヴァイスさんも、腕まくりをして肘を切株に乗せる。
そういえば甲冑姿ばっかりだったけど、ヴァイスさんの腕も、その体格に見劣りすることなく、パルティスの腕に引けを取らない太さだった。
これは、いい勝負になるかもしれない。……ってあたしは何を考えてる?
「お? なんだぁ!? 何が始まんだ!?」
「パルティスと王国の騎士様が勝負するみてぇだぞ!」
村の広場で三々五々散っていた村人たちが、この異変に気付いたか、わらわらと集まってくる。
でも、どうやら、この勝負の経緯については、途中からこちらへと振り返ってきた村の人たちには伝わっていないらしい。
単純に面白そうな余興、ぐらいに見て輪になり始める。
ってか、正直そんな、あたしなんかへの言葉使いどうこうで、こんな揉め事起こしてほしくなかったんだけど、その決着の付け方が『腕相撲』。
比較的平和的な解決方法で、なんか『勝負』とかいう名目で盛り上がり始めてるのを見てたら、止めるのもなんか申し訳なくなってきた。
……でもこれ、勝った方、負けた方――それぞれどーなんの?
「さぁ、二人の手がゆっくりと近づいていく。まずは組み合うところから勝負は始まっていると言っても過言ではない!」
「サットはここで実況になるの!?」
「まー、もうこうなっちゃったら乗るしかないかなって。あはは」
「あははって」
パルティスを止めに入ってたはずだよね? あーるぅえー……?
と、切株の上でゆっくり近づく手の、小指同士が触れ合った瞬間――バチッ! と弾けるように、二人が手を引っ込める。
「ふひゅー……! アンタ、相当やってきたな……?」
「騎士団内でも、『コレ』で数多くの揉め事を収めてきた。だが……城の外にこれほどの男がいるとは……!」
「おっと触れ合っただけで、お互いの力量を読む二人! これは村史上、類を見ない絶好のカードになりそうだ!」
そのサットの実況に、村の人たちからも、おおー! とか歓声が漏れる。
「まじすか……」
あたしには分からん世界の戦いだが、どーにもあたしはこういうのが嫌いじゃないらしく、この後の展開をじっと期待してしまう自分がいる。
ぶっちゃけ、騒ぎの渦中のど真ん中だし。
再び腕が近付いていき、そこだけで既にすさまじい緊張感があふれ出る。
「くっ……!」
「ぬぅぅっ……!」
そしてついに、二人の手が組み合わさる距離に入る……!
その二人の手が組み合わさった形はっ!!
――がしぃっ!!!
「まさかの『指』相撲ぉぉぉぉぉっ!!?」
そう、絡まったのは指。
親指だけが立った状態で、その手を見つめる二人の顔が、くわっ! と威圧感を増す!
「ゴーっ!!」
サットの合図で、その、見た目壮絶な指相撲が始まった!
「くっ……!」
「むぅぅ!」
二人の腕に、ぐぐっとこれまた太い筋が入り、凄まじい力が入ったのが分かる。
……あれ? これ指相撲だよね? そんな筋肉いりますか?
「お互い自分の力を相手にねじ込もうという気迫がみなぎる! 凄まじい力で、親指が迫っているぞ!」
なるほど、お互い押し合ってるんだ。
確かに距離を詰めなきゃ指はホールドできない。
力を込めて角度を変えれば、それだけ相手に近づけるってワケか。
でもこの二人の力、だと、すんごい力がかかってるに違いない。
あたしなんか相手になろうもんなら、腕がばっきり逝っちゃいそう……。
そして、ほんのわずかではあるけれど、震えながら、ある距離にまで親指が接近した瞬間。
「はぁっ!!」
「うぉりゃぁぁっ!!」
気合を発した二人の親指が、凄まじい速度で右に、左に、上下に振れる!
「始まったぁっ! 双方、一手も引かない指裁きの応酬! かわす! 攻める! 相手の指を獲るべく変幻自在に繰り出されるその動きは、正に雷光のうねり! 真上から振り下ろされる指の動きは、よもやトールのハンマーか!?」
「わー」
表現が変わるだけで、指相撲ってこんなにカッコよく見えるもんなんだぁ……。
「いけっ! そこだっ!」
「捻じ込め、パルティス!」
観客大興奮。
この村、こんなに活気があったんだねってぐらいの盛り上がりだ。
「ぬぅっ!?」
「ちぃぃっ!!?」
一瞬、相手の指をホールドする場面は何度かあったけど、指先を押さえるだけのもので、それではするりと指が抜けだしてしまう。
「指相撲で相手の親指をホールドするためには、できるだけ動きを殺すために根元を抑えなければならない! 両者一歩も譲らぬ膂力を漲らせている以上! 虎穴に入らずんば虎子を得ず、自分もホールドされる危険を冒して、飛び込む必要があるかぁ!?」
「な、なるほど」
「解説のイツカさん!」
「え? ……はっ!? いつの間にか解説席に座らされてる!?」
「この勝負、どのように見られてますでしょうかっ!?」
「えぇ!? えーと……二人ともすごいです……」
「ありがとうございます! 勇者様の貴重な解説で、二人の戦いはさらに過熱するかっ!?」
「いや、今のただの感想!!」
とか何とか言ってるうちに。
……ばきんっ!!!
「おぉっとーぉっ!! 台となる切り株が度重なる雷の槌打ちに負けて砕けたぁぁっ!!」
「えーーっ!!?」
それで終わるかと思いきや。
「ぬぅぅぅんっ!」
「くおぉぉああっ!!?」
なんとそのまま肘の台ナシで攻防が続く。
さながら指相撲の空中戦。
しかも動きがさらに大きくなる!
パルティスが大きく腕を引くと、ヴァイスさんがよろめく。
何とか足で踏ん張るけど、指の動きがおろそかに……!
「うぉあっ!?」
「もらったぜぇぇっ!!」
虚を突かれてヴァイスさんの浮足立った親指(?)を、パルティスがホールドしに行く!
「……甘いわぁっ!!」
しかしそれをかわすヴァイスさん。
勢い余って人差し指に伏せてしまったパルティスの親指は、ヴァイスさんの親指に完全にホールドされた!




