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第54話 「このお肉料理、あたし大好きかも」

 その夜。

 村の広場となるところで『勇者様ご一行歓迎の催し』が開かれる。


 かがり火が広場のあちこちに焚かれ、オレンジ色の光が揺れる広場は、それなりの人で賑わっていた。


 しかし。


「あたし……ここで、こーしてていいんでしょーか?」


 ただただ用意された椅子に腰を掛けただけのあたしは、どーにも居心地がよくない。


 色んな料理が丁寧に運ばれてくるし、どれもとってもおいしいんだけど、それを運んできたり、挨拶をしてくれたりする人たちが何とも堅苦しく、かつ笑顔が固い。

 そして昼間のあの失態から村の人たちの見る目に変化があったかどうか、もう一つ測りかねて、あたしはぎくしゃくするしかない。


「もちろん、勇者殿はここにいるだけでよろしいのです」


 あたしのそばに畏まっているヴァイスさんは、深く頷きながらそんな言葉を返す。


「主賓は座して動かぬもの。それを迎え入れる村人たちならば当然、自然に挨拶に来ましょうぞ」


 むー……あたしの『こうしてていいのか』っていうのは、そういう事じゃないんだけどなぁ……。


 でも、目の前の質素なテーブルに、右から左にずらりと並んだ料理は、素朴な色合いだけど、どれも味付けが凄くあたし好み。


 中でも、お肉をご飯に載せたお寿司みたいな料理がお気に入りで、ジューシーなお肉と、かかっている少し甘みのあるタレの相性が抜群。

 口の中で柔らかなお米がほどけるのに合わせて、舌の上に乗る深い味わいが、なんとも後を引く。


 これを食べられるのは間違いなく結構な幸せだと――


「よぅ、勇者様! 村のメシは口に合うかい?」


「んぐっ!」


 あたしは突然横から声をかけられて、食べかけていた肉お寿司を全部口に押し込んでしまう。


 あたしの口にはややキャパシティオーバーな量を入れてしまったらしく、口の中にいっぱいになった料理を、もくもくと噛んで咀嚼しようとする。


「……」


 声をかけてきてくれたのは、若い二人組。

 体格のいい男性と、ひょろっとした眼鏡の男の人だ。


 そちらに顔を向けて、口元に手を当てて、もくもくもくもく。


「……」


「……」


 もくもくもく。


「……」


「……」


 もくもくもく。


「……」


「……」


 もくもくもく。


「……わりぃ、タイミングよくなかったな。出直し……」


「んっくっ! 待って待って! 大丈夫ですから!」


 食べた肉の部位がよくなかったらしく、なかなか噛み切れなかった。

 何とか飲み下し、出してもらっていた木のコップのお水をごくん。


 直後、ぱきっ、と音がしてコップの、持っていた手の薬指あたりに穴が開く。


「ぅきゃーっ!!」


 そこからだーっと流れ出す水が足元で弾ける。

 所在なく、わたわたと周囲を見るが、こんなの誰だってどうしていいか分からないだろう。


「えと、えーと、ごめっ……ごめんなさい! どうしたらいいですか!? あたし、どうしたらいいですか!?」


「……とりあえず、落ち着いてくれる?」


「あ、はい」


 ひきつったような笑いを浮かべた眼鏡の人に言われて、ぴたりと止まるあたし。


「大丈夫? 拭くものとか持ってこようか?」


「だ、大丈夫そうです、はい」


 幸いにして、水の落ちた足元が地べたで良かった……。


「ご、ごめんなさい、コップ壊しちゃって……」


「気にすんなって。ウチの村で用意できるコップなんざ、そもそも頑丈な代モンじゃねぇし」


 気遣われた。

 間違いなく、プルパの言う所の『究極フェアリーズ不器用・ディフェクション』が出たんだと思うんだけど、今回は甘えさせて頂く方向で……。


「それよりメシは口に合ってるみたいだな、良かったよ」


「あ、はい。どれもとってもおいしくて。特にこのお肉料理、あたし大好きかもです」


「それは何よりだよ。その料理はね、村にある食材でおもてなしできるようにって、大分昔にこの村を訪れた旅の竜人族の人が考えてくれた料理なんだってさ」


「え」


 『料理』『竜人族』というキーワードで思い当たる人がいて、少し興味が湧く。

 でも大分昔って事はどうなんだろう?


「考えてくれたって、いつ頃?」


「いつ? うーん……」


 二人は一度、顔を見合わせる。


「俺らは子供の頃から祭りとかの日に普通に食ってるからな。下手すりゃ30年以上前からあんじゃねーのかな?」


「うん、じーちゃんたちが、その人からレシピを『教わった』って言ってたからね」


 そういえば、ランは人間じゃない――長寿のエルフで200年近く生きてるわけだけど、ドラゴニュートってどうなんだろう? ギルヴスさんっていくつぐらいなのかな?


 まぁ、それは今はいいか。


「えと、パルティスさんと、サットさん……ですよね?」


「ああ、マキュリから聞いたの?」


「はい」


「さん付けとかいらねぇ。パルティスって呼んでくれよ」


「僕もサットって呼んでもらった方が堅苦しくなくていいよ」


 二人はにこやかにそう言った。……なるほどね。


「マキュリは、『二人は話しやすいから』みたいなこと言ってたけど、分かるかも」


「あー、そーだな。特にジジババたちは、どうにも村の外の連中に媚びるか疑いで見る感じになるし。悪い奴はいねーんだが、仲良くなろうっていうにはちょっと時間がかかるかもな」


「逆に僕らはマキュリの影響を結構受けてるしね。マキュリはこの村でただ一人都会を知ってるから、村の年下の世代は興味湧くんだよ。でもそれで天下の勇者様に話しやすいって言ってもらえるのは嬉しいよ。よろしくね」


「うん、よろしく!」


 なるほど、巫女ってことを差し引いても、やっぱりマキュリは一線を画した存在なんだろうね。


「すまねぇな、マキュリが外しちまって。あんた、あいつと同い年なんだろ? あいつもあんたと話せて凄く嬉しそうだった。あんなはしゃいだ顔、なかなか村の中でも見せねぇし」


「そうなの?」


「そうだね、マキュリは元気がいいけど、いっつも村の事優先で、どっちかっていうと子供たちのお母さんみたいな雰囲気が先に立っちゃうからね」


 見せてくれてたのは、マキュリの素の部分だったって事。

 それはあたしも嬉しいな。


 ちなみにマキュリは最初に乾杯して、ちょっとお話した後は、ネイプさんと一緒に用事で席を立っている。

 ランも乾杯の後、まだ村で、急ぎで見て回っておきたいことがあるって言って、同じく席を外しちゃっていた。


 リロとプルパのコンビは……あれ? どこ行ったかな?


「まぁ、勇者だ何だなんてのはとりあえず措いといてよ。村に来た客が村で過ごしにくくなるのは、マキュリと一緒で俺もサットもいい事だとは思わねぇ。村の大人連中には俺らから言っとくから、あんたはあんたなりの過ごし方を……」


「待て、村人よ」


「あん?」


 ふと、あたしの横からずいっと、現れるヴァイスさん。




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