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推しのぬいとして黙って見ていられません!その婚約破棄改変します

作者: みのすけ

たくさんのお話の中から見つけて下さり、ありがとうございます。ふわっとした世界観ですので、温かい目で見て頂けると嬉しいです。

「フィリア、残念だよ。俺は君との婚約を破棄する」


作者かみ様、小説のファンとして大変申し訳ございません。でもこれ以上、推しのぬいとして黙って見ていられません!



✳︎



物語をこよなく愛する皆様、初めまして。どうかしばしお付き合いを。

私は花子と申します。書類の記載例に載るようなメジャーな名前でありながら昨今のキラキラネームに押され少なくなりつつある古風(?)な響きの平凡な大学生でした。


天涯孤独の私は教師を目指していました。家族がいなくて寂しかったからか、人に関わる仕事に就きたいと思いました。加えて学校の先生が一番身近な大人であったため、自分もその道を目指そうと思ったのは自然なことでした。そして奨学金を返しながら教員免許を取得した矢先に、どうやら死んでしまったらしいのです。


ああ、そうだ。トラックに気付かず車道に飛び出した見知らぬ子供を助けようとして……。


あの子は助かっただろうか?無事だといいな。

そしてどうか私の事は気にしないでほしい。私が勝手にしたことだから。


身体が勝手に動いてしまった私は自業自得だとしても……なぜ、こんなことになっているのだろうか⁈


「おはよう、テディ」


そう言って私は抱き上げられ、鏡の前に座らされる。

鏡に映るのは茶色のテディベアと、世にも美しいエメラルドブルーの髪の美少女。透き通る様な髪色と同じ大きな瞳を真っ直ぐに私に向け、透けるような白磁の肌を少し桃色に染めたこの御方は、私の推しのフィリア様。そして私は彼女のお気に入りのクマのぬいぐるみ「テディ」である。


この状況はいわゆる異世界転生だろうか?

私は前世の記憶を持ったまま、推しの部屋にあるぬいぐるみ(以下、ぬい)になっていた。

ここは私が読んでいた小説『あなたを愛の力で取り戻します』の世界。そして目の前には私の最愛(推し)フィリア・ウィンベルデン伯爵令嬢が微笑んでいる。


物語は中世なーロッパ風の貴族社会が舞台、ヒロインである公爵令嬢エカテリーナと、この国の王太子であるロイクとの恋愛話である。

ストーリーは良くある展開だ。幼少から婚約者として交流を続けてきた2人が、貴族学園在籍中に1人の転入生と出会う。転入生男爵令嬢レベッカは魅了魔法を使い王太子を虜にし、ヒロインは王太子から避けられ周囲からも冷遇されてしまう。ついに王太子より婚約破棄を言い渡されてしまうものの最後はヒロインの愛の力で魅了魔法を打ち破り、2人は結婚して国を治めるという筋書きである。


私の推しはヒロインの親友フィリア様。

ヒロインが辛い時も苦しい時も側を離れず、彼女を励まし最後まで彼女を守る、ヒロインの唯一無二の親友である。


なおフィリア様の婚約者は王太子の側近であるため魅了魔法の影響を受ける。婚約者に冷遇される苦悩に苛まれつつも、ヒロインを健気に支え続けたフィリア様の強さに私は惹かれた。


そのフィリア様のお気に入りのぬいになれるなんて!これはフィリア様の成長を間近で見ることができるかも⁈

転生万歳‼︎

生い立ち故か何事も諦めの早い私は、この状況を前世恵まれなかった私に対するボーナスステージと思うことにした。


私はぬいなので自分の意思で体を動かせない。体はテディベアでいつもお座りしている。そのため見える範囲が限られており、時折り聞こえる話し声に耳を傾けている。

そうして分かってきたのは、今のフィリア様にとってテディが一番の友達らしいということ。


この世界の貴族令嬢は基本的に家の中で過ごす。フィリア様の歳の離れた兄は留学中で家におらず、伯爵家にいる子供はフィリア様1人。周りは大人ばかりでフィリア様の一番の話し相手がテディらしい。


フィリア様は現在10歳、幼い頃から家庭教師に指導され人前では小さな淑女として振る舞っている。前世だと小学生だかフィリア様は外で遊んだり「おもちゃ買って」と両親に強請ったりしない。大人しい内気な女の子だ。


フィリア様のご両親は穏やかで優しい人だけれど、議会だ社交だと忙しい。ウィンベルデン伯爵家は中堅企業のような位置付けらしい。ご両親は家族団欒よりも貴族としての責務を優先するようで、子供に関わる時間や場面が限定されているようだ。


フィリア様は甘えたい年頃だと思うけれど両親からはプチ大人扱いされる。これは淑女としての振る舞いを認められているからだろうが、大人の期待に応えようとするフィリア様は本音を隠して甘えられない。

侍女や使用人達の方が両親よりも長くフィリア様の側にいる。屋敷の使用人達はフィリア様に優しいけれど、立場があるから気安くはできない。


そんな環境の中フィリア様が唯一本音を言えるのが、私ことテディなのである。

部屋の中で一人、クマのぬいぐるみに話しかける健気な少女。これがフィリア様が考えた自分を守る方法なのだと思うと、私は寂しくなる。こんなにも周りに大人がいるのに誰にも言えないなんて。

小説には書いていなかったフィリア様の日常に、ここはその世界ではあるがリアルなのだと思い知る。


同時にフィリア様がまだ子供なのだと実感する。

今は他人に言いたいことも言えない内気な少女で、物分かりの良い子を演じてしまう。私も「親がいないから」とか言われない様に良い子のフリをしていたからとても親近感を感じる。


だがフィリア様は数年後にはエカテリーナを守る強い人になる。きっとたくさん努力されるのだろう。 

純粋で優しくて、しかも努力家なんて……私の推しは素晴らしいすぎる!ぬいとして全力でフィリア様のお声を聞く所存です!


ぬいになって分かったのは、子供を見守るって胆力が必要なのだということ。

教師になって子供達の成長を見守ることを夢見ていたし勉強して頭では分かっていたけれど、見守るってなんだか歯がゆい。子供の思いや行動に対してその場で助言したり手助けできれば、状況がすぐに良くなる場合もあるだろう。ああしたら良いのに、こうしたら良くなるのにと、経験がある大人なら分かる。それをグッと堪えて敢えて見ているというのは……見守る方も結構しんどいものなんだなぁ。幼い頃に亡くなった私の両親もこんな気持ちだったのだろうか?


少ししょんぼりしてしまったが、今はぬいとしてフィリア様を見守るしかできない。


✳︎


ぬいとして穏やかな日々を送っていたところフィリア様に婚約者が決まった。フィリア様が12歳になったからである。

婚約者であるライナード侯爵家のセオはフィリア様と同い年で王太子の幼馴染。黒髪と灰色の瞳の、無口だが格好良い少年らしい。


「テディ、セオ様とは何を話したら良いかしら?お茶会では直ぐに会話が途切れてしまうの」


2人は初顔合わせで、なんとか名前呼びし合うところまで進んだようだ。その後は定期的に茶会をしているが、無口男子と内気女子だから会話が続かないらしい。


おいおい、しっかりしろセオ!

女性をリードするように教えられているだろう。

フィリたん(※推しとして応援する時のフィリア様の呼び名)に気を遣わせているんじゃないよ。


まあ彼の気持ちも分からなくはない。前世でいう中学生男子、早ければ思春期。同性同士なら盛り上がれるけど、異性の前では緊張して上手く話せないとかあるかも。


それでも交流を重ねる内に、2人は少しずつ打ち解けているようだ。内気なフィリア様は勇気を出して自分からセオに話しかけているみたい。


フィリたん偉いぞ!


手紙を書き、贈り物を通じて、相手を知る努力をする。フィリア様は手紙の言葉を、贈られた花の意味を考えながら、セオの気持ちを想像していた。誠実に丁寧に向き合うのだ。素敵!


フィリア様は優しくて根気強い。セオに恋をしているという感じではないけれど、相手との距離を縮めようと直向きに努力している様子だ。


フィリたん尊い!


時は経ちフィリア様は15歳になり貴族学園に入学した。毎朝セオが馬車で迎えに来て、一緒に登下校することになっている。

この頃になると、2人は何となく婚約者らしい感じになってきた。前世風に言うと彼氏による学園への送り迎え、放課後の図書館での語らい、休日は植物園デート……甘い、そして初々しい!付き合いたての高校生カップルの様だ(※私には経験ないのであくまで想像です)


2人の関係が進展しているおかげで、その日の出来事を私に語る時のフィリたんの顔が可愛すぎる!

まさに恋する乙女の様に輝いている!眩しい!

推しの幸せな顔に自分も幸せになる!供給ありがとう!


小説でフィリア様とセオは結婚する。リアルで推しの結婚式を見られるかもしれない。今からワクワクが止まらないな。ムフフ。


さらに2人の関係が進んでエスコート以外で手を繋げるようになったあたりから、フィリたんはテディを抱き締めながら恥ずかしそうに話すようになった。フィリたんの可愛らしい顔を拝めないのは残念だが、私はぬいになって一番の幸せを噛み締めていた。生きるって素晴らしい!


しかし、その幸せは長く続かなかった。


「ねぇ、テディ。今日転入生にいきなり話しかけられたの。初対面だと思うのだけれどなんだか嫌われているようで……私は何かしてしまったのかしら?」


転入生は魅了魔法を持つ男爵令嬢レベッカ。彼女は小説の筋書き通り王太子とその側近達に近付いた。


ここ最近のフィリア様はずっと悩んでいる様子だった。物憂げに考え込むことが増え、頻繁にため息を吐く。


それからしばらく経ってから朝の支度の時間が少し変わりフィリア様は1人で学園に通うようになった。セオに手紙を書く回数が少なくなり、セオからの贈り物は届かなくなって、休日は部屋に籠るようになった。


「テディ、私はやはり魅力がないのね。気の利いた会話もできないし、胸も大きくないし。それに自信を持って自分の意見を相手に言えないのだもの……」


フィリたん、そんなことない!

フィリたんはとても綺麗だよ!

セオのために自分を磨いて、好きになってもらえる努力をしてきたじゃない!


小説ではレベッカが王太子と側近達を魅了魔法で虜にし、彼らの婚約者達と距離をおかせる。

見かねて苦言を呈したエカテリーナに対し王太子や側近達は自分達が「嫉妬から嫌がらせを受けているレベッカを守っているだけ」と主張、自分の婚約者を冷遇することを正当化しようとするのだ。


フィリア様もセオに冷たくされ、距離を取られていた。


フィリたん、周りに相談して!

ご両親でも使用人でも、誰でもいい!

エカテリーナの話を聞くばかりではなく励ますばかりではなく、

自分も悩んでいると、どうしたらよいか分からないと他人に言えるようになってほしい!


落ち込むフィリア様の様子を見かねた使用人達が主人に報告し、フィリア様は婚約者の態度についてご両親と相談する機会を得た。

しかし相手は格上ライナード侯爵家、セオが学生であることからも様子見ということになってしまう。


くそー、身分社会の弊害!

家柄の下の者が我慢する社会が悔しい!


さらにフィリア様のご両親はセオの態度について「学生の時分のことだからあまり気にしないように」と言った。フィリア様はさすがに傷付いた顔をしていた。


貴族の家は後継をつくるため、第二夫人や愛人を抱えている貴族の男性はたくさんいる。フィリア様の父親はそんなことしないけど、ライナード侯爵家には愛人がいるのでセオの態度が改善されないのもそのせいか⁈


ギリギリギリギリ……男性優位な社会構造に歯軋りする。


さらに王太子がやっていることだから、それ以上の立場の者が諌めないと是正されないのが現状なのだろう。


悔しい!悔しい!

フィリたんはセオに誠実に向き合ってきたのに、セオから不誠実で返されるなんて!

それをフィリたんだけが我慢しろだなんて!


小説ではヒロインの虐げられる描写ばかりだが、実際はフィリア様も同じ目に遭っている。

「婚約者に見向きもされない可哀想な令嬢」

「醜い嫉妬で疎んじられていることすら分からないの?」

「魅力がないのはご自分のせいでしょう?」

「家柄を盾に下位貴族を虐める性悪女」

「大人しそうな顔して裏では酷いらしい」

「捨てられて可哀想だから俺がもらってやろうか?」


侮りさげずむ視線、嘲り、心無い言葉をかけられて追い立てられる。学園ではもはや身の置き場がない。


そんな状況なのに王太子と側近達はレベッカと楽しく過ごしてばかり。腕を組んで身体を寄せ合い、もはや友人としての距離感ではないらしい。

レベッカのそれは令嬢としてはしたない振る舞いで、王太子と側近達にとっては不貞と見做されるような行動だった。しかし周囲は容認する。これも魅了の魔法の影響だ。


加えてフィリア様とエカテリーナに対する周囲からの心無い仕打ちについて、王太子と側近達は見て見ぬふりをする。特に年長者である王太子とセオの態度が周囲に悪影響を与えているのに、本人達は気付かない。


フィリア様は毎晩涙を流すようになった。

淑女は人前で涙を見せてはいけないと教育される。

だからフィリア様は夜一人になると泣いてその日にあった辛いことを忘れようとしていた。

辛くても顔に出さないのが淑女だから、エカテリーナを支える道をフィリア様が選んだから。


ああー、作者様かみよ!酷いことをなさる!

可愛い子には旅をさせよというが、この仕打ちは残酷すぎるよ!


読者として、こういう気持ちを乗り越えて結ばれるから感動するのはわかる。

でもリアルで見ると胸が痛い、痛すぎる!

いくら魅了の魔法のせいとはいえ、この痛みを抱えて自分を見捨てた男と本当に笑い合えるのだろうか?


私は元サヤ否定ではないし実際は当事者の気持ち次第だと思うけれど、セオのやったことは信頼関係ぶっ壊すレベルだろ、これ!

ある日突然態度が変わり冷たくなり周囲は手のひら返し、いくら魅了の力だとしてもやられた方は人間不信トラウマになるよ、本当!


王太子の側近達の婚約者はフィリア様はを除いて全員が学園を休んでいる。彼女達は学園での心無い仕打ちに耐えられかったからだ。

けれどもフィリア様はエカテリーナを支えるために針の筵の学園に通い続けている。未来の王太子妃であるエカテリーナは王太子の行動を諌めないといけないからだ。


日が経つにつれ嫌がらせはますます過激になってきているようだ。フィリア様は破られた教科書を見て悲しそうに泣いていた。昨日は制服を汚されたようだ。

王太子の婚約者であるエカテリーナは公爵令嬢であるため立場上嫌がらせするにも限りがあるからか、フィリア様に矛先が向いているようだ。


フィリア様はますます食が細くなり、儚くなっていった。見ていることしかできない私は、話を聞く以外に何もできない無力感に苛まれていた。


このモヤモヤした気持ちを、ぬいである自分では解消できるはずもない。フィリア様を害する輩と放置する周りに、イライラを溜め込む日々が続く。


そんな中フィリア様が複数の男子生徒に連れ出される事件が起こる。エカテリーナの機転で事なきを得たが、無理やり人気のないところへ連れて行かれたフィリア様はとても怖かっただろう。


フィリア様は私を抱きしめて、泣きながら小さく丸まって眠る日々が続いた。フィリア様の抱き締める腕の強さに、彼女が日々どれほどの苦悩に耐えているのかが分かるような気がした。


もし私がフィリア様の立場だったら、全て諦めてしまうだろう。感情を閉ざして生きる屍になり、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。だって奇跡は起こらない。前世でいくら祈っても失った家族は戻らなかった。


ストーリー上は学園を卒業してしまえさえすれば、フィリア様は報われる。しかしフィリア様が救われるまで、まだ先が長い。救われる日を待ちながらフィリア様の苦しむ姿をただ見守るだけ?この生き地獄をまだ続けるの?


私は限界だった。


フィリたんがどうしてこんなに辛い目に遭い続けるのか⁈それをどうして我慢し続けなければならないのか⁈


私は初めて怒鳴った。駄々をこねた。地団駄を踏んだ。前世では出来なかったことだが、フィリア様のことならできる。

だが、ぬいである身体はもちろん動かない。


小説にはフィリたんが男子生徒に連れ出される事件はなかった!嫌がらせだってこんなに過激じゃなかった!

書かれていなかっただけ?私が読んだストーリーと現実が少しずつ乖離してきている?

だとしてもフィリたんは守られるべきだ!学園には教師おとなもいるだろうに!


しかもフィリア様が危険な目に遭ったというのにセオは見舞いにすら来ない。さらには学園で「フィリアから男を誘った」という噂まで流れている。


このヤロー!

清廉なフィリたんがそんなことするはずないって見れば分かるだろう⁈

ケバケバしいレベッカと一緒にするんじゃねぇ!


ああ、神よ!

何のために私はここにいるのか?

目の前で大事な人が虐げられている時に、ただ見ていることしかできないのか⁈

守られるべき子供を、大人が助けなくてどうするのか⁈


私はぬいの中で暴れるが、ぬいである身体は少しも動かない。


そもそも魅了っていうチートがあるなら、転生者であること自体がレアは私にも何らかのスキルがあってもいいんじゃない⁈

もっと、何か、この世界に直接的に働きかけるようなことができない⁈


私がいくら叫んでも、ぬいである身体は微塵も動かない。


チクショー!なんとかしろー!

誰かフィリたんを助けろー!







「騒いでるのは君?見た目はただのぬいぐるみだけど、何者なのかな?」


突然声がして、何もない空間から黒衣の人物が現れる。明らかに伯爵家の使用人ではなく、明らかに普通の人にも見えない。そして小説には出てこなかった人物だ。


幸いこの部屋には誰もいない。


黒衣は私の方に歩み寄り、テディの顔を覗き込む。

黒衣から見える紅玉の瞳は、舐める様に私を凝視している。


正常な思考なら警戒するところだが、私は完全にやさぐれていた。

(何者だと?何もできないただのぬいぐるみだよ!あんたこそ何者⁈)


「へえ、魔力はなく……中に入っているものは意識体⁇無害ではあるが……興味深い」


そう言って黒衣の人物はテディの身体をふわっと持ち上げる。


「私は魔法使い。ウィンベルデン伯爵家を調べている」

(伯爵家?もしかしてフィリたんのことも調べている⁇それなら私は情報を持っている)

「情報?どんな?」

(今、貴族学園で起こっていること、王太子と側近達の変化について。教える代わりに条件がある)

「取引を持ち掛けるのか?お前、実は悪魔とか?」

(どうせなら悪魔にでもなれればよかったよ!)


そう、フィリたんを助けられるなら悪魔でもなんでもいい。ここは『あなたを愛の力で取り戻します』の世界なのだから。フィリたんの笑顔を私の愛の力で取り戻してみせる!


✳︎


今日は貴族学園の卒業パーティー。夜会さながらに飾り付けられた会場に、煌びやかな衣装の卒業生達が集う。


フィリア様とエカテリーナも出席する。辛い学園生活を支え合って乗り越えた2人は、小説の通り唯一無二の親友となった。


フィリア様はエカテリーナと共に入場し周囲から失笑を買っている。それもそのはず、エカテリーナとフィリア様の婚約者はレベッカをエスコートしているからだ。レベッカは左右に王太子とセオを侍らせ堂々と入場する。


卒業生ではないレベッカがこの場にいること自体おかしいのだが、会場にいる者は誰も疑問に思わないらしい。王太子の側近のうち卒業生なのはセオだけで、他の側近達はパーティーに参加しないのに。


会場にいる卒業生は王太子殿下一行に羨望の眼差しを向け、エカテリーナとフィリア様に侮蔑の視線を向ける。2人にとって完全アウェイな状況だ。それを十分に分かって、王太子が高らかに宣言した。


「エカテリーナ、君との婚約を破棄する」


会場の視線が王太子一行とエカテリーナに集中する。フィリア様はエカテリーナの側にいて、エカテリーナと共に侮蔑の視線を受けている。


王太子がエカテリーナにレベッカを虐げていた疑いをかけてゆく。エカテリーナは終始黙っている。

さらにエカテリーナが未来の王太子妃に相応しくないと言い放ち、レベッカが自分の隣に相応しいと言い切った。朗々と歌い上げる様に、まるで自分に酔っている様に。


それに続く様にセオも口を開いた。


「フィリア、君にも失望したよ。エカテリーナ様と一緒にレベッカを虐げるなんて。仮にも王太子殿下の婚約者に仕える者ならば、エカテリーナ様の行動をお諌めするべきではなかったか?」


小説ではこんなセリフはない。やはりストーリーと現実に乖離が生じているのか?


するとフィリア様がセオに向き直る。学園でのフィリア様を初めて見たが、隙がなく堂々としたお姿。無礼なセオの発言にも動揺は見せない。


「セオ様、その言葉は本心から仰っているのですか?」

「フィリア、残念だよ。俺は君との婚約を破棄する」

「……婚約の件は承知致しました。後のことは父とお話し下さい。しかしながら私とエカテリーナ様は何ら恥ずべき行為をしておりません。またやってもいない罪を認めることはできません」

「フィリア、君は……」





ドドドドドドドド

ザバアアアアァァァーーー

「うわぁっ」「冷たい!何これぇー」「ゴホッゲホッ」


突然王太子とセオ、レベッカに大量の水が降りかかる。3人の真上から滝の様に水が落ちてきたのだ。

不思議なことに3人だけがずぶ濡れになっていて、近くにいたエカテリーナとフィリア様には水滴すら飛んでいない。


セオは水が口に入ってむせている様だ。

奴が話している途中に水がかかったからな。

クククッ。


すると会場の扉が一斉に開き、騎士団が生徒達の周りを取り囲む。その後に入場したのは王妃だった。

エカテリーナとフィリア様はすかさず礼をとり他の者がそれに続く。王妃は顔を上げるように指示し、会場にいる者は不安そうに頭を上げた。


「卒業の門出にこのような事態となり、王家として申し訳なく思う」


王妃は王太子に向き直る。国王や王妃が甘やかしたわけではないけれど、ロイクは国王になるには足りない王子のままだ。だからこそしっかりしたエカテリーナを婚約者に据えたのだというのに。


「ロイク、エカテリーナとの婚約は王命ぞ。其方がこの場でどうこうできるものではない。申開きがあるならば、陛下の御前でせよ」

「お待ち下さい、母上!」

「きゃっ、何するのよ!ロイク、助けて!」

「ゴホッ、ゴホッ」


騎士達にずぶ濡れのまま引き摺られていく王太子とセオとレベッカ。その姿が扉の向こうに消えると、

王妃は再び口を開いた。


「エカテリーナ、フィリア、こちらへ。

その他の者はその場でしばし待て。騎士団長から説明させる」


王妃の後にエカテリーナとフィリア様が続き、会場を後にする。3人が退出した後に会場の扉が閉まり、しばしの静寂の後……




ドドドドドドドド

ザバアアアアァァァーーー

「うわぁっ」「きゃー」「やめてぇー」


閉じられた会場から滝のような水音が大音量で響き、卒業生達の悲鳴が漏れ出ていた。

クククッ、ざまぁ。




「これでこの取引は終了だね」

(ありがとうございます、魔法使い様。感謝致します)

「いいよ、面白かったし。王命でもあるし」


紅玉の瞳を細め楽しげに笑うのは黒衣の魔法使い様。なんと彼は国王の学友にして悪友で、この国では貴重な魔法研究家であった。


私は彼と取引した。


私の記憶にある情報と引き換えに、フィリア様とエカテリーナの身の安全を確保する。私は王太子周辺に魅了の魔法が作用していることを教える代わりに、2人を王宮で保護してもらうように要請した。


私がぬいに転生した時点で小説のストーリーからは少し外れていったのだろう。学園での悪意はエスカレートし、未来の王太子妃であるエカテリーナを守るために既に王家の影が動いていた。エカテリーナとフィリア様に対する仕打ちは記録されており、危害を加えた生徒達は厳しく処分される。


黒衣の魔法使い様は国王から直接依頼され、魔法的な影響がないか関係者を探っていた。フィリア様も関係者に含まれており、魔法使い様がウィンベルデン伯爵家を探る過程で私を見つけた。私の声はこの魔法使い様のみに聞こえていたらしい。


エカテリーナとフィリア様は速やかに王宮に保護され、学園に通っている時間帯は王宮で過ごすことになる。


一方王家は秘密裏に魅了の魔法を処理しようとした。魅了の原因がレベッカであることは突き止めたが、魔法の解除に至らないまま王太子の卒業が近付いてしまう。原因であるレベッカを排除することは容易いが、魅了の魔法を正しく解かないと最悪の場合王太子が魅了の魔法に囚われたままになる可能性があるらしい。

そのため国王は学友である魔法使い様に、魅了の魔法を正しく解除するため助力を求めた。


黒衣の魔法使い様は本当は自力でなんとかできたと思う。

だが彼は何故か私の前に現れた。

彼から「レベッカの魅了の魔法を解く方法を知っているか」と尋ねられ、私は「知っている」と答えた。


小説ではレベッカが身に付けている古代魔導具により魅了の力が使えることになっている。この魔導具は香りを通して相手の好感度を上げるらしく、より近い距離で長く一緒にいる程に魅了されてゆく代物だ。


ならば香りを遮断しレベッカから魔導具を奪えばいい。頭から大量の水をぶっかけて香りを洗い流すのはどうだろうか?ずぶ濡れになった衣類を脱ぐ状況になれば、レベッカが肌身離さず身に付けている魔導具を見つけることができる。魔導具を取り上げた上でレベッカを捕えて、王太子と側近達から物理的に引き離せば魅了の効力は弱まってゆく。

さらに魔導具を解析して正しい手順で停止すれば、魅了の魔法は消える。


スマートな方法は他にもあったと思う。

だが私は王太子とセオとレベッカを濡れネズミにしたくなってしまった。彼らにはまず物理で目を覚ましてもらおう。王家から処分されるのはそれからだ。


私は魔法使い様と再度取引した。

魅了の魔法の解除方法を教える代わりに卒業パーティーに出席する卒業生をずぶ濡れにする魔法を要求する。

濡れネズミにしたいのは主犯の3人はじめ、フィリア様を嘲笑した者、侮蔑の目を向けた者、冷遇されている様を見ていて何もしなかった者、そして何も出来なかった者、つまり卒業生全員だ。


「爵位が低い家の子だから何も出来なかった」との言い分は理解できる。しかしそれが許す理由にはならない。


実際に貴族学園の教師は処分される。爵位の低い家の、さらには嫡男ではない生まれの彼らが、現実的に王太子をはじめ高位の貴族の子女を諌められないのが仕方ないとしても。


だから生徒も相応の処分は受ける。卒業生達はもちろん濡れネズミになっただけでは終わらない。


小説では卒業パーティーで断罪劇が行われて、エカテリーナが涙ながらに王太子に愛を説き、真実の愛に目覚めた王太子が魅了を打ち破るというストーリー。物語のクライマックスで感動のシーンだった。


ですが……

作者かみ様、小説のファンとして大変申し訳ございません。もはや王太子バカが魅了を打ち破るのを待っていられません。しかもセオにフィリア様を傷付ける発言を許すなんて……


これ以上、推しのぬいとして黙って見ていられません!

ファイヤー!


そうして私が我慢の限界まで耐えたタイミングで、魔法使い様に盛大に水をぶっ掛けてもらった次第である。結果、婚約破棄のシーンは大幅に改変されてしまったのだった。


✳︎


エカテリーナとフィリア様が王家に保護された段階で、2人には魅了の魔法の存在が伝えられた。

王太子と側近達に魅了の魔法がかけられていることについて、国王自ら事情を明かし謝罪したという。それだけエカテリーナは国にとって得難い人材なのだろう。既に王太子妃教育を終了しているので王太子との婚約を解消した場合にエカテリーナの処遇が難しいという理由もある。


エカテリーナは色々考えて、王太子との婚約を一旦保留にした。今の彼女では涙ながらに愛を説いて王太子バカを真実の愛に目覚めさせるのは難しいかもしれない。

彼女は既に王太子に対する熱を失っている。婚約を保留にしたのは公爵令嬢の責務と婚約者に対する同情ゆえ。王太子とは10年以上の付き合いだから簡単に切り捨てられないらしい。


一方フィリア様の婚約については、フィリア様の一存で決めて良いとされた。フィリア様は学園卒業まで様子を見ることにした。セオのこともそうだが、この政略結婚自体に考えるところがあるらしい。


そしてフィリア様は卒業パーティーでセオからの婚約破棄の意向を受け入れた。婚約は遡って白紙となり、フィリア様に記録上の瑕疵がつかないように婚約自体がなかったことにされる。


「フィリア、今までのこと本当に済まなかった。俺はおかしくなっていたんだ」

「ライナード侯爵子息、謝罪を受け入れます。なお私のことは家名でお呼び頂きます様にお願い致します」

「そんな冷たいことを言わないでほしい。君とやり直したいんだ!魔法の影響がなければ、今頃は俺たち結婚していたはずだろう?」


必死な顔のセオに対して、フィリア様はため息を吐いた。そして静かに口を開く。


「……レベッカ嬢と居るライナード侯爵子息は良く笑い、お話しも弾んでいらっしゃいましたね。私といる間はそのような様子になりませんでしたのに」


フィリア様が悲しそうに目を伏せる。儚げな美しさが最高すぎる。セオも見惚れている。


「君と婚約した当初は緊張していて、俺は気の利いたことも言えずに、その……」

「レベッカ嬢が何度も私に教えて下さいました。『セオはお話し好きな方なのよ』と。ライナード侯爵子息が私の前で無口でいるのは、義務で婚約した私に辟易しているからだと仰っておりました」

「違う、誤解だ!そんなことは思っていない」

「全てはとうに終わったこと、どうぞ貴方様が望まれた方とお幸せになって下さいませ」

「待ってくれ、フィリア!話を……」


フィリア様の腕を掴もうとしたのか、セオが手を伸ばす。


ドカッ

「ぶへっ」

セオが間抜けな声を出す。


フィリたんに触るな!クズが!


私はセオの顔に体当たりした。

ぬいだから大して痛くはないだろうけれど、テディのお尻の部分でアタックしたから顔面にクリーンヒットしたはずだ。

セオから跳ね返った私は、フィリア様の腕の中へふんわり着地する。


「えっ?テディ⁈どうして⁇」


「いやあ、急にごめんね、ウィンベルデン伯爵令嬢。王宮の担当者が至急確認したいことがあるそうだ。悪いけど一緒に来てくれるかい?」


黒衣の魔法使い様がさっと現れてフィリア様を促す。フィリア様は魔法使い様が国王の学友であることを知っている。


「あ、はい。直ぐに参ります。

それではライナード侯爵子息、失礼致します」


魔法使い様とフィリア様はさっさとその場を後にする。私もフィリア様に抱えられてその場を去る。

セオは顔を押さえてうずくまっていた。


(魔法使い様、私個人の復讐をお手伝い頂きありがとうございました)

「いいよ。これで君は私のものだろう?ハナコと呼んでもいいかい?」

(まだ魔法使い様のものではありませんよ。私がフィリたんとお別れしてからです)


私は自分の身柄(※ぬいではなく中身のみ)と引き換えに、セオへの個人的な復讐を魔法使い様に手伝ってもらった。

それがテディベアのお尻アタック!

魔法使い様の魔法で、私の身体をセオの顔面めがけて投げつけてもらった。魔法を使ったから普通に投げるよりも威力増し増しだ。


散々フィリたんを泣かせやがって、クソ野郎が!

やはり物理は正義‼︎

私は長年のモヤモヤがすっきりした。




学園を卒業したフィリア様は女官として王宮に上がる。

学園の人間関係は信じられないし両親やライナード侯爵家の態度に考えるところがあるフィリア様は、実家を出て仕事をする道を選んだ。王家に保護されたこともあり、王宮はそこそこ慣れた場所になったらしい。もちろん私はフィリア様が選んだ道を応援する。


フィリア様は王宮に住みながら仕事をする。王宮への私物の持ち込みは制限されているため、私ことテディともお別れになる。


「テディ、いつも側にいてくれてありがとう。私はもう大丈夫だよ」


旅立ちの日、最後に抱きしめてくれたフィリア様。


こちらこそ側に置いてくれてありがとう。

貴方の成長を見守ることができて、どんなに嬉しかったことか。

フィリたん、どうか幸せにね。


彼女の後ろ姿を見送りながら思う。 


もう彼女はぬいに話しかけるだけの内気な少女ではない。

両親や周りに相談し、自分の気持ちをきちんと相手に伝えられるようになった。親友を悪意から守り、理不尽に屈さない、強くて美しくて堂々とした素敵な女性だよ。


私もぬいになったからと諦めなくて良かった。


前世の私はどんなに暴れても、どんなに叫んでも、無駄だと思っていたんだ。天涯孤独の私には温かな家庭も両親の愛も手に入らなくて、お金もなくて世の中のものはほとんど手に入れられなくて、諦める方がずっと楽だったんだよ。


でもずっとフィリたんを見ていたから、私も少しは変わりたいと思えたんだよ。

本当にありがとう。

なんだか新しい自分になれたような気がする。


それもこれもフィリたんのおかげだよ。

あー、推しは尊い!


私が万感の思いに浸っていると、突然声をかけられた。


「迎えに来たよ、ハナコ」


黒衣の魔法使い様だ。紅玉の瞳が嬉しそうに細められる。

私は彼との取引でテディの身体から出ることになっている。私の存在は魔法研究家の興味をひいたらしい。彼の研究対象になろうともセオに一撃喰らわせたので私に悔いはなかった。


私は長らくお世話になった身体に感謝した。私を住まわせてくれた茶色のテディベアは経年劣化でくたくたになっている。


テディ、今日までありがとう。貴方はフィリたんにとって、かけがえのないぬいだったよ。最後に身体を酷使させてごめんね。





(魔法使い様、色々ありがとうございました。ところで私は何に意識を移されるのでしょうか?)

「ハナコの次のからだはね……これはどうかな?」

(あはは……それは良いですね)


そうして私はテディの身体から移り、黒衣の魔法使い様のところで第二の人生を送っている。

フィリア様と別れて傷心の私だったが、魔法使い様がちょくちょく国王に呼び出されるのでその度に王宮について行っている。フィリア様の姿をこっそり見られるからだ。


私はもう、自分のほしいものを諦めるつもりはない。

だからだろうか。


女官となったフィリア様の周りに、復縁を願うセオの姿を見かけると、私は全力で邪魔しに行ってしまうのだった。

お読み頂きましてありがとうございました。

花子は基本丁寧語でしたが、テディとなり言葉遣いが変わってゆきます。しかもフィリアしか推さないので、その他の登場人物は基本的に敬称なしで呼び捨てております。王太子とか国王とか偉い人関係なく。フィリアに関することは丁寧なのでたまに「ご両親」とか呼びます。あと魔法使いのことは協力者として大事にしているので「魔法使い様」と呼びます。


ちなみにジャンルはこれでよかったのかわからないです。


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素敵ななろうライフをお過ごし下さい。

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