禍々しい光
第三部隊の様子はここまで。
次回から主人公に戻ります。
厳しい条件下での遠征中の捕縛者は、任務完了まで強制的に同行させられることになる。
魔道車や馬車などの護送手段がなく、護送要員すら出せない状況下では仕方ない。これが小者の逮捕なら隊員ひとりを見張りにつけて待機させ、通信機器で別動隊を呼ぶこともできる。
だが、今回の任務では難しい。
遠征先は辺境の森林帯の山中で、敵の規模や動きもはっきり掴めていない。しかも、捕縛者は同じ部隊の軍人だ。いくら本人の意思ではないとしても、正気に戻ったと確定できない限り、拘束を解くわけにいかない。
敵の実力すらまだ判らない現状では、これ以上戦力を減らすのは得策ではないからだ。
ロイは、ラグールの背に腹這いのきつい状態で揺られ、必死に脳裏を整理していた。
おかしくなった切っ掛けらしき出来事を副隊長に白状して以来、その後の己の行動を思い出そうと懸命に記憶を漁っていた。
光蟲の集団のような光と心地よい匂い、加えて優男の耳触りの良い声の時点で、『光の魔法士』の【精神操作】に嵌ったのだろうと結論づけられたが、だからといって即座に納得とはいかない。
現状はこの為体だが、特殊部隊員だ。並の軍人とは比べられないほどの訓練を堪えてきた事実がある。
だが、副隊長の返答にはぐうの音もでなかった。
「奴は治療士でもある。お前の精神状態や不調を看破して、隙ありってことで狙われたんだろうよ」
「隙……ですか?」
「ありありだろうがっ。てめぇの感情を優先して、せっかくの高ランク薬を無視してきたんだ。本来のお前なら、任務に必要と思えばすんなり使用しただろう?」
「しかし、だからといって薬が確実に効いたとは――」
「異名持ちの能力に対処するには、異名持ちの能力しかねぇんだよ。実際、使った俺らが証明している」
心の裡はともかく、全員が同じ任務に就き行動している。ただし、ロイだけは『翠の魔女』の薬を拒否し続けてきた。
その行為だけで、隙ありと目をつけられても当然だ。
「俺は、これから……」
「まず間違いなく営倉行きだが、術に嵌められたってことで軍法会議は避けられるだろう。だが――」
「首、ですかね?」
「この先、お前がどう動くかによるだろうな。なんだ? 長期休暇を申請するんじゃなかったのか?」
副隊長は噛んでいた匂い消しの薬草を草むらに吐き捨てると、片頬を歪めてニヤリと笑った。
「まだ言ってなかったと思うんですが」
「お前の顔を見てりゃ、そーなんじゃねぇかと見当がつく。本国を発つ前から気づいてたぞ」
「……長期休暇が営倉入りで、ちゃらになりそうだ」
「そうなったらそうなったらで、まっ、檻の中でゆっくり考えろや」
営倉入りと聞いて嫌な記憶が思い出され、ロイは片頬を顰めた。
捕縛される際に仲間たちからの攻撃で負った傷が、まだ痛む。罰則として、生死に関わらない傷は当分放置だという。
「俺もロベルトのように殺されたりして……」
「せいぜい気をつけるんだな」
憎らしい返しに、ロイは奥歯を噛んで口を噤んだ。
護衛対象を失ったまま、目的地へと向かう。その間、頼もしい魔獣の仲間と部隊員が交代で行方不明者の捜索に出たが、依然として発見されない。
ただ、落下した地点からそう遠くない川縁で二人分の足跡を発見し、どうにか無事でいると知って部隊員たちは一様に胸を撫でおろした。ただし、こちらが見つけた痕跡を敵が見逃しているとは思えず油断はできない。
とはいえ、リンカと隊長が不明になったと同時に、何度も繰り返された襲撃が止んだ。要するに襲撃目標が変わった証だと、副隊長は判断を下した。
もうすぐ目的地に到着するという辺りで、一同は一旦足を止めると短い休憩に入った。単独で捜索に出ていた黒い魔獣が、持たせたアイテムの代わりに暗号で記された伝言を携えて帰ってきたからだ。
「隊長たちは無事だ。負傷したが特効薬による治療で回復、現在は目的地に急いでいるそうだ」
伝言を手にした副隊長は、部隊員たちに要約した内容を伝えると己の空間アイテムにしまい、ローレンとエリクに指示を与えて斥候に出した。
無事が確定したことに、エマーシュとファミーナが手を握り合って喜ぶ。
かたやエルミド国王から直々に護衛と案内を任された女性騎士エマと、別部隊の隊員ながら女性の護衛なのだからと自ら志願したファミだ。リンカのいちばん近くにいて大切に保護し、彼女からも信頼を得ているふたりだ。他の部隊員以上に心配していたのだ。
それでも、顔を合わせて無事を確かめるまではと気合を入れ直している姿に、他の部隊員たちはわずかながら和んだ。
「二ヶ所の街道は、敵が陣を張ってます。平民街に続く関所跡には一個小隊。もう一カ所は、兵站を含め二個小隊」
「内訳は?」
「兵士と傭兵の混合部隊で、魔法使いを含めた遠距離が三割。他は近接です」
「敵の斥候を三人撃破。草むらに隠れた地割れがあったんで、捨てときました」
エマーシュが用意した地図を広げ、斥候役のふたりが指で示しながら状況を説明する。
とぼけたエリクの発言に、その場の全員が苦笑した。
「捕縛対象は『光の魔法士』のみ。いたか?」
「肉眼での発見は無理でしたが、【索敵】で把握。【迷彩】状態で、二ヶ所の関所跡の中間地点に潜伏中」
「確実か?」
「魔力変化での断定ですから、六割ほどと」
異名持ちの能力を、通常スキルで看破するのは無理がある。そのため、【索敵】で『他と比べて魔力変化の違い』を確認できる程度だ。
それでも、異名持ちが【迷彩】や【隠匿】などを展開している状態を察知だけでも有能だ。
副隊長は「上出来」と称賛すると、主人の許に戻りたくてウロウロしているショーティーに返信を書きつけて持たせて送り出した。
「隊長からの合図があるまで、ここで待機だ。交代で周辺巡回。敵の斥候は瞬時に排除」
「了解!」
ゼファード・ローデン副隊長だけが知っている。
保護対象のリンカとカークベル隊長が正面からの跡地進入を断念し、横側から入る裏口を探していること。それまで待機し合図を待って、無理せず敵の注目を引きつけておいてくれと伝えてきたことを。
彼は返信として、現在の敵の規模と状況、そして『光の魔法士』の行動などを送り返した。
特異な能力持ちを集めて編成された特殊部隊だが、さすがに五人の部隊員と女性騎士だけで百人もの戦士を相手にするのは不可能だと理解している。
目標は、異名持ちの他国の殺し屋ひとりだ。戦闘は不可避でも、戦争に出向いたわけではない。ひとりの犯罪者の捕縛に、部隊員全員が全滅では笑い話にもならない。
伝言通りに裏口を見つけてくれよ、と副隊長は祈る。
「そんじゃ、相棒が出てくるまでにすこしでも敵さんを減らしておくとしようか……」
斥候が苦手なジャルがロイの見張りについているのを視界の端で確かめ、他の部隊員とエマの輪に近づく。
「隊長様が戻るまでに一匹でも害虫を減らすぞ! 気張れよ!」
いつもの薄笑いを口の端に浮かべ、副隊長は一同に激を飛ばした。




