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39話・『翠の魔女』とトゥーリオの民 4

 何ごともなかった様子で部屋から出てきた私たちに、玄関ホール隅のガラス張り茶室でお茶をしていたエマさんが飛び出してきた。

 その後ろから、蒼褪めた顔色の女性がついてくる。

 名前を名乗ることなく、ただ主の部屋に私たちを案内をした女性。


「お話はすみましたか?」


 エマさんが、強張った笑顔で慎重に問いかけてくる。

 私はハイと答え、後ろの彼女に視線を投げた。


「そのお顔では、カムナ氏が私に何を行うつもりだったかご存知だったようですね。なら、こうして無事に退出してきましたので、ご心配なさらないでください。ただ、それ相応の返礼は置いてきましたから」

「えっ……」

「何を話したくて私を招いたのか教えてもらえないまま終わりましたが、こんな歓迎をされてはあなた方を信用できませんから結構です。では」


 私は、何があったのかを彼女だけに伝わるようピシャリと言い切った。

 エマさんには理解できないやり取りだっただろうが、聡明な彼女は雰囲気だけで状況を察したのか、口を閉じて私の横にぴたりとついてくれた。その後ろにギルが立ち、戸惑っている女性をけん制してくれている。


「あ、あのっ、すこし待って……外でいいので私と話してくれませんか!」

「……あなたと? なぜ? あなたは無関係の方でしょう?」

「無関係って……」


 可愛らしい顔がわずかに歪んで不機嫌になり、私を映す目に険が浮かぶ。どことなく私を侮っている感情が透けて見え、腹の中で小娘が生意気にとでも思っているようだった。

 と、私と彼女の間にエマさんがと立ちはだかった。


「招いておきながら名も名乗らず、案内だけならメイドと疑われても仕方ありませんわよ?」


 凛とした声が、鋭い指摘をする。

 エマさんに言われて先ほどの己の行いに思い至ったのか、女性は蒼白だった顔を羞恥に赤く染めた。


「も、申し遅れました。カムナの孫娘でアーヤと申します。数々のご無礼お許しください。どうか、お話をさせて……」

「アーヤさん、なぜそこまで私に? あなたのご祖父様が私になさったことを知っているなら――」

「『翠の魔女』と詐称する女たちが、祖父にやたらと会いにくるんです。だから、あなたが本当に『翠の魔女』なのかを試したのだと思います」


 アーヤさんが恥じ入りながらも絞り出したのは、なんとも妙な事情だった。

 また、ここでも詐称かぁ。なんだか異名持ちでいることが、嫌になってくる。


「『翠の魔女』がトゥーリオの民であり、とある条件下でしか生まれないのは皇家と我が一族しか知りません。見るからに別の人種であれば即門前払いで済ますのですが、トゥーリオの民であれば……」

「さっきの力試しで真偽をってことですか?」

「はい」

「碌でもない試練ですねえ」

「解毒剤を用意してありますから」


 私が言った『碌でもない』を、彼女は人間相手に行った力試しを指してのことだと誤解した。だから、解毒剤があるから大丈夫なのだと言い訳する。

 私はあからさまな傲慢さに呆れ、閉口した。

 

「私が指摘してるのは、『緑の』異名持ちでありながら植物をあんなふうな使い方するなんてって言ってるんです。まぁ、判らないでもありませんが。攻撃特化のスキルが多いみたいですし?」

「それは……」

「気づかないと思いました? この都市がなんで防衛用の外壁もないのに発展していってるのか。それは、あの外周を囲む林にカムナ氏が魔力を注いでいるからでしょう? まるで都市結界の魔道具に定期的に魔力を注ぐみたいに」


 一見すると公園程度の林だけれど、たぶんあの樹々は変化して敵を撃つ迎撃用兵器だ。もしかしたら、広範囲の草原までも一瞬の内に凶悪な武器に早変わりするのかも。

 だから、彼らはこんな環境で生活できる地位を手にできたのだ。異名持ちの老人ひとりで、何百もの兵隊の代わりができているのだから。


「そこまで、お気づきでしたか。ならば、なおのこと話を聞いてくださいっ」


 アーヤさんの声や表情から余裕は消え失せ、額に薄っすらと汗を滲ませながら首を垂れる。

 その必死さに、私はふたりの護衛に目で判断を問いかけた。

 

「リンカの好きにしろ」


 ギルの低い声が私の意思を優先させ、エマさんは困り顔で肩を竦めてみせた。


「わかりました。では、外の……どこか個室が取れるお店で」

「ありがとうございます。すぐにご用意しますので」


 ほっとした様子で表情を緩めたアーヤさんは、すぐにマギ・フォンを片手にどこかへ連絡を入れた。有力者の孫娘の頼みなら、どこの高級料理店でも即座に個室を用意するだろう。

 案の定、すぐに私たちを振り返り、まだ硬さの消えていない微妙な笑顔で店の名を告げた。



 昼食を食べ損ねていた私たち一行には、アーヤさんのお誘いはとっても都合が良かった。

 意地汚いかも知れないけれど、お高い料理を気兼ねなく食べられる幸福感は異国じゃたびたび味わえるものじゃない。大体、初っ端からシェルク様のお屋敷での食事から始まってしまっては、口が肥えるのもやむを得ないというもの。帰国後の食生活が物凄く侘しく感じられるんだろうなー。

 ただし、美味しい料理を食べながら始まったアーヤさんの話は、消化が悪くなりそうな予感がする内容だった。

 エマさんとファミーナさんには頭を下げて別室で食事をしてもらっていたため、話を終えた後にその判断は正しかったと思えた。

 話の冒頭は、『翠の魔女』の詐称の件だった。


「カルミア王国の隣国サンスーン帝国は、公式に『翠の魔女』を捜しているのです。名目は皇帝直属の宮廷薬師としてお迎えするためにだそうで、それ相応の地位を約束すると宣言しております。もっとも、条件として『緑の魔法士』である祖父に証明書を発行してもらうことが定められて……」

「それで、詐称する人たちが絶えないわけですかあ。あっ、でも証明なら保護局があるのでは?」

「彼の国には保護局はありませんし、保護条約にも加盟しておりません。当然のことを守れない輩が多いから条約など作らなければならないのだ、と」


 私は瞠目した。サンスーン帝国の主張が、とても真っ当だったから。


「国家としては正当な見解ですね。そこに大臣並みの重用を約束するとなると……詐称してでも召し抱えられたくなるのも道理」


 私だって、これが帝国の本意であれば即座に名乗り出ただろう。

 でもね、権力者の腹の底が綺麗なわけないって知ってしまった今の私では、あまりにも条件が良すぎることに疑念しか湧かない。


「信じないでください! 帝国の出す条件など罠に置いた餌でしかありませんからっ」

「でしょうねえ……」

「帝国の――皇帝バルラの真意は、『翠の魔女』を捕らえて禁忌の小箱を発動させるためなんですっ。リンカ様のお母様が逃亡なされたのは、『翠の魔女』を彼らの手に渡さないためなのです!」


 ええ!?


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