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22話・情けない魔女の失態

 私が気を失ったのは、別に驚いた衝撃でとか毒の成分にやられたとかじゃない。

 これは『翠の魔女』のスキルのひとつで、拙い物を回避する能力。

 例えば、使えない毒草や淀んだ魔性を発する鉱物や魔物素材などを、不用意に扱わないよう反射的に回避する。

 通常なら嫌な気持ちになって側に寄れないとか、見たり接触した瞬間にダメだと本能が判断を下す程度の軽い反応なんだけれど、件の鉱石が発する禍々しい魔性に負けたというか……私が油断してしまった結果、醜態を晒してしまったわけ。

 忌避感を覚えたり防御反応が出たら、即退避すれば失神することなんてなかったのだろうけど、いきなり強力な魔性にあてられた上に焦りのあまり逃げ遅れた。

 つまり、能力的な問題なんじゃなく、未熟者の大失敗である。

 シェルク様から【鑑定】して欲しいと頼まれたけれど、結局スキルを使う前に私自身が《よくない物》だと意図せず証明してしまった。

 会った当日にこの失態。

 いまだに依頼内容ははっきりしてないけれど、これじゃお断りされてもしかたないかなぁ、と凹み中。

 気絶から目を覚ました瞬間から、ずっと後悔と反省の時間を過ごしている。

 ただし、治療院の簡素なベッドの上じゃなく、とっても心が落ち着く柔らかで素朴な色合いの部屋で、どこを取っても豪奢な造りと物に溢れた邸宅の中にあるとは思えない安らぎ空間だった。

 何事もなく過ごせば、きっと心安らかに就寝できたんだろうけどねー。

 とにかく初めての経験で、件の小箱を見たことより気絶してしまった自分にショックを感じでしまって――空腹もあって、落ち込みから立ち直れないままベッドの上でゴロゴロうじうじしていた。


 窓の外はすでに薄暗く、自動で点灯する魔道具の照明がすこしずつ明るさを増し始めた頃、扉越しに侍女さんに声をかけられた。

 慌てて居住まいを正し、心配そうな顔で入室してきた彼女に、たっぷり休んだから大丈夫ですと伝えて安心させた。

 たぶん、彼女が私の世話をしてくれたのだろう。私は下着姿でベッドに寝かされていたし、キレイな状態の服が衣装箪笥の中にしまわれていた。


「いろいろお手数をおかけしたようで、ごめんなさい」

「いえ、お気になさらず。長旅でお疲れだったのにご無理をさせたと、主も悔やんでおりました。ご夕食はこちらにご用意いたしましたので、ゆっくりと召し上がって明日の朝までたっぷりお休みください」

「……ありがとうございます」


 何から何まで手の行き届いた気遣いに、私は恥ずかしさのあまり手のひらで顔を覆って呻きながら礼を言った。

 侍女さんの朗らかな笑い声が、わずかに心を軽くしてくれる。

 その間にも、彼女はできぱきと夕食を乗せたワゴンを引き入れて、食事の支度を整えてくれていた。私の体調を気遣い、テーブルなどない寝室のこの部屋で食事がとれるように大き目のワゴンを使っている。

 すべての用意を終わらせると、侍女さんは姿勢よく私の前に立った。

 

「主からご伝言がございます。明日は、ご朝食後に国王陛下とお会いしていただくご予定が入っております。お時間などはご体調のお具合をみて、と申しておりました。どうなさいますか?」

「予定通りに進めてくださって大丈夫です、とお伝えください」

「畏まりました。では、また後程」


 侍女さんは、ため息が出るような所作で一礼すると部屋を出ていった。

 残された私はもそもそとベッドから降りて、簡易テーブルに用意された夕食をいただく。

 食べ慣れない料理でも味は美味しく感じ、豪勢な晩餐とかじゃないだけ気楽でいいかと自分を慰めた。

 明日は、カルミア国王と会見だ。

 気軽にどーぞなんて言われてるけど、そんなわけにはいかないだろう。

 とにかく、すこしでも英気を養わないと! と気合を入れて、一日目を終わらせた。



 翌朝はすっきりとした気分で目覚め、侍女さんが起こしに来る前に支度を終えていた。

 持参したよそ行きの衣装に着がえながら、凝った縁取りの姿見に映った自分の姿に溜息を零す。

 別にうっとり陶酔してたんじゃないよ? 何を着ても私でしかないなーと諦めの心境に至ってただけ。

 これでもうすぐ二十二になる女だと、自分の容姿ながら思えない貧素さを見て笑うしかない。彫りの浅い小さな顔に目だけきょろっと大きくて、まるでショーティーみたいだ。

 あ、ショーティーはマジュの家でお留守番です。さすがに得体の知れない生き物を、外国へ連れ込めませんから。

 薄青のドレスに上質な裏皮素材の裾の長い上着を着こみ、ちょっとだけ踵の高い靴を履く。シルクの手袋とベージュの軽いマントは侍女さんに預けて食堂に向かった。

 だだっ広い部屋に長ーいテーブルがあり、その一角にすでにシェルク様が待っていらした。


「おはようございます」


 朝の挨拶に続いて、昨日の失態を謝罪しようと口を開きかけたところ、先にシェルク様からお詫びされてしまった。

  

「おはよう。昨日は悪かったね。体調はどうだい?」

「ご迷惑をおかけしました。どうも強く防衛反応が出たみたいで……」

「ああ、そういうことか。私はまた毒にでもあてられたのかと思って慌てたよ」

「申し訳ありませんでした。普通なら拒絶反応が出るくらいで、意識を失うとは思わなくて……私自身も驚いてます」

「詫びるのはこちらだ。危険な物だろうと見当がついていたのに、詳しい説明もせず……すまなかった」


 しゅんと肩を落とした私に、シェルク様は目を細めて優しい表情で頷いた。

 それからは和やかに食事を取り、すこしの食休みを挟んで、いざ王城へ!

 あの豪華な馬車に揺られながら、向かいに座ったシェルク様に国王様との会見の内容をさらっと教えられた。

 本来、私に仕事を依頼したのはシェルク様ではなく、カルミア国王リカルド様だ。その前準備として、私はシェルク様のお宅に招かれて『試された』のだった。

 あの小箱を見せて、私がどんな反応をするかとか、詳細な知識を持っているのかとかだ。


「まったく無反応で知らないと言ったら、あの時点で依頼は終了だったのですか?」


 ちょっとだけムッとしたが、返ってきた答えに機嫌を直した。


「いや。あれとは別に『翠の魔女』殿には頼みたいことがあるのだ。それは、私ではなく陛下から告げねばならぬことゆえ……」


 お仕事は別にあると言われて安心したが、切れた言葉尻が気にかかった。それきり会話の穂を継ぐことなく沈黙し、王城を目指した。

 

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