21話・依頼と警告
私の率直な見解は、崇高な『星の魔法士』様に大打撃を与えたらしい。
でも、遠見スキルを持つシェルク様が遠い目をして呆然としていると、遠見中なのかどうなのか判断がつかなそうな雰囲気だ。
だから、ちょっと心配になって声をかけた。
「シェルク様……大丈夫ですか?」
「『翠の魔女』殿……すこしは老体を労わろうと思わぬか? 先ほど頤を解いただけで体力の半分を失ったというに……」
儚い風情の佳人が、片手を胸に眉を寄せて苦しげに吐露する。シェルク様の裏側を知らない人たちは、この弱々しく萎れた風情に心打たれて騙されるだろう。
私は騙されないぞ。心配して損した。
「異名呼びは慣れないので、リンカと呼び捨ててください。それと、そのお姿で、老体とか言われても困ります」
「だが、私はロンドより上だぞ? 正真正銘の年寄りだ」
なんだか孫に労わって欲しがる祖父の発言のように聞こえてきて、私は心の耳を塞いで、長寿自慢については無視を決め込んだ。
「……私の動向を覗き見してる暇があったら、ご自分に寄ってきそうな不穏分子のほうに注意を払ってください。相手は『光の』異名持ちなのですから、油断は禁物です」
私が多少の嫌味を込めて、それでも不安から注意喚起し終えた次の瞬間、シェルク様の瞳が本当に光を灯して煌きだした。
さまざまな色水晶の欠片が交差するかのように、キラキラと煌きが揺れる。
「リンカ……私の心配よりも、己の周囲に目を配りなさい。私の助言は、意味をなさなかったようだ。……猟犬の鼻は利きが良すぎる……」
初めて対面した時に聞いた、抑揚のない人間味の欠けた声音が、私にさらなる助言をする。
私の未来に、何かがあるらしい。
それを視ている『星の魔法士』は、何が起こるかを明確に口にはしない。
それにしても、また猟犬か。
意図せずギルバートさんと再会してしまった時、シェルク様が彼を猟犬と比喩したことに、罪悪感を覚えながらも納得してしまったのよね。追いかけられている意識はないけれど、なぜこうも短い間に私の行く先々で――とも思ってしまう。
けれど、それはギルバートさんも同じだ。彼から見たら、私が追っていることになる。
同じ国で縁ができ、同じ日に一緒に中央に帰って、同じ日に同じ国へ向けて船に乗った。
これは単なる偶然。なにしろ、関係者が重なっているんだし、今回のことがなくても、いつかは再会していただろう。
「シェルク様、彼は私を追ってきたわけじゃないんですよ。『光の魔女』の護衛として同行してきただけで、私とは無関係な――」
「その異名持ちの魔女が私を篭絡に来る、と告げたのはリンカだ。目的は違えど、目指す先は近い」
「私がさっさとお仕事をすませて、さっさと帰国すればいいんです!」
ふうと大きな息を吐く。
シェルク様はまたクツクツと笑い、侍女さんがお茶と一緒に運んできた素朴な飾り彫りがほどこされた木の箱を手に取った。
「では、依頼内容を話そうか」
シェルク様はそう言って、手にした木の箱をテーブルの中央に置く。
手早く仕事を終えると宣言した手前、私は姿勢を正して箱を見下ろした。
一見すると宝石箱みたいだけれど、それにしては横長だ。幅は私の手のひらくらいで、長さは私の肩幅よりちょっと小さいかな?
「なんですか? これ」
「今回の依頼に関する物が入っておる。まずは、中の物を【鑑定】して欲しい」
謎々のような説明をするなり、箱の蓋が開けられる。蝶番でぱかりと上に開けられるものと思っていたら、箱の縁を掴んで横に引いた。箱の縁近くに左右一本ずつ溝が刻まれ、差し込まれた蓋を横に滑らせて開閉する仕組みらしい。
面白い箱に興味を引かれて身を乗り出し、そのレリーフをじっくりと観察した。
「これだが、見たことは?」
シェルク様が、中が見やすいようにわざわざ箱を傾げてくれた。
中には、いろいろな石が――鉱石――がキレイに並んで鎮座していた。
青、黒に近い緑、紺と白が混じる物、純白の丸みを帯びた物、深紅。
一つずつ確認してゆくにつれ、首筋がちりちりと総毛だつのを感じる。
「これは……すべて希少鉱です、よね? 世界のどこからも採れなくなって久しいと言われている……」
「正解だ。が、私が尋ねたいのは、そこではない。これの用途なのだよ」
今までが擬態だったような重々しく低い声音で、シェルク様は私に問いかけてきた。
確かに私は知っている。
希少なことも重要だけれど、この鉱石の存在はもっと別の意味を持っている。だから、あえてその辺りを避けた。
喉の奥が震えて、言葉を発するのを躊躇させる。
言いたくない。話したらダメ。本能が必死に拒絶する。
「そ、それは……」
ぐっと喉が鳴って、いきなり嘔吐感がせり上がってきた。苦い味が舌を痺れさせ、不快感にぶわっと背中に冷汗が浮かんだ。
話さなければいけないと思う私と、話してはいけないと拒絶する『翠の魔女』の意識が、頭の中でせめぎ合う。
視界が鈍く霞みだしてめまいが起こり、体全体がゆらゆらとふらつき、しまいには起きていられなくなって横倒しに倒れた。
脂汗の浮いた頬を受けとめてくれる柔らかい座面にほっと力を抜いたところで、パシンと何かを閉じる音がした。
「リンカ、すまんな。ああ、起きなくてよい。そのまま横になっておいで」
「それ、どうしてここに……あるんですか?」
尋常じゃない私の様子を見て、シェルク様が急いで箱を閉じたようだ。
「それを話す前に、これらが何かを先に教えておくれ。知っておることなら些末事でもよい。急がねば、死人がでるやもしれん……」
ああ、と、胸の内で叫んだ。
もうすでに人の命に係わってしまっているなら、この場で言い繕うのはむしろ悪手だ。
「それは、薬にもならず、なんの役に立たない猛毒を生み出すだけの石です。その石一つひとつにまったく別の効果があって……組み合わせることで、さまざまな用途に適した毒ができるんです……。人の手にあってはならない……も、の……」
そこで、私の意識は途切れた。
後になって、なんて無防備なんだと、とある人物に叱られた。




