16話・腐り果てた茶番劇
集まった者たちがそれぞれ円卓の席につくと、サイル局長が仲介役となって被害確認と謝罪の場を設けたことを説明した。
次に、軍部のお偉いさんとその側近らしき二人の中年男性が、耳障りな濁声で調書らしき物を読み上げて、私に確認と訂正を求めた。
内容は、簡素にまとめられた事実の羅列。
ロベルトや他の隊員との会話や行動など、原因究明に関連しそうな証言など求められることなく、淡々と事の流れだけを追って確認を取るだけのようだった。何が原因で事が起こったのかなんて、この場ではどうでもよいことらしい。
私は、反論も訂正もせず頷いた。
前回同様、加害者ロベルトは同席していなかった。
それだけで、彼らが何を言い繕っても私の心に響くことはないだろう。またか、と呆れるだけだ。
それよりも、もっと気になることがあった。
私の向かい側に座る、美男美女の二人組だ。
男性はきっちりと軍の制服を身につけ、女性は似合いの上品なドレスに制服の上着を肩に羽織っている。
すぐに彼らが軍所属の異名持ちだと悟った。が、なぜ同席しているのかが不可解だった。
女性は私と視線が合った途端、唐突に立ち上がり怒りの形相で食って掛かってきた。
「あなたが余計なことをしてくれたおかげで、私の経歴に傷がついたわ! どうしてくださるの!?」
なんとなく見覚えのある容貌だけれど、知り合いに心当たりはない。私が親しくしている異名持ちはあまりにも少ないし、ロンド婆ちゃんが亡くなった時点で片手でさえ余る。
「シーラ、控えろ!」
隣りに座っている男性が、鋭い声で彼女を制する。
シーラの名を聞いて、軍直轄治療院に所属する『光の魔女』だと思いだした。となると、隣の男性異名持ちが『光の魔法士』かなと推測する。シーラを叱責した瞬間に漏れ出た魔力が、私の骨折を治癒してくれた感触に似ていたから。
それにしても、いきなり『光の魔女』に因縁を吹っ掛けられる理由が思いつかない。
「あの、何をおっしゃっているのか、皆目見当がつかないのですが」
シーラを制止した男性に構わず、私はしっかりと彼女の吊り上がった目を見て問い返した。
この場は、私に対して謝罪するために設けられたんだと思っていただけに、説明もなしに責められる謂われはない。
もし、私に落ち度がるとすれば、それは私の油断と治療院に確認を取らずに患者に会ったことくらいだろう。それさえも、依頼側が済ませておくべき内容だ。
正々堂々と背筋を伸ばして、私は『光の魔女』シーラを見据えた。
「なんてこと! あなた、『光の魔女』である私の名誉を損なったんですのよ? それがどんなに罪深いこと――」
「ですから、私が何をしてあなたの名誉だか経歴だかに傷をつけたとお聞きしているんですが?」
「あなたが勝手に患者を診て、勝手に診断を出したことですわ!」
思わずぽかんと口を開けて、一瞬絶句した。
なぜ、それを私に言うの?
「それは私の責任ではありません。私に依頼なさった方に訴えてください。私は、お受けした仕事をこなしたまでですので」
私に依頼したのは、レイゲンス夫人だ。そのレイゲンス夫人に話を持って来たのは、甥のロベルトになる。
好きなように、好きな方に訴えたらいい。
私が思い通りに応えないせいか、シーラの表情がどんどん歪んでゆく。
美しい顔はどんな表情をしても美しいなんて言われているけれど、実際は感情が現れているんだから醜悪に見える人もいる。ことに、目の前で薄汚れた腹の底を、理解不能な理論でくるんで喚いている美人が良い例だ。
名誉だなんだという前に、自分が私に何を訴えているのか理解してるんだろうか? 正常な感受性と常識を持っている人間なら、こんな恥ずかしいことを大声で言えない。
私は大げさな仕草で溜息を吐き、シーラに呆れていると意思表示した。
「ひどい人ね……これで私と同じ異名持ちとは。理解なさっていらっしゃらないのかしら? あなたは『光の魔女』である私の、神から下されたお役目を奪ったんですのよ? もっと誠意をもって――」
「つまり、異名持ちの治療師であるあなたの落ち度を、外様の私が発見した点が気に入らないと? だから、恥をかかせた私に誠心誠意謝罪しろと?」
ここまで頭の悪い人が軍治療院の――それも『光の魔女』――治療師を務めているとは思わなかった。
彼女に比べれば、レイゲンス夫人が動揺のあまり漏らしてしまった本音が、可愛らしく思えてしまう。
なにが『光の魔女』だっての! 患者を見殺しにしそうだったくせに!
反省するならいざ知らず、それを見つけた私が悪いだと!?
「患者には、治療を受ける権利があるんです! そして、治療師には、患者が支払う報酬に見合うだけの治療を施さなければならない義務があるんです! 患者に落ち度を謝罪するならともかく、なぜ私があなたに詫びる必要があるんですか!?」
バカじゃないの? とまでは口に出さなかっただけ、まだすこしは冷静さを残している自分を褒めた。
「わかっていないのはあなたよ! いい加減、身の程を知って、私に『星の魔法士』様からの依頼をお渡しなさい! それで、あなたの罪を許してあげるわ」
え?
束の間、私は固まった。これで二度びっくりだ。
何か奇妙な台詞が耳に届いた、気がした。
私は冷め切った視線をシーラからゆっくりと移動させ、斜め向かいに座っているサイル局長とその隣の女性秘書に固定した。
サイル局長は顔を赤黒く染めてわなわなと身震いし、秘書官は真っ白な顔を伏せて小刻みに震えていた。
それだけで、何がなされたか理解した。
「保護局とは、個人情報を簡単に他者に漏らすんですねぇ……。『月の魔女』や『星の魔法士』が登録を拒否した理由が、よーく判りました」
地を這うような低い声で糾弾すると、サイル局長はぶるりと痙攣した。
「こ、これは、ちが、違います! けっして……」
誰がどう漏らしたかなど、どうでもいい。そういう体質を放置してきたのが問題だと言ってるの。
病的に震え出したサイル局長からシーラに視線を戻し、子供に言い聞かせるように理解しやすく話して聞かせることにした。
「ところで、依頼を寄こせとおっしゃいましたが、それは先方にお伺いしてください。招聘依頼はお受けしても仕事内容はまだ伝えられていませんので、あなたに代わってもらってよいのか私には判断できません」
「言われなくても打診しているわ!」
そこまで聞いて、私は席を立った。
ここに居る意味がないのは、十分に知れた。
後は、一階の窓口でカードを受け取れば、もう保護局に来ることは未来永劫ない。
私は、誰かの許しを乞うことなく大会議場をあとにした。
シーラ以外の人たちはいまだに唖然としたままで、私が黙って部屋を出ていっても止める声は追って来なかった。
ただ、昇降機の前に着いた時、確かな身なりの熟年夫婦が追いかけてきた。
彼らは私にロベルトの両親であることを告げ、夫婦共に憔悴し切羽詰まった表情で、事件当時の息子と私の会話の内容を教えて欲しいと乞うた。
「それは……彼からお聞きになっていらっしゃるのでは?」
「ロベルトは……軍本部の留置所内で、亡くなったの……」
「えっ!?」
一瞬の内に血の気が引き、痛いほどの衝撃が全身を走った。




