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15話・彼方からの招請 3

◇◆◇


 グラーディア保護局長は、私の申し出に一瞬返す言葉を失ったようだった。


「……な、何を……」

「ですから、私の出国手続きを先にしていただきたいと。理由は、仕事です。向かう先はグランディオス大陸のカルミア王国。『星の魔法士』直々のご依頼です」

「それ、それは今……すぐというわけには……」

「では、どれくらい時間がかかりますか?」


 白亜の殿堂と称される巨大な中央政府庁は、共和制になる前にこの一帯を治めていた王の居城を改築した物だ。

 高品質の白水晶をふんだんに使って建てられた王城が基にされただけあって、現代風な夢のお城の佇まいだ。

 その高層階に位置する上品な応接室で、私はサイル局長を前に「先に、出国手続きをお願いしたい」と頼んだ。私が急に現れたものだから、関係者が集まるのに時間を要すると説明され、それならばと思ったのだ。

 異名持ちが他国に招聘されて出国すること自体、別に珍しくはない。それこそ世界規模で保護を謳っている手前、受け入れ先の国が認めるなら、本人の意思ひとつで移住すら簡単にできる。

 常識的な範囲なら、行きたい場所に自由に行き、住みたい場所に住む。それが、異名持ちが保護局に登録する時に与えられる特例のひとつだ。ただし、国籍変更や法令違反があった場合は認められないけれど。

 そんな中、他国からの仕事の依頼などで出国するのは、特例どころか一般人の扱いと同じはず。ただ、一般と違う点が、保護局を通して手続きを行わなければならないだけ。


「は、はぁ……」

「ま、私は登録抹消の出願をしてましたんで、なんならこのまま一般の出入国窓口に向かいますが?」

「それは、まだ受理されていませんので、無理です!」


 大汗をかきながらもごもごと不明瞭な応対をしていたサイル局長は、私の開き直った脅し文句を聞いて、さすがに声を荒げた。


「それなら、速やかな対応をお願いします」

「……仕方ありませんなぁ」


 サイル局長は頬を引きつらせてぼそりと返すと、おもむろにマギ・フォンを取り出し局員を呼びつけた。

 逃げ道が通ったことにほっと一安心し、私は冷め切ったお茶で喉の渇きを潤した。

 ここまで来ると、後はどうでもよかった。

 謝罪や慰謝料なんて貰っても、不信感や嫌悪感が消えるわけじゃない。たとえ許しを与えても、誰がどれだけ反省してるかなんてわからないんだし。

 どうせなら、加害者のロベルトを気のすむまで殴らせて欲しいかな。もちろん、ストロング・ドロップを使用して、だ。

 でもなー、ちょっとだけ治療薬師の私が拒むのよ。人を傷つけること。そのために薬剤を使うことを。


 出入国管理課の局員がマギ・ディスクを持って現れると、そこからはとても迅速に手続きが行われた。

 若い女性局員は、申込者の異名持ちが私だと知ると目を丸くし、それでも黙って作業を続けた。どーせ、私の容姿を見て一瞬疑ったんでしょうね。

 局員ですらこれなんだから、他の人の反応なんて推して知るべしだ。


「それでは、ここに刻印を」


 テーブルの上に真っ白で薄い石板が用意され、私の前に置かれた。

 私は軽く手を握ると魔力を通し、手のひらに浮かびあがった刻印を確認して石板に押しつけた。

 サイル局長と局員が共に息を呑んで、石板に転写された刻印に見入る。

 翠と銀の二色で織られた二つの刻印が、ゆっくりと石板に飲み込まれ、煌きながら拡大する。


「……こ、これですべての手続きが完了しました。お帰りの際にカードをお渡ししますので、ご予定が終了いたしましたらお声をおかけください」

「わかりました」


 その声を合図に、私とサイル局長は立ち上がる。

 出国手続き中、サイル局長に関係者が揃ったと連絡が入ったのだ。

 静まりかえった長い廊下を進み、専用昇降機で大会議場に向かう。近づくに従って、鳩尾辺りがじくりと痛みはじめた。

 それに、ずっと背中が肌寒い。

 この建物の正面玄関前で、ギルバートと別れた直後から。

 振りかえりもせず、きびきびとした動作で去ってゆくギルバートの背を見送りながら、型通りの言葉しか口にできなかった自分に、可愛げないなーと苦笑するしかなかった。

 もう顔を合わせる機会はないだろう。多難が待つ彼の無事を祈って、その後は忘れようと思った。 

 でも、正面の石段を下ってゆく彼の姿が消えた時、あの暗いマジュの森で迷子になったような心細さが湧きがあり、それからずっと背中が寒かった。

 ああ、また私は独りだ。

 この心細さは、単に孤独になった寂しさ。誰かの温もりを側に感じていた後だから、なおさら寒く感じるんだ。


 重厚な両開きのドアが開け放たれ、いっせいに複数の視線が私に浴びせられた。

 室内に一歩足を踏み入れた私を迎えたのは、レイゲンス夫人の悲鳴のような謝罪と泣き腫らしたお顔だった。

 巨大な円卓の端から席を立って走り寄ってくる彼女を、私は薄く微笑んで見つめた。

 彼女の後を白髪交じりの男性が慌てたように追ってくると、私に抱きつく手前のレイゲンス夫人を背後から止めてくれた。


「ごめんなさい。リンカ……本当にごめんなさい」


 延々と続く「ごめんなさい」に、私は首を横に振るだけだ。

 彼女が何に対して詫びているのか、ただ口を突いて出てくる言葉に彼女の心は見えない。化粧をしていても泣き腫らした目元は隠しきれておらず、弱々しい謝罪の声と風情に、被害者の私よりも同情が集まっている。


「もう、お気になさらず。奥様にはなんの罪もないのですから」

「でも、私が無理やり……」

「終わったことです。それに、私のほうもお詫びしなくてはならなくて……。新たな依頼が入りまして、国外へ行かなければならなくなりました。なので……」


 私は微苦笑を浮かべて、レイゲンス夫人に告げた。

 レイゲンス氏に肩を抱かれて今にも倒れそうだった彼女は、ぴたりと涙と謝罪を止めると細い眉を顰めた。

 

「まぁ! それじゃ、私のお薬はどうなるの!?」


 今度の悲鳴は、私に対する素直な批難だ。


「アレクサンドラ!」


 一瞬の内に場の雰囲気は凍り、彼女を支えていた旦那様は血相を変えて腕の中の妻を見下ろす。

 人の内側なんて、所詮はこんなもの。

 いちばん可愛いのは、自分だから。  

 旦那様の呼び声に、自分が放った本音の意味に気づいた彼女は、両手で口元を押さえながらあからさまに狼狽えた。

 私は目を伏せて慇懃に一礼すると、後は無視して指定された場所に腰を下ろした。

 無意味な謝罪は、もう結構だ。


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