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14話・彼方からの招請 2

二話分同時更新。

こちらは二話目です。

 ギルバートを結界の中に引き込み、全身にくまなく目を走らせる。

 肩で息をしながら、流れる額の汗を無造作に袖で拭っている彼に気づいて、居間に駆け込むと鞄と体力回復剤を手にして急いで戻った。汗拭きと一緒に、透明な袋に薄緑の液体薬が密閉されたチューブを手渡し、まだふわふわした気分が残る心を叱咤しながら視診を再開した。

 装備はみるからに傷だらけで、少ない露出部分も血の滲む切り傷や打撲が散らばっている。

 マスクも戦闘途中でベルトを切られたらしく、片手で押さえて使用を続けていたらしい。荒い呼吸がまだ治まらないのを見て、もうすこし丈夫な物を用意しておけば……と後悔した。

 それでも、深手を負った形跡がないことに安堵の溜息を漏らし、せっせと薬を擦りこんでやる。平常なら自分でやると言うだろうけれど、今のギルバートは警戒モード継続中で、私が側でうろちょろしていても気にならない様子だ。


「……敵は?」

「件の魔獣もどきだった。が、今度はあからさまに正体を晒してきたぞ。襲撃者はすべて片付けたが、まだ隠れているかもしれない」


 敵の武器がかすったらしい傷に、殺菌と化膿どめの軟膏を塗る。顎の先に触った時、滲みたのか片目を眇めて耐えていた。

 なんだか、本当に殺気だった獣にでも触れているような気分になり、私の問いかけに答える声が低く硬いだけに、おずおずと指を引いた。

 傷を見れば、どんな凶器が使われたのかおおよそ見当がつく。でも、これは魔法なんかじゃなく、経験による知識の積み重ねだ。

 それだけに、魔獣もどきが付けた傷をすぐに暴けなかったのが悔しい。


「なんだか、いろいろな武器を持った敵だった……みたいですね?」

「よく気づいたな?」

「伊達や酔狂で、こんな場所に住んでいたわけじゃありませんから。もっと冷静だったら、それこそ魔獣の爪痕なんて簡単に見分けたんですけど……」

「ああ、それはもう気にしないでくれ。それこそ、魔獣や害獣駆除に駆り出される俺たちの側が気づくべき問題だ。部下や治療士など、役に立たなかったのはこちらも同じだ。リンカが気に病む必要はない」


 治療が終わると同時に、周辺を警戒していたギルバートは大きく息を吸うと一気に吐き出した。ゆるゆると殺気が消え、彼自身も力を抜いていった。

 思いのほか早い警戒解除に、索敵スキル持ちなのかと見当をつけてみる。特殊部隊の隊長さんだもの、剣術や体術はともかく、他に隠している能力はいっぱいあるだろう。

 鞄に治療具をしまいながら、先に踵を返した。

 もうすぐ陽も暮れるし、いきなり発生したあれこれに疲労感が半端ない。さあ、そろそろ夕食の支度にかかるかなー。

 なんて、怯えもせずに夕食のことを考える余裕があるのは、この家と結界があるからなんだよねぇ。これが森林で迷ってる最中に起った出来事だったら、今頃私は腰を抜かして恐慌状態で泣き喚いているか、悲鳴を上げながら逃げ惑っていただろう。

 暴力は、嫌いだ。

 しかし、向こうからやってくる。


「ところで、さっきのヤツはなんだ!?」


 ほら、背後にも。


「あの御方は『星の魔法士』シェルク様です。丁度、私に仕事を依頼に訪れたところだったようです」

「訪れたと言うが……消えだぞ!?」


 今は、私を護る任務についている。

 もし、私が中央に戻ることを拒絶したら?


「シェルク様の高位スキルでしょうね。遠見……投影スキルとか」

「手を掴まれていたように見えたが?」

「あれは、依頼を受諾した証を交換してたんです。魔力を流して交換するんですが、温もりまで感じましたよ」


 ギルバートは小声で『星の魔法士』と何度か繰り返し呟き、頭の中でシェルク様の情報を漁っているようだった。

 家に入り、鞄をソファに投げ出す。すると、足元に黒い影が纏わりついてきた。


「グルニャッ」


 機嫌よさげに帰宅したショーティーを抱き上げ、調理場に向かう。

 さっきの傷の他に怪我はないか確認してから降ろし、栄養満点の餌を与えた。

 手を洗い、さて何を作ろうかと保存庫を覗きこんでいると、背後からまだ硬さの取れない声がかかった。


「リンカ。すまないが、俺は明日の朝ここを発つ」

「え? 私は……いいんですか?」


 ギルバートの予想もしていなかった台詞に、私は目を見開いて振り返った。掴みかけた肉の塊が棚に落ちる。

 彼は疲労感たっぷりの態で柱に寄りかかり、険しい顔のまま目を伏せていた。


「色々と考えたんだが、どうも個人的な問題が発生しているようだ。このままリンカの返事を待っていると、本格的に巻きこんでしまう事態に陥る。それは、絶対に避けたい……」

「では、私も同行します。ただし、途中までですが」


 今度は、ギルバートが伏せていた顔を上げて瞠目する番だ。


「いきなり……どうした?」

「だから、言ったでしょう? 仕事の依頼が来たって。大陸にある王国からのご依頼ですし、奇跡の異名持ち直々のお誘いです。今度は大手を振ってこの国から離れられます!」


 私は胸を張って告げると、わざと悪い笑みを浮かべてみせた。

 次は逃走じゃなく、遠距離出張です。

 住みよかったら、永住を考えてもいいかもしれない。そんな企みは、わずかも漏らしませんけどね。

 お互い予想していなかった予定変更に、今しがたまで続いていた緊張状態が霧散した。

 ところで、ギルバートの個人的問題だけれど、私にはなんとなく大筋が見えてきていた。全体図の規模はまったくわからない。でも、何かよからぬ考えを持つ者たちが、とにかく必死にギルバートを排除したがっているって感じる。

 しかし、それは私にとって無関係だ。

 シェルク様の助言も気になって、ここは下手に突っ込んじゃいけないと戒めた。今の私には、人にお節介を焼いてやる余裕なんてないんだから。



 翌日の早朝、私たち二人と一匹は足早に魔女の棲み処を発った。

 行動するなら、敵が立て直しを図っている今しかないと。

 またもやショーティーの案内でハイ・マナ・フィールドを抜け、ギルバートが隠していた軍用マギ・カーの無事を確かめると、それに乗り込み一路中央へ向かった。

 最初は私の同行を迷っていたが、元々の任務てあることと到着にかかる時間を考えて決断したようだった。私自身も、嫌なことは早く終えて出国したかった。

 覚悟を決めてマギ・カーと彼の運転操作に身を預け、来るべき役人との戦いに心の準備をした。

 もの凄い速さで遠くなってゆく故郷に、思いを残して。 


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