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12話・中央の思惑 魔女の警戒 3

「リンカ、この敷地に張り巡らされている結界や防御システムは、完全に君に身を守れるものか?」


 訳のわからない不穏な焦りに急き立てられながらも、これ以上余計なことは言うまいと口を閉じてショーティーの治療をしていた私に、ギルバートの硬い声が投げかけられた。

 反射的に顔を上げて彼を見ると、庭に面した窓越しに厳しい視線を外に向けている。私が感じ取った嫌な気配を、彼も戦闘員の研ぎ澄まされた感覚で嗅ぎ取ったらしい。

 ギルバートは戦闘装備を空間収納から引っ張り出すと、静かに手慣れた動作で身につけはじめた。一連の動きは流れるように自然で、あちこちに隠された武器を一つひとつ確認するたびに、彼の気迫がピリピリと尖って引き締まってゆく。

 私はすぐに鞄の中から吸引マスクとカプセルを取り出し、ギルバートに投げ渡した。


「それ、中に詰めてある薬草カプセルが、魔素(マナ)中毒を防止するんです。持続時間はおよそ一刻。効きが悪くなったら切れる前に、そのカプセルと詰め替えてください」

「ありがとう。……この気配は、俺の部下でも仲間でもない。狙いは、たぶん俺だろう。君はここでじっとしていてくれ」

「言われなくても、そのつもりです。ただ、無理はしないでください。手に負えないようなら、一旦引いてここに戻って」

「ああ。そうさせてもらう。俺には別の任務があるからな」


 戦闘準備が整ったギルバートは、最後にニヤリと自信ありげな笑みを見せ、私が渡したマスクで顔を覆うと出ていった。


 パタンと、軽い音を立ててドアが閉まる。

 早まる鼓動に息が詰まる。耳の奥でドクドクと響く、血流の雑音が煩わしい。

 私はすかさず窓に駆け寄り、彼の姿を目で追った。

 広い背中が、ゆったりとした歩みでなだらかな藪原を下りはじめて――いきなり掻き消えた。

 え? と声を上げて、無意識に背伸びをしてしまった。

 どう考えても尋常じゃない消え方なのに、自分の目を疑って下り坂で転んだのかなんて、馬鹿な考えが咄嗟に浮かんだせいだ。

 あー、バカ。すこし落ち着け、私。

 こんな状況下で、相変わらず平和ボケしてる自分の脳を叱りつけた。

 同年代の女性たちと比べても、人一倍修羅場を味わっているというのに、近距離で戦闘が始まっているという現実を、私の脳はまだ飲み込めないでいる。


「単独で大丈夫なのかな……」


 完治したとはいえ、呪い付きの大怪我に魔素(マナ)中毒で意識不明。直後に二度目の切開手術と、傷口を開けたままで三日寝たきり。無事に傷が塞がって完治したっていっても、落ちた体力はまだ戻ってないはずなのに。

 懸念ばかりが浮かんで、じわりじわりと不安な気持ちが膨れてゆく。

 窓の外を見つめていても、何も見えないことで苛立って自然と目がドアに流れる。


「グルッ、ウニャ!」


 私の心情を代弁するかのごとくショーティーが唸り、ドアをガリガリと掻きだした。開けてくれと騒いでいる。


「だめよ。今、外は大変なんだから。それに君は怪我してるじゃ――!!」


 ドドッと重く派手な爆発音が響きわたり、すぐに家がかすかに揺れた。

 攻撃魔法が地を削る音だと気づき、無我夢中で外に飛び出してしまった。

 森林の中から細い灰色の煙が何本も上がり、その連なりで誰かの回避行動が見える。


「ニャッ!」

「あっ、ショーティー!!」


 開け放ったままにしていた玄関から、当然のようにショーティーが駆け出していった。

 追おうにもあまりの速さに追いつけず、結界の境界線で見失ってしまった。あの小さな体が藪の中に消えてしまえば、もう私には見つけられない。

 今の私にできることは、一人と一匹の無事を願いながら防御結界の中で待つだけだった。

 結界の内側を行ったり来たり、時おりあがる衝撃音と地響きに目をつぶって首を竦め、恐る恐る目を見開いて辺りを見回す。


「どうなってんのよ! もう!」


 ギルバートは、自分が狙いだと言っていた。

 確かに彼を狙う犯人がいるのはわかっているが、こんな所まで追って来たというのが腑に落ちない。

 失敗のせいで、焦るあまりの暴挙? これほどまでに執拗に狙われるって、いったいどんな恨みを買っているのやら。

 それはともかく、こんな状況じゃ私を連れ帰る任務は無理じゃないかと思うんだけど。私だって、いくらギルバートが凄腕護衛でも、側杖を食うのは遠慮したい! 声を大にして言う! 大迷惑だ!

 ぐちゃぐちゃに混乱する頭を抱え、長々とギルバートを罵倒していた。

 そんな時だった。


「間のよいところでお会いできた。『翠の魔女』殿とお見受けするが、相違ないだろうか?」

「……っ!!」


 それは、いきなり出現した。

 突如として、至近距離から風雅で品のある美声がかけられた。

 その直前まで、誰の気配も感じなかった。ここまで人が近づけば、絶対に気づかないはずはない。防御結界すら、何も反応していない。

 喉が引きつり悲鳴も出ず、ただただ後ろにじりじりと後退る。


「そう怯えんでくれ。私は『星の魔法士』シェルク・フォーンだ。あそこで樹々を荒らしている輩とは無関係の、な」

「『星の魔法士』――先読みの君!?」


 心地よい声は穏やかな口調で名乗り、それを聞いた私は驚愕のあまり目を見開いて相手を見た。

 結界の向こうに、異装の麗姿が佇んでいた。

 禁欲的な立ち襟に、裾が長く身幅の狭いローブに似た上着と共布のベールを羽織り、左の肩口から垂れる鈍い銀色のマントがいっそう優雅さを引き立てている。この国ではお目にかかったことのない奇異な衣装で、どれもこれも高級な生地と高価な宝石で飾られている。

 そして、もっとも私を圧倒したのは相手の容姿だ。

 ろうたけた美貌は人の域を超え、嫉妬や羨望など感じるほうが不遜にさえ思うほどだった。ただ、惜しいかな目元だけが薄いベールに隠され、視線を交わすことができずにいた。

 

 先読みの君こと『星の魔法士』の異名持ちは、言葉を失って呆然と立ち竦む私に、形良い唇だけでにっこりと微笑んでみせた。

 それだけで、私の小心は慄いた。


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