9話・完治のお礼を告げる瀕死の色男 3
私が何気なく放った質問に、脱力気味のカークベルさんは両目を閉じて再び唸った。今度こそ本当に険悪な雰囲気を漂わせ、もうそれだけで答えを聞いたようなものだ。
呪魔創傷はただの呪われた傷ってだけじゃなく、その裏に深刻な問題が控えている場合が多い。呪術を行使できる誰かが、意図して武器なり魔獣なりに呪いを付与しなければ存在しない傷なのだ。
だから症例も少なく、解呪のできる治療士にしか手が出せない。加えて、誤診されてしまえば呪魔創傷だって事実すら消えてしまう。
自然の中には、猛毒を持つ植物や動物、生物を害する物質を発生させる鉱物などが、未発見の物を含めて数えきれないほどある。
しかし、呪いは自然発生したりしない。意識無意識によらず、誰かが呪わなくては起こりえない現象だ。
つまり、呪魔創傷を使うという巧妙な手口で、カークベルさん及び部隊員を害する計画を企てた人間――犯人――が存在するということ。
だから、私は急いで担当治療士を呼ぶように指示したのだ。
カークベルさんの命の危険もあったが、すこしでも早く犯人捜査に乗り出せるようにと。
「その様子じゃ、犯人どころか事件捜査自体が進んでいない、と」
「俺が傷を負った時点から、すでに十日は過ぎていたからな……」
「まったく見当はつかなかったんですか? カークベルさんの部隊が現場に行く予定を知る関係者とか……その中に負の感情を持つ人とか……」
さすがに『憎まれたり恨まれたりしてるんじゃないの?』とは言えず、ふんわりした表現に変えたけど、『呪い』なんてものを使われてる状況下では慰めにもならないな。
案の定、カークベルさんは苦笑いを浮かべた。
「姓じゃなくギルバートと呼んでくれてかまわん。――俺や部隊に恨みを持つ者なぞ、数えきれないほどいる。そいつらを一人ひとり調べてたら寿命が足りない」
「……へぇー」
初対面と変わらない地位のある年上男性を、名前で呼ぶのは気が引けると思いながらも、私の口から漏れ出た返事は愛想のない平坦なものだった。
「なんだ?」
「数えきれないほどの恨みを買っていると隊長自らが自覚していらっしゃるようなのに、なぜ私はロベルト・アーベルングに殴られなければいけなかったのでしょうか?」
特殊部隊なんて恨まれて当然の任務が多いだろうことは、政府と軍部が大嫌いな私でも想像はつく。犯罪者からの逆恨みがほとんどだろうけれどね。
なのに、あの狂暴魔獣ロベルト・アーベルングは、隊長を侮辱したと怒り狂って私を殴りつけた。
彼の中では、カークベル隊長は人の恨みを買うような人柄ではなく、ましてや呪いなんぞ掛けられるわけがない! といった清廉潔白な人物像ができあがっているらしい。
上司と部下の差はあれど、同じ部隊で一緒の任務に従事していながら、隊長は客観的に判断できているのに、部下はなぜか夢見がち。ロベルト以外の連中も同じなんだろうか……。キモチワルイ。
こんなちんちくりんでも私は女だ。女性の顔を、躊躇なく拳で殴るような最低な男を飼っている軍部を誰が信じるというの。
私の漏らした物騒な一言に、ギルバートは初めて聞いたといったふうに目を見開いて驚いて見せた。
「なっ、どういうことだ!?」
「カークベル隊長信者のロベルト隊員から、すでにお聞きなのでは?」
私は可愛げの欠片もない冷ややかな表情を浮かべ、チクッと針で刺すくらいの嫌味を込めて言い置くと、返事を待たずにさっさと階下に降りていった。
むかむかする胸を深呼吸で宥め、頭を朝食メニューに切り替えた。
朝日はすでに昇り、やっと朝食の用意に取りかかった。
ギルバートを休ませている部屋は、元は私が使っていた。独り立ちの時にすべての私物を部屋から撤去したため、中はベッドと文机と家具以外には何もない。そんな所で食事はできず、ギルバートには申し訳ないけれどと断って階下の食堂まで降りてきてもらった。
災いの関係者になぜ下手にでるの? と思われるかも知れないが、長身で逞しい色男が膝下丈の病衣一枚の情けない姿を晒しているのだ。まるで幼子の寝屋着姿のような格好で、よろよろと階下に降りてきた彼を見て、私は留飲を下げた。
ギルバートは、確かに加害者じゃない。それどころか、死の縁で踏ん張っていた健気な患者だった。
でもね、部下のしでかしたことも知らず、命の恩人を捕獲に来たってなに? 事情も訊かずに任務を遂行するのが、その特殊部隊だってのかしら?
そこを突っ込むため、食堂のテーブルに色々と朝食を並べておきながら、すぐに勧めはしなかった。
「とりあえず、先に聞いておきたいんですけど、どんな理由で私を中央に連行するよう命令されたんですか?」
ギルバートの目は、もはや食卓に釘付けだ。
私の質問すら聞こえているのかわからない。これでお腹が鳴ったりしたら、私の強気があえなく崩れ去るだろう。
でも、それまでは手を緩めませんよ。
「……異名登録の抹消願いが出されたと聞いた。互いに顔を合わせて話しあい、双方納得のゆく結果を出したいから来て欲しいそうだ。それに連行ではなく、捜索だ。君は、治療院から攫われたのではないかと疑われているんだ」
「それはあり得ません。ちゃんと直筆のマギ・ディスクを置いて来ましたし……それに、ロベルトが起こした問題すら知らないご様子ですが?」
「ああ、それは報告を受けていない。聞いているのは、俺の治療に君が助言をしてくれて助かったことだけだ」
なんてことなの? ロベルトが加害者として捕まったとしても、あの場には他の隊員もいたのに、その誰からも報告がなされてないっての? やっぱり、部下全員がカークベル教信者……。
私は深く長い溜息を漏らすとがっくりと肩を落とし、彼に朝食を勧めた。
新鮮な生野菜と香草のサラダに、真っ赤なベルンの実を練り込んだパン。栄養満点で消化もいいガールン牛の肝パテと斑芋の大皿焼き。最後の締めは、樹蜜の入ったシーベルの花茶だ。
ふふっ。じっくり蒸らして淹れました。
詳しいお話は、その胸の傷を掻っ捌いてからしましょう。
それまで、ゆっくり花茶をご堪能ください。




