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君という名のギフト(改訂版)  作者: 睦月 葵
サード・ステージ
40/56

或る日のお伽噺

 君と、お(はなし)をしたね。

 いつかの休日。

 風が優しい(うら)らかな春。

 静かな夏の午後。

 霧雨が降る秋の夜長。

 澄み渡った空を玲瓏(れいろう)な月が渡る冬の夜更け。


 わたしは、床に寝そべってテレビを観ている。君は、そんなわたしの肩口に小さな(あご)を乗せ、優しい息がかかる距離でずっとわたしを見ている。

 君があんまり見詰めるから、わたしはテレビを消して、そっと君に額を寄せた。そして、囁く声でお噺をしたね。


『少し西の方にある大きな街の中のとある小さな町のひとすみで、

ちいさなちいさなにゃんこは産まれました。

とある大きな家の、狭い物置の床下で、

ちいさなちいさなにゃんこは兄弟姉妹たちと産まれました』


 君は、低く喉を鳴らしながら、ぽつりぽつりと続くわたしの声を聞いていた。言葉の意味が解るはずがないのに、実は解っているようで、何だか嬉しそうだったね。


(みぞれ)混じりの雨が降る寒い冬の朝に、

ちいさなにゃんこは産まれました。

まだ目も見えない、産まれたて・ほかほかのちいさなにゃんこ。

ふれるのは、傍らにいる兄弟たちのほかほかと、

ママにゃんこのミルクの匂いだけでした』


 わたしが思いつきで(つむ)ぐお噺を、君はずっと聞いていたね。

 ちいさなにゃんこだった君を、わたしは知らない。

 知らない事を残念だと思ったこともない。

 わたしは、わたしが出会ったままの君がいいのだから。


 ずっと見ていたね。

 ずっと一緒にいたね。

 たくさん、たくさん、おしゃべりをしたね。


 最初は、野良猫のご近所さん。

 今は、大事で大切なわたしの宝物。

 緑の瞳と長いシマシマしっぽが素敵な、灰色猫の君。

 そんな君とわたしだけのお噺をしようか。

 

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