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君という名のギフト(改訂版)  作者: 睦月 葵
セカンド・ステージ
37/56

グレちゃんと変わりゆく冬

 彼氏未満のハナちゃんの男友達は、居たり・居なかったり、増えたり・減ったり、ずいぶん前に聞いていた名前が再登場したり、新しい名前が増えたり、また消えたりを繰り返し、正直言って数年かけてプレイしている神経衰弱のようで、ちゃんと聞いているつもりでもよく判らないことが多かった。

 「彼氏じゃないよ」とか、「特に好きなわけじゃない」とも云うので、なお混乱する。勿論、それらが全部本音だとは思っていない。照れ隠しや、わりとシャイな部分を持つハナちゃんが、自分で自分を誤魔化しているところもあっただろう。


 どちらかといえば、わたしは愛がストーカー化するタイプで、友人でも彼氏でも好きな物事でも、そうグレちゃんや亡き愛犬たろうさんでも───一点集中・ボーリング掘削型というか、どこまでもディープに長く掘っていく(たち)だ。

 十五歳の時に知り合い、十八歳から二十七・八歳頃まで十年程(今思えば短いな……)、最も長く一緒に時間を過ごした友人が、当時の職場の後輩と話しているのを聞いた事がある。わたしが聞き耳を立てていたのではなく、陰口にならないように、彼らがわざとわたしの近くで話していたのだ。

「付き合い長いって聞きましたけど、(あお)さんって怖くないですか?」

「怖くないよぉ。(ふところ)に入った相手に対しては、『どこまで甘いんだっ!』ってぐらい、激甘っ!!」

 さすが、付き合いも十年を超えるとよく判っている。

「碧さんの激甘……」

「怒られる時は、絶対こっちが悪い時だから怖いけど」

「やっぱり怖いんじゃないですかぁ」

「けれど、絶対に見捨てないしねぇ。そのアイに無重力の恐怖を感じるほどさ」

「愛されても怖いんだぁ」

 ───などと、ほぼ漫才のようなやりとりが大真面目になされたものだ。


 つまりタイプの違い故に、ハナちゃんのステップが軽いお付き合いの数々を話として聞く事は出来たが、本質的には全く理解出来なかった。わたしに出来ることといえば、ハナちゃん的ルールを丸呑みし、それを尊重することだけである。

 そういうわけで、わたしとしてもどの(あた)りに判断基準を持って来たらいいのか不明なので、『終わりかな? まだ大丈夫なのかな?』を行ったり・来たりしていた始末だ。


 しかし、その時のその相手ばかりは事情が違った。

 時間と場所を作り、相手を改めて紹介される。実家にも連れて行くという。

 決定的なのは、ぷーと暮らしてもらう為、犬としか暮らしたことのない彼が猫に慣れる事が出来るようにと、猫カフェに行き始めたのだ。

 これはもう、本番だろう。

 彼の実家に泊まりに行くことも多くなり、場合によっては連泊してくるようにもなった。

 その頃のわたしはといえば、リーマン・ショックの影響と介護部門への正式な引き抜き要請もあって、業務変化の事前準備として日勤のみの勤務に変わっていた。毎日出勤し、毎日帰宅しているので、猫娘たちの世話の心配はない。世話の心配だけは……ではあるが。


 そして、変則疑似家族で迎える最後となった年末年始───ハナちゃんは一度も帰って来なかった。

 それが、十二月三十日からだったか、三十一日からだったかは覚えていない。ただ、その後帰宅したのは、三ヶ日も終わった四日か五日のことだったように記憶している。その前のジーザスのお誕生日も不在だった為、十日余りの期間にどのくらい在宅していたか、覚えていない。ぷーを残してのこれほど長い不在は、本当に初めてだった。

 盆も正月も関係がないシフト制の仕事をしているわたしは、公休日以外は普通に仕事に行っていた。加えて、一人だと食事を忘れる傾向がある為、年越蕎麦を食べたかどうかも覚えていない。ただ、帰省者が多いと思われる自宅マンション内も妙に静かで、賑々(にぎにぎ)しい特番をグレちゃんとぷーと三人でくっついて観ていたことを覚えている。

 けれども、そんなことはどうでもいいのだ。ひたすら心配なのはぷーのことである。わたしが付いているとはいえ、ハナちゃんがぷーを置いて長い不在が出来るということを初めて知った。一方では、今度の相手とぷーを馴染ませるように促していて、少しずつ進展はしていても、必ずしも円満に進んではいないとも聞いていた。


 変則疑似家族の解散は近い。

 いつになるかは、まだはっきりしていないし、そのあとわたしがどうするかもまだ決めてはいない。けれど、ぷーは? ぷーの為には、どうするのが一番いいのだろう?


 グレちゃんとぷーが馴染んでいる以上、どさくさに紛れてわたしが引き取るという手も考えた。けれど、そこには三つの問題点がある。


 一つ目は、それでもぷーはハナちゃんが好きだし、ハナちゃんもぷーを大切に考えているということ。

 二つ目は、お世話をすることは出来ても、ワクチンや各種病気の予防や、シニアになった二匹の猫娘たちのケアをする為の経済力が、わたしにはないということ。

 最大の問題は三つ目。わたしにとっての一番はやはりグレちゃんで、ぷーは永遠の二番になってしまうのだということ。───自分は、たろうさんと花子の時に、グレちゃんと花子の時に、嫌というほど思い知ったではないか。例え、一番の子が先にいなくなったとしても、わたしの中で一番と二番が入れ替わることはないのだ。


 悶々(もんもん)と───ずいぶん長い間、悶々と考え続けた結果、わたしからぷーを引き取る申し出をする事はしない───という結論に達した。

 グレちゃんがいる以上、ハナちゃんからの依頼がない限り、わたしからぷーを引き取ると言い出す事はしない。

 わたしの不動の一番はグレちゃんで、何よりもまずグレちゃんの幸福を追求するのが、わたしの望みであり義務でもある。そして、ぷーもハナちゃんも一緒に居たがっているのだから、わたしの勝手な判断で引き離すことなど出来ない。ぷーは、やはりハナちゃんと一緒に居るべきだと思う。


 この時の判断が間違っていたとは、時が過ぎた今になっても思わない。

 しかし───あとになって苦々しい後悔が残った。

 もし、あの時にこうしていたら、あるいはもっとああしていたらと考えずにはいられない、余りにも苦過ぎる、忘れられない後悔が残ることになった。


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