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君という名のギフト(改訂版)  作者: 睦月 葵
セカンド・ステージ
35/56

グレちゃんとみんなの日曜日

 ハナちゃんは、わたしを『ねーさん』と呼ぶ。

 実際九歳年上だが、姉というよりあだ名のようなものだ。そういうことはずいぶん以前にもあった。

 実の弟が、わたしを『姉貴』もしくは『あねさん』と呼んでいたことがあるのだ。わたし自身は呼ばれ方に(こだわ)りがないので、好意ある呼び方であればどう呼んでもらっても構わない。ただ、弟とその友人の遊びに人数合わせで参加したのを機に、この『あねさん』が彼らの間でブームになったことがあったのだ。

「キミたちねぇ……その『あねさん』、姉ではなくて姐で呼んでいるでしょう?」

 反応はテヘヘ笑い。正解のようだ。全くもう、『姐さん』なんて呼ばれてもどこの組の姐御(あねご)でもないのだけれど……。まあ、彼らに悪意があるわけでなし、「別にいいよ、好きに呼んで」とそれを容認した。

 ハナちゃんの『ねーさん』は、この『姐さん』に通じる何かを感じる。まあ、年齢差からいってお母さんとも小母さんとも呼び辛いだろうから、その代わりとしての『ねーさん』だろう。つまり『身内のねーさん』ってことだ。

 それはそれで悪くない。


 ずっと家に居たわたしがタクシードライバーとして働き始めて、在宅時間が半分に減った。しかも、その更に半分は寝ているという状態だ。

 そのせいだとは思うのだが、妹分と猫娘たちの甘えん坊が数十%増量になった時期がある。それが特に顕著(けんちょ)になるのが、全員が(そろ)う日曜日だ。


 とある夏の日曜日の早朝、ただいまとドアを開け、フルフェイスヘルメットを所定の位置に置き、バイクブーツを脱ぐ頃には、狭い玄関先は大渋滞を起こしていた。猫娘たちと、わたしより身長は低いが小柄ではないハナちゃんとが、「おかえり・おかえり」と行く手に(ひし)めき合っているのだ。はっきりいって足の踏み場もない。

 「あいよ、ただいまただいま」と云いながら足元を掻き分けて部屋に戻るのに対して、全員がぞろぞろ付いて来る。どうやら、わたしが長時間留守にしている間に、それぞれがそれぞれに話したいことが出来たらしい。この場合、家庭内ルール上、優先順位はグレちゃん・ぷー・我慢が出来る人間のハナちゃんの順番だ。


 着替えてから改めてグレちゃんに向き合うと、グレちゃんは膝詰め談判の態勢で、イントネーションをつけて、うにゃうにゃと話し始める。勿論、いかなわたしでも内容は判らない。それでも、グレちゃんが話すのなら、相槌を打ちながら喜んで聞く。

「それで? うん、そう、頑張ったのね。それから淋しかったのね?」

 話しているうちに、グレちゃんはどんどん距離を詰め、膝を経由して座椅子に座っているわたしの腹に乗り、胸元でぎゅっとハグをし合う。そして、満足すると、肩越しにわたしの背後にあるベッドへと去って行く。これでワンセット終了。

 次は、わたしとグレちゃんがいちゃいちゃしている間、大人しく横でちょこんと座り、順番待ちをしていたぷーだ。ぷーは、グレちゃんほど自ら伸し掛かって来ないので、「おいで」と呼んで、こちらから抱き上げる。ぷーはグレちゃんほどにはおしゃべり猫ではないが、それでも多少は話す。抱っこしたまま、耳の後ろや喉の下や顔回りを撫で撫でしていると喉を鳴らし始め、「うー」とも「くー」ともつかない声でうにうに・ぶちぶちと話す。

「そっか、ぷーも我慢してたのか、偉いぞ。昨日はママ(ハナちゃん)が居たでしょ? おばちゃん(わたし)が居ないのも淋しいんかい?」

 そうして話しながら、すりすりと甘えるのにも満足すると、ぷーもまた肩越しにベッドの方に去って行く。ツーセット終了 。

 ちらりと見ると、甘えん坊タイムが終った猫娘たちは、満足気に毛繕(けづくろ)いを始めていた。


 ───と、いうことで、いよいよハナちゃんの順番なのだが、二十四時間働いて来たわたしの限界も近い。猫娘たちと話す場合と違って、ハナちゃんは抱き上げる必要がないので、小腹を満たしたり・一杯呑みながら話をする。(おおむ)ね、ハナちゃんの方で昨日は何があったのかとか、わたしが昨夜の勤務で何処まで行ったのかとか、わたしが居ない間の猫娘たちの話や今夜の晩御飯のリクエストなど、他愛もない日常的な話だ。

 とはいえ、通常の日常会話すら成立しない家庭で育ったわたしにとっては、そんなふうに普通で当たり前のことが楽しいのだからいいのだ。ぎりぎりまでちゃんと付き合う。つまり、わたしが寝落ちするぎりぎり寸前まで。


 そしてわたしは、薬の助けもあって安らかに眠った。睡眠導入剤と聞くと拒否反応を示す人も多いが、それがあってやっと眠れる人間にとっては必要なものなのだ。この頃には、発症した当初よりずいぶん軽い薬にもなっていた。

 安らかに眠って、夕方まで目覚めない筈───だった。


 だが、何か目覚めを強要する不快感が───いや、違う。暑い。ちゃんとエアコンを入れて寝た筈なのに、眠っていられないほど、耐え難く暑い。どうして───?

 全く寝足りていない状態で、嫌々薄目を開けると、カーテン越しの陽射しは昼間のものだ。「いったい何が?」と確認すると、信じられない光景が展開していた。


 グレちゃんは枕元に居る。それは当然なのだが───狭いシングルベッドの上に、全員が集合しているではないかっ!

 それだけではない、Tシャツ&ショートパンツで寝ているわたしの露出した首や腕や太腿に、みんなして肉球をくっつけているのだ。ハナちゃんまでっ!!───これで暑くない訳がないだろーがっ?!

「チミまで一緒になって、ナニやってんの?」

「だって、ねーさんの体って、冷たくて気持ちいいから~」

 そりゃあ、わたしは低体温だし血行も悪いし低血圧だし、キミたちより冷たいだろうさ。だからって、寝ている時に4+4+2の肉球を当てられていたら、いくらなんでも暑いんだよっ!(この際、ハナちゃんに肉球がないことは、大きな問題ではない)

「お~ま~え~ら~!」

 うがぁっと吠えて、グレちゃんまでベッドから追い出しはしたものの、暑かったからというより、三人(三匹?)とも甘えん坊の日だったのか、部屋からは出て行かず、なんだかんだと六畳一間の中に(ひし)めき合っている。こういうことで、わたしが本気で腹を立てたりはしないことが判っていての行動だろう。けれど───ごめん、本当に悪いけど、この状況では眠れないんだよ、わたしは……。


 次の勤務は明日の朝から。だからこのまま起床しても、夜にはもう一度眠れる。そして、時間からしてそろそろハナちゃんが、お昼ご飯を欲して「お腹空いた」と主張する頃合いだ。

 わたしはまんまと彼女たちの計略(多分)に(はま)り、寝ることを諦めてシャワーを浴びた。

 泣く子と甘えん坊───特にその子たちが愛しければ尚更───には、勝つことは出来ないのだ。


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