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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
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5話 生じてしまった死の運命

「それでは確かに依頼の完了を確認しました」



 ギルドの受付嬢は、アイエスから依頼主がサインした依頼書を受け取ると、完遂の印を押して手早く引き出しへとしまった。

 驚きを隠せない様子で、惜しみのないささやかな拍手を送る。

 照れくさそうにはにかむアイエスを、受付嬢は顔を覗き込むようにして見つめる。



「意地悪なことしたなって思ってたのに、まさかこんな短時間でクリアするなんて!」



 受付嬢は神童を見るような目で目を輝かせる。

 疲れきってげんなりした神官の彼女を見るに、相当頑張ったに違いない。そう思い込み感激していた。

 実際は全く異なり、無理も苦労もなく極めて当たり前にこなした事実を受付嬢は知らない。



「依頼主に喜んでいただけたようでなによりです」



 アイエスもまさか、洋食屋の主であるガラクとの関わりで滲み出た心労が、受付嬢をこんなにも感動させているとは露ほども思ってないだろう。



「ねえ、あなたってほんとに駆けだしなの?」



 まるでお伽噺の結末を尋ねるような、無邪気な笑みで尋ねる受付嬢。

 アイエスは自らの出生に触れないよう、たどたどしく言葉を選ぶ。



「えと、そのですね、幼少から貧しくて自給自足の生活だったので」



 目を逸らして頬をぽりぽりとかきながら、結局はガラクの時と同じことを言った。

 受付嬢は感動したのか、アイエスの全身をゆっくり見るなり立ち上がり彼女の両手を優しく握り締める。



「苦労人なのね! それが今やこんな素敵な神官に成長するなんて!」



 ついさっきと似すぎた反応にアイエスは僅かな罪悪感を覚え、更に目を逸らした。

 構わずキラキラした視線を投げる受付嬢だが、アイエスの背中にある木弓に気付き顔がはっとする。



「あれ? その弓ってさっきはなかったよね?」



 言われてギクリと冷や汗を浮かべるアイエス。

 武器職人でもないのに、自作したと正直に言えばエルフだと疑われる可能性がある。

 かといって駆けだし冒険者の自分が買ったと言うのもおかしな話だ。

 どう説明するか悩んでいると、微笑む受付嬢の目が怪しく据わる。



「わかった、男ね?」

「……え?」

「そっか。 そうよね、シビアだけどそういう生き方もありかも。 でも覚えといて、愛とは決してかけたお金だけで量れるものじゃないのよ」

「は、はあ?」



 受付嬢は急に天井を見上げると、虚空を仰ぐような寂しい目になりイスに座り直す。その姿はなんともいえない哀愁を漂わせていた。

 過去になにかあったのだろうか。そう思わずにいられないアイエスだった。



 微妙な沈黙が館内に流れる。ギルドにいるのは自分たち二人だけ。この空気はどうしたものか。

 アイエスは気まずさを堪えきれず、ぼそぼそと受付嬢との約束を口にする。



「ところで、例のマリアン城跡地ですけど」

「そういえばそうだったわ。 大丈夫、きちんと教えるから」



 受付嬢はなにもなかったかのような明るい笑顔で、軽快にぽんと手を叩く。



「でも教えるのは私じゃないの。 もうすぐ適任が来る予定だから、ちょっと待っててくれる?」



 言われるままアイエスは近くのイスに腰かけて待つことにした。

 笑顔を絶やさずに仕事をこなす受付嬢と他愛のない話をしながら、待つこと十数分――。



 入り口からギイと音がなり木の扉が開かれた。陽光を背にした二人分の影がある。

 アイエスがそっちへ顔を向けると、慣れた足取りで二人は館内へと入ってきた。



 一人は大剣を背にする、少しボサボサな黒髪と鋼の軽鎧が印象的な戦士然とした少年だ。

 もう一人は紺色のローブを纏い、茶髪のおさげを揺らす可愛い少女だ。一見すると魔法使いに見えるが、腰には細剣を付している。



「臨時募集をかけた結果はどんなもんかな~♪」

「なあ、神官はもう諦めて弓手か魔法使いでも良いんじゃないか? 火力重視で行こうぜ」

「何言ってるのよ。 あそこに行くならヒーラーは欠かせないでしょ」



 少女がやれやれとばかりに首を振って先を歩くが、口角を上げる顔は実に愉快そうだ。

 その後ろを溜め息を吐く少年が続く。

 二人は真っ直ぐ受付へと向かい、受付嬢となにか話し始めた。



「ほんとですかっ!?」



 なにか良いことでもあったのか、少女は両手をあげて跳びはね、随分と喜んでいるようだった。

 受付嬢が二人と話しながらアイエスへ手を向ける。

 するとすぐに少女が満点の笑顔を浮かべ、アイエスへと駆け寄ってくる。

 ――なるほど、とアイエスは合点する。

 少女はアイエスの前でかがむと、じいっと力強い真っ直ぐな視線を投げてきた。



「はじめまして、リンと言います」

「どうも、アイエスと申します」

「今回は私たちとマリアン城跡地に行ってくれるそうで、どうぞよろしく願いします」

「こ、こちらこそお願いします」



 リンが育ちの良さそうな丁寧かつ上品なお辞儀をすると、慌ててアイエスも立ち上がってぎこちないお辞儀を返した。

 えへへとはにかむリンは背後を振り返って続ける。



「で、ついでに言うと後ろにいるのがギデオンね」

「ったく、俺はついでかよ」



 呆れながらギデオンは「よろしく」とアイエスに気さくに声をかけると、アイエスも「はい」とやんわり応じた。

 感じの良さそうな二人で、和やかなムードにアイエスの心は温かくなる。

 見れば二人は薬指にお揃いのリングをしており、気付いたアイエスは関係を察してくすりと微笑む。

 かつて自分の両親もこんな感じだったのだろうか。

 幸せそうで、楽しそうで、恋なんて知らない自分だけども、二人のことが羨ましいと思わずにいられなかった。



「あ、これ?」



 アイエスの視線に気付いたリンが、手にある指輪を顔に近付け愛おしそうに見つめる。

 その姿から目を逸らし、恥ずかしそうに俯くギデオンが初々しい。

 二人はどちらともなく互いの手を握り、恥ずかしそうに目を泳がせる。



「俺たち、この依頼が終わったら結婚するんだ」



 僅かな恥らいこそあれど、それは未来を決めた熱き男の言葉だった。

 その言葉と同時、リンはもう片手を頬に添え照れくさそうに身を悶えた。

 すると受付口の方から羽ペンか何かがへし折れるような音がしたが、気のせいだとアイエスは思った。

 気のせいではないのだが。



「おめでとうございます。 末永くお幸せに」



 アイエスは二人に祝福の言葉を送る。

 こうして臨時のパーティが結成された。

 未来ある二人のためにも、自分は神官としての役割をしっかり果たそうと決意を改めるアイエスだった。

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