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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
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53話 さあ、狩りの時間だ……!

「リチャード、リリスを頼んだぞ」



 建物の入り口にて、グレイシャーが指示をするなりリチャードはこくりと頷き部屋へと向かった。

 そのやり取りは家族というより主と従者であるが、なぜか本来のあるべき関係かのように見えた。



 アイエスは昨日遭遇した狼らの習性についてグレイシャーに尋ねようとしていたが、今となってはもうその勇気はない。

 尋ねたとて、さっきのようにはぐらかされる。

 それに自分とて秘密を抱えてる身だ、彼の言うように仲良くやれるならそれで良しというものである。



 外に出たアイエスとグレイシャーは樹林の縁にある木々を見やる。

 目につくのは暗闇のなかにぎらつく数多の眼光。ゴブリンどもだ。



「グレイシャーさん、やはり秘密にしたままゴブリンたちを迎撃するのですか? せめて屋上に避難するだけでも違うと思うのですが」



 小声ながらにアイエスが尋ねる。

 陽はもう既に落ち、夜になっている。

 建物の住人も殆どが眠りに就き、いくつかの部屋から灯りと声が僅かにもれるばかりだ。

 当然ディーテは起きているが。陽気な歌声が開き戸から流れ、夜風に乗って樹林に響いている。

 ゴブリンどもに対する最良の抑止力である。

 リリスは今頃夢の中だろうが、それはむしろこれからのことを考えると好都合だ。

 二人は地面に敷かれた装束にある矢を鷲掴み、各々の矢筒に納めながら話し続ける。




「ああ、あいつが歌ってる限りは大丈夫だ。 それに今夜は酷く天気が良い。 雲が流れてはいるが、最高のお月が拝めるだろう。 それはいただけない」



 グレイシャーは警戒の眼差しで夜空を睨む。

 まるで真打ちはそこにありと言わんばかりの顔だ。

 彼の意図が読めずに、アイエスは首を傾げる。



「月がなにか不味いのですか? 晴れとはいえ今は夜です。 リリスちゃんのお体に影響はないのでは?」



 むしろ彼女は月は大好きだと、どんなことを昨夜は言っていた。

 確かに様子は少し変だったが、とりわけ体調に支障はなさそうな感じだった。

 思い出しながらアイエスは続ける。



「昨晩一緒に屋上でお話ししましたが、特に問題はなさそうでしたよ?」



 アイエスの言葉を聞くなり、グレイシャーの矢を持つ手が止まる。

 して愕然とした顔で口を開けたまま、アイエスを見やった。

 焦燥やら不安やらのまじった複雑な目をしている。



「外に、出たのか?」

「はい? 出ましたが何か?」

「大丈夫、だったのか?」

「え? まあ夜でしたし陽光は問題なさそうでした」

「違う……! そっちじゃなくて」

「風邪、ですか?」



 そこまで話し、グレイシャーの言葉が止まる。

 この様子を見るに、アイエスは何やら不穏な空気を感じ取った。だがそれを追求したとて、きっと何も話してはくれないだろう。

 自分が知るべきではない、或いは知ってはならぬ秘め事なのだと本能的に察した。



「今夜、ゴブリンどもの襲撃を乗り切ったら、打ち上げをしよう。 あいつ……君の仲間も必ず見つけてみせる」

「わかりました」

「すまない。 だが何も聞かないでくれ」



 やがて許しを請うようにグレイシャーは悲嘆した様子でそう言った。



「いえ、気にしないで下さい。 言いたくないことなんて、誰にだってあるでしょうから」



 アイエスは気にせず、微笑んでそう答えた。

 きっと彼もまた、己の背負いし運命に足掻いているのだろう。

 二人はやがて矢筒にたっぷりの矢を収めると、揃って立ち上がる。

 して周囲にぎらつくゴブリンどもを見やった。



「意外と少ないですね」

「ああ、今夜に備えて昼寝してるやつらが多かったからな。 寝て起きたら周囲は仲間の死体だらけだ、そうなれば逃げ出すやつだっている」

「そうなると、つまりここにいるのは?」

「仲間を殺されたことに憤り、怒りに我を忘れた連中だろうさ」



 アイエスはその言葉を聞くに、さきの裂かれた腹から花を咲かせたゴブリンを思い出し、胸に込み上げる甘酸っぱいものをなんとか堪える。

 とにもかくにも、予定調和ということだ。



「この程度の数でしたら、今夜を凌げばもう大丈夫そうですね」

「ああ、当初はただの消耗戦を覚悟してたが、君のお蔭で随分と楽になったよ」

「私だけじゃないと思いますけどね」

「わかってる。 あいつだろ?」



 アイエスはふふんと小気味良く笑う。

 彼女の示してる存在など言わずとも知れている。

 夕刻より何度か響く地鳴りからして、あの騎士がどこかでわんぱくをしてるのは間違いないだろう。

 なんとかここの位置を知らせることができれば、話は早いのだろうが。

 ともあれ――だ。



「そろそろ始めるか。 作戦、という程でもないが、流れはさっき話し合った通りだ」

「そうですね。 ゴブリンには悪いですが、自然の秩序に従っていただきましょう」

「さあ、狩りの時間だ……!」



 月明かりの落ちる樹林に、二人の眼光が閃く。

 黄金の狩人と白銀の狩人。

 片や森の先住民たるエルフの血を流す根底からの狩人である。

 しかしてもう一人は、白銀の美丈夫にして得体の知れぬ黄金の大弓を持つ、謎の残る狩人だ。

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