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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
54/57

51話 います、あの騎士さんが、この樹林に!

 あれからずっとゴブリン狩りをしていたアイエスとグレイシャーは、休むこともなくひたすら樹林にこもっていたが、気が付けばかなりの時間が経っている。



 天気は快晴、思わずアイエスは苦笑いをする。

 きっと建物にいるリリスは、心底がっかりしてるだろう。

 だが見上げた空にある強い陽射しは、もう陰りを見せている。夕刻前だ。

 それに焦ったアイエスは、黄金の弓から矢を放つグレイシャーに目をやる。



「あの、もうすぐ夕暮れです。 どうしましょう?」



 アイエスの言葉に気付いたグレイシャーも、頭上に手をかざしながら空を見上げ、太陽の位置を見る。

 この方法で昼夜を計るのはエルフに限ったわけではないが、少なくとも長らく自然に住まないと身につかないはずだ。

 さっきのゴブリンに対する見識といい、この男はどうやらアイエスが思ってるよりもずっと手練のようである。



「ふむ、二人で百は狩ったはずだ。 夜までに少しでも減らしとかないと」

「リリスちゃんの昼食は大丈夫だったんですか?」

「問題ない。 いつも昼時に帰ってるわけじゃないからな、備蓄してる乾物でも食べてるだろ」

「なるほど、リチャードさんのお昼も?」

「ああ、大丈夫だよ」



 話していると、グレイシャーがくすくすと笑う。



「どうしました?」

「いや、飼い狼に対して餌じゃなくてお昼なんて言う奴は珍しい。 その辺は見た目通りの奴だな」



 それはつまり子供っぽいということだろうか。

 アイエスは反応に困り仄に頬を赤くするが、グレイシャーの様子からして馬鹿にしてる感じではない。



「とにかく一度戻りますか? 夜までにもっと狩るにしても、せめて建物の住人には何か伝えといた方が良いのでは?」

「出直すのは賛成だが、住人に伝えるのはなしだ」



 グレイシャーは周囲を見渡し、適当な木から枝をへし折り、アイエスに投げながら言う。



「リリスちゃんはわかりますが、他の住人は大人の方々ですよね? 話し合って打開策を講じるのは?」



 足元に投げられた枝を掴み、枝を削ぎながらアイエスは意見する。

 矢作りの共同作業だが、今日一日ですっかり呼吸が合うようになってしまった。

 手元に狂いはなく、投じられる枝を次々に矢にし、足元に置いてゆく。



「朝も言ったが、ここはもう手遅れなんだ。 下手に伝えて逃亡なんかされてみろ、ゴブリンどもから逃げきれずに餌にされるのがオチだ」

「でも、私たちが手助けすれば」

「無理だ。 建物にいるのは十人にも満たないが、一人逃がせば全員逃げたくなるに決まってる」

「なら全員で動けば、リリスちゃんだって厚手の服を着れば大丈夫と言ってました」

「それこそ無謀だ。 住人は冒険者や軍人じゃないんだ、統率は乱れるし体力だって乏しい」

「なら、どうすれば」

「策は一応考えてある」



 グレイシャーは枝の選定を止め、地面に並ぶ矢の数々を二つの束に分ける。

 片方を自らの矢筒に納め、もう一つの束をアイエスに手渡し、そのまま立ち上がって歩きだす。その後をアイエスが付いて行く。

 方角は言わずともわかる。目指すは建物だ。



「策、とは?」

「ゴブリンどもは臆病だ。 君の強さを知ったやつらは、夜になって建物が静まってから来るだろう」

「罠かなにかを?」

「いや、罠で捕らえるにも限界がある」

「では何を?」

「歌だ」

「歌、ですか?」

「静まらないと襲えないのなら、夜通しうるさければ攻めあぐねるはずだ」

「……まさかディーテさんに?」

「ああ、まさか俺が本気であいつの歌を頼りにする日が来るとはな」



 前を行くグレイシャーの声は自嘲気味だ。

 どうやら自分でも根拠に欠いてる自覚はあるらしいが、他に手段無しといったところか。

 とはいえ、その通りだとアイエスも思う。

 感情や思いだけでは現実を変えられない。よって建物の住人には黙っておくのが最良だろう。

 幸か不幸か今は梅雨だ。

 今日も天気こそ快晴だが空気は湿気を孕んでおり、こんな時季に進んで建物から出ようとする者は少ないだろう。



「もちろん罠も用意する。 手伝ってくれるか?」

「はい、喜んで!」





 建物に戻ったアイエスとグレイシャーは、暖炉の広間にて小休止をとっていた。

 二人の他には、当然のようにリリスとディーテがいる。リリスはまだしも、ディーテまでいるのはちょっと可笑しい。これがムードメーカーというものだろうかと、アイエスは微笑む。

 一方のリチャードは外で見張りをしていた。



「二人共お疲れさま~」



 リリスが水瓶から木のコップに水を注く。

 いつもは一緒に休憩してるリチャードがいないことを不思議に思ってるのか、少し浮き足立っている。



「お姉さん、お友達には会えたの?」

「いえ、それがまだなんですよ」



 まさか、それどころではなくなったとは言えない。

 あの騎士ならば、どんなに数が多かろうとゴブリンなんぞに遅れはとるまいが、むしろ気にせず既に樹林から去ってても不思議ではない。

 実は騎士に助けを請おうとも考えたが、そうなると夜までに合流しなければならなくなる。

 だから合流できないことも踏まえたうえで、手を打っておかねばならぬのだ。

 ちなみにグレイシャーにはこの案は却下された。

 前に遭遇した際、相当過酷な撤退戦を強いられたのだろうか。



「目立つ奴だったからな、一応外にリチャードを待機させてるから、気付けば教えてくれるだろ」

「あ、それで今日はリシャード外にいるんだ」



 得心がいったように、リリスはぽんと手を鳴らす。

 しれっと嘘を言うグレイシャーにアイエスが訝しい眼差しを投げるが、彼は気にせず水を呷る。



「しかしアイエス嬢のご友人が、まさか闇の権化にくりそつだとは♪ これは面白い奇譚ですな♪」



 とりあえずではないが、自分の旅の連れを捜してもらうのだから、当然詳細を話した。

 したらグレイシャーやリリスよりも、ディーテが最もこの話に食いついている。

 ディーテは吟遊詩人故にそれも当然だろう。きっとこのようにしてお伽噺というものは脚色されていくのだろうと、アイエスは悟っていた。



「よし、もう一狩り行くか。 見つかると良いな、あの不気味な騎士が」

「ディーテさん、今夜も歌を頼めますか?」

「良いとも良いとも♪」

「え、お姉さん今日も泊まってくの?」

「ええ、もう夕暮れですから。 合流できても樹林は出られないでしょうから」



 これは方便である。

 実際は樹林のなかでひしめいてるゴブリンどもを、一匹でも多く駆逐するのだ。

 言うなり、リリスとディーテの顔がぱあっと明るくなる。

 見るにアイエスは、その笑顔を必ずや守るのだと強く胸の奥で決意する。



 建物から出ると、空に浮かんでいる太陽はもうすっかりオレンジ色になっている。

 アイエスはせめて雨が降ってくれればと、空へと祈りを捧げる。



「急ごう、夜は近い」

「はい」



 グレイシャーが急ぎ足で樹林へ向かいだした。

 その時だ――。



 樹林のどこからか、落雷したかのような空に響く轟音が鳴る。

 地が揺れ、木々が震え、鳥たちは夕焼けに飛び、樹林が一気に騒がしくなる。

 その覚えがある轟音にアイエスの体が震える。

 少し前までは、この震えは恐怖の震えだった。

 だが今はどうだろうか、あの騎士がこの樹林にいるのだ。それがわかっただけでこんなにも胸が高揚してるではないか。



「います、あの騎士さんが、この樹林に!」

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