閑話 死の商人
この世界の大陸をおおまかに二分するならば、二種族の領域に分けられる。人間とエルフの領域だ。
言うまでもなく他の種族にも領域はあり、未だ知られてない未踏の地も残されてはいる。
だが人間とエルフの統べる広大な領域に比べると、それらは猫の額にも等しい。
戦争の始まった理由とはなんなのか?
どれだけの命が散れば終わるのか?
何を以って争いの終わりとするのか?
そして戦争と平和の価値とは――。
少年には何もわからない。
鋼の鎧を纏えど、守る者を定めようとも、悲惨さ極まる戦争の意味や終わらせ方など知る由もない。
心優しき少年にもわかることがあるとすれば、それは己が一介の騎士であること。
否、一介の騎士に過ぎないということだ。
「えーと今日の予定は、武器の配送到着による納品の確認と試用か」
夜明け前の肌寒いなか、鎧を纏った少年は兜を抱えながら、木の板に張り出された予定表を見ている。
辺境にある前哨地に配備されて一週間が経った。
戦場での生活に体が慣れてきた頃だ。
朝は夜明けよりも早くに目覚め、狩りにでる。
食糧が支給分だけでは足りないので、木の実を獲ったり魔物や獣を捕獲するのだ。
下っ端である少年は連日狩りの隊列に加えられ、この一週間で百匹以上の魔物を狩っている。
まだ剣は与えられてないので、借り物ではあるが。
実戦を迎える前に、少しでも剣を振るって慣れておけということらしい。
「おい、名誉騎士の小僧」
「はい」
背後からの声に少年は全身で振り返る。
姿勢を正し、自分を呼ぶ上官殿を真っ直ぐに見る。
立っていたのは聖騎士だった。
この前哨地において、騎士長に次ぐ二番目の権威を持つ猛者である。
傷だらけの鎧には、黄金神への忠誠の証として大きな十字架が胸部に装飾されている。
彼は己が腰脇に付してある銀刃を鞘ごと手に取り、少年に手渡す。
「貸してやる。 早く剣の扱いに慣れろ」
「いつもありがとうございます。 徐々にですが上達してるつもりです。 この一週間で自分は魔物を百匹は狩りました」
「抜かせ、どうせラパンとかだろ。 低級な魔物など一日に百匹でも足らんくらいだ」
「はい、胆に銘じておきます」
少年は胸に悔しさを僅かに滲ませ、剣を受け取る。
自分ではどう間違っても振るうことの叶わぬ聖騎士の剣――装飾剣。
聖都マリアンで祝福を受けし、波状にゆらめく刃を持つ豪奢な剣だ。
もっとも辺境の村から出てきた少年は、聖都になど足を運んだことがないのだが。
「小僧、今日はいつもより倍以上の魔物を狩れ」
「はい。 日々精進する気構えで参ります」
「そういうことではない。 今日は客が来る」
「客……ですか?」
「予定表に書かれてるだろ。 武器を担いだドワーフどもが営業に来るぞ」
その単語を聞くなり少年の背筋がぞくりと冷える。
武具に限らず様々な物品造りが得意だと言えば聞こえは良いが、連中らは売る相手拒まずだ。
今は戦時中にて好景気なり。
それもこれも――。
「エルフと同じ武具を使うというのも、なんだか虚しいものだと自分は思います」
「言うな、私とて何も思わんわけではない。 だがドワーフより優れた武具工は、決して多くはない」
「使わねばエルフに負ける、ですか?」
「向こうとて同じだ。 使わねば人間に負ける、そう思ってるに違いない」
話しながら少年はふと借り物の装飾剣を見やる。
この剣だってもしやと思うが、それを問うほど馬鹿ではない。
毎朝こうして真剣を振るわせてもらってるのだ、訓練所で使ってた木の剣などではない。
「ドワーフといえば、腕は立つが売値がやたらに高いと聞きますが?」
「そうだな。 だから少数だけ買い付ける、そして人間の鍛冶師に模倣させる。 質は落ちるがな」
「まるで戦争のたかりやだ。 誰かが“死の商人”と言ってましたがその通りだと思います」
「だがドワーフにだって養う家族がいる」
そう言って聖騎士はドワーフを庇う。
多種族を庇うとは、この聖騎士は不思議な男だと少年は思う。
素性どころか顔すら知らない。
だが自分に剣を貸してくれるし、色々なことも教えてくれる。面倒見が良いのだ。
騎士長は余り好きになれないが、少年はこの聖騎士にはどこか惹かれるものを感じていた。
「話し込んでしまったな。 とにかくそういうわけだから、魔物を多く狩れ。 ドワーフは大食らいだ」
「はい、了解致しました!」
そして少年は聖騎士と別れるなり、狩りをする面々と合流していつものように狩りに発つ。
狩りを重ねて装飾剣が手に馴染んできたが、自分に配備されるのはこんな業物ではない。それくらい少年にもわかる。
下っ端の自分に与えられるのは、鋳型に溶かした鉄を流し込んで作る量産品だろう。
一振りごとに鋼を叩き打ちしてるらしいドワーフの業物じゃない。
でも、だけども、いつかは腕をあげて自分だけの業物が欲しい。
だって力があれば、力さえあれば――。
少年には強くなりたいという理由があった。
それは故郷へと無事に帰還すること、この前哨地で知り合った子供を守ること、そして――あの景色だ。
エルフの死体で作ったバリケード、あれが少年の脳裏に焼きついて離れない。
だがバリケードなくばここに拠点も置けず、或いはあの子供だってエルフに殺られてたかもしれない。
一つ考えると、数多のしがらみに絡めとられる。
あれが良いのか悪いのか答えようもない。
ただ思うとすれば、あんなことはやるべきでない。
ならば、一つの単純な答えがあるではないか。
それは強くなることだ。
かの有名な“聖剣の勇者”ならば、戦場を駆け抜ければたくさんの命を救えるだろう。
装飾剣を持てるだけの聖騎士になれば、駆けだしの小僧に力添えができるだろう。
一介の騎士に過ぎなくとも、たった一人の子供を笑顔にできたように。
弱者に優しくできるのは強者の特権なのだ。
「僕は絶対に強くなってやる。 こんな戦争とっとと終わらせてやるんだ」
狩りの最中、少年は人知れずに決意する。
まずはこの後にお披露目を控えてるドワーフご自慢の新商品。
それを狙おう、量産品などではなく原点の一振りをなんとか物にできないものか。
目先の目標を見据え、少年は鎧内で汗を流しながら今日も装飾剣を振るい続けた。




