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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
45/57

43話 だって、恥ずかしいよ……

 結論から言うと、アイエスはとうとう下着を手にすることが叶わなかった。

 あの後リリスに妙な疑いをかけられたアイエスは、全力で逃げる彼女を追いかける形で建物へと入った。

 体力自慢のアイエスではあるが、意外にもリリスに追いつくまでは苦戦を強いられてしまう。

 身の危険を感じたリリスの身体能力は凄まじく、目を張るものがあった。

 仮にリリスの正体が只人に非ずとしても、今のアイエスならば驚かないだろう。

 なんにせよ誤解は解け、今は建物の内部である。

 年季の入った外観とはそぐわず、緑は葉の一枚すらない一面の石造りだった。

 床も、壁も、天井も、全面が石。殺風景の極みだ。



 正面入り口から入った二人は、廊下にあるいくつかの扉を越えて、奥にある広間まで着ていた。

 外がまだ曇り空故か、空き戸から差し込む陽光はないに等しい。

 およそ光源と呼べそうなものは、暖炉のなかで赤々と燃える火のみ。

 その手前に二人は並んで座り、火元に手をかざしながら雑談に耽っていた。



「流されてから色々なことが続いたものだから、すっかり後回しにしちゃってました」



 アイエスは目の前に並べたポーチの中身を見やり、肩をすぼめて落胆していた。

 硬貨の入った布袋はこのまま乾かせば問題ない。

 保存食も洗い直して今日中に食せば大丈夫。

 だが問題は、彼女が世界を渡るのに必要な教材だ。

 母手書きの世界地図、教会で書き記したメモ、それらがびしょりと濡れており巻物だった面影もない。



「大事な物なの? 大丈夫?」

「私にとって絶対に欠かせぬ物です。 とりあえず乾くのを待つしかありませんね」

「そっか、じゃあ気を取り直して、さっきの話しの続きを聞かせてくれる?」

「さっき外で話したことは忘れてください」



 恥らうアイエスはこほんと小さく咳払いをし、頬を赤く染める。

 冷静になってみれば、温泉でリリスが着付けるのを見ていたではないかと今更ながらに思い出す。

 その様子を愉快そうに見ているリリスが、アイエスの言葉に続く。



「そんな可愛い下着があるなら、私も見てみたいな。 最初は驚いたよ、随分と奇特な趣味をしてるお姉さんだなって」

「奇特な趣味、とは?」

「下着の蒐集癖」

「蒐集しませんし、癖でもありませんっ」

「だって欲しいんでしょ? 可愛い下着が」

「でもリリスちゃんだって気になるんでしょ?」

「それはもう、気になって気になって今夜は眠れるか心配なくらいよ」



 声をあげて笑う二人。

 笑い声に合わせるように暖炉の火がゆらめき、二人の影が壁に踊る。

 神官服と厚ぼったいローブを着た二人の娘、ずぶ濡れた二人は着替えもせずに暖をとっていた。

 理由はここに来た時から、暖炉に火が灯っていたからだ。

 おそらくは住んでる誰かが着火したのだろうと、ならばこのまま暖まろうと至ったわけである。



「しかし火を点けた方は一体どちらへ?」

「きっと倉庫よ。 薪の補充じゃないかしら?」



 アイエスが問うとリリスが近くにある鉄のバケツを指差す、そこには残り僅かなまきがあった。



「倉庫に行かなくて良かった」

「あら、どうしてですか?」

「ローブの予備もそうだけど、あれもこれも全部倉庫にあるんだもの。 迂闊に着替えてたら鉢合わちゃうとこだったわ」

「え? 自室で着替えれば良いのでは?」

「それはダメ」

「どうしてですか?」

「だって、万が一にもお父様に見られては“こと”だもん」

「何か問題でも? 私はともかく、リリスちゃんは親子じゃないですか」

「だって、恥ずかしいよ……」



 言ってリリスは顔を仄かに赤く染め、もじもじと身を悶える。

 恥らいと興奮と喜びを織り交ぜたような、リリスの複雑な胸中が如実に現れているとでも言おうか。



「大好きなんですね、お父さんが」

「そうよ。 この身がお姉さんみたいな爆裂系ボディに成熟するまでは、恥ずかしくて見せれないもの」

「…………え?」

「ふふ、いつかお父様を私の魅力で虜にするの」

「あのー? リリスちゃん? 爆裂系なんたらは百歩譲って聞き流すとしても、その後の言葉は一体?」



 アイエスの言葉など今のリリスにはどこ吹く風だ。

 ありていに言ってリリスはファザコンだった。

 知り合って僅か数時間程度で、ここまで第一印象が変わる相手というもの珍しいだろう。

 父親の顔すら知らぬアイエスには到底知りえぬ感情ではあるが、他人様の家庭事情なので特に関与しないことにした。



「そんな訳で、私の恋愛応援してね!」



 とはいえその実、本人からすれば恋愛事情らしい。 あくまでも本人からすれば、だが。



 話しているとヴェールに隠されたアイエスの長耳がぴくりと動く。廊下を歩く足音を捉えたのだ。

 気が抜けてた為か気付くのに遅れ、既にかなり近くまで来ているようだ。

 して、広間の鉄扉がぎいと音をたてて開いた――。

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