表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
33/57

31話 行き先などない。 私は世界を彷徨うだけだ

「感謝する」



 騎士はつまんでいる気絶したラパンへ感謝の言葉を述べた。

 次いでそのまま動脈を鋭利な指先で切り裂くと、切り口から生き血がさらさらと流れてくる。

 真っ赤な命の雫を己が面に浴びせ、面甲のスリットへと注ぎ込む。

 溢れることなく瞬く間に、文字通り黒兜の奥に飲まれていく。

 まるでワインボトルから直に呷るような、実に豪快な絵面だ。



「ああ、生き返る……」



 そして飲み干す、最後の一滴まで余すことなく。

 ラパンに苦しむ様子は見られず、安らかに眠りながら騎士の食餌となった。

 ノドが潤い、思わず騎士から至福の言葉が漏れた。



「あの、なんで生き血を飲むんですか?」



 一方その傍ら、近くの適当な岩に座るアイエスが騎士に問うた。

 彼女は騎士が降らせた木の実をいくつか拾い、今朝の食事にしている。

 だがその手も今ばかりは止まっている。顔を引き攣らせ、ありえないものを見てしまったような顔だ。

 ありていに言って引いていた。

 何度か見た光景だが、これだけは理解できない。

 普段は葉に滴る雫を面甲のスリットに落としたり、雨が降れば立ち止って空を仰いだりと、どこか風流漂うものだったのだが。



「咽喉を潤す為だ。 滋養強壮にも効く」

「でも、エルフでも生き血は飲みませんよ? せめて熱するなりお酒を加えるなりして臭みを飛ばします」

「鮮度の良い血に臭みなどない」

「鮮度の良し悪しがわかるんですか? ラパンが病を患ってるとか考えないんですか?」

「大音響に飛び起き、木の実を喰らわんと押し寄せる活きの良いラパンどもだ。 不健康なはずがない」

「そういうものですかね……」

「それに生き血を飲む種族だっている」

「ああ、吸血鬼ですね」



 血を飲むとなれば、かの種族を思い浮かべない者はいないだろう。

 アイエスはそこでハッとして口をつぐんだ。

 血を飲み、陽を避けるのが吸血鬼の習性なのは言うまでもないことだ。

 では目の前にいる騎士はどうだろうか、今正に自分の目の前で生き血を飲んでいたし、常に甲冑を纏ってるというのは、陽光を避けているとも思える。



「吸血鬼だけではない。 ドワーフや人狼だって血を飲む。 そして奴らはいずれも獰猛だ」



 吸血鬼や人狼は言うまでもないだろう。

 だがドワーフらもまた、獣や魔物の生き血を飲むとはアイエスには初耳だった。



「ドワーフが生き血を?」

「血に滋養強壮があるのを見つけたのはドワーフだ」



 そう言われると、どことなくだか納得できる。

 ドワーフとは洞窟に住む、筋骨隆々な種族だ。

 自分は実際に会ったことはないが、母の話と教会で習った知識によれば特別珍しい種族でもない。



「生き血を煮たり酒を加えるなりし、血が飲めるように考案したのがドワーフだと伝えられている」

「しかしなんでまた生き血なんて飲むのか」

「お前、ドワーフに会ったことないな?」

「まあ、ないですけど」

「会えばわかる。 あの体格を維持する為だろう」



 もの言いからして、とりあえずこの騎士はドワーフではなさそうだ。

 アイエスは思い出したかのように手にした気の実をパキリと割り、中身を口に放った。



「そういえばですけど、騎士さんは何処に向かってるんですか?」



 会話が止まりそうな微妙な雰囲気のなか、アイエスは切りだした。

 気付けば騎士と話し込んでいるが、はたしてこの問いにきちんとした答えが得られるのか。

 険悪な空気ではないし、タイミングとしては悪くないはずだ。

 ぎゅっと握りしめた手を胸に押し当て、緊張した面持ちで血に染まった黒兜を見上げる。



「騎士さん……それは私のことか?」

「ふぇ!?」



 騎士はアイエスを見下ろし、首を傾げた。

 獲物の意図を探るような不気味な眼光が、黒兜の奥から閃く。途端、アイエスは妙な上ずり声をあげ、背筋をビクリとさせてしまう。

 思わぬ言葉に金色の瞳が宙を彷徨う。

 なにか地雷でも踏んだのだろうか、言葉を紡ごうするが口をごもらせてしまう。



「あの、えーとですね、なんて呼んだら良いのかわからなくて、つい。 嫌……でしたか?」

「別に、構わん」



 答えて騎士は歩き、ラパンをつまんだまま周囲を見渡し、何かを模索し始めた。



「行き先などない。 私は世界を彷徨うだけだ」



 その言葉にアイエスは返す言葉を見つけられず、黙りこんでしまう。

 騎士の動きに迷いはない。どうやら石や枝を探してるようで、拾い上げるたびにひょいと放り投げ、一箇所に集めている。

 その大きさを見定めるなり、アイエスは騎士の目的を察する。



焜炉コンロ作るんですよね。 手伝います」

「知ってるのか」

「自然に生きるエルフですよ? 半分だけですけど」



 アイエスは立ち上がり、石や枝の集まる場所に歩み寄る。

 手早く石を囲うように並べ、枝を三角状に何段も組み上げ、慣れた手付きで即席の焜炉を作る。

 するとそこに乾いた草や落ち葉を撒いた。



「はい、できましたよ」



 手をぱんと鳴らして汚れを叩き落とすアイエス。

 すると彼女に向けて、騎士はつまんでいたラパンをさしだした。

 見れば黒兜は真っ直ぐに自分を見ている、そんな気がする。

 どんな表情をしているのかは、皆目検討も付かないのだが。



「くれてやる」

「え、良いんですか?」

「焜炉の礼だ。 エルフなら下処置はできるな?」



 アイエスは頷き、恐る恐る血の抜けたラパンを受け取った。

 不思議な感覚だ。

 ギデオンやリンの話では、騎士はとても常識の及ばぬ恐怖の怪物のはずだ。

 実際に自分もそう思っていた、初めて会ったあの夜だって騎士は間違いなく怪物だったのだから。

 話せば少しは理解し合えると願ってはいたが。

 存外に平和主義者なのだろうか、いやまさか、あんな戦いをする者がそんなはずはない。



 しかし騎士はアイエスの悩みを気にすることなく、血を飲み干したラパンを次々を下処理してゆく。

 しかもその姿が実に板についているではないか。

 一匹掴むと一気に毛皮を剥ぎ取る。

 行いこそ粗野に見えるが手捌きは見事なもので、自然で生きてきたアイエスすらもいつの間にか見惚れていた程だ。

 毛皮の内側は脂乗りが良く、これを丁寧に焜炉へと投じてゆく。それをラパンの数だけ繰り返す。

 こうして焜炉に火種が備わった、後は着火だ。



「あの、火起こしは?」

「そんなものはない。 収斂しゅうれん発火だ」



 アイエスは己が耳を疑い、眉をひそめた。

 言って騎士は正面から陽を浴びる位置に立つと、焜炉に向けて片手をかざした。

 猛禽類のような鋭利な指が開かれると、鏡面状をした手のひらがあった。

 そこで陽光を受けると光線のように反射し、焜炉に投じた毛皮に光点を定める。

 収斂発火とはつまるところ、太陽光の反射と収束を応用した発火技術のことだ。

 だからアイエスが呆然と立ち尽くし、口をぽかんと開けるのも無理はない



「それはその、さすがに気が長すぎるんじゃ――」



 アイエスが言い終わるより早く、ぶすぶすとラパンの毛皮から煙が起こり、すぐに火が灯った。

 手をかざして僅か十数秒のことだ。

 凡そ常識からは考えられない超常的な出来事に、アイエスは目を真ん丸くする。



「え? あの? その鎧は一体何で――」

「とりあえずだ、しばらくは南へ向かう」



 そして湧いた疑問を遮るかの如く、騎士はしれっと己が目的先を示唆した。

 やはりというか、そこに具体性などありはしない。

 再度、黒鎧について聞きなおそうにも、騎士は悠々とアイエスを見下し視線で黙らせる。

 その眼光に射竦められると、何故か黒鎧には触れてはならぬような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ