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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
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2話 駆けだし故に

 アイエスが聖都の街路を駆けてゆくと、次第に喧騒に包まれて人通りが多くなっていく。

 なにより目立ったのが商人たちだ。

 道端で風呂敷を広げて雑貨を並べたり、路肩に荷馬車を停めて花を売ったり、なかには屋台で飲食物を目の前で作ったりと、それはもう多様だった。



「うわぁ~」



 見たこともない景色にアイエスは走る速度を緩め、幼い子供のようにあちこちの露店を見回した。

 目に映るなにもかも全てが新鮮で、口に人差し指を添えながら関心の眼差しを投げる。



 知識としては知っていた。

 エルフの母が正体を隠して露店市場を楽しんだ思い出話を聞いたことがあるからだ。

 その時は人間の父がバレないようにエスコートしてくれたらしい。

 見たこともない父の貴重な情報だ。



 ――そういえば父さんってどんな人なんだろ?



 ふとそんな想いがアイエスの心をよぎった。

 詳しくは知らない。当たり前だ。エルフの社会じゃ当然異種族との交流は禁じられいる。

 今にして思えば、母が父との思い出を語ったのはお酒に酔ったときくらいのものだ。



 歩きながら、あることがアイエスの頭にひっかかっていた。

 露店巡りの思い出を聞いたとき、なにか特別に美味しい物を二人で食べたのが良い思い出だったとか。

 しかし思い出せない。頭にもやがかかったように。



「う~ん……ん?」



 歩いていると、ある標識が目に止まった。

 ドラゴンが咆えてるような黒塗りの絵が木の板に描かれ、木造家屋の前に置いてある。

 なにかピンときたアイエスは、腰脇に付した小さなポーチから数枚の重ねた巻物を取り出した。



 これはアイエスの教材だ。

 母が手書きしてくれた世界地図や、神殿の人たちが世渡りや旅に必要な情報を書き記したメモを巻物にして纏めてある。

 すらすらと教材を広げ、めくること数枚。



「あ、これだ!」



 見つけたのは人間社会での標識を記したものだ。

 指で追ってドラゴンのマークを見つけると、そこには『冒険者ギルド』と記されている。



 ギルドというものは神殿で習った。

 大きく括ると、冒険者というなんでも屋に仕事を斡旋する所だと聞いた。

 どの街や村にも必ずあり、総合案内もするらしい。

 ちなみに神殿に駆け込む者の大半はいずれ、男は冒険者になり女は修道女になるのが定番らしい。



 少女は満面の笑みを浮かべると、さっきまでのもやもやはすっかり忘れ、勇み足でその建物へと駆け込んでいった。







 ギイとした木の扉を開けると、ギルドの中は静かで自分以外に人は見当たらなかった。



「あの~、どなたかいますか?」



 声を投げても返事はない。

 きょろきょろと館内を見渡す。

 目に入ったのはカウンターと木机とイス、それから壁一面に貼られた指名手配書だ。

 自ずと乱雑に張り出された手配書を見ようと壁に近寄る。



「食い逃げ犯、強盗犯、通り魔……」



 見える端から読んでいくと、手配書のなかには人間もいた。さすがにドラゴンやデーモンみたいな上級クラスの魔物はいないが、低級な魔物は言うまでもなくかなり多い。



「あら? これは可愛い冒険者さんね」



 壁の張り出しに夢中になっていたアイエスは、背後からした声にはっとして振り返る。



「あ、お邪魔してます」

「ごめんなさいね。 ちょっと花に水やりしてたの」



 そこにはきりりとしたブラウスに薄汚れたエプロンという微妙にミスマッチな格好をした女性がいた。

 ギルドの受付嬢だ。

 ショートボブの茶髪で、柔和で落ち着きのある声色、大人の綺麗な女性だとアイエスは思った。

 受付嬢は続ける。



「あれ? でも錫杖がないってことは、神殿に仕えてる子かな?」

「いえ、冒険者であってます」

「見ない顔だけど、もしかして駆けだし?」

「むしろ今日からデビューです」



 すると受付嬢は「まあ」と言いながら園芸手袋をつけた手のひらを口に近付ける。

 自分のような見るからに頼りない者が、戦いや狩猟に無縁と思われるのは仕方がないことだ。

 そう自分を納得させながら、アイエスは心に生じた僅かな悔しさを消す。



「あの、お尋ねしたいんですが」

「依頼の請負? それとも手配者の討伐?」



 言いながら受付嬢はカウンターへ入り、ぱぱっと手袋とエプロンをとる。そして速やかに受付のイスへと腰かけた。



「いえ。 ここらにどこか雨風を凌げて、魔物や人目を憚れる場所ってあります?」



 アイエスは忘れていなかった。

 あの夜、黒き騎士が去り際にぼやいた言葉を。

 ――確か、安らかに眠れる場所へ行く。そんなことを口にしていた。

 あれから一週間、まだ近くにいるとは思えないが、とりあえず聞いてみることにした。

 当然、そんな不意の問いを投げられた受付嬢は首を傾げた。



「んー? そんな場所、あったかしら」



 受付嬢にアイエスの真意などわかるはずもなく、言葉の情報ままに記憶を探っていく。

 ほどなくして受付嬢は合点したようにポンと手を叩いた。



「あ! わかった!」

「あるんですね!?」



 明るく閃いた受付嬢の顔を食い入るように、アイエスはカウンターに身を乗りだす。

 すると受付嬢は、アイエスのあどけなさと不釣合いな良く育ったおっぱいの迫力に気圧される。

 小意地悪そうにそのおっぱいを指でツンとすると、プニッと指を埋めプルンッと弾けた。

 頬を赤く染め、慌てて引き下がるアイエス。



「いきなりなんですか!?」

「男でしょ?」

「男?」

「愛しの彼? それとも片想い?」

「え?」

「いいのよ隠さなくて。 いくら清き神官といっても年頃の女の子だもん。 恋くらいするわよね~」



 受付嬢は頬杖をついてニマニマしだした。

 そこでようやくアイエスは誤解されてることに気付いた。

 しかし恋というものを知らないので、どうもしっくり来ない。



「男、なんですかね一応は」

「どんな人? 職業は?」

「本人は一介の騎士を自称してました」

「騎士様!? ということは貴族? まさか王族ってことはないわよね」



 アイエスは意識をあの夜の記憶へと向ける。

 果たしてあの黒き騎士を、普通の男と扱っていいものかどうか。そもそもあの巨体だと人間なのかも怪しい。

 あれはもう男とか貴族王族云々ではなく、自分たちの理解を遥かに超越した存在にしか思えない。

 あえていうなら――性別も職業も『怪物』の一言に集約できそうなものだ。



 アイエスが視線を受付嬢に戻すと、彼女は恋に憧れる可愛らしい乙女の瞳でアイエスを見ていた。

 知らなかったが、どうやら騎士というのはモテ職らしい。



「あの、それで、その場所とは?」



 アイエスの再度の問いに、受付嬢は「ああ!」と呻きながら慌てて取り繕う。



「ええと、あるにはあるんだけど」

「どこですか?」

「危ない場所だから、逢瀬の場所にはとてもお勧めできないかな」

「いや、あの、とりあえず逢瀬とかじゃないです」

「とにかくダメ。 駆けだしの子が行くような場所じゃないのよ」

「せめて場所の名前だけでも!」



 受付嬢は溜め息を吐いた。

 観念したように呆れ混じりにアイエスを見る。



「マリアン廃城よ」

「廃城……」

「そう、五年前にあったエルフと人間の大戦争の時に失われた戦城。 その跡地」



 アイエスは確信した。

 なにか根拠があるわけではないが、あの黒き騎士はそこにいると確信が持てた。

 実にお似合いではないか。

 かつて戦で栄えた城跡、そこで眠るは怪物のごとき黒き騎士。

 きっとそこに黒き騎士はいるはずだ。

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