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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
26/57

25話 圧倒的武力

 むせ返りそうなほど充満した塵煙のなか、武器庫の宙に浮くデーモンが腹を抱え愉快気に嗤う。

 余裕を戻したそのまどろむ眼が見下すは、沈下した床の下にある地下墓地だ。



「ハッハハハハハハハ! 中々の余興であった!」



 黒樫みたいな手羽をコウモリのようにばさばさと羽ばたかせ、両手の平に紫の雷を踊らせる。

 いかな手練だろうと、どのような猛者だろうと、我が黒魔法の直撃に耐えられるものなど存在するわけがない。

 そう思いながらデーモンは勝利を確信し、手羽をしならせ大きくのびをし、周囲の塵煙を振り払う。



「ふむ。 我が黒魔法ライトニングヘイト、仮の器では威力に多大な寂しさが残ってしまうか」



 そうは言うが、デーモンの言葉には傲慢とした高揚が滲んでいた。

 オークの肉体故に本領発揮には至らないが、その威力は周囲の有様を見ての通りだ。

 雷音により窓ガラスは全て割れ、武器庫の床は蜂の巣のごとく陥没し、衝撃は廃城全土を地鳴らせた。

 あのおぞましき落雷の影響なのか、武器庫のそこかしこで紫の雷がばりばりと閃いている。

 残すとこ見えるは、塵煙踊る地下墓地のみ。

 もっとも、あの数の落雷は殺り過ぎオーバーキルかと思われるが。



「はて、そういえば馳走がまだでしたな」



 ふとデーモンが思い出したのは、三人の冒険者たちだ。

 果敢な男戦士、良い匂いのした女剣士、それからなんとも馬鹿げた行動をした人間とエルフのハーフ。

 しかし今となってはそんなのはどうでも良いこと。

 それよりも三人が黒焦げにしてしまったのではないかと、不安と好奇に駆られるデーモン。



「カリカリと焦げ目をかじるのもまた一興か」



 舌で口を舐めずり地下墓地へと降下を始めるデーモン、その目下にて――晴れぬ塵煙が蠢いた。



「!」



 瞬間、塵煙を裂いて飛来してきたのは――巨大な十字架の黒銀盾だった。

 城壁のごときつらを見せ、ひゅんと空を裂きながらデーモンを目指し飛んでくる。

 弩弓から放たれた巨石のように、殺意と無慈悲を込められただけの、ただの投げつけられた盾だ。



「まだ生きているか暗黒の騎士よ、だが無駄!」



 デーモンは黒い瘴気を纏い、降下の速度を緩めずにむしろ一層加速をした。

 迫る十字架の黒銀盾を衰微させ、錆にしてやろうと戦意に満ち満ちた顔で急降下する。

 この瘴気に触れてしまえば、いかな武具でも朽ちて滅ぶまで、そこに例外など――



「まずは盾から朽ちよ! そのまま一気に黒鎧ごと滅ぼして――」



 そして言い終わるより前、デーモンは巨大な十字架と衝突する。

 さきの落雷にも負けない激しい衝撃音が響く。

 まるで巨大な獣が城壁に追突して弾かれたような、否、正にその通りの構図がそこにあった。



「なん……だとっ!?」



 直後、十字架の黒銀盾はひゅるひゅると間抜けな音を聞かせながら落下する。

 城壁のごとき盾面が自分の血で染まり、それを見てデーモンは容認し難い事実を突きつけられた。



「ありえぬ、なぜだ、なぜ錆びない!」



 被ったダメージよりもむしろ受け入れがたい現実にデーモンは驚愕し、羽ばたくことも忘れ、そのまま十字架の黒銀盾と時を置かずに地下墓地へと墜落する。

 地揺れと同時、更に仰々しく舞い上がる塵煙。



「悪魔よ、なにをふざけてる? 戯れのつもりか?」



 一寸先すら見えない視界の向こうから、低い淡々とした言葉が投げられた。

 恐怖の伝令たる怪物の声だ。

 目を凝らせば巨大過ぎるシルエットが塵煙のなかに佇み、見るなりデーモンは焦燥に駆られる。



「なぜまだ立っていられる!? 我が使ったのは地上にいる小神などの小細工とは違う、黒魔法だぞ!」

「はっ。 そもそもが、だ」



 塵煙に蠢きながら、怪物は続ける。



「魔法で戦うなど女々しい」



 次の瞬間、シルエットが翻るなり塵煙が晴れた。

 怪物が足元に転がる武具や肉隗を、一纏めに蹴り飛ばしたのだ。

 デーモンはそれらを避けるべく、羽ばたきながら瘴気を纏う。



「がっ」



 だが無意味に終わる。

 飛来する槍や剣こそ衰微させ落としたが、次いで何か重たいものがぶつかり視界を遮られる。

 そのまま次々と重たいものが襲い、積み上げられ、ついには押し潰されるように地べたに倒された。

 のたうつように身を捩り、辛うじて視界を戻したデーモンが見たものは――。



「オークの死体、だと!?」



 デーモンの驚嘆に答えるように、怪物は近くに転がるオークの死体の頭を鷲掴み、力任せに拾い上げる。

 にわかに力を込めると、頭蓋が潰れてぶしゅりと血と脳漿が垂れる。

 そのままぐるぐると数度振り回し、投げ飛ばす。



「があっ」



 ひび割れていた頭部がデーモンの顔面へぶつかり、砕け、割れた頭蓋から脳漿がぼとりと零れ落ちた。

 血塗れた山羊のような眼が、屈辱と怒りに震える。



「おのれ……!」

「武具こそ瘴気で消してたが、死体は叩き落してたからな。 もしやと思ったが、所詮この程度なのか?」

 


 呻くデーモンが見上げれば、そこに聳えるは暗黒の城塞のごとし巨大な怪物。

 その手に構えしは燃え盛る大剣。

 言うならば敵はたった一人の騎士である。

 されどもその強さは凡に非ず、どころか戦慄に値する。



「早く立て、聖域を侵した貴様の贖いはこれからだ」

「ふん。 これより我が獄界へ誘ってやる」

「やってみろ。 二度と現世うつつよに顕現したくなくなる程の苦痛を味あわせてやる」



 怪物の眼光が黒兜に浮かぶ。

 その殺意に満ちた視線を正面から受け、デーモンは埋もれた死体のなかでほくそ笑んだ。



「目覚めよ我が下僕たち。 死者の隆盛、その忌々しさを怨敵へ享受させよ!」



 デーモンが言うと、魔神の御言葉が記された魔法陣がその場に生じ、周囲へ拡散する。

 それは自らに積もったオークの死体を浸蝕し、どころか離れに累々と転がる死体さえも次々と捉える。



「死者を奴隷と化す黒魔法リビングデス。 さあ暗黒の騎士よ、次は貴様も仲間に加えてやる!」



 オークどもは起き上がった。

 眼に生気はなく、死後の肉体は硬直し、四肢が動けば皮膚や筋肉が割れバキバキと音が鳴る。

 その忌々しい有様を見てもなお、怪物は物怖じなどしない。



不死者アンデッドがどうした。 生きてようが死んでようが私の前ではザコでしかない」

「それはどうかな?」



 にたりと笑みながらデーモンが緩慢に立ちあがる。

 紫に光る五本の指先を掲げ、すっと宙を掻いた。



「往け」



 短く言葉を吐き捨てると、怪物に数多のオークゾンビが跳びかかった。

 足元から、背後から、上空から、音もなく多勢無勢に襲う。

 生前にはありえなかった機敏さで、牙を突きたて、爪で引っ掻き、漆黒の重鎧をぎりりと鳴らす。



「今のそやつらは我が人形、ただのオークの群れとは違うぞ?」



 更にデーモンは続ける。

 両手を広げ、指先を紫に光らせ、ひらひらと宙に踊らせる。

 その姿はさながら指揮者マエストロのようだ。

 腕を振るえば次々とオークゾンビどもは押し寄せ、餌を渇望する獣のごとく一斉に群がる。

 蠢くそれらに飲まれ、怪物の姿が埋もれてゆく。



「は、こざかしい」


 

 だが怪物はつまらなそうに吐き捨てた。

 体に纏わりつく一匹のオークゾンビの頭部を掴み、持ち上げる。

 めきめきと頭蓋の割れる音が鳴らすと、耳や鼻から血が垂れる。

 そして駆け寄ってくるゾンビの群れへぶん投げた。

 ぶつかったはゾンビどもは血肉や臓物を撒き散らしながら転がり、やがてデーモンの足元で止まる。

 


「これはただのオークではないと言ったが、言葉の意味がわからぬか?」



 首を傾げ、デーモンは愉快気に嗤う。

 腕を振るい指先を動かすと、足元に転がるゾンビどもは血塗れながらに起き上がる。

 頭がぐしゃぐしゃに潰れようとも、臓物を垂れ流そうとも、手足が多少なり欠けようとも、そんな程度では動くことを止めない。

 続けて怪物へ紫に光る指を突き向けると、いびきのような声を発してゾンビどもは足早に駆けだす。



「ふん、頭を潰したのだがな。 脳が死んだ程度では止まらぬか」



 怪物の不気味な眼光が閃く。



「失せろ、クズどもが」



 怪物がぼやき、その巨体が激しく蠢いた。

 燃え盛る大剣を舞い踊らせ、流暢な太刀筋で迫るオークゾンビどもの首や手足を切り捨てる。

 次いで黒鎧に纏わりつくゾンビどもも、一匹また一匹と捌いていく。

 丁寧かつ迅速に切断された胴が、腕が、足が、血と共にぼとりと落ちる。

 怪物の足元が、瞬く間に切断された肉隗で埋もれてゆく。

 炎刃で斬りつけた影響もあり、炎が周囲に走る。



「これはこれは中々の腕前で」



 デーモンは惜しみのない賛辞を送った。その顔が焦燥に染まることなどない。

 嗤いを崩さず、息をするように指を動かし、宙に紫の魔方陣を記す。



「だが悲しいかな、こやつらは人形である。 故にいくら死んでも死にきれぬのだ」



 くっくと含み笑いをデーモンがこぼす。

 するとこともあろうか、斬り刻まれた腕がのそりと蠢きだした。

 更に腕だけに非ず、落ちた肉隗の全てが、燃えながら怪物に迫りだしたではないか。

 ゾンビの手足を斬ればそのまま敵の数が増える、つまり戦うほどに敵の勢力は肥大することになる。

 


 怪物の周囲が大量の肉隗で埋め尽くされた、こうなってしまえば戦況は包囲されてるも同意である。

 実際のところ、怪物の四肢は蠢く手足や首に捕らわれつつある。

 じわじわと漆黒の重鎧は燃える肉隗に覆われ、赤く塗り潰されてゆく。



「先に言っておく、そやつらが燃え尽きて灰になるなど期待せぬことだ。 つまり貴様は詰んだのだ」



 デーモンは勝利を確信し、傲慢に大笑いをする。

 低く軽やかな大吼えが地下墓地を突き抜け、廃城に響き渡った。

 まどろみの眼が映すは真っ赤な景色。

 そこには燃え盛る炎に抱擁され、膝を付いた怪物の姿があった。

前話から随分と空いてしまいすみません。

なんとかエタらずに済み、ご声援の力は偉大だなと思うばかりです。

ここ数話アイエスは寝てますが、目を覚ました時を書くのが楽しみです。

次話は数日内に投稿できそうなので、少しだけお待ちください。

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