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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
25/57

24話 ぶちかまし

 陽光の照らす地下墓地。

 武具が散らかりオークどもの死体が転がるなか、冒険者らは瓦礫に隠れ固唾を飲む。

 そして――戦いの刻は訪れる。



「推して……参る!」



 怪物は叫んだ。

 後光を背に、燃え盛る炎刃を掲げて駆けだす。

 砲音のごとく踵を轟かせ、歩を重ねるたび石造りの床をひび割り、塵煙を引いてゆく。 

 黒兜に浮かぶ戦慄の眼が、葬るべき敵を見据え、眼光を不気味に閃かせる。



「くくく、何者かは存ぜぬがお待ち申し上げよう」



 狙われしデーモンは含み嗤いをした。

 変態を終え、デーモンと化した肉体はオークキングだった頃より巨大だ。

 樹木のごとく伸びた四肢、頭に生える螺旋状の角、黒樫のような四本の手羽、見た目の威圧感はこちらとて劣らぬものがある。



「もっとも、ここまで辿り着ければだが」



 デーモンは気圧すように筋骨隆々とした胸を張り、長い尾をしならせ邪眼を怪物へ走らせる。

 邪眼のギロリとした瞳孔、その眼に映るは迫り来る漆黒の怪物。

 コウモリに似た金切り音を鳴らし、あんぐりと大口を開け、刃のごとく歯をぎらつかせている。



「人かエルフか、はたまた堅牢な甲冑からしてドワーフであるか。 なんであれ美味を所望する」



 余裕あらわに嗤うデーモン。

 怪物と邪眼は双方とも速度を緩めず、真正面からぶつかった。

 衝突する重鎧と魔物、鈍く重厚な音が響く。

 怪物の引く塵煙があてどなく舞う。



「さえずるな」



 塵煙の揺らめくなか、怪物は淡々と言った。

 厳つい盾と燃える大剣を両の手に持ったまま。

 まるで締めた万力のごとく胸中に抱き締めるは、言わずもがな邪眼だ。

 ぎちぎちと蠢き、今にも暴れんとする邪眼を逃がさず捕らえている。



「ほう、ならこれは?」



 デーモンが鼻を鳴らすと、邪眼はなお蠢く。

 すると胸中でガチガチと鎧をかじるが、漆黒の重鎧に傷の一つすら付けられない。

 さしものオークすら踊り喰いする大口も、この巨大すぎる怪物には形無しである。



「大した硬さだ。 これは食べ応えがありそうで」



 邪眼を引き戻そうとデーモンは尾をしならせた。



「おや?」



 だがびくともしない。

 重鎧の胸中からまるで抜け出せない。

 二度、三度と尾を引くも、怪物はその場から一歩たりとも動かない。



「なんだ、これは」



 さすがのデーモンも、これには苛立たしげに舌を鳴らす。

 山羊のようなまどろむ目から、余裕が失せてゆく。

 やがて痺れを切らし前屈みになると、黒樫のごとき四本の手羽を伸ばす。

 手羽に膜が張り、羽を広げると、それらは漆黒の怪物へと向けられた。



「失せよ!」



 一斉に放った。

 得体の知れぬ黒き礫を、雨あられと。

 さきのような、有象無象を一掃する拡散としたものではない。

 敵を確殺すべく、火力を一点に集中する。



 怪物はそれを黙して浴びる。

 降り注ぐ黒き礫の集中豪雨。

 絶え間なく金属音が鳴り、散り散りとした火花が滝のように流れる。

 そのなかにおいてもなお、微動だにせず怪物は大きく息を吐く。

 黒兜から不気味な息遣いが漏れると、デーモンは攻撃を止め訝しむ目線を投げた。



「児戯だな」



 怪物は吐き捨てた。

 次いで、その双腕に力を込め胸中の邪眼を一層きつく抱擁する。

 途端に増し増した圧力に、邪眼は歪み始めた。

 少しずつ徐々にゆっくりと、だが確実に圧迫され、邪眼の白目が次第に血走っていく。



「があ、おお……おお!」



 圧力に合わせ、デーモンは狂おしく身悶えた。

 ついに痛覚をともないだした尾の先端、邪眼。

 見れば眼球からは時々、浮いた血管が破れブシュッと血飛沫をあげている。

 今すぐにでも近寄り、あの暗黒の騎士をどうにかしてやりたい。

 されども苦痛に抱かれたこの状態では、満足に手足を振るうことすら叶わぬ。

 所詮オークの肉体ではこの程度が限界かと、デーモンは己が早計さに目眩を覚えた。



「潰れろ」



 怪物のぼやきと同時、邪眼は万力も当然の抱擁に耐え切れず、弾けた。

 バシャン――と、まるで水風船が破裂したような、どこか間抜けな音をたて大きな目玉は潰れた。

 重鎧の胸中からおびただしい量の血が拡散する。



「ぬああああああああああああああああ!!!!」



 デーモンの苦痛に塗れた叫びが、地下墓地を突きぬけ廃城に響き渡る。

 床には滴る血と肉、鋭利な歯の並ぶアゴ。

 それを足蹴にして聳えるは、全身を真っ赤な鮮血に染めた怪物――暗黒の騎士。

 黒兜に不気味な眼光を閃かせると、間髪入れずすぐにデーモンへと駆けだす。



「おのれ!」



 苦悶に顔を歪めながら、デーモンは手羽をしならせ黒き礫を降らせる。

 構わず怪物は踵を鳴らし、転がる邪眼の肉隗を踏み躙りながら猛進する。

 繰り返される礫の雨、生じるは金属音と火花。

 いくらダメージにならぬとて、その衝撃は相当なものであり、怪物の速度が僅かばかり鈍る。



「バカな、なぜだ! なぜ――」



 止まらない。

 怪物は止まらない。

 決して止まらない。

 いかな猛攻を浴びようとも、この怪物が足を止めることなど断じてありえない。

 よって進路上に数多の武具とオークの死体が転がろうとも、我関せずとばかりに進む。



 やがて怪物は走り様に十字架の黒銀盾を正面に構え、僅かに下げる。

 すると盾が石造りの床を砕き、地盤を抉り始める。

 床の石片と数多の武具と死体を盾で押しやり、障害物など意に介さず俄然と突き進む。

 その姿たるや、まるで土木馬車ブルドーザー



「なんとでたらめな……!」



 不機嫌に呻くデーモン。

 ほどなくして瓦礫や武具、それに死体の波が雪崩れるように押し寄せてくる。

 やがて怪物は盾を弾き、溜まったそれらを一纏めに吹き飛ばす。

 すると巻き上げられたそれらは緩やかに放物線を描き、デーモン目掛け飛んでゆく。

 剣に槍と矢、そして石片、時々オークの死体。



「無駄なことを!」



 だがデーモンはニタリと嗤う。

 飛来する武具や死体を見るなり、その場から動かず片手を掲げ、黒い瘴気を漂わせる。

 直後に飛来する武具の雨が瘴気に飲まれると、途端に錆びて失速する。

 衰微したそれらは墜落し、塵をまき上げ、粉々に砕け散った。



「くはは! 我が闇の力の前には現世うつつよの武具など無意味よ」



 デーモンはほくそ笑み、次いで降ってくるオークの死体をもう片手で叩き落としてみせた。

 手に付いた鮮血に舌を這わせ、舐めると、心底満足気に嗤う。

 そして怪物を迎え撃つべく、視線を正面へ戻す。



「我を斃したくば、聖剣か魔剣でも――んな!」



 だが既に遅し、眼前の景色を見てデーモンは間抜けな呻きを漏らす。

 漂う塵煙を裂いて肉薄するは、城壁のごとき盾を構えし、血に染まった暗黒の騎士。



「間抜けが」



 こうして、デーモンはね飛ばされた。

 つまるところ怪物がぶちかましたのは、ただの盾打撃シールドチャージに過ぎないのだが。

 されどもその威力、その威容さからすれば、騎馬戦車チャリオットだと形容せざるを得ないだろう。



「ありえぬ!」



 宙で翻り、ふらつく意識を保ち、デーモンは上空にて制止する。

 顔を引き攣らせ、儘ならぬ戦況に苛立ち、全身が怒りに震える。

 眼下に広がる地下墓地を見下し、その眼が睨むは黙して立ちつくす怪物だ。



「ありえぬ、ありえぬ、ありえぬ!」



 何度もかぶりを振って、心底面白くなさそうにデーモンは呻く。

 そして己が手の平を見つめ、そこに紫の雷光を閃かせる。



「まさか我が“黒魔法”を、こんな不完全な復活直後に行使する羽目になろうとは……ありえぬ」



 眉間に指を添え、嘆息気味にぼやいた。

 面白くなさげに顔を曇らせ、羽をはばたかせ、その傍らに紫の魔方陣が生じる。

 そこに記されしは、冥府に住まう者のみが読み解ける魔神の構築せし御言葉だ。



「真に遺憾だが、我が力、ここに解放といこうか」



 魔方陣が明滅し、紫に閃く雷光が地下墓地にて佇む怪物へと迸る――。

 瞬間、苦痛に悶える人相のような模様が落雷に浮かび、断末魔めいた甲高い雷音が唸る。



「!」



 直撃した怪物の動きがびたりと止まる。

 漆黒の重鎧からぶすぶすと発ち昇る黒煙。

 燃え盛る大剣を杖のように突き立て、雷に痺れる体を無意識に支えた。



「ほう、詠唱もせず黒魔法を放つとは、どうやら並みの悪魔ではないらしい」



 相も変わらず淡々と怪物は独り言った。

 その戦慄の眼が閃く頭上では、デーモンを中心に紫の魔方陣が次々と記されてゆく。

 一つ二つ三つ、それはやがて十をゆうに越え、形成された全ての魔方陣が明滅した。



「名も知れぬ暗黒の騎士よ、これで終わりだ」



 言葉の瞬間、廃城の武器庫と地下墓地は、紫の雷光で満たされた。

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