表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
22/57

21話 疑惑の核心

 アイエスは番えし矢を放った。

 自分を睨む、怒り狂うキングのもう片目へと。

 同時に木弓はついにへし折れ、その役目を終える。

 放った矢が最高の速度で僅かな飛距離を進む。

 戦意の高揚故か、ほんの一刻の流れが悠久にも感じられた。

 折れた木弓を握る両手に思わず力が入る。



 ――これなら!



 アイエスの狙いは間違いなく最適だった。

 リンが補助した剣の投擲も申し分なく、キングの視界と呼吸を大いに乱した。

 よって二人は揺るぎのない勝利を確信し、双方とも思わず笑みになる。



「バカメ! 甘イゾ!」



 だが、しかし。

 キング嘲笑の叫びと同時、矢は鋼をかいたような音と共に弾かれ、直線の火花を引いて消えた。

 こともあろうか、奴は目蓋を閉じることでアイエスの狙撃を防いだのだ!



 自分らの予想を遥かに越えた硬さに驚愕し、まさかの事態に二人の思考は停止する。

 されどもアイエスの体が無意識ながらに動き、跳んだ勢いのままキングへと近付く。



 目を開けたキングは、忌むべき獲物を捕らえるべく豪腕をぬうっと掲げる。

 構わずアイエスは体を反らしてするりと避け、キングの頭から生える大きな黒い角を掴んだ。

 それを支点に翻り、キングのごつい肩へ着地する。



「!」



 キングは獲物を掴み損ねた失意と混乱で足を止め、肩上へ向けてやたらに手を泳がし始めた。

 そのアイエスを掴もうとする豪腕を阻止すべく動いたのは、



「やらせるかよ!」

「女の子の扱いが雑すぎるんじゃない?」



 ここぞとばかりに加勢に参じたギデオンとリン。

 それぞれ左右から剣戟を振るい、火花を散らしながら見事に豪腕を捌いている。

 すっかり数を減らしたオークどもは、今や手をこまねいて近付きもしない。

 流れは最早、完全にアイエスらに傾いたと言って良いだろう。



「オノレ! オノレ!」



 キングが暴れるに際して肩上のアイエスも慌てる。

 片手でしかと黒い角を掴み、もう片手には折れた木弓。

 アイエスが揺られるたび、弦で繋がれた弓幹が双節棍ヌンチャクのごとくぶらぶらと揺れる。 



「まったく、往生際が、悪いですね」

「アイエスさん、なんでもいいから頭をとことんやってくれ!」

「ですが、こう暴れられては……!」

「女の子代表として、私の分までやり返して!」

「……わかりました、ならば!」



 いよいよ引導を渡すべく、アイエスは肩上で揺られながら、片手に持つ折れた木弓を検める。

 そしてトゲの剣山となった折れた断面で以って、キングの眼を突き刺した。



「!!!!」



 キングの動きがびくりと止まる。

 そしてついに、あの難攻不落と表してもなんら可笑しくないキングが片膝を付いた。

 眼球の潰れる嫌な感触が手に走る。

 さすがのアイエスもこの感覚には気分を害し、すぐにキングから降りた。

 三人はのたうち始めたキングから離れるべく、速やかに後退りをする。



 アイエスは短剣を引き抜き構える。

 すっかり荒れていた自分の息遣いに気付き、激しく上下する胸をそっと撫でる。

 ギデオンとリンも得物を構える。

 三人はトライアングル状にキングを囲い、だけでなく周囲のオークどもへの警戒も怠らない。



「ガアアアアアアアアアアア!!!!」



 キングの苦痛に塗れた叫びは続く、だがその両眼に自分らが映ることはもう二度とない。

 いかに嗅覚も聴覚も優れていようが、両目を潰されて冷静でいられるわけがないのだ。



 とはいえ、これで大局が決したとも言えない。

 手負いの魔物ほど恐るべきものはなく、それが群れを統べる長ともなれば尚のことである。

 どれだけ優位だろうと、鋼の肉体と豪力を有するキングを斃しきるのは容易ではない。

 なにせこちらは今や、三人とも近接戦闘しかできないのだから。

 このまま戦うとなれば、ハイリスクと言わざるを得ないだろう。



 見ればオークどもには動揺が広がり統率性がない、ならばここは逃げおおせるのが確実か。

 アイエスらは互いを見て、周囲を警戒し、戦況を判断する。



「ハァ……ハァ」



 そこにキングが立ち上がった。

 巨体を引き摺るように、のっそりと緩慢な動作で。 矢と弓の刺さる眼から血が溢れ、その姿に見る者たちは敵味方問わず恐怖する。



「なんという執念でしょうか」

「おいおい、まだやる気かよ」

「待って、様子が変じゃない?」



 平衡感覚が上手く掴めないのか、キングは体をふらつかせながら大きく息を吸った。

 見るなりアイエスらは姿勢を改め、得物に戦意を込める。



「何処ニイル!? フェレス! フェレエエエス!」



 キングが涎を撒き散らし叫んだ。

 フェレスという名を。

 察するに、その者は腹心だろうか。

 アイエスらは周囲のオークどもへ視線を走らせ、様子を探る。

 されども何処にも見当たらない。







 やがて視線の上より金切り音が降り注ぐ。

 分厚い暗雲のごとき闇、それは黒き翼の群れ、喚き散らす金切声。

 コウモリが津波のごとく押し寄せたのだ。

 羽ばたく騒音ときいきいとした金切り声を撒き、冒険者とオークどもを呑みこみ、やがて消えていく。

 そして訪れた静寂、その上方から訪れしは――



「何かお呼びか? オークキング殿よ」



 漆黒の瘴気に覆われし一匹のインプ。

 しゃがれているが妙に透りの良い低い声だ。

 インプにも様々な種類がいるが、丸みを帯びた角とまどろみを思わせる瞳が特徴的である。

 山羊の特徴を持つコウモリとでも言おうか。

 インプはキングの頭上をうろうろ飛んでいる。



「貴様がリンを!」



 その姿を視認するなりギデオンの感情が爆ぜる。

 彼は足元に転がる槍を蹴り上げ掴むと、怒りの任せるままインプへと投擲した。



「はて?」



 だがインプに迫る槍を気にした様子はない。

 直後に槍の矛先が漆黒の瘴気に触れると、途端に錆びて失速する。

 衰微した槍は墜落し、石造りの床を叩くと粉々に砕け散った。

 その様を見てギデオンは苛立たしげに舌打ちする。



「え、ギデ、それってどういう……」

「どうもこうもない。 リンも気付いてるだろ、ここのオークどもの異様さを」



 冒険者らはインプに視線を釘付け、続ける。



「地下に根を張り、人間の備蓄した武器を使い、更にはリンさんに不意打ちまでする周到さ。 正直始めはオークだとは思いませんでした」

「なるほど。 つまり悪知恵を仕込んでたのがあいつってわけね」



 リンはアイエスの説明に合点し、怨敵見つけたりと瞳を鋭く閃かせる。

 手負いのキングの頭上を飛ぶインプへと細剣の切っ先を向けた。



「見るに、冒険者どもに手を焼いてる様子だが?」



 インプは傍らのキングとそれを囲う冒険者らに視線を泳がせ、淡々と言葉を投げる。

 ぐぬぬと唸るキングは返す言葉もない。



「“力”ガ欲シイ、今マデノ知恵トハ違ウ、“力”ガ欲シイ!」



 その言葉であのインプこそが黒幕マスターマインドだと再認識する冒険者たち。

 山羊のごとく不可思議な姿、槍を瞬時に衰微させた漆黒の瘴気、そして策謀力。

 並みのインプでないことは明白だ。

 察するなり緊迫した空気が流れる。



「宜しい。 オークキング、あなたに我が全てを継承しましょう」



 変わらず淡々としたインプの言葉に、盲目となったキングがにたりと下卑た笑みを浮かべる。

 キングは続投コンティニューを選んだ。

 ならば自分らはどうする?

 このまま残るか、それとも全力で逃げるか、決めかねてる間にもインプは続ける。



「さあ、それでは我を丸ごと喰しなさい」



 言ってインプはキングの口元へ飛来する。

 耳を疑う言葉に、冒険者らの思考が僅かに鈍った。

 だがその瞬間だけで充分だった。

 鼻をヒクつかせたキングはインプを摘まみ、ゴクリと一瞬で丸飲みしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ