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「……?」
目を覚ますと、薄暗い天井が視界に入る。どうも俺は仰向けに倒れているらしい。
辺りは湿っていて、居心地が良いものではなかった。背中が面しているであろう床も、冷たい上に堅い。身を休めるには不適切なことこの上なかった。
「いっつ……」
全身が痺れるような痛みを堪えながら、身体を起こす。
そこでようやく、正面に鉄格子があることに気がついた。直前まで機竜と戦っていたんだし、ここは統括局の一角だろうか?
明かりは鉄格子の向こうにある、壊れかけの電球だけ。……蝋燭の方が、まだ温かみを感じそうだ。
『お目覚めですか?』
近くから響く、機械の音声。
目を凝らすと、部屋の隅に小型のスピーカーが置かれている。直接来て話せばいいだろうに、向こうはなかなか忙しいらしい。
「マキアス……」
声の主は誰かなんて、考えるまでもなかった。自分の状況を把握して、代わりに舌打ちを送るだけ。
『不自由な場所で申し訳ありません。魔術師を閉じ込めるためのフロアは、現在使用不可能でして』
「……お前らに捕まるとはな。一生の不覚だ」
『失礼な方ですね。僕らは君を殺すことも出来たんですよ? 生きていることを感謝してください』
「……殺した方が楽だと思うんだが?」
『まさか、僕は平等を奉ずる者ですよ? 君達、力ある者の存在は否定しますが、何も命を奪おうとは考えていません。無力になって頂くのは、君にとっても最善です』
「……」
もう構うほどでもない。俺とマキアスの考えは、水と油の関係だ。溶け合うなんて出来るもんじゃない。
まあ、向こうは理解して欲しくて仕方ないようだが。
『貴方達はもっともすぐれた存在をご存じないのですか? 結集した民衆というものを』
「興味ない」
『それは勿体ない。いいですか? 彼らは一人一人が無力だからこそ、強い繋がりを築く名人です。貴方も彼らの仲間に入れば、平穏な日常を手に入れることが出来るでしょう』
「つまり、多数の方に回れって?」
はい、とマキアスは余裕を込めた口調で頷く。
しかし俺には、どうも理解できない考え方だ。
――反論したい気持ちはあるが、さすがにここまで来ると呆れる方が強い。もう言いたいことは言ってあるし、今さら意見をぶつけてる必要はないだろう。
『まあしばらくしたら、貴方にも始祖魔術の実験に協力してもらいましょう。いずれ貴方が、力を放棄できるようにね』
「……戦いはお前達が不利だって聞いてるぞ? そんなことを考える余裕、あんのか?」
『ありますとも。もうじき『外』から援軍が来る予定です。多勢に無勢、いくら彼らが強かろうと、数の前には無力ですよ』
「――」
その道理が通用しないから、不利になっているんだろうに。
しかし彼の声は自信で満ち溢れている。見捨てられた可能性だって高いというの。
『では、僕はこの辺りで。事が終わり次第ご連絡しますので、それまで寛いでいてください』
「お、おい待て! 紫音達はどうなった!?」
『もちろん、捕えましたよ?』
「何!?」
じゃあ母さんは? 恋花とユーステスは?
問いを放つより先に、通信の切れる音が無情にも響いた。マキアスの名前を呼んだって同じで、俺以外の声は聞こえない。
力を抜いて、ベッド代わりだったソファーに座りこむ。
さてはてどうするべきか。脱出しようにも、魔力は回復しきっていない。素手で撃ち破るのも、竜化して突破するのも不可能だ。
かといって待ちの一手は許せない。何か役に立つものでもあれば――
《誠人様、聞こえますか?》
「っ!?」
今度はスピーカーからの音じゃない。
紫音が用いているような念話だ。もっとも聞こえるのは、他人どころか性別が違う人物の声だが。
「ゆ、ユーステスさんですか?」
《ええ、ですがお静かに。声を出し過ぎると、見張りに気付かれるかも知れません》
「そ、そうですね」
少し嫌悪感さえあった彼の冷静さだが、今となっては逆に頼もしい。ていうか、さっきも同じことで怒られたような。
俺はユーステスからの言葉を待って口を閉ざす。この場にいない彼だが、どうにかしてくれるんじゃないか――そう無責任に思うぐらい、俺は期待を寄せていた。
《地下牢に閉じ込められたようですね。誠人様、その辺りに鋭くて細い、頑丈なものはありますか?》
「た、例えばどんな?」
《安全ピンのようなものです。鍵は南京錠ですよね?》
「……はい、そうみたいです」
まさか、ピッキングで開けさせるつもりか?
そんな予想をしつつ、要求通り安全ピンの代理品を探す。……マキアスの音声を中継していたスピーカーなんて、壊せば代わりの物があるんじゃなかろうか?
とはいえ、少し魔力は残っているわけだし。
「……指先だけ竜化させて、代わりにします」
《では誠人様、私が持つ知識をそちらに送ります。ちょっと違和感があるかもしれませんが、短い時間ですので耐えてください》
「は? どういう――」
彼が言う変化は、直ぐに起こった。
頭が圧迫されるような感触、だろうか。右から左へ脳全体が押されているような感じ。――知識を送ると彼は告げたが、押し込む、と表現した方が正しいんじゃなかろうか?
俺は見つけ出した針金を手に、覚束ない足取りで南京錠の前に立つ。
あとは身体が自然に動いた。なんだか、自分が自分じゃなくなったような錯覚がある。
「開いた!」
《お見事です。初回にしては上手くできましたね》
「……便利なもんですね、夢魔ってのは」
《紫音様にされたことはないんですか? この共有能力、彼女も出来ると思いますが》
「記憶にある範囲では、無いですね」
でも、こっそりやってそうな気がする。何を共有したのかは分からないが。
俺は急いで牢を出ると、出口らしき方向へと向かい始める。
敵に遭遇したら一巻の終わりだが、気にしていられる状況じゃない。マキアス達は紫音を殺さないだろうが、どんな扱いになっているかは不明なのだから。
視界にようやく、まともな光が差してくる。
幸いにも見張りの姿はない。俺は息を整えながら、正面にある階段を一気に登っていく。
上がった先にあったのは、何をどうみても。
「――学園か?」
空き教室の一角と思わしき部屋だった。
……なんだかゾッとする。自分の通っていた学園に、地下牢なんてものがあったなんて。エリア・デウカリオンといい、ここにはどれだけ闇があるんだ?
《誠人様、そのまま外へ。訓練場の入り口へ向かってください》
「ああ、わか――」
返答は轟音に掻き消された。
何事かと首を上げれば、頭上から剣が突き刺さっている。人間が扱えるものとは思えない、巨大な得物だった。
「巨人!」
名前も知らない誰かは、再び腕を上げた。教室ごと俺を潰す魂胆らしい。
竜化できない以上、俺に出来るのは逃げることだけだ。が、満足に走ることさえ出来ない。いくらなんでも無茶をし過ぎた。
「ぐっ」
直ぐ、足がもつれた。
降ってくる撤回を睨むしか、俺に出来ることはない。
「せっ!」
先んじての一閃。
耳を弄する爆音が響く。それでも乱入者は一切ためらわず、咆哮の主を切り裂いた。
「無事か!?」
「せ、先輩……!」
彼女は倒れた巨人を一瞥した後、こちらの手を取ってくれた。紫音と比べると堅い感触だが、こういう場所ではそっちの方が安心するかもしれない。
「危なかったな。下手をすればすり潰されていたぞ」
「な、なんでここに――っていうか今の巨人! 切ってよかったんですか?」
「別に殺したわけじゃないさ。君を守る方ことが、今の私には最優先だしな」
「そ、それはどうも」
俺は立ち上がってから、落ち着いて窓の向こうを見る。
学園はどうも、統括局の最終的な防衛線となっているらしい。校門の付近では激しい戦闘が繰り広げられている。
校舎を覗けば、学校の敷地内に無事な場所はあるまい。俺達が過ごした学生寮も、ここから焼け落ちていることが確認できる。
怒りを覚えればいいのか、悲嘆に暮れればいいのか。
判別をつけないまま、俺はもっとも注意すべき現実を尋ねた。
「紫音は!? アイツはどこにいるんですか!?」




