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第二十話:脱出

前回のあらすじ!!



共に良き夢を

この地が侵されることの無きように、その眠りが妨げられることの無きように


――ランカスター地方、かつて共同墓地だったと思われる場所の、無銘の墓

※アルバートと思われる大柄な男性の遺骨と左腕の欠けた女性の骨が埋葬されていた。発掘調査中に調査隊が究明不能の呪いを受けたため埋葬し直し、現在は立ち入り禁止区域に指定されている。



ランカスター人最後の反乱で使われた魔導兵器だと言われています。

現存しているのは鞘だけで、剣自体はアレクシア様によって抹消されたとの記録が残っていますが、鞘に刻まれた術式は現代の魔法学と比較しても非常に高度なもので、超高密度の魔力刃を生成していたと思われます。

再現実験では……


――『エクスカリバーの鞘』合衆国立博物館所蔵

 天を貫く虹の剣が轟音を立て、空中を浮かぶ戦艦を叩き斬った。

 燃えながら宙を沈んでいく両断されたふたつの塊に、陸上では敵味方を問わず息を呑み、見とれていた。

 それは君主同士も例外でなく、互いに武器を一度下ろし。


「見た? ニキアス、アレクシアの船が落ちたわよ!」


 自身の魔法の反動で焼け焦げた腕を抑え、彼女は目の前の強敵に笑いかけた。

 右目は白く濁り、勝手に溢れ出る涙が頬を伝い。入れ墨だらけの半身を覆っていた布は煤のようにこびりつき、体中に傷を焼いて塞いだ痕が残る。

 ニキアスとの戦いの苛烈さを、彼女の傷が物語っていた。


「エリザベス、随分楽しそうだな。アレクシアは必ず還るさ。アルバートの首を片手にな」


 対する彼は、口では挑発を繰り返すものの。

 熱の剣を受け止め続けた消術鎧は砕け散り、炭と化した左腕を自らの魔法で凍らせた。

 互いに満身創痍で睨み合う二人は息を整える。


「お互いボロボロねぇ」


「ああ。それくらいの相手だとは思っていた」


「まぁ、違いないわ」


 どちらともなく話を続け、二人は笑みを交わした。

 エリザベスは仕方ないとばかりに首を横に振り、焼け焦げたポケットから小瓶を取り出すと。

 本当に不味そうに一息で飲んで、改めてニキアスの方を見た。


「最初から飲んどけばよかったって言わないでよね。これ飲んだら、もう死ぬしかないんだから」


 ゼノンの薬か。と彼は目を細め、焦げ跡とも入れ墨とも付かなくなった彼女の半身が、再び真紅の輝きを灯すのを見守る。

 哀れだと思ったのか、戦士として尊敬をしたのか。どちらとも言い切れない感情がこみ上げて、思わず降伏しろと口が動いていた。


「降伏しろよ。言っておくが、お前らが薬を使った所で僕たちの物量には勝てない」


「させる気無いでしょ? 一緒に地獄に行く人は多いほうが楽しいわよ。きっとね」


 その勧告を笑い飛ばして、彼女は再び熱の剣を握る。

 ぶすぶすと黒煙が上がり、肉の焼ける悪臭が鼻を突く。

 ニキアスは手のひらを額に当てて、彼女の背後にちらと視線を向けながら。


「御免被るよ」


 小さく呟くと、エリザベスの腹から長剣が突き出した。

 突き刺したのは、視力を無くした右目の死角で隙を伺っていたソフィアだった。

 震える刃が抜かれると血が吹き出し、膝から崩れ落ちたエリザベスはニキアスに向けて。

 力なく熱の剣を振るうと小さな炎が彼の前髪を焦がし、砕け散るように消えた。


「……あんたが、そういう奴、だってことは、知ってた、けどね……」


「エリザベス、間違いなくニケおばさんより強かったよ。……刺し違えるつもりだったが、ぎりぎり間に合ったんでね」


 入れ墨が蠢き、腹の傷を修復しようとする最中。


「そりゃあ……どうも……」


 もう一度背中に長剣が突き立てられたエリザベスは苦痛の声を上げることもなく。


「先に、行ってるわ」


「間違いなく同じとこ行くだろうからね。その時はよろしく」


 目を開けたまま、動きを止めた。


――


 時間が経つに連れて、指揮官を目の前で失ったランカスター軍はジリジリと追い詰められていた。

 遠くで崩落を始めた王城に彼らは祖国の滅亡を感じ、一方のペルサキス軍はアレクシア女王がアルバートと渡り合っていると勇気づけられて。

 両軍の士気の差は薬でも覆せるようなものではなく、ランカスターの大地に生まれ育った者達が還ってゆく。

 エリザベスの身柄を回収し前線を退いたニキアスは、彼女を討ち取ったソフィアに労いの言葉を掛けていた。


「ソフィア、ご苦労だった。お前が来るのが遅かったら、僕が生きてたか分からなかった」


「身に余るお言葉にございます。私としても、部下の仇を討てたことは誇らしく思います」


 武人としては、卑怯と罵られても仕方ないのだが。

 やりきれない気持ちでエリザベスの身体を下ろしたソフィアの前で。

 ニキアスが火を焚き、ゆっくりと左腕の氷を融かす。

 切るしかないなぁとボヤいた彼は、彼女の義足を眺めて。


「なぁソフィア。腕とか脚とか、普通は一度失ったら終わりだよねぇ」


「えっ? あ、はい。義足の具合はとても良いですが……」


 何を言っているのだろう? と、問いかけによくわからない返事を返し首を傾げる彼女。

 彼は視線を外し、傍らに転がさせたエリザベスを見ると、呆れたように言った。


「なんで治ってんだよこいつ。傷も塞がってるし、火傷痕もないぞ」


「は!? もう一度……!」


 元通りの入れ墨姿に治った身体に気づき、もう一度突き刺そうとソフィアが剣をとる。

 しかし彼は少し考えると、それを止めた。


「入れ墨の魔法かな? そういやアレクシアが研究したがってたな……ソフィア、そいつ鎖で縛って見といてくれ。意識が戻ったら何回でも刺していいが、頭と心臓は止めとけよ」


「は、はい、了解しました……」


 そんな惨いことを……と思いつつ、ソフィアも了承する。

 確かに部下たちの仇だが、一度間違いなく殺したのに何度もやれと言われたら、あまり気は進まなかった。


「じゃあ僕は行ってくるかな。憎しみの半分は背負わないといけないしね」


 しかしニキアスは気軽に笑いかけ、彼女の肩を叩く。

 アレクシアが背負う憎悪の半分を自分が持つと言って、ハルバードを杖代わりに戦場に戻った。


――


 よろよろと歩き、気づいた兵士たちが国王の体を支える。

 眼の前では前線の一部を突破され、戦線が崩壊し始めたランカスターの防御陣地。

 頭上では援護の対空砲火もなく翼竜大隊の圧倒的な練度になすすべもなく、バタバタと一方的に落とされ続ける彼らの空軍兵。


「陛下、傷はいいんですかね。普通は一ヶ月ほど寝てると思うんですが」


「ああ、ムラト爺。……悪くないかな」


「その若さで隻腕とは同情しますが、まぁそれだけで済んでよかったと思いますよ」


「それはそうなんだが、二度と戦場には出られそうにないな。必要はなさそうだけど」


 少し休んでいる間に、だいぶ優勢に傾いたようだと。

 彼に代わって指揮を執るムラトの所へ歩いていくと、すぐに声を掛けられた。


「爺、状況は?」


「長期戦は考えていなかったみたいですね。王城次第ですが、あと三日もあれば陥落しますよ」


「引きこもるのは無駄だと理解してたか。ここで全戦力出して勝つか負けるか、それしか考えてなかったみたいだな」


 ペルサキスをここまで遅延させ、消耗させるのにかなり労力をかけたのだろうなと、エリザベスの苦労を推し量る。

 冬の間に決着を付けるはずが、大雪とアルバートの襲撃でもう春も終わる。

 もう間もなく雨の季節に入るランカスターでは互いに泥沼にしかならないし、その間籠城なんて食料も腐るしそもそも物資の量で負けているし無謀にも程がある。

 だからこそ、アルバートという最大戦力でもって一気にペルサキスを潰す。という選択肢しか取ることができなかったのだろう。

 無謀な戦争に変わりはないが、勝つつもりならそれしかなかっただろうな。と、ニキアスもムラトも暫く黙って、前線の兵士たちを見つめていた。


「……向こうはいい兵士たちですよ。殺すのが勿体ないほどに」


「慰霊碑くらいは建ててやるつもりでいるさ。化けて出られたら困るし……本当に出る可能性あるからな……」


「それがよろしいかと」


 薬を飲み雄叫びを上げ、死に臨んで戦う敵軍を見て、ムラトが悲しげに呟く。

 ペルサキス軍の士官たちは事前に情報を持っていたし、アストライアの不死の軍団との交戦経験もあったから、彼らに対抗するための術は備えていた。

 炎に撒かれ、四肢をもがれても食らいついてくるランカスター人を老将は畏れ敬い、同時に惜しく感じて。


「ところで翼竜大隊から、共和国軍が北部に来ていると話がありましたが、どうします?」


 偉大なる強敵である彼らとの戦いに水を差す部外者の事はどうしようかと尋ねた。


「……敵対するなら殺せ。どうせ向こうの本国は何も言ってこないはずだ」


「よしなに。外交はわかりかねますが、我が王国にちょっかいを掛けるとどうなるか、分からせるには丁度よい機会でしょうな」


 ニキアスとしては、アレクシアが共和国の影の支配者セルジオスを抱き込んだのだから、ランカスターに味方する勢力はいずれ邪魔になると考えていて。

 ムラトとしても、国王がそう言うのなら、きっと女王のお墨付きだろうと安心をして。


「そういうことだ。僕はアレクシアを迎えに行くから、そっちは好きにやってくれ」


「絶対に無理はなさらないように、お願いしますよ」


「この傷でどうやって無理しろっていうんだ。心配しすぎなんだよ」

 

 老将が絶対に戦うなと念押しをすると、若き国王は苦笑いで首をすくめ、部下たちに体を支えられながら、夕暮れの中死闘を続ける兵たちを鼓舞しようと馬にまたがった。



―― 一方その頃



 アルバートを倒したのもつかの間、崩壊した王城にはランカスターの民兵が殺到する。

 その片隅で崩れかけた武器火薬庫を背に、アレクシアは合流した近衛兵たちと肩を並べていた。

 瓦礫に身を隠し、四方八方から飛んでくる銃弾に首をすくめ。

 背後の火薬を気にせず雷が撃てればどんなに楽だろうと考えながらも、慣れた手付きでランカスター式ドラグーンの引き金を引き続けていた。


「おファァァァァァァァァック!! 誰か弾持って来いですの!!」


「た、只今!!」


 呪われた勇者の首を兵に預け、後装式に改良されたドラグーンで次々と敵を撃ち倒す。

 しかし薬で身体強化の施された民兵たちにはロクに効かず、いよいよ包囲が狭まり追い詰められていた。

 まさかこれもエリザベスの仕掛けた罠だったのかと頭の片隅によぎりつつ、彼女は顎に手を当てて考える。


「結構マズいですわねぇ……わたくしの魔法だと引火して大惨事になりますわ……不自然なほど火薬が余らせてありますが、まさかここに乗り込むことなんか読まれてませんわよねぇ……?」


「陛下、我々の事はお気になさらず雷を……」


「気にしますわよ! あの轟沈から生き残ったのに死んでどうするんですの!? それに貴方がたはわたくしを無敵だと思ってるでしょうけど、いくらわたくしでもタダじゃ済みませんのよ!?」


 いくら自分でも、規模もわからない大爆発に巻き込まれたら死ぬかもしれないというのに。

 全くどうして軍人ってもんは気軽に自分を犠牲にしたがるのか。なんて呆れながら、彼女はテキパキと指示を飛ばす。


「十時方向、ドラグーン三人、構え! 三、二……撃て!」


 日が沈んできたことで、彼女の電磁波を利用したレーダーが一層輝きを増し敵を捉える。

 くっきりと映し出される人間の姿に向けて次々と発砲を繰り返していると、不意に不自然な磁場のゆらぎが映った。


「やっばいですわね!? 全員、ドラグーンの先に短剣結んどきなさい!」


「どういうことですか?」


「火魔法ですわ! 奴ら、火薬庫に火を点けるつもりですの!」


 あー、ついに自分が雷を撃たない理由がバレたかと。

 この前ムスタカス城塞を盛大に爆破したけれど、今度は自分が爆破される側に回ったのかと彼女は頭を抱えた。

 とりあえず自分も短剣を結びつけて銃剣を作り、脱出ルートをレーダーで探る。


「正面……しかないって困りましたわねぇ……」


 市街に続く正門を真正面にして。

 王城に集まってきた敵兵達は、こちらの十余人に対して実に三倍以上。

 数えるだけ無駄だと判断しつつ、ここに留まっていては全員死んでしまうと、彼女は額に汗をかく。


「一人でも多く帰るために、落伍者は置いていきますのよ。死にたくなければ生きて帰りなさい……! 銃剣突撃用意!!」


 いくら神の力を持ってしても、どれだけの規模になるかわからない爆発から全員を守るのは不可能だと彼女は判断し。

 一度銃剣を掲げると、全員が身体強化魔法を唱え直すのを待ち。


「わたくしについてきなさい!! 死んでも生きて帰りますわよぉぉぉぉぉ!!」


 瓦礫を飛び越え姿を晒すと、真っ直ぐに駆け出し。

 彼女たちの背後で真っ昼間の如く明るい閃光が走ると、全身を轟音と爆風が駆け抜けていった。

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