第十七話:一騎討ち
前回のあらすじ!!
女王陛下に疑いを持ったことはない。
ランカスター人の命など、たかが知れている。
我らが子孫のために、ここで憂いを取り除く。
――ある上級将校の日記 2年春頃
あの戦争以来、私の妻がランカスター人だということを隠した。
失語症だと言って訛りをごまかしたし、家からはランカスターの品物をすべて処分した。
息子にもきっと、本当のことは教えないだろう。
(中略)
君に義母の形見すら捨てさせたことは、本当に申し訳無く思う。
ああ、君の弟と、その家族を焼き殺したのは俺なんだ。本当にすまない……ナターシャ。
――ランカスター反乱鎮圧から帰った兵士の日記 2年秋頃
晴天の空にアトラースが浮かび、バラバラと翼竜大隊が飛んでいく。
地上ではニキアス国王自ら先陣を切って、市の周囲に築かれた陣地に突撃を仕掛け。
互いに、ここで殺してやると敵意をむき出しにして。
「出てこい!! エリザベス!! アルバート!!」
ニキアスが叫び、虹色に輝くハルバードを振り上げる。
顔を隠し、恐怖を隠した兵士たちの群れが一斉に殺到して土嚢を蹴り砕き、コンクリートを破壊する。
そんな彼らを飛び越えて、ニキアス率いる精鋭部隊が真っ先にランカスター軍の本隊と接敵した所で。
「ったく。ここにいるわよ。陣地、爆破」
エリザベスは彼のすぐ目の前で、部下に指示を出した。
少し凝った落とし穴を仕掛けていた彼女は、囮に使った防御陣地を爆破させ。
急に足元が崩れて顔を出した濠に落ちていく兵士たちを確認して、軽く笑った。
「前後分断したわよー。次!! 魔法と射撃!! ニキアスはあたしが殺すわ!!」
続けて、消術鎧について発見した弱点を突く。
衝撃と魔法を同時に吸収することができないと、王城で包囲したペルサキス軍と戦い気付いていた彼女。
それなら魔法と銃撃の部隊を混ぜればどっちかは当たると、先に濠を越えるであろう精鋭たちを倒すための算段を立てていた。
しかし精鋭の中でもよりすぐりの、ニキアスの側近たちは物ともせずに。
殺される前に十人殺すと意気込んで奮闘を続ける。
「さて、僕たちは先鋒……味方が来るまで、なるべく死ぬなよ」
まるで大河の向こうに取り残された父のようだと、ニキアスは部下たちに笑いかけて。
ちらっと後ろを振り返ると、丸太と縄を組み合わせた即席の橋を持った工兵たちが、後ろに残った部隊に守られながら作業を始めるのが見えた。
ここからは本格的に衝突だなと、工事を終える時間稼ぎに気を引き締めて。
「邪魔するなよ。一騎討ちだ。正々堂々、古代の作法で」
先程から正面に見える、ランカスターきっての天才の前に、悠々と歩いていった。
「さて、エリザベス。責任を取ってもらおう」
「取らせてみなさいよ」
互いに、こいつは引き受けると。
周囲から自分の兵を遠ざけて、見つめ合う。
「消し炭にしてやるわ」
エリザベスの入れ墨が不規則に輝いて、彼女の右手に炎が集まり、真紅に輝く熱の剣を握り。
「入れ墨、お洒落のつもりだと思ってたよ。侮れないな」
ニキアスの全身鎧も彼の闘気を帯びて、虹色に輝いた。
彼は冷静に彼女を観察し、普通に軍服と指揮官を表すマント。鎧も着ていないことに気づく。
つまり相当な自信の表れか、その入れ墨自体が何かの防御魔法だと判断して、試すように斬りかかった。
「いい機会だ。ここで殺しておこう!」
「うっさいわね!」
剣戟が交わり、火花と虹の破片が舞う。
真紅の剣に触れたハルバードがぶすぶすと熱され始めたのを見て、ニキアスが飛び退り。
エリザベスの周囲の景色が、ゆらゆらと陽炎のようにゆらいでいくのに目をこすった。
「いい暖房だ! まだ寒いからな!!」
「夏は地獄よ? ほら、今度はこっちからね!!」
熱の剣を握った右腕から、まばゆい光が放たれて。
目潰しだろうと目を細めたニキアスに、彼女は斬りかかる。
受けきれないと判断して飛び退いた彼の真横に、赤く輝く線が走った。
「当たったら即死かな?」
「アルバートは止めたみたいだけどね」
「なら負けられないなぁ」
湯気を放ちドロドロと溶け出す地面に、彼は思わず苦笑いを返した。
挑発するように戻ってきた軽口に、負けてはいられないと勇気を振り絞り。
「一応聞いておくが、そっちはお前の頭脳無しでどこまで持ちこたえられるんだ?」
「ふふ。そっちの行動に合わせて準備しているわよ。お楽しみに」
逃げないんだな? と確認した彼は、心の底から笑顔を浮かべて、楽しめそうだと牙をむく。
対する彼女も薄く笑って、勝つために倒さなければいけない強敵を見据えた。
「じゃあ気兼ねなく一騎打ちできるな。ルールはどうする?」
「正々堂々戦えれば、それでいいわよ」
そして、両者ともに強者の余裕で言葉を交わし。
「身体強化だけじゃ無理そうだ。別の魔法を唱えてもいいか? 最近アレクシアに教わったんだ」
「そうねぇ。だいぶ古い作法だけど、最初は魔法の撃ち合いとでも行きましょうか」
ほんの少しだけ話し合うと向き合って。
互いに小細工が通用する敵ではなく。
雑兵で太刀打ちできる敵でもなく。
自らの力を以て殺さなければいけないと歯を食いしばり。
「天頂の輝き! 灼熱の宝冠! 消し飛べニキアス! ゼニスアーク!!」
「ヒュノスティエラ!! 紅蓮の花よ、我が前に凍り砕けろ! 地獄に堕ちろエリザベス!」
互いに持てる最大の魔法を撃ち合った。
――その頃
「方位三〇、距離二二〇、対空砲確認! 十二台です!」
「よく隠しましたわねぇ……翼竜大隊の損失は?」
「四番爆撃部隊が全滅、ドラグーン持ち、本艦直掩は無事です」
激突する地上を見下ろし、アトラースが優雅に浮かぶ。
切り札の超重力刃を市街地に落としてぶった切るために、ランカスター王城へ向かってゆっくりと進む。
対空砲撃で、重い呪文爆弾を抱える者からじわじわと数を減らされる翼竜大隊。
そのテオ将軍からの報告を受けて、アレクシアは頭を抱えた。
「落ちた爆弾は起爆してますの?」
「ほぼ不発です。投下高度が測れず、地面に激突して砕けています。それを一般人が拾い、水につけるのを繰り返しているようで……」
熟練の翼竜大隊が、高度を測れない? と聞いて、慌てて甲板に出る。
そして市街地を直接自分の目で見ると、建物の屋上や道路が不規則な白黒の線で塗ってあり、真上からはまるで平野のように映っていて。
アレクシアは愕然としたまま、気づけば地団駄を踏んでいた。
「エリザベス、街自体にダズル迷彩塗装とか何食ったら思いつくんですのよ!! テオ、作戦変更!! 効率高度ではなく、本艦の高度から投下!! 少しでも燃やしなさい!!」
後に見つかったエリザベスの手記によると、たまたまプテラノドンを使用しての射撃訓練中に的が見づらかったという意見が多く、そこから思いついたという。
地表から遠く平たく錯覚するランカスターの市街地は、ペルサキス空軍の得意とする爆撃を防ぐために十分な役割を果たし、それが当時最高峰の空軍に大打撃を与えていた。
「悦楽薬爆弾はどうされますか?」
「市街地から離れ、風上から投下ですわ。少しでも無力化すればマシでしょうし。一旦戻って作戦を立て直しますの」
艦長室に戻ったアレクシアは、すぐに作戦を変えた。
ランカスターのプテラノドン部隊がまだ顔を見せていないから、恐らく王城の発着場に詰めているはずで、空から撤退するにしてもそこだけは落としたい。
かつてオーリオーン城にしたように王城に突っ込めば、恐らくアトラース自体も相当な打撃を食らうだろうが、このまま翼竜大隊を失えばただの巨大な的。
最悪でも市内のどこかに不時着してしまえば、市の外縁部でニキアスと戦うランカスター軍の大多数の背中を刺すことだけは出来る。
よし、それで行こうと彼女は指を弾いて、テオに聞いた。
「ランカスター王城までの方位距離は?」
「方位一八三、距離一二〇〇、本艦の高度は現在不明、一時間前まで三〇〇、だそうですが」
超重力刃の展開に数分、距離を詰めるのにはもう数分。
行けるな。とだけ呟いた彼女は、伝声管に向かって怒鳴る。
「白兵戦闘用意!! 本艦が落ちたら自力で逃げなさい!!」
「艦長、正気ですか? 向こうの空軍がまだ出ていないのに、本艦を失うつもりです?」
「正気も何も、向こうがプテラノドンを出してこないのは、対空砲でこっちの数を減らすの待ってるからですわ。その後までぷかぷか浮かんでたらただの的ですのよ。それに制空権取られたら、向こうで戦ってる陸上部隊も負けますし、奴らの基地を潰すのがいいでしょうよ」
「承知しました。誘爆を防ぐために、呪文爆弾の投棄をします。その完了まではお待ち下さい」
「可能な限り早く、お願いしますわ」
テオと短い口論を交わし、艦長席に這う銅線に電流を流し、超重力刃の用意を進める。
準備した計画がほとんど潰れ、期待していた新兵器も大した活躍はしないだろう。
ふざけるなよと怒りを込めて、席の肘掛けを思い切り殴りつけた。
「畜生……ですの……ここまでコケにされて……エリザベス……」
ぎちぎちと歯ぎしりをして。
怒りに燃える白金の髪は虹色に輝き、瞳までも同じ光を放つ。
「テオ。ちょっとストレス解消してきますの……」
「えっ?」
そしてぐったりとした様子で、机に常備してあるお菓子を適当に摘んで。
もぐもぐと口を動かしながら甲板に出た。
「はぁぁぁぁぁぁぁ~~~~」
外の空気を思い切り吸って深呼吸。
対空砲の爆音を聞きながら、彼女は王城の方を見て。
「横からは普通に街に見える……ふふふ、本当に騙されましたわ……」
真上からの単純な爆撃以外、訓練していなかったな。技術で先を行っていることに甘えすぎた。
なんて思わず漏れる苦笑いを止められず、苦々しく豆菓子を口に入れて。
ボリボリと噛みながら、怒りをつのらせて。
「終わったら本当に平野にしてやりますのよ……!! ブロンテー!! ヴァリア!! スィエラ!!」
思い切り雷の呪文を叫ぶと、雲ひとつない虚空から光の柱が落ちてきた。
「え? ……雨雲もないのに……? いや、これは雷ではなく?」
ただ思い切り叫んだだけなのになんか出た。と目を点にしたが。
たしかこれはアストライアを焼き尽くした、父から譲り受けた魔法だったと首を傾げた。
「いやまぁ呪文ってそんなに関係ないのは知ってますけど……」
ま、まぁストレス発散になったしいいかと忘れることにした彼女を、はるか遠くから見つめる男が居た。
「やっぱり、あの要塞はアレクシア以外に操縦できないんだな。助かる」
アルバートはふぅと息をつき、王城の中に戻る。
アトラースを撃墜するために、エクスカリバーの出力を上げるための準備を整えるために。
願いの神ユースティティアの力によってか、聖剣に遺された記憶からか、邪神アストライアの知識の一部を得た彼は、玉座の間の床に呪文を刻み込んでいた。
「こんなもんか? 駄剣、力が入ってくるか教えろ」
軽く汗を拭って聞くと、エクスカリバーは肯定するようにきらきらと光を放つ。
彼も満足そうに頷いて、軽く剣を掲げてみた。
「……悪くないな。あとはアレクシアを殺せるかだが……」
流れてくる力に満足して頷く。
ただ、問題は撃墜したあと。
この程度では死なないあのアレクシアを、どうやって一対一に持ち込むか。
不条理な力を持つ彼女を、どうやって殺し切るか。
そんな疑問を呟くと、聖剣は柔らかく光った。
「考えても仕方ない……? まぁそれもそうだが、生意気だぞ駄剣」
そして光る剣となにやら会話をして。
「エリザベスは流石だな。直接指揮しなくても事が運ぶというのは」
共犯者を褒めると、玉座に腰掛けて。
「いつでも来るがいい。お前の狙いはこの城だろう、アレクシア」
たった一人、真に殺すべき最強の敵に向け、ギラギラとした殺意を向けた。




