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第十三話:蘇る悪意

前回のあらすじ!!



私から見て、アトラースは兵器などではない。

女王陛下が趣味で作った、自分を閉じ込めるための檻だ。

どんな敵だろうと適うはずのない怪物でありながら、恐怖と暴力で支配することを嫌うあの方らしい。

ランカスター人は絶滅させると方針の再確認したが、あの方の甘さが悪い結果を産まないことを願う。


――ムラト・ディアマンティスの日記 2年ごろ



ペルサキスの指揮官では抜群に優秀なムラトのジジイを引退させてやれば、少しはましになるだろう。

ただ、ソフィアとか言ったか。一人でムスタカスを保たせた女傑も気にはなる。

あぁ、同じ女軍人として、多分友人になれただろうな。


――エリザベス=ランカスターの手記 同

「ブロンテ―・ヴァリア・スィエラ!!」


 女王は大きく深呼吸をして、すっと手のひらを空に向ける。

 天高く掲げられたアレクシアの両手から、光の柱が天にほとばしり。

 無数に分かれた雷光の槍が、城砦を突き刺すように降り注いだ。


「伏せろ!! 飛ばされるなよ!!」


 降り注ぐ光に、ニキアスの額の汗が輝く。

 必死に身をかがめるペルサキス兵の目の前で、閃光に一瞬遅れての轟音が鳴り響くと。

 一時的に聴力を失った彼らに向けて、炎と熱の暴風が瓦礫を吹き飛ばしながら襲いかかった。


――

 

 爆発による火災と延焼、そしてまた爆発。

 何度も何度も襲いかかる命の危機が頭上を通り過ぎるのを待ち、ニキアスたち陸軍がやっと瓦礫をかき分け顔を出した。


「いててて……なんつー量貯めてたんだよ……おっと、制圧行け!!」


 飛んできた破片で切った頬を拭い、彼はハルバードを手にとって。

 この爆発では、城砦の中に生きているものなどいるまいと、矛を振るって指示を出す。

 そして振り返ると、老体を抱えて這い出てきたムラトの、埃だらけの顔が目に入った。


「ムラト! 再建にどれくらい掛かる?」


「春には終わらせますよ」


「遅い。補給基地としての機能だけでいい、まず二週間で再建しろ」


 はいはい。とムラトはため息をつく。

 あのアレクシア女王とあろうものが、やりすぎだな。と呟いて、とりあえずの再建の予定を建てようとしたところ。


「……坊っちゃん、アレ、なんです?」


 制圧に向かった兵士たちが、何かに驚いていて。

 瓦礫の中から亡霊のように這い上がる、何かの群れに向かってドラグーンを構えているのが見えた。


「何だ?」


 急にヒステリックな銃声が響き、ニキアスも城砦の方を向き直って目を凝らすと。


「うるるるるるるるるるるるる……」


 獣のような唸り声を上げて、上気した真っ赤な頬。

 全身を走る快感に身悶えをして、血走った瞳でよだれを垂らした人間の群れ。

 ランカスター兵だった者たちが、次々と瓦礫を跳ね除けて起き上がってきた。


「……エリザベス、ちょっと見損なったかな」


 その姿に見覚えがあって、ニキアスは記憶を探す。

 こういう人間との交戦経験はある。しかも自分のお膝元で。

 裏切りに奇襲に、次は薬物投与かとげっそりとがっかりした彼は大きくため息をついて。


「坊っちゃん……奴らのあの見た目に挙動……まさかゼノンの……」


「全部アレクシアの方で取り締まったと思ったんだがね。まぁ漏れはあるものだな」


 ゼノンが以前アレクシア大学から製法を盗み出し、流通させた薬と恐らく同じもの。

 それに気付いて大きく目を見開き震える老将の肩を押しのけ、ニキアスは静かに前に出た。


「彼らを捨て駒にしたエリザベスはともかく……見上げた覚悟だな。勝負を受けてやらんのも無礼か」


「奴らの寿命は尽きてます。損害は避けるべきかと」


 ニキアスがつぶやくと、ムラトは我に返って冷静に諭す。

 ゼノンの薬は、アレクシアの新薬を精製して強力な禁断症状を強制的に引き起こすもの。

 圧倒的な身体能力を引き出す代わりに、使用者の命をまとめて奪い取る薬品なのだから、無理に戦う必要はないと肩を掴んだ。


「一人でいい。僕が殺してやる」


「反対しますよ」


「黙ってもらおう、ムラト爺。これは名誉の問題でね」


 忠言を聞く気はないと、その手を振り払い。

 ニキアスは精一杯格好をつけて、虹色に輝きはじめるハルバードを頭上に振り回し。

 

「グズ共め。僕はここにいるぞ」


 赤毛を逆立て、目には炎を燃やし。

 持てる最大の身体強化を唱えると、丸太のように膨れ上がった脚で地面を蹴った。



――その夜



 アトラースを近くの平野に降ろし、一時的な基地として開放して。

 戦闘の後片付けにあたる兵士たちを遠くに眺め、甲板の上で黄昏るニキアスの所に。

 酒の瓶を持ったアレクシアが尋ねてきた。


「ほら、お酒。疲れたでしょうに」


 彼は愛する妻の差し出した瓶をひったくるように奪い一気に飲み干すと、疲れたように口を拭った。

 そして酒臭い息を吐く彼に、彼女は続ける。


「損害は把握してますの?」


「あぁ。五千のうち百も死んでない。怪我人は結構出ているが、完全勝利と言っていい」


 殆ど損害を出さずに勝利した。

 そんな客観的事実を把握していても、二人の顔は暗い。

 圧倒的な戦力とアトラースの超常的な魔法を以て、この城砦ごと叩き潰した割にはずいぶん死者が多いなと、アレクシアもニキアスも頭を抱えていた。


「……死者の内訳は」


「死者の全員が最後の戦闘で出たものだよ。あの薬、厄介だな」


 爆風に耐え、再び立ち上がってきた薬漬けの兵士たちを一人残らず殺したニキアスは、その強さを思い出してため息をつく。

 一般兵士たちにも装備させた消術鎧を素手で貫き、新型ドラグーンで蜂の巣にされても向かってきたランカスター軍。

 流石に圧倒的な魔力と、最新の装備で身を固めたニキアスは無傷だが。


「ランカスター市内の戦闘に向けての情報収集、という意味では有意義でしたのよ」


「ムラトと相談してたな。どうするつもりだい?」


「どうもこうもですわね。あんまり気は進みませんが、無差別攻撃ですわねぇ」


 ふぅ。と小さく息をついて、アレクシアは目を伏せる。

 ムラトと戦略について打ち合わせしてきたが、結局相手を鏖殺するという方針を再確認しただけになった。

 降伏を見込めない敵と戦う、と言うのは嫌なものですわね。と呟いて、彼女は続けた。


「アストライアの、不死の軍団よりも厄介ですわね。明確な目的と殺意を持って、命を捨ててやってくる敵。ほんと嫌ですわ」


「同感だね。操っている者を倒して終わるわけでも無さそうだし」


「大人も子供も男も女も全員見境なしに殺して、ランカスター人を絶滅させてやっと終わる……最悪ですわ」


「単純でいいね。さてと、風呂に行ってくる」


 方針の再確認をしても気が滅入るばかりだと、ニキアスが立ち上がる。

 ここからは陸軍にとっては辛い戦いばかりが続くからと、兵士たちに酒でも配って回ろうかなと歩いて行く彼を見送って。

 アレクシアはふと、暗闇の向こうに目を向けた。


「……ん?」


 何かに見られていたような気がして、彼女は甲板の上を歩いて行く。

 やがて船首に到着し、辺りを見回して。

 その視線の正体が分からず、首をひねった。


「気の所為かしら?」


 それでも、嫌な予感がする。

 いつの間にか今日の作業を終えて、見張りを残して全員引き揚げた外では、チラホラと松明の火が見えるだけ。


「いいや、気の所為ではありませんわね」


 しかしその中に、雪を踏みしめる軍靴の音。

 すぐに電磁波の網を張って目を閉じると、無数の人影が彼女の脳に映った。

 ふらふらと、それでいて一糸乱れず行進してくる亡者のような人影の群れ。

 昔の自分なら幽霊の類だと驚いただろうけれど。


「見覚えがありますわよ。その魔法」


 その先頭を踊るように歩く小さな影を見つけて、アレクシアはその正体を推測する。

 少しだけ違う気配だが、使っているのは十中八九アストライアと同じ魔法。

 それができる人間がランカスターにいるとは思わないが、影に当たった電磁波は、それが人間の身体だということを告げている。

 ニキアスや、軍人たちには荷が重いなと判断した彼女は、ふわっと甲板から飛び降りて。


「久しぶりですわねアストライア。地獄から帰ってきたんですの?」


 袖からナイフを抜くと、その人影に向かって構えた。


「あの邪神と一緒にするでないぞ、神の器。我はランカスターに伝わる……」


 人影がはっきりと顔を出す。

 ツギハギだらけの顔をした少女は、アストライアと言う名前にものすごく不快そうな顔をして。

 反論しようとしたところで、目を見開いて口をぱくぱくさせた。


「いや、あまり喋るとまた我が主に壊されるかもしれん。足止めだけ、足止めだけだ!!」


「はぁ? 貴女、何を言ってますの?」


「くふふ、ちょっと不意打ちに失敗したが、一人でいるとは結構だ!」


 アレクシアの問いかけに答えるのを止めて、少女の左手が虹色に輝く。

 そしてアストライアと全く同じ魔力が流れ出た。


「ネキオマンティア・ドミナートル! 道半ばで絶えし勇士たちよ! 貴様らの命の仇はあそこにいるぞ!!」


 大勢の影に絡みつくように、暗黒の触手がまとわりつく。

 とっさに飛び退って臨戦態勢をとるアレクシアの目の前に、ニキアス達が殺しきったはずの、千人以上の兵士たちが闇から姿を現した。


「んなっ!?」


「ふはは!! 驚いただろう神の器よ!! 残念ながら少し弱いが、かの邪神の魔法だぞ!!」


 応援を。とアレクシアは一瞬振り返り。

 しかし、すぐに考え直した。


「ふむ。ちょっと身体も鈍っていましたしねぇ」


「ん~? 神の器、随分余裕だな! 汝の雷に打たれようが、炎に焼かれようが! この亡霊たちは魂を喰らい尽くすまで止まらんぞ!!」


「べらべらとよく喋りますわねぇ。亡霊なら、わたくしの魔法の実験にいくら付き合わせても問題ありませんし。どうぞどうぞ、かかっておいでなさい」


 たまには人任せにせず戦うかな。と。

 アトラースや消術で得た魔術的な進歩と、大学で研究してきた科学的な知見。

 たまには実戦で役立ててみるのも悪くないだろう。


「最近は雷落とすだけの女だと思われていますしねぇ、ニキアスにも。意外とそうでないところも見せておきますか」


「あれ、違うのか? 我が主は雷に注意しろとしか言ってなかったのだが?」


「結構ムカつきますわね貴女。では最初の魔法はどうしようかしら」


 真紅の唇をちろっと舐めて。

 手にしたナイフを魔法の杖のように振るって、何をするかと少し考えて。


「実験開始。貴女がアルバートの使いなら、情報を持って帰れることを喜びなさい」


「おお? 何をする気なのだ?」


 興味深そうに首をひねる少女に向かって、アレクシアは不敵に笑う。

 すぐに彼女の回りの大気が歪み、周囲の新雪が渦を巻くように踊りだす。

 放たれた風魔法が下から上に向かって巨大な上昇気流を生み出すと、真っ暗な闇の中にぱちぱちと紫電が走った。


「なんだ雷ではないか。ほらほら勇士たちよ、走れ」


 大層な仕草の割に、いつもの雷魔法じゃあないか。

 そんな風に少女はがっかりして、大げさに手を振るって亡霊たちを扇動する。

 亡者の群れが活気づいて、アレクシアに向かって叫び声を上げながら突貫すると。


「昼間だったら絶望してくれたかもしれませんが」


 彼女は呟いて、闇夜に隠れた巨大な雲に意識を集中させて。

 急にぱらぱらと降り始めた小さな雹に構わず迫ってくる兵士たちに向かって、ナイフを振り下ろし。


「スーパーセル。……しばらくしたらまた見に来ますわ」


 濡れるのは嫌ですし、と背を向けるアレクシア。

 彼女の背中を守るように閉ざす、雨と風の轟音。雹が擦れ合い電気を貯めて、渦を巻くように雷が走る。

 嵐の中心に吸い上げられた空気が天高くから撃ち降ろされ、亡霊たちを地面に縫い付けた。


「うぉぉぉぉぉ!? な、なんだこれは!? わ、我が主!! 助け……助けて……!!」


「よく引き付けてくれたな駄剣。こっちは目的を果たした。帰るぞ」


 たった千人の亡霊たちを相手取るのには勿体ないほどの巨大な嵐が、無秩序に破壊をもたらしていると。

 暴風を跳ね除け涼しい顔で歩いてきたアルバートが、エクスカリバーの腕を掴んだ。

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