第十一話:ただの燻製肉
前回のあらすじ!!
宣戦布告? したさ。お前らと違ってな。
あぁ。皆殺しにしたから、誰も知らせを届けられなかったのかもな。
――ニキアス=ペルサキス
生きて帰れたら食堂を開こう。こんなひもじい思いを誰にも味あわせないように。
死んでもここを死守しよう。あんな蛮族共に我らの祖国を荒らさせないように。
くたばれエリザベス。くたばれアルバート。くたばれランカスター。お前らにペルサキスの地を踏ませてなるものか。
――ソフィア・フレイアの手記 2年冬。 37年、ムスタカス城砦遺跡で発見。
ソフィア嬢は実に優秀だ。フレイア家が上級士官を代々排出しているのもよく分かる。
我々が来るまでの間補給もなしに、倍以上の兵力を相手に半数以上も生き残っていたとは驚くばかりだ。
彼らの命は無駄にしない。彼らの奪った時間、情報は全てペルサキスの糧になる。
ニキアス陛下、アレクシア陛下。この老将はご夫妻の征く道の露払いを最後の奉公としましょう。
――ムラト・ディアマンティスの日記 同2年冬
――ムスタカス城砦
ニキアスの宣戦布告とともに、ペルサキスの反撃が始まった。
急造のアエロサンがプロペラの独特な羽音と共に突撃し、鍛え抜かれた精鋭たちが魔法を放つ。
突然防衛する側となったランカスター兵たちは、慌てふためきながら迎え撃つこととなった。
「マズいマズいマズい!! なんだあいつら! どうやって来たんだよ!!」
「立て籠もりましょう、この城砦にはまだまだ兵器も食糧もあります」
「伝令出せ! エリザベス様かアルバート様を……」
司令室で怒鳴り合うランカスター兵。
すぐ外では、城壁に取り付こうとするペルサキス兵と、ドラグーンと魔法の打ち合いを繰り広げている。
爆発音と怒号、そして床を揺らす振動が、彼らの不安を駆り立てた。
「仕方ない……対空砲を下に向けろ!」
「わ、わかりました。ですが、晴れたら向こうのプテラノドンが……」
「雪の間に落とされたいのか!?」
エリザベスが運び込んだ大量の対空砲。
アレクシア大学で作られた呪文爆弾の、ランカスター軍なりの模倣品であるそれは、投げ落とす呪文爆弾とは逆に打ち上げてから作動する。
散弾による弾幕でプテラノドンに打撃を与えるという発想だが、これは当然地上の敵にも有効だ。
そうランカスター軍の司令官が判断した時、砦の外ではニキアスとムラトが笑っていた。
「やっと降ろしたか。これで地上は止まったが、ウチの真骨頂は空だぞ」
味方を救出して帰ってきたニキアスは、凍った返り血を払い落として砦を睨む。
歯車が錆びついた音を立てて、ぎりぎりと下を向き始める対空砲の群れ。
攻城の命令を中断し、すぐに射程から離れるように指示を出す。
「想定通り、女王陛下の通り道を開けてくれましたな。陛下が引き付けている最中に、ソフィア嬢が守った一角に部隊を隠しましたので、対空砲の破壊に挑戦させます。前線はここで維持しましょう」
「ムラト爺がいると考えることが減って楽だなぁ。ところで、アレクシアは今どの辺だろう?」
「お褒めに預かり光栄ですよ坊っちゃん。……よほど天気に邪魔されなければ、女王陛下は二日後にこの上を通るでしょう。エリザベスも、まさか部下が対空砲をアレだけ備えた意図を理解していないとは思わないでしょうな」
ニキアスの考えを全て先読みして、ムラトは完璧な回答をして。
少しだけ敵の指揮官に同情した。
「まぁ、こちらが思ったより早かったので驚いたのでしょう。速やかな援軍が期待できず天気も悪いとなると、砲を下に向けたくなるのも分かりますがね」
「残念ながらアトラースは、多少の悪天候なら問題ないんだよなぁ。冥福など祈ってやらんが、せいぜい楽に死んでくれよ。ランカスターのクソ野郎共」
その悪態を聞いて、ムラトは静かに手を合わせる。
「まぁこいつら、言ってしまえば捨て駒ですからな。エリザベスは間違いなく私や陛下よりも優れた将軍ですし、我々の力量を測る試金石として置いたと考えています」
「承知の上だよ。だからこっちは奴の知識の外……アレクシアの魔法や科学を使って殴らなきゃいけない……どうせすぐにでも対応してくるだろうが」
「優れた女傑の尻に敷かれるのは中々悪くないですなぁ。特にふたりとも美女ですから」
「まぁ、それには同意かな。どっちもちょっと性格がキツイけど」
がははと笑うムラトに、やれやれと相槌を打つニキアスも、これから哀れな事になるだろうランカスター軍に手を合わせた。
――アトラース艦内
吹雪が弱まっている間に出発したアレクシアは少し疲れたような顔をする。
飛石の配置や簡易魔力発電機などに改良を重ねて、前より負担が減っているものの、基本的に艦長席に座りっぱなしの彼女は腰をさすって立ち上がった。
「疲れましたわねぇ……ってかこの強風でバランス取るの超難しいですの……」
「風速三十五、南東!」
「了解ですわ……うぅぅぅぅ……」
「頑張ってください陛下!! もうすぐ雲が切れますので!!」
半泣きになりながら慌てて座り、出力の調整を行い、水平を保つ。
あの邪神アストライアみたいに、天候すら操る力があれば。
奴の神殿に書かれた、古代の神に捧げた呪文が解読できていればとグチグチ言って。
すっかり滅入っていたところに、ユースがお菓子を持ってきた。
「女王陛下、お菓子が焼けましたのでどうぞ」
「あらユース。ありがとうございますわ……そこに置いといて下さいまし……」
「真っ先に食べないなんて、どうしたんですか!?」
「今やっべぇ忙しいんですのよ。執務のほうがよっぽどマシですわねぇ」
飛石による重力制御で外の悪天候からも守られ、基本的に静かな艦内。
アレクシアと、制御範囲の外にいる観測員以外は暇そうにしている。
ユースはそんな働き詰めの人達にお菓子を配って回っていた。
「お体、気をつけてくださいね。シェアトさんも心配していましたし」
「そういや乗ってるんでしたっけ。顔見せにも来ないなんてシェアトときたらもう……」
薬が抜けて以来、なんだかよそよそしいなぁと思いつつ、アルバートとも親しかった彼女の心中を察する。
南部の港を制圧し次第、連合国の傭兵を引き入れる役割を持っているとは言え、あまり乗り気ではないだろうな。とアレクシアは目を伏せた。
「いや、当たり前ですわね。暫くそっとしておきましょうか」
「女王陛下……お会いして差し上げたほうが……」
「お互いのためになりませんのよ。こういう時は」
「……政治って、わからないことばかりです」
「ふふっ、これは友人としての付き合いの事ですわ。今のシェアトには貴女がついていたほうが良いでしょうね」
ランカスターに裏切られ自衛のために戦う自分たちと、所詮外野の同盟国でしかないシェアトとではこの戦争にかなりの温度差がある。
あくまで連合国を代表しての仕事をしにきた彼女が、余計な私情を挟まないように黙っている。
それは彼女なりの気遣いだし、対して自分は何も言わないことを信頼の証としよう。と、アレクシアは微笑んだ。
その後彼女が短い休憩を取り、ユースが菓子の皿を下げようとすると。
「前方距離一〇〇〇、友軍の狼煙です!」
甲板の観測員からの連絡を受けた、乗組員が大声を上げた。
「ん? 救助要請ですの?」
「色は……紫! アエロサン!! 国王陛下の伝令です!」
想定通りなら、ニキアスがムスタカス城砦に着いて丸一日は経つはず。
恐らく、ムラトか誰かが取り残された部隊を救助してここまで運んできたのだろうと推測して。
彼女はすぐに伝声管に向かって怒鳴る。
「翼竜大隊! 二番から七番! 救助! 南一〇〇〇! 三分以内に発艦!」
「救助、南一〇〇〇、了解!!」
すぐさま返ってきた復唱と、銅管の向こうから聞こえるドタバタと走る音。
それを聞いた彼女は、続けざまに司令を下す。
「減速。高度三十まで降下開始。衝撃に備え。……ユース、椅子を掴んでいなさい」
じわじわと減速するアトラースが、城砦から退却してきたソフィア達の真上に静止した。
――小一時間後
艦長席に腰掛けるアレクシアの前で、直立不動のソフィア。
つい昨日までカエル料理を食べさせてやろうと意気込んでいたのだが、いざ実際に目の前にしてみると、五歳以上も年下の女王の威圧感に全身がすくむ。
蛇に睨まれたカエルだなと、しょうもない冗談で気を逸らそうとしていた彼女に、女王は静かに労いの言葉をかけた。
「ソフィア・フレイア上級指揮官殿、ご苦労さまでしたわ。ムスタカス城砦はどうでしたの?」
「はっ!! 国王陛下に救助して頂きました!! また、城砦の対空砲は陛下が処理する旨、並びに敵軍の配置図面等を、この手紙に預かっております!!」
反射的に背筋を伸ばし、大声を張り上げて報告する。
彼女から手紙を受け取ったアレクシアは、いい軍人だなと目を細めて。
今度はゆっくりと聞いた。
「貴女たちの部隊の損害を」
「……半数が城砦の防衛にて戦死、この伝令でも二十三名落伍しました」
確か千人ほどの部隊だったはず。
それが半分で、救助できたのは伝令に参加した中の五十人ほど。
傷病人を優先してアトラースに逃したのだとは思うが、それでもかなりの損失だなと、アレクシアは息を呑んだ。
「そんなに……本当にご苦労さまでしたわね。春には遺体の回収をさせましょう」
「有難きお言葉にございます陛下」
「では、このままランカスターへ向かいますわ。ペルサキスへ帰るのは遅くなりますが、雪の中帰るよりは良いでしょう。貴女の部隊に、戦闘への参加は強制しません」
港を占領したら、すぐにでも本国に輸送しようと言う女王に、ソフィアは首を振って拳を握る。
自分の部下の顔も名前も皆覚えている。彼らを殺したランカスター軍を前にして、何故戦闘するなと言うのかと、荒らげたい声をぐっと抑えて、彼女は言葉を返した。
「戦う意志でしたら、我々にはまだあります。ランカスター人に借りを返せていませんので」
その意気に、アレクシアは小さくため息をついて。
「まだ戦う身体がないでしょうに。借りを返す機会などこれから思う存分ありますの」
「……でしたら。休ませていただきます」
とりあえず今は休めと、穏やかな顔で言って。
彼女の肩をぽんと叩いた。
「貴官の素晴らしい働きに重ねて感謝を。貴女のお陰で、ペルサキス軍は本領を発揮できますの」
「言葉を返す非礼をお詫びします陛下。私ではなく、部下たちの功績です」
「ふむ。わたくしが無礼でしたわね。間違いなく貴女達のお陰ですわ」
配慮してくれていることには感謝を覚えつつ。
死んでいった部下たちの手柄だというのに、と少しカチンと来たソフィアは、『そういえばまだあったな』と思い出して、懐をゴソゴソと漁る。
「ついでで恐縮ですが、王国一の美食家であらせられる女王陛下に、我々の愛する戦闘糧食をどうかお食べ頂けたらと。味は保証します」
ん? とアレクシアが首を傾げた。
堂々と食糧事情を訴える勇気を認めて、そんな酷い事になったのは自分のせいでもあるからと、今は穏便な糾弾を受け入れようと諦めて。
「……体験の共有は大事ですわね。まぁちょうど間食の時間ですし、頂きますわ」
木の根でもなんでも食べてやろうと覚悟を決めたところ。
「えぇ。ただの燻製肉ですが」
差し出された、前世ではよく必死に捕まえていた記憶のある脚に目を見開いた。
訓練中の数少ない食糧。空腹のあまり生で食べて三日寝込んだ記憶すらある懐かしい影。
「……これ……マジで食べたんですの?」
「大真面目です。美味でしたので、女王陛下のお口にも合うかと」
真剣なふりをした眼差しで見つめるソフィア。
アレクシアは暫く彼女の顔とその干し肉を交互に見つめて、恐る恐る噛みつく。
あ、意外と悪くないな。ともぐもぐ食べて、素直な感想を漏らした。
「ウシガエルも結構いけますのね」
「えっ? あっ、いや、そ、そうですか」
「ちゃんと料理すれば、それなりの味になりそうですわねぇ」
カエルの品種まで言い当てられ思いっきり動揺するソフィアの前で、彼女はすっと口を拭いて。
「上官への意趣返しは誰しも考えること……このわたくしにそれをする勇気と無謀さと悪戯心は不問としましょう。ただ、調理方法は貴女に研究してもらいましょうか」
「うぐっ……了解しました……」
イタズラにいたずらっぽい笑いで反撃すると、休むよう命令した。
彼女が去っていくのを見送って、女王は自分の頬を張る。
「さーて、あと一日ほどの距離ですわ。ニキアスがどうせ上手いことやってるでしょうし、美味しいとこだけ貰っていきますのよー」
そう気合を入れて、空の要塞は音もなく進んでいく。
――多目的広間
「ふははははは!! カエル肉食わせてやりましたわ!! すっげぇ顔してましてよ!!」
「うぉぉぉぉぉぉ! 指揮官殿流石です!!」
女王の前では畏まっていたソフィアが、見栄を張りつつ高笑いをして強がる。
彼女の周りに転がる傷病兵たちが、そんな彼女に拍手と歓声を贈っていた。
「あの人達、何の話をしてるんでしょう?」
そんな大部屋の片隅で。
気が滅入るからと傷病兵の手当を買って出たシェアトが、隣で手伝うユースに聞いた。
「さあ……? でも、楽しそうで何よりですね。早く回復するように祈ることしか出来ないのが歯がゆいですけれど」
祈る、という言葉にシェアトの手が止まる。
彼女が心から祈れば、すぐにでもこの兵士たちは起き上がり、死者ですら身体を起こすだろう。
それなのに、あの夜見た神の気配を感じない事が不思議だった。
「……ユースさん。やはりあなたは、何も覚えてないのですか?」
「何を?」
「いいえ、なんでもないんですよ。手当を急ぎましょう」
何も知らない顔で首を傾げるユース。
本当は、あなたには全てを覆す願いの力がある。
アストライアすら御せなかった、旧き願いの神の力が。
それをアレクシアにも言い出せなかったシェアトは、秘密を胸に抱えたまま。
「きっと、この戦争は……わたしがアレクシアこそが女神だと願ったからなのでしょうね……」
そう小さく呟いて、ランカスターの友人たちの顔が頭をよぎった。




