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第十話:最後の開戦

前回のあらすじ!!



 ペルサキス王国の工業力は、この時代では類を見ないほど高いものであった。

 元々長きにわたって軍需物資の生産を強いられていたペルサキスは、同じ形をしたコンクリート住居の立ち並ぶ当時の街並みに表されていたように、同じものを大量に作る技術に特化していたと言われている。

 それがアレクシア女王やソクラテス・ドラグーンら優れた技術者や設計者によって花開いたのだろう。


――牛王才蔵 著『東方大帝国』 10年ごろ



問題ない、冬の間は。

春からが本当の戦いになることは、ニキアスが最もよく理解しているはずだ。

暖冬であれば最前線はランカスター市内になっただろうが、今年の厳冬は我々に準備期間を与えるだろう。


――エリザベス=ランカスターの手記 2年1月ごろ



春までに、奴らを中央大平野へ追い立てる。

それが出来なければランカスターで文字通りの泥沼になるというのに。

アレクシアの持ってきた、アエロサンという商品はすぐにでも配備するように手配した。

我が王国を舐めるなよエリザベス。


――ニキアス=ペルサキスの手記 同時期

――紀元2年2月上旬


 ペルサキス市内からムスタカス城砦までの街道。

 雪の降りしきる夜、先陣を切る斥候たちが持つ僅かなランプの明かりを頼りに、唸るような風切り音とともに大軍が移動する。


「寒すぎだろ……晴れるのを待ってアトラースに乗ってきた方が良かったかな」


 ガチガチを歯を震わせて、ニキアスが両手を擦る。

 ゴーグルの中まで氷が張るような気温の下で実に三日。

 アエロサンの座席に屋根を張っても、消術で熱を出すようにしても。

 その圧倒的な速度に従って吹き付ける寒風は、ひたすらに体温を奪っていく。


「坊っちゃん、もとい陛下。大将が前線に出る時代じゃないと、以前ご自身がおっしゃっていたかと思いますがね」


 隣に座るのは、彼の父の代から仕えている老将ムラト。

 最近はもっぱら兵站などの役割を担い、ペルサキス軍の台所を影から支えてきたが、今回の作戦ではニキアスに次ぐ実力者として久々に表舞台に出てきた。

 そんなムラトがくだけた様子で蒸留酒の瓶を差し出すと、ニキアスはそれを黙って受け取った。


「ニケ叔母さんが死んだ今、僕やムラト爺さんが出なくてどうやってアルバートと戦うってんだね。あれにまともに挑んで無傷で帰ることの出来た奴なんていないぜ」


「それはそうですけどねぇ、陛下殺したら親父さんに面目が立たないんですよ。ボレアスのガキだって、あれもう絶望的でしょうに」


 今先導を担う斥候たちが持ち帰ってきた情報では、ランカスター軍をムスタカス城砦で押し留めているとあった。

 つまり、ランカスター王都に居た軍人は既に壊滅した後であり、その責任者であるボレアスが城砦に逃げていなかった以上は。


「良い奴だったんだけどなって、まだ死んだと決まったわけじゃあないだろう」


「だといいですけどねぇ。よろしければ、軍師としてのニキアス坊っちゃんの評価を聞かせてもらえたら」


「気分が悪くなる」


 ほぼほぼ、命を落としただろう。と、冷やされきった頭は告げる。

 自らの側近で働き続けた彼に、最も危険なランカスターを任せたことは間違いではなかったはずだ。

 だがそれが、彼の命を奪ったということも間違いではないのだろう。

 そんな事を考えて、彼は珍しく下を向く。


「……でしょうね」


 そんな様子を見たムラトは少し黙って。感傷的になったニキアスに、同情してはいけないと。

 今この軍の指揮官である二人が揃って下を見ることなどあってはならないことだと、感情を殺して相槌を打ち、軽く諭した。


「これから戦うってのにそんな顔、親父さんが地獄から怒鳴り込んできますよ」


「わかってる、わかってるよ! 感傷に浸るのは終わってからだ」


 少しだけ声を荒らげたニキアスは、手にした蒸留酒を煽る。

 酔おうとしても逃げていく熱を、なんとか頭に留めようと。頭を切り替える努力をする彼に、ムラトは微笑んだ。


「ご理解いただけたようで何より。何より陛下は女王陛下のところへ帰るのが一番の仕事です。それをお忘れなく」


「ああ、その通りだ」


 落ち着きを取り戻したニキアスは、やれやれと首を振った。

 口が凍るのも厭わず大きく息を吸って、冷たい空気で体を冷やして気分を入れ替える。


「君主が直々に戦う最後の戦争になることを祈るよ。これ以上はごめんだからな。特に冬は」


「老人が戦うのも最後にしましょうよ。そろそろ隠居しようと思ってた所なんです」


「それはどうかな。君は老いてもアレクシアの兵站理論を理解して実行できる程に頭がいいし、何よりまだ強いからな」


「あのお嬢さんは、親父さんの理論を発展させただけですよ。百年は進んでますけどねって……まーだ働かせるつもりですか、この私を」


「君が有能なのが悪いんだ。こればかりは仕方ない」


 そして老将と軽口を交わし、完全に頭を切り替えた。

 まずこの戦いに勝って、ランカスター軍を中央大平野まで押し返すと決意を込める。



――翌日、ムスタカス城砦



 本来は冬晴れの季節のこの地域も、鈍色の空に覆われる。

 積もった雪と身に染みる寒さは、温暖な地域に暮らすランカスター人にとっては非常に手強く。

 かつてランカスターとペルサキスを区切っていた長大な城砦の、端っこの棟を占領して立てこもり続けるペルサキス軍を落とせないまま既に一ヶ月が経っていた。


「とはいえ、雪解けまでは向こうも動けないはずだからな。大雪だと休みになるんだろ?」


「そうっすよ。ここでこんなに積もってますし、ペルサキス本国は悲惨でしょうねぇ。こっちは適当に包囲して、春になったら落せばいいんじゃないかと」


 城砦の責任者と、以前ペルサキス軍の内偵をしていたらしい士官がのんびりとお湯を啜る。

 こちらはランカスターからの食糧が届いているし、向こうは草の根を掘って食べている程なのだから、暖かくなるまでに干からびて出てくるだろうと考えながら、どこか緊張感の無い空気。

 城砦に暮らしているランカスター軍全員が同じことを考えていた。


「じゃ、そろそろ見張りに指示を出しに行きますんで」


「おお、気をつけていけよ。滑って頭を打つくらいしか死因はないけどな」


「ですよねー」


 そんな風に笑って言葉を交わしている城砦の端で、ペルサキス軍の生き残りの女性指揮官ソフィアと、彼女の部下である士官が小さな薪にあたっていた。

 僅か五百名まで減った彼らだったが、別棟と繋がる通路にはバリケードを貼り、周囲には夜毎に水をまいて凍らせたり雪と氷で壁を作ったりとできる限りの作戦を使って死守していた。


「……畜生。牛肉食べたいですわねぇ……」


「冬眠中のカエルはお気に召しませんでしたか? 指揮官殿、せっかく見つけたのに」


「腹減り過ぎて滅茶苦茶美味でしたけれどねぇ」


 ボサボサの髪をしてやせ細っているが、元貴族らしい佇まいのソフィアはため息をつく。

 足元に散らばった大量のカエルの骨を眺めて、彼女はふと呟いた。


「帰ったら軍なんか辞めてカエル料理の店でも開こうかしら」


「もう二度と食べたくないと、僕ら五百人全員同じこと思ってますけどね」


「だからですわ。飽食貪食のアレクシア陛下に食わせてやりたいんですの」


 生きて帰ったら、あの暴食女王にカエルを食わせてやる。などと若干不謹慎な冗談を交えつつ彼女は笑う。


「同意です、指揮官殿。確かに女王陛下は市内の料理店のメニューを全て一度は食べるそうですし、店を出すなら手伝うって兵士は多いと思いますよ」


 彼女の部下も、不謹慎だとは思いつつ笑いを返して。

 少し心が温まったところで、真剣な顔をした。


「それで、こないだの斥候は帰ってきますかね?」


「どうかしらね。変な目立つ乗り物に乗ってたから、見つかってないといいけれど……」


 二日ほど前、アエロサンに乗った斥候が状況を伺いに来た。

 すぐに彼女は自らの配置図と、敵の情報を書いて手渡したのだが、雪の上を不思議な唸り声を上げながら飛ぶ変な乗り物が見つからずに帰ることが出来たのか。

 情報はちゃんと正確に味方に届いたのか。

 そして助けが来てくれるのかという不安にずっと襲われている。


「駄目なら死ぬだけね。夏のカエルみたいに干からびるか、潰れたカエルみたいになるか」


「冬のカエルを食べたバチとしては、妥当なとこでしょうねぇ」


 不安な時ほど、気を逸らすための冗談ばかり思いつく。

 二人は顔を見合わせてにやにやと笑い、手を叩きあった。

 そして彼女はよろよろと立ち上がると、自ら頬を叩いて気合を入れる。


「さて、兵士たちを勇気づけてきますわ。一発ずつヤらせてやったら死んでも戦うかしら? でも五百人は流石に私が先に死にますわね……」


「その必要はないですよ。今この砦において、指揮官殿は女王陛下よりも女王です。貴女様の御身に傷など一つも付けさせません」


「あらかっこいいじゃないの。期待してますわよ」


 下品な冗談に、滅相もないと部下は膝を付き。

 かつて古い時代に騎士が主君にそうしたように、手の甲を差し出して。

 彼女はその手にそっと唇を付けると、笑顔を向けた。


「さーて、我らがペルサキスのために死んできましょ……ん?」


 微かな振動と共になにか聞こえる。

 悲鳴のような声と、魔法や火薬の爆ぜる音。

 何事かと砦を登り、見張り櫓から顔を出すと。


「死守ご苦労だったぞ諸君、待たせたな! ニキアスが来てやったぞ!!」


 魔法で強化された声を張り上げて、天高く掲げられたハルバードが魔力を帯びて輝く。

 彼の後ろでは旅の疲れを物ともせずに、卑劣な奇襲をしたランカスター人への怒りに燃えて砦に襲いかかる五千人のペルサキス軍先遣隊。

 味方が救出に来てくれたという安心感で号泣しながら、ソフィアは喉を振り絞った。


「へ、陛下……へいがぁぁぁぁぁぁあ!!!」


「やぁ、ここはソフィアだったな。次の命令だ。さっさと出てきて飯を食え!」


 それに気付いて手を振るニキアスの笑顔に、彼女は心の底から勇気がこみ上げてきて。

 すぐに姿勢を正して回れ右をして、泣き崩れる部下たちに指示を飛ばす。


「承知しましたぁぁぁぁぁ!!! アンタたち! 飯食ったら逆襲するわよ!!」


 先程まで死にかけていたのはどこへやら。

 全員でドタドタと走って合流すると、ソフィアの首をムラトが掴んだ。

 一度グエッと咳き込んだ彼女は、叩き起こされて質問に遭う。


「おい、ソフィア嬢。ボレアスはどうした?」


「閣下……彼の隊は、一人も戻っていません」


 やはりか。とムラトは小さくつぶやき、手元の紙に何かを書き込む。

 それを封筒に入れて、ソフィアに突きつけて命令を下した。


「此処から先は、俺とニキアス坊に任せときな。お前さんには伝令を頼む」


「我々はまだ戦えます! 戦友のためにも、ランカスター人共を!!」


「ソフィア・フレイア上級指揮官。命令だ。従え」


 まだ戦えると憤るソフィアを黙らせる。

 仕方ないとばかりに俯いた彼女に、彼は続けた。


「アトラースは見たことあるか?」


「いえ、名前だけなら……」


「南東に一日も走れば、空に浮かぶ城が見えるだろう。それに向かって、この閃光弾を打て。迎えが降りてくるから、女王陛下にこの手紙を渡せ」


「わ、分かりました」


「よろしい、飯を食ったら行け」


 ニキアスの補助として、彼が思う存分暴れられるように舞台を整えるのがこの老将の役割。

 些事は全て隅々まで詰めて置こうと目を光らせる彼の視線の先に。


「だらしないな。さっさとアルバートでもエリザベスでも連れてこいってんだよ!!」


 アレクシアの髪のように、虹色に輝くハルバードを振り回し。

 鎧の上から纏う毛皮のコートに、真紅の返り血を滴らせて。

 鈍っていた勘を取り戻すべく死体の山を築き上げる、国王ニキアスが笑う。


「我がペルサキスは戦争を始めるぞ!! ランカスターの愚か者どもめ!!」


 今回こそは妻のお墨付きなので。

 完全にタガの外れた彼は地の果てまで響くような絶叫で、宣戦布告を叩きつけた。

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