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第五話:溢れ出した狂気

前回のあらすじ!!



ニキアスが来た。まぁ、時間の問題だとは思っていたが。

アルバートを再び手札にできたこと、協力者もいることを踏まえれば、前よりは状況が良くなっていると言えるだろう。

ただ、我々の悲願であるランカスター王国の再建……果たして、これは本当に正しい願いなのだろうか?


――エリザベス=ランカスターの手記 1年ごろ



やっと追手がいなくなった。ニキアスは本当に抜け目がないな。尊敬※に値する。

お陰でエクスカリバーの餌には困らなかったが、いずれこいつの身体が必要になる。

そうか。ちょうどいい素体があったはずだ。


――アルバートの日記 同6月ごろ

  ※尊敬という単語がぐちゃぐちゃに塗りつぶされている。この時までは正気が残っていた説が有力。

紀元1年8月中旬、中央大平野


 大穀倉地帯として、豊かな自然を湛える中央大平野。

 かつては帝国貴族たちの農園や牧場が立ち並び、今ではデュシス共和国の管理下でそれらの運営が行われているこの地。

 よく晴れた夏の日差しを背に、小高い丘から農作業に励む民を見下ろす男が二人。


「良い眺めだ。俺に譲ると聞いたときは驚いたが」


 夏だというのに丈の長い漆黒の衣を纏い、暑苦しさすら感じる格好の勇者アルバート。

 彼は一つの目的のためだけにランカスターを離れ、隣で目を細めるセルジオスに逢いに来た。


「なぁに、ここは人手不足だ。移民を受け入れるのは効率がいい。それに、ペルサキス王国に喧嘩を売るという君には、ちょうどいい土地だろ? 移民たちのリーダーとして頑張って欲しいもんだ」


 セルジオスは微笑み、アルバートの肩を叩く。

 勇者は振り返ると、口角を持ち上げた。


「アレクシアという邪神の残滓。あいつを倒さなきゃ終わらないからな」


「神だとか、私にはよくわからないけどねぇ」


 その視線を受けて、セルジオスは口に手を当てる。

 心の底から神話を否定する彼は、くすくすと笑って否定した。


「オーリオーン市の戦いで嫌というほど見ただろ?」


 それを見たアルバートが、咎めるように眉を上げる。

 ただ、彼はまだ愉快そうに笑って、馬鹿馬鹿しいと否定した。


「ふふっ、まぁそうだな。だが……所詮過去の亡霊と、現代の支配者。神話に出てくるような、人智を超越したものではなかったかな」


「それには同意だ。結局、奴らは人間を使わなければ戦うことはできない。だから、俺が食い物を抑えるし、それに……」


 なるほどな。とアルバートもつられて笑い、言葉を続けようとする。

 ただセルジオスは彼の肩をばしばしと叩き、背を向けて。


「ま、とにかく自由に使いなよ。ラングビのチームに入るのはどうだ? 当面はペルサキスに対する隠れ蓑にもなるだろう」


 そう助言して、立ち去ろうとする。

 しかし、アルバートは急に真剣そのものの声になると、彼の助言を退けた。


「いいやセルジオス。俺がやるのは少しだけ違うんだ」


 声の調子、不穏に輝く腰の聖剣。

 アルバートの背中に、先程までは感じなかった邪悪な気配を見て、セルジオスは目をこする。

 そして勘のいい彼は、はっと目を見開いた。


「……待て、君は何を考えている?」


 すると、軋むような声が黒衣の勇者の口から流れ出る。

 本来のアルバートの声とは全く異質で、しかしその口調は本来の彼。

 その不和の正体を理解することができず、セルジオスは反射的に腰の剣を握り締めていた。


「ランカスター王国の再建だよ。お前は運がいい。ここを譲ると言わなければ……」


 別人、ではない。

 ランカスターのことを思い、自分の全てを使って事を成し遂げようとする真っ直ぐさ。

 自らの敵に対する残酷さも、味方への寛容も間違いなく彼本人。ただし。


「……くくっ、そうか。そうかねアルバート。そうなったのか、君は」


 神の力とかいう物に飲まれたか。とセルジオスは理解した。

 まぁ、勇者なんて古今東西そういうものかな。と、呆れというよりは悲しみがこみ上げて、彼は泣き出しそうな声で笑う。


「立ち去れ、セルジオス。お前は俺の敵ではない」


 彼の意図がわからなかったアルバートは、長年の夢を馬鹿にしたのかと不機嫌そうな表情で、いつの間にか手に持っていた真紅の剣を向けた。


「さっきの話を少し訂正しよう。神ってのがよくわかった。確かに、神話の時代は終わらせたほうがいいな」


 セルジオスは両手を上げて、後ずさる。


「勝手に戦ってくれ。我々人間は君たち神々の去った後、この地を統べよう」


 そして最後に捨て台詞を吐いて、彼は逃げた。



――数週間後



 アルバートも見つけることができず、エリザベスは知らぬ存ぜぬを繰り返し。

 とりあえずランカスター市にペルサキス軍を駐留させて、肩を落として一度帰ってきたニキアス。

 彼はぱたぱたと扇子を仰ぎながら、一人執務を続けるアレクシアの執務室に来ていた。


「空振りだよ空振り。本当に嫌になるね。あれだけカッコつけて出てったというのに……何故か知らんが丸め込まれるなんて……」


「戦争しないことに越したことはありませんのよ。内戦なんて国力弱体化させるだけですし」


「まぁ、それはそうなんだけど。おかしいんだよなぁ。まるで誰かに”今は戦うな。負けるぞ”って言われたような……こう……僕の直感とは真逆の……クソっ……」


 本気で戦うつもりで行ったのに、なんかエリザベスに丸め込まれたんだよなぁ。と珍しくグチグチと嘆くニキアスは何度か拳を握って、下を向く。

 アレクシアは夫が戦う事にならなくてよかったと少しほっとしつつ、彼の声を聞きながら書類を読み込んでいて。


「んんー? なんかランカスター、転出多くありませんの?」


 しかめっ面で万年筆を咥えて、ニキアスに聞く。

 移動もすっかり自由化されたが、ランカスター市役所に届けられた転出届の数字を見て、彼女は首をひねった。


「中央大平野だろ? 今年も暑くて魚が獲れないから、ランカスターの漁師たちがこぞって出稼ぎ行ってるってさ。それに向こうは大豊作の見込みで秋までは人手不足って聞いてるよ。求人も出てたし」


「いや、それにしては多すぎると思うのですが……共和国も何も言ってこないし……大丈夫かしら……?」


「正直こっちでは食わせられないから、別にいいんじゃないかな?」


 実際に見てきたニキアスは、そう答える。

 アレクシアはなるほどなぁ。と納得しかけて、ただ移民ってだいたいトラブルになるんですのよね。と物憂げな表情で机を叩き。


「まぁ、確かに……あとニキアス。気になるニュースなんですけど」


「ん?」


 たまたま目にした報告について、あくまで信憑性の低いものだと注釈して話し出した。


「消えたアルバート、中央大平野の首長やってるらしいですわ」


「はぁ!? あいつ! レオタリアもほったらかして!! チーム愛はないのか!?」


 端的に聞いて、ニキアスが目を丸くする。

 何度か地団駄を踏んだ彼に、妻は苦笑いを返して話を続けた。


「中央大平野のラングビチームにとんでもない新人が入ってきた。なんてクッソどうでもいいふわっふわの報告をしてきやがったボケ間者がいたので、罰の代わりに詳しく調査をさせたのですが……もしかしたらお手柄だったかもしれませんわね?」


 そして、ぺらっと人相書きを渡す。

 お世辞にも上手とは言えない絵だが、黒髪と目の鋭さ、そして何より絶世の美男子という注釈が、アルバートの特徴を大雑把に伝えていた。


「……うーむ、確かにアルバートっぽいな。人相書きが下手すぎるが」


「下っ端しか送ってなかったのが裏目でしたわね。この件はミラクに外注しますの」


「そうしてくれ。しっかし、なんでまたあいつ中央大平野にいるんだ?」


「その辺も含めては彼女に。シェアト、出番でしてよ」


 首をひねるニキアス。

 アレクシアは手を叩くと執務室の扉が開き、手錠をかけられ鎖に繋がれたシェアトがしゅんとした様子で入ってきた。


「……なんで手錠つけられてんの?」


 オーリオーン市でユースと出会ったシェアトは、ペルサキス市に呼び戻されたユースに付き添おうとして。

 道中また酒を飲ませて襲おうとしたところ、二度目は通用しなかった彼女に叫び声を上げられて護衛の男たちに捕縛されていた。

 それを聞いたアレクシアは特に怒らなかったのだが、何かの罰は必要ということでシェアトの薬抜きも兼ね、しばらく城の客室で拘束し今に至る。


「ユースを襲おうとしたので。まぁそれはいいでしょう。話しなさいな」


 そんな説明も面倒だったので。

 苦笑だけ浮かべたアレクシアは短く言葉を返すと、シェアトに促した。

 すっかり薬も抜けて、中毒症状を抜くための別の薬も散々投与されてきた彼女は大人しく話し出す。


「まず結論から報告しますと、ランカスター人は王国に戦争を仕掛ける気です。これは残念なことにかなり正確な情報です」


「ふむ。まぁ腹立つけど、驚くほどではないかな」


 薬が抜けたら若干人が変わったなぁ。と感じたニキアスも苦笑を浮かべつつ、彼女の話を聞く。

 この間行ったときはエリザベスの言い訳を呑んだが、確かにそんな気配は感じていた。

 だから尚更、自分がなぜ丸め込まれたかを理解できていないのだが。


「手を引いているのは、アルバートさんで間違いありません。彼の所在について、情報提供者は知りませんでしたが……ニキアスさんも先の話はアレクシアに聞いたと思いますが、中央大平野にいるのでしょうね」


 エリザベスとアルバートが組んでいることを知らせた情報提供者のことを、シェアトは語らなかった。

 彼女に情報を提供した海賊騎士ことワシムは、彼と部下達の身の安全を保証することを条件に。

 そして何より、おかしくなったアルバートを止めてくれと懇願して、既にペルサキス市に移り住んでいる。


「なるほど? あいつが……」


「ニキアスは確かに悲しいでしょうけど。わたくしとしてはそこまでですわ。ランカスター人を自由にしろ、という要求でそこまで考えていたとは、してやられましたわねぇ」


 そうか。と目を伏せるニキアスと、納得したように何度も頷くアレクシア。

 ただ、二人共気になっている疑問があって、それを夫が先に聞いた。


「つってもランカスター人だけで戦争なんて無謀もいいとこだろ? しかも場所が中央大平野ってことは共和国……セルジオスはどう動いてるんだ?」


「共和国議会については結構値段が張ったので、あとで情報料を貰わないといけないのですが……」


「言い値で。技術供与でも構わなくてよ」


 値段について、ニキアスがちらと妻を見る。

 アレクシアがいくらでも払うと断言すると、シェアトは小さく頷いて話を続けた。


「それならまぁお父様も納得すると思うので……で、セルジオス派は王国との共存を望む方針で間違いないです。最新の議事録も拾ってきましたから、事実でしょうね」


 そして議事録の写しが書かれた冊子を取り出す。

 二人はそれを読むと、ペルサキスとの共存を謳う穏健派のセルジオスらと、ペルサキス王国を退けて民主主義というものを世界に広めようとする強硬派の対立が、長々と綴られていた。

 ただしセルジオス本人は、強硬派に対しても随分と柔らかい言葉で説得をしている。


「戦争したがりの強硬派はどこにでもいるもんだな。ウチを倒して、後ろにいる連合国はどうするつもりなんだか……」


 自分も大概戦争したがりなのは置いておいて、ニキアスが声を漏らす。

 ただ同じ冊子を読んで考え込んでいたアレクシアは、彼らの言葉一つ一つに感じた違和感と、自らの経験と前世での記憶を鑑みて。


「……ニキアス、恐らく強硬派の後ろにいるのもセルジオスですわよ」


 それに勘付いた。


「……? そんな事して何になるんだ?」


 勿論、それは勘でしかないが。

 この世界では、信仰や尊敬の念が力になるということを理論として知っているアレクシア。

 だからこそ貴族や力のある者たちは皆、本来は信念を持ち心優しい善良な人間であるのが普通だと理解していて。

 しかしセルジオスという男は、かつて自分が生きた世界にはよく居た政治屋だと。この世界の”普通”からかなり逸脱した人間だということに気づく。


「勝っても負けても、セルジオスが最大の指導者になりますわ。表で共存派を掲げているのは、十中八九負けることを前提として……強硬派が動くのを待っているはずですの」


「で、その動く強硬派の先鋒にランカスターを使おうってのか? あいつ本当におファックだな」


 アレクシアの話を聞いて、ニキアスも彼女の真似をして納得する。

 その前提を踏まえて議事録をもう一度読んでみると、やけにセルジオス派が強硬派を煽っているように読めた。

 思わず感心していた彼に、彼女はふと言葉を漏らす。


「……奴の思想が、民主主義というもので良かったですわ」


「……なんでだい?」


 首を傾げるニキアス。

 アレクシアはしばらく考えて、前世の自分がかつて生きた時代の。

 魔法もなしに豊かな発展を遂げた異世界の、ある意味で目指すべき理想郷の血塗られた歴史を思い浮かべて。


「考えられるうちの比較的マシなものだからですわね。さ、ニキアス。わたくし達はできることから始めましょう。まずはエリザベスとアルバートの疑い、それに対するデュシス共和国の関与を明確にして、実力行使の大義名分を作り……」


 ランカスター人を滅ぼすところからですわ。

 そう、心から悲しそうな顔をした。

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