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第四話:願い

前回のあらすじ!!



ランカスター市連続行方不明事件

 この一ヶ月で、市民六名、市外の王国人十名が行方不明となったこの事件。

 本誌はエリザベス市長に話を伺った。

 記者:対策については。

 市長:警察では調査を進めている。ただ、担当した職員も巻き込まれている為、王国政府に協力要請を出している。

 記者:犯人に心当たりは。

 市長:全くない。

 記者:アルバートが巻き込まれたという噂もあるが。

 市長:事実無根。そもそも彼を行方不明にできるとしたら、それは人間の仕業ではない。

 以上、市長は終始焦燥した様子で、この事件への対応で疲労困憊に見えた。

 本誌は引き続き調査に尽力する。情報提供者も引き続き募集しています。


――『週刊ランカスター』1年6月2週より抜粋



アルバートの馬鹿野郎! どこへ消えたのよ!?

これじゃあ、いつあたしがニキアスに殺されるか……!!

確か、そう怒鳴っていた。先に見つけ出した方がいいだろう。

アルバート様の戦いは終わった。エリー姫には悪いが、自分の尻くらい自分で拭くべきだ。


――海賊騎士ワシムの日記 1年ごろ?



ユースティティアという存在は、この遺跡の調査から明らかになりました。

原初の巫女であった彼女は、誰よりも尊敬され愛されていたといいます。

かつて純粋だった古代の人々が彼女を思う心こそが、願いの女神ユースティティアを作り上たのでしょう。

そして、彼女の力に目をつけたアストライアが仕掛けた呪いにより変質し、神の力を食らって成長し続けた結果。

生命すら自在に操る人知を超えた存在の、最初の一人になったのです。


――アストライア古代遺跡、案内板より

――紀元1年6月 オーリオーン市



 復興作業が進むオーリオーン市の、帝国立競技場の跡地。

 生き残りと、新加入の選手たちを集めて練習を再開したウラニオ・トクソティスの選手たちは、仮設の柵越しに歓声を上げる市民の声を背に受けて。

 ラングビはこの地で産まれたということを今一度知らしめてやると、久しぶりの練習に精を出す。


「ジェバダイアさーん!!!」


 その中に一人、ユースがキラキラと瞳を輝かせ、大好きな選手の名前を呼ぶ。

 彼女の視線の先では、トドかオットセイのような海棲哺乳類のような姿をした、ずんぐりむっくりの大男が照れくさそうに手を振り返した。

 覚えていてくれたんだと、嬉しくて何度も叫んでいると。


「アレクシアァァァァァァ!!」


「ぐえっ」


 ユースは何者かの突進を受けて転がった。

 その上、アレクシアという名前に周りの民は思い切り振り返り、女王がいると騒ぎ出す。

 民衆に紛れて彼女の護衛を務める兵士たちが、ニキアスに殺されると絶句した瞬間であった。


「チッ……我を忘れてしまいましたね……行きますよ!!」


「えっ、ちょっ、えっ?」


 その女は思い切り顔をしかめて舌打ちをして、ひょいとユースを担ぎ上げて。

 風魔法で土埃を巻き上げると、護衛たちすら文字通り煙に巻いて走り出す。

 戸惑い続けてしばらく、路地裏で降ろされたユース。

 眼の前の、やたら胸の大きな、連合国訛りの女が誰か知らない彼女は、本当に何もわからずに首を傾げた。


「あの、どなたですか?」


「!! べ、別人……!!」


 呆然と膝をつくシェアト。

 彼女はオーリオーン市にたまたま仕事で訪れていて、お忍びでアレクシアがいるという噂を聞きつけて探し回っていた。

 勿論それはユースのことで、アレクシア本人はもうペルサキス市へ帰っているのだが。

 そんなシェアトに、ユースは手を差し伸べると優しい笑顔で声をかける。


「私、女王陛下にはよく似てると言われるのです。私の名前はユース、ただのユースです」


「こ、声まで……このわたしが騙されるなんて……」


 美しい着物が土に汚れるのも構わず、シェアトは何度も地面を叩く。

 ちょっと怖いな……。とユースは背筋が寒くなったが、自分を担いでいる間も決して傷つけまいと庇いながら走っていた彼女に、どこか優しさを感じていた。


「えぇと、大変失礼しました。わたしは……」


 シェアトはその手を取って立ち上がり、軽く埃を払うと名乗りを返そうと口を開く。

 ただ、それは男たちの声に遮られた。


「やっと見つけたぞ人攫い! ユース様を離せ!!」


 必死に後を追ってきた護衛の男たちが、シェアトに向かって手のひらを向ける。

 武器を使わない戦闘訓練、特に魔法の訓練を積んできた精鋭たち。彼らの顔にはユースも見覚えがあった。

 瞬時に自分はずっと護衛されていたのだと気づいた彼女は、大声を上げる。


「あの! 止めて下さい! この方は悪い方ではありません!」


「お、お優しい……やっぱりアレクシアとは別人……ですね」


 その柔らかくも凛々しい横顔に、うっかり心を奪われそうになるシェアト。

 彼女は戦闘の意志はないと両手を上げて、ついでにスカートの裾を揺らして暗器を落とした。


「……アルフェラッツ国王女、シェアトです。正式に謝罪しますのでどうかご内密に」


「は? 何言ってるんだこいつ。王女が人攫いなどするはずがないだろう」


「いやまぁ、それはごもっともなんですけれど……」


 護衛の男はあっけにとられていても、いつでも魔法を打つというポーズは崩さずに。

 慎重にシェアトに近づくと、身分を保証するものは無いかと聞いた。


「リブラの会員証が鞄の中に。どうぞ検めて頂いて」


 苦笑いしてため息をついて。

 彼女は諦めたように、背負った鞄を親指で指す。

 言われて鞄を開けた男は、銀で作られたリブラ商会のバッヂと、王国に入国した際に発行される外国人通行証を取り出してしばらく眺めて。

 バッヂの重さも確かめると、また呆気にとられたように大口を開けた。

 

「シェアト=アルフェラッツ……えぇ……本物かよ……」


「そういうことです。それで、あなたがたは何者です?」


「我々は……」


 今度はシェアトが聞き返す。

 男は言いづらそうに何度かユースの方をチラチラと見て、口をモゴモゴさせた。

 じれったいと言わんばかりにユースが聞く。


「私の護衛、ですよね。どうして言ってくれなかったんですか?」


「黙秘を」


「国王陛下ですね?」


 まぁ、仕方ないのかな。と彼女は呟く。

 女王と同じ顔で、影武者すら務める身。簡単に自由にさせては貰えないのだろう。

 それでも、ここ半月ほどは気づかずに過ごせていたし、気を遣ってくれていたのだなと感謝して。

 何も言えなくなった男に、頭を下げた。


「ずっと守ってくれて、ありがとうございます」


 そして顔を上げて、アレクシアになりきるために勉強した人間関係からシェアトの項目を思い出すと。


「この方は、女王陛下のご友人です。ということは私の友人でもありますので。もう大丈夫です」


「……承知いたしました」


 穏やかな顔で言い切る。

 護衛の男は小さく頷いて、再び彼女の視界から姿を消した。


――


 こうして知り合った二人は、せっかくだからと食事へ向かう。

 競技場跡地のほど近く、建て直されつつある一角の店。市の名物であるエビフライを最初に売り出した……と言われている店の二階。

 二人が向き合って座ると、シェアトが注文した料理や飲み物が運ばれてきた。


「どうぞ。お詫びですので」


「……エビ……」


 多分一生分食べた。いや、間違いなく一生分食べた。

 アレクシアに代わっている間、どこへ行っても出てくる揚げ物。

 主に女王陛下が作った冷凍庫のせいで、どこに行っても出てくるエビフライ。

 ここしばらくは食べずに済んでいた脂の暴力を思い出して、若干青くなるユース。


「あら、お嫌いでしたか。ではわたしが食べますので、何かお好きなものは?」


 表情を察して、シェアトは笑う。

 彼女はせっかくだから久しぶりの揚げ物を楽しもうと、そっと自分の方に皿を動かすと。


「普通に焼いた赤身のお肉が食べたいです……」


 小さく言うユースに、普通、ですか。と思わず苦笑した。


「……わたしからしたら結構贅沢ですよ。まぁ、帝国では肉は安いですけど」


 おっと、王国でした。と口を滑らせたことを軽く謝罪して。

 シェアトは店員を呼んで注文をすると、飲み物のグラスを手に取った。


「では、我らがアレクシアに乾杯」


 笑顔を向けるシェアトに、ユースも笑顔を返してグラスを向ける。


「えぇ、女王陛下に乾杯です」



――数時間後



「ふふふ、よく寝ていますね……お酒は初めてのようで……!」


 アレクシアは全く飲まないから、そりゃあ出てきませんよね。と、シェアトは軽やかに、眠ったままのユースを背負い、自分の泊まる宿に向かう。

 護衛の男たちは消術で気配を断っているのだろうが、そんなものは宿まで連れ込めば知ったことではない。

 そしてこの国では同性愛と言うのは常識の範囲外、警戒される恐れはない。

 何よりアレクシアにはニキアスとか言う高い壁がいるが、ユースにはそういう伴侶はいないと聞き出した。

 つまり。


「ここで手籠にしてしまいましょう……!」


 食後に吸った薬の影響でだいぶ高揚している彼女は、唇の端から涎を垂らして決意を込める。

 そして宿のベッドにユースの身体をそっと寝かせると、おもむろに衣服を脱がせ始めて。


「……? これは……」


 彼女の心臓の位置に、小さな入れ墨があることに気づく。

 それが連合国の遺跡にもある古代文字と似たような形だということに気づき、そっと触れるとほのかに体温より高く熱を帯びていて、次の瞬間には頭の中に声がした。


”願いなさい”


「やれやれ、最近薬は控えているのですが……また幻聴ですか」


 ふっ、と慣れた調子で息をついて、いつもの事だと切り捨てる。

 ただ今回はどこか雰囲気が違うと頭の片隅に浮かんだが、そんなことよりもユースをと下着に手をかけると、バチッと大きな音がして。


「あっづ!!」


 はしたなく悲鳴を上げて尻餅をつき、我に返る。

 

”貴女なら、私の願いを願うことができるのです”


「……え、これは」


 脳裏に蘇る、アストライアに見つかった瞬間の記憶。

 全く同じ、人ならざるものの気配を感じて、本能的に離れようとしても足が言うことを聞かない。

 いきなり縛り付けられたように固まって、何かが頭の中に入ってくるような気持ちの悪い感触がすると、シェアトの口は勝手に動く。


「アレクシアを、この地の神に。我々の永遠の女神に」


”ふふっ、叶えましょう”


 満足そうな声がして、シェアトの意識が遠くなる。

 薄れゆく意識の中で、彼女は続けて声を聞いた。


”あぁ、あの娘に感謝を。心よりの感謝を。私が再び、この地を見守ることができるようにしてくれた。アレクシアという最後のわたしに。心よりの祝福を”


 踊るような声が頭の中に響く。

 アストライアと同じようで、それでいて一切の邪心を感じない声。

 かろうじて残った意識から、シェアトは声を振り絞る。


「願い……最後の神……ユースティティア……遥か昔の神話では……」


”覚えていてくれて、嬉しい。ありがとうシェアト。私も貴女のことを覚えます”


 正体を推理して問いかけると、幸福に満ちた声がする。

 柔らかく包まれるように、穏やかな気分になったシェアトは、そのまま意識を手放した。



――その頃、ペルサキス城



「ぶえっくし!! ですわ!!」


「幸運を。消術布団の実験はやめたほうが良いんじゃないか? あれ僕もたまに寒いんだが」


 アレクシアが思いっきりくしゃみをして、ニキアスが彼女を気遣う。

 二人共日々の雑務をこなし終わり、寝室で一息ついていたところ。


「もうちょっと改良できると思いますのよねぇ……って風邪は引いてませんのよ?」


 心配そうな顔のニキアスに、大丈夫だと口を尖らせる。

 ここ最近は連合国との統一を模索していて、空いた時間も全て発明品の実験に費やしている彼女。

 それでも肌はつやつやと輝き、体調も健康そのものだと笑った。


「なら良いんだけどねぇ」


 彼女の体調という意味で、ニキアスにはもう一つ気がかりがある。

 それはアレクシアに一切子供が宿る気配がないこと。

 結婚以来、可能な日は毎日のように頑張ってはいるのだが……。

 

「あー、子供の心配なら、別に側室を作っても構いませんわよ……?」


 それを憂う彼の顔に、妻は申し訳無さそうに切り出す。

 王族として、子供を産むことは何よりも優先されるべきこと。

 自分がそれを成せない以上、ニキアスが他に女を作るのは仕方ないことだなと、最近はアレクシアも思い始めていた。


「何を言うんだね。僕はそもそも君のことしか愛していなくてだね」


「んまぁ、それは嬉しいのですが……」


 逆に気を遣われて、ニキアスはむっとした顔を向ける。

 顔を背ける妻の手を取ると、いつもよりは少し強引に唇を奪って。


「頑張ろう」


「どうしてもって言うなら、仕方ないですわねぇ」


 目を合わせて笑顔を向けると、アレクシアは少し恥ずかしそうに了承した。

 そして照れ隠しのように、ニキアスのグラスに注がれた蒸留酒を飲み干して、ベッドに転がると。

 突然寝室の扉が叩かれた。


「なんだね」


 舌打ちをしたニキアスは、アレクシアにシーツを被せて扉を開ける。

 本気で苛ついた表情の彼は、いつも無表情の執事から言伝を受け取ると。

 一気に国王としての顔に戻って扉を閉め、着替えを始めた。


「ろくでもないことですの?」


「あぁ、アルバートが行方不明。奴に付けた間者も全員消えた。跡形もなくね」


 やはり、あの夜にユースと会って、アルバートの身になにか起こったのだと確信したニキアス。

 それを確かめなければいけないと。その方法を考えなければいけないと頭を回す。


「ふむ。ユースを呼び戻しましょう。休暇中の彼女には悪いですが」


 彼から話を聞いていたアレクシアは、それならユースを近くに置こうと提案した。

 実際地下神殿の直ぐ側のオーリオーン市で、彼女が怪しげな動きをしたとか聞いていないし、ただただ普通に休日を楽しんでいるだけだと報告を受けていたし。

 シェアトと出会ったユースの中に眠るものが、既に目覚めていると知るのはほんの少し後の話になったのだが。


「頼む。こっちは念のため軍を動かす。最悪、近いうちにエリザベスと一戦することになるな」


 その言葉にニキアスは頷いて、それとは別の心配事を告げる。


「あー、ランカスター独立運動でしたっけ。彼らを抑え込めるアルバートがいないなら、叩きのめす必要があるかもしれませんわねぇ」


 アレクシアもその心配に全面的に同意した。

 アルバートがいれば、当分は大人しくしているだろう。その間にランカスター人をきちんと取り込んでしまえば良い。

 そう考えていた二人の監視から、彼は消え去った。その原因が何であれ、きっとまた、帝国に何度もしてきたように反乱を起こすと確信した二人。


「その通りだ。全力で叩きのめす。セルジオスの馬鹿にも大人しくしていてもらいたいからね」


 反乱が起これば、一度終わったはずのものが全て動き出すことも確信する。

 デュシス共和国とは表面上穏やかに帝国の分割をしたが、ペルサキスを弱体化できる好機とあれば喜んで手を回す。

 指導者であるセルジオスはそういう政治屋だと理解していて、彼女はため息をついた。


「ったくほんと、おファックですわ。えーっと、ニキアス」


「ん?」


 一度目を閉じて、改めて彼に目を合わせて。

 心配そうな声で彼女は言った。


「ランカスター人は戦闘民族、それにエリザベスは天才ですわよ。まず負けないことを第一にですわ」


 その声に彼は軽く微笑みを返すと、拳を作って言葉を返す。


「分かってる。ただ装備も物資も、こちらのほうが遥かに上だからな。年内には決着してやるさ」


 笑うニキアスの背後に、アレクシアは何か影のようなものが見えて。


”貴女の願い、聞き届けました”


 はっきりとそんな声が聞こえたが、珍しく酒が入っていた彼女は酔っているのだと切り捨てた。

 数カ月後には、ペルサキス王国へ反抗する民の旗頭に行方不明のはずのアルバートが立つことを、二人はまだ知らない。

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