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第三話:呪われた勇者

前回のあらすじ!



文字を書くのにはまだ慣れないのですが、練習のために日記を書いてみようと思います。

ランカスターに来て3日。まだ5月なのにとても暑くて辛いです。国王陛下は涼しい顔をしていました。

陛下に聞いたら、しょうじゅつというものが服に編まれていると言われました。私も着てみたのですが、どうやら涼しくなる理屈が分かっていないとだめなようです。魔法より難しいかもしれません。

(中略)

ラングビの試合を見ました。首都での試合を思い出して少し寂しくなりました。いつか競技場が建ったら、今度はお客さんとして行きたいです。陛下にお願いするのは不敬でしょうか。

レオタリアの選手とお話してみたかったのですが、女王である間は駄目だと言われてしまいました。


――ユース=ペルサキス※の日記 紀元1年5月12日

  ※彼女は後にペルサキス家の養子として迎え入れられた。



ニキアスは既に感づいている。

本当に困ったことになった。自業自得ではあるのだが。

アルバートが急に心変わりしたというよりは、彼の中の優先順位が、まさか彼自身の事情よりランカスターの方が上だと考えていなかった私のミスだ。

いや、本当はセルジオスに騙されていたのか? あの胡散臭い扇動者に?

頭がうまく回らない。今からでも私の首を差し出して、ペルサキスに許しを請うべきか?

酒ばかり増える。入れ墨が疼く。


――エリザベス=ランカスターの手記 紀元1年ごろ

――オーリオーン市、アトラース艦内、女王の寝室


「お、やっと来ましたわね二人共」


 ランカスターから来たニキアスとユースを迎えて、アレクシアは微笑む。

 このあと予定されている市内の視察で、彼女は影武者と入れ替わって女王へと戻る。

 ユースもやっと最初の仕事が終わるとホッとした表情でいると、ニキアスが嬉しそうに返事を返した。


「ただいまアレクシア。そっちの調査は?」


「全然ですのよ。まぁ今後の予定になるような手がかりだけは拾えましたが」


 やれやれとため息を付き、今日のおやつの糖蜜を掛けて乾かした揚げ菓子に手を伸ばす。

 ニキアスも籠に盛られたそれを一つとって口に運ぶと、余りにも甘すぎるとそっと戻した。


「あ、ユースもどうぞ」


「え、えぇ、女王陛下。私は先程食事を終えたばかりで」


 勧められて、ニキアスが顔をしかめて戻したのを見て慌てて手を振るユース。

 その判断は正解だよと彼は小さく頷く中、アレクシアは話を変えた。


「ところでユース、最近体調に変化はありませんか?」


「……? 特に、何も」

 

 何故そんな事を聞くのかな、とユースは首を傾げて。

 しかしアレクシアにはそれが信じられなくて、ニキアスにも聞く。


「ニキアス、彼女を見ていてなにかあります?」


「なにもないね。まぁ君向けの食事ばかり出されるから、少しふっくらしてきたけど」


 これは嘘だが。と視線でアレクシアに知らせる。

 途端に頬を赤くするユースが自分の腹を摘んで、若干太ったことに絶望していると。


「いいでしょう。ではユース、せっかくの故郷ですし、外出しても構いませんわ」


 なるほど、とニキアスの視線を察して、ユースに外してもらうアレクシア。


「ありがとうございます、女王陛下」


 久しぶりの自由時間に喜ぶユースは、足取りも軽やかに部屋を出て。

 残った彼女とニキアスは向き合った。


「護衛は付けてる。本人にバレないよう言い聞かせてるよ」


「流石ですの。で、なんかありましたわね?」


 あぁ。と言葉を返し、ニキアスは戸棚から酒を取り出して。

 グラスを二つ出すと、とくとくと注いだ。


「座って話そう。たまには酒でも一緒にどうだい?」


 長くなるよ。と告げる。


「……わたくしの寝室に、いつの間に酒を」


「あはは、こないだ隠しといたんだよね。帰りに乗るし」


 笑う彼に少しだけ怒っていたアレクシアだったが、ふぅと息をついて。

 グラスを一つ手に取った。



―― 一週間前、ランカスター王城



 気持ちのいい朝に、ユースは背伸びをして。

 昨夜アルバートと会って、歌まで聞いてもらった。それに褒めてもらったと夢心地で頬を染める。


「はっ!! いや、アルバートさんは敵の選手……そうそう心を許すわけには……!」


 ランカスターのトゥリア・レオタリアの宿敵ウラニオ・トクソティスの大ファンである彼女はそんな葛藤をしていて、でも別れ際の記憶が曖昧だなと首を傾げる。

 開けっ放しの窓に、ここから飛んでいって……と思い返そうとして、昨夜のことを思い出した。


「あの剣を触って……どうしたんだっけ?」


 急に眠くなったような? と思い出し、窓に手をかける。

 下の方を見下ろしていると、一人の男が大の字で倒れていた。

 赤黒い染みが彼の周りに広がっていて、しかもその姿には見覚えがあって。


「きゃあああああああ!!!! アルバートさん!!」


 彼女は反射的に叫んで、部屋を出た。


「どうしたのユース。昼には出るから朝食を食べてきなよ」


「こここ国王陛下!! アルバートさんが!!」


 ニキアスの部屋まで慌てて走ると、朝まで飲んでいた彼は頭痛をこらえて額に手を当てる。

 そんな彼にアルバートのことを告げると、血相を変えた彼は彼女に言い聞かせた。


「落ち着けユース、しばらく部屋にいろ。食事は持っていかせる」


「は、はい。よろしくお願いします……」


 低く冷たい声に気圧されて、彼女は息を呑み。

 上着を羽織って出ていくニキアスの背中を見送った。


――


「アルバート!! どうした!?」


 血のような赤黒い液体溜まりの中倒れるアルバートの肩を、ニキアスが叩く。

 昨日一緒に遅くまで飲んでいて、途中で帰る彼を見送ったことを思い出し。

 その後に何かあったのかと大声で彼の名を呼ぶ。


「……ん……」


「なんだよ生きてんのか……」


 ほっとため息をついて、小さく反応したアルバートに安堵する。

 すぐにニキアスが呼んだ医師たちが駆けつけると、彼は医務室に連れて行くように指示をして。


「起きたら知らせてくれ」


 そう告げると、肩を怒らせてエリザベスの元へ歩く。

 やがて彼女の寝室の扉を叩くと、寝起きだろう声が返ってきた。


「入るぞ」


「ちょ、誰!?」


 扉の鍵を殴って破壊し開け放ち、下着姿のエリザベスを全く気にせずに。

 ニキアスは彼女を睨みつけて言う。


「……アルバートが倒れていた。なにか知っているのか」


「し、知らないわよ! ってか出ていきなさいよ!! いくら国王だからって……」


 本当に何も知らないと顔の前で慌てて手を振って、シーツで身体を隠した彼女は叫ぶ。

 しかしニキアスは尚も彼女を睨みつけて言い放った。


「エリザベス、アルバートが倒れていて、僕は今お前を全力で疑っている。理由は分かるな?」


「……あたしがあんたの立場ならそう思うわ。でも、あんたら朝まで飲んでたんでしょどうせ。酒のせいじゃないの?」


 うん? とニキアスは首を傾げて、彼女の部屋を見渡す。

 ベッドの横には酒の瓶とグラスが転がっていて、更に書きかけの書類も机に積まれていて。

 それにアルバートが途中で帰ったことを知らなそうで、本当に関係ないのかと気づく。


「まぁいい、血まみれだったが、アルバートも生きていたからな。後でまたお前を尋問するかもしれないが」


 そう言いつつニキアスは、彼の姿を思い返して。

 あれ? と違和感を覚えた。


「いや、あれは血じゃなかったかもしれないな……」


 血の匂いがしなかったことに今更気づく。

 もう一度見に行くかと彼が考え込むところで、エリザベスは呆れたように言った。


「なんかよくわかんないけど……生きてたんでしょ? 本人にはうちからも話聞いとくけど」


「……あぁ。僕たちも昼には出るからな……」


 顎に手を当てたままのニキアスが返答する。

 エリザベスは、それではと一息ついて深呼吸して。


「国王陛下。女性の寝室に押し入ったと女王陛下に言われたくなければ、お引取りを」


 畏まって言い放つ。

 ニキアスは改めて彼女のあられも無い格好に気づき。


「……今回は僕が悪かったから、それは本当に止めてくれ」


 バツが悪そうに小走りで部屋を出た。


――


「……何もない……おい、ここにあった血溜まりは?」


 アルバートが倒れていた現場を囲って、その周りを見張る兵士に聞く。


「え? あ、確かに。いつの間に……」


「ちゃんと見張っておけ!」


 その兵士が曖昧な返答を返したので、ニキアスは若干苛つきつつ膝をついた。

 地面を撫でてみても濡れた形跡はなく、完全に跡形もなく消えていて。

 一体何だったのかと理解できずに部屋に戻って、ユースに話を聞くことにした。


「君たち、少し外してくれ」


 部屋に入り、侍女を追い出す。

 二人きりになって、朝食の手が止まった彼女の前に座ると。


「ユース、君はなにか知っているのか?」


 ニキアスは優しい声を掛ける。

 彼女はその声に少しだけ躊躇して、ただ、本当のことを話したほうが良いと決意して言った。


「怒られるかもしれないんですが……」


 顔を伏せ、涙目で話し始める彼女。

 昨夜アルバートと話したことを包み隠さずに伝えると、ニキアスは困ったような顔で。


「……エクスカリバーに触れて、何か起こったのか」


 あの剣については知っている。古代のランカスター王アーサーの兵器で、アストライアを殺すために作られた兵器。

 だからこそユースは、そのどちらかの関係者であるという疑いを持って。


「覚えていないんです……」


「いいんだ。正直に話してくれて助かるよ」


 彼女に微笑みを作って、ニキアスは席を立つ。

 顔を伏せたままの彼女をなだめるように優しく、彼は言った。


「まぁ酔っ払って窓から落ちたんだろ。彼は生きてたし、そのうちまた逢いに来ようか」


「……はい」


 ユースについて、やはりアレクシアと話し合う必要があるな。彼女の調べている遺跡とも、なにか関係があるかもしれない。

 そう判断した彼は、一旦保留することにして。



―― 一週間ほど掛けて、オーリオーン市のアレクシアの元へ来た。



「ってわけだよ。ユースが彼女の意志でエクスカリバーになんかした、って訳ではなさそうだけどね」


 ニキアスがランカスターでの出来事を伝えると、アレクシアは考え込む。

 無言の間に何個も机に置かれた菓子が消えていってしばらく、納得したように頷いた彼女は。

 あの『ありがとう』の紙片を残した何かが、今ユースの中にいると確信した。


「彼女の中に何かがいる。ってことですわねぇ。アルバートはどうしましたの?」


「傷もなく起きたって。連絡は来てる」


「彼に見張りは?」


「当然」


 短く言葉を交わしあって、二人はにこにこと顔を見合わせる。

 二人は共に、今のところは特に何もないし、ユースとアルバートだけを注視しておけば大丈夫だろうと考えていて。


「ほんと、貴方が夫で助かりましたわ」


「光栄ですよ。女王陛下」


 冗談めかして笑うニキアスと、久々に彼に会って喜ぶ彼女は抱擁を交わした。



――その夜、ランカスター王都



 目覚めて三日ほど、王城の医務室で念のため入院していたアルバート。

 やっと今日退院して、家に帰ろうと城を出た。

 そして区画整理された繁華街から少し離れて、住宅の並ぶ道を歩いているところ。

 彼の胸には一つの決意が芽生えていて、その意志に反応したエクスカリバーの鞘の文字は、血のように赤黒い光を放つ。


「……エクスカリバー、まだ出てくるんじゃあないぞ」


 彼は小声で呟きその鞘を撫で、先程から物陰に隠れながら距離を保つ気配に振り返る。


「誰かいるな」


 その声に、無言の気配の主は驚いたように身を隠す。

 衣擦れ、砂利を踏む音。口をふさいでも漏れる呼吸音。

 アルバートは瞬時にその位置を特定して、ほんの瞬きの瞬間で。


「お前か。目的は? 誰に雇われてる?」


 夜の闇に溶け込むように、暗い色の衣を身にまとう間者を追い詰めた。


「……」


 彼は目を合わせたまま首を振り、アルバートからにじみ出る敵意と圧力に屈さないようにと、震える足をつねって正気を保とうとして。

 いい心がけじゃあないか。と褒めるアルバートは軽く苦笑いを返し。


「まぁ言わないよな。死体に聞くよ」


 冷酷で残酷な一言を告げて、その首をへし折った。


「どうせニキアスの手の者だろうけどな」


 男の懐に手を入れて、何か身元の分かるものは無いかと物色する。

 すぐにそれは見つかって、彼は小声で唸った。


「『万年筆』か。随分良いものを使っているな」


 紀元歴に入り発明された高級筆記用具。

 鳥の羽や植物の茎で作られていた従来の筆記用具からは大きく離れて、金属を加工して作られたそれはとても庶民の手が届くようなものではなく、アルバートもそれを把握していた。


「こんなものを持っているってことは、ペルサキス王家の公務員かな」


 そして王国において、それを買うことのできるほど豊かな庶民は、ペルサキス市にしか居ないこともよく把握している。

 国家公務員だろう。と彼は理解して、腰のエクスカリバーに手を当てた。


「食べるか? 身体はいらないだろ」


 それが当然のようにエクスカリバーに聞く。

 腰の鞘は迷ったように点滅して、やがて刻まれた文字がぎらぎらと光りだす。


「分かった」


 アルバートはその意志を読み取って、黙って剣を抜くと。


「残すなよ」


 傷口から流れ出る血のように艶めかしくうごめく赤黒い刀身が、男の身体に突き刺さった。

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