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第二話:神代の遺産

前回までのあらすじ!



紀元1年に独立を宣言した、我が合衆国の前身であるペルサキス王国は、オーリオーン帝国の終焉に伴って独立した国の一つでした。

アレクシア=ペルサキスという今も尚我が国を守護し続ける女神の下にこのヴィクトリア大陸が完全に統一され、今私達が暮らすアストレア合衆国が誕生しました。

当時新たに行われた緩やかな民主化政策の一環として、国内の各地域ごとに軍人・商人・農民(漁師)・工場労働者の4つの職業組合ギルドを設立すること、それぞれのギルドで選挙を行い、選出した代表者を王国議会に参加させるというものが……


――中学合衆国史教科書 中世編 標準教育出版

※後の選挙の先駆けとなる制度であり選挙権は限られた職業にしかなかったが、選挙権にも被選挙権にも年齢制限はなかった。



祝!! ペルサキス王国独立!! 女王陛下、国王陛下に栄光あれ!!

 我らが女王陛下、アレクシア様がついに独立を宣言された。

 長年我らに重税を課し、今や友朋たるアンドロメダ連合国との戦争を押し付けてきたオーリオーン帝国の支配者である実の父を討ち倒し、我らのために女王陛下は新しい秩序を作る。

 差し当たって本誌では多くの人々に関わるところである今後の税率や、帝国法を元に作られた王国法の主な変更点などを官報よりまとめている。12~17面に続く。


――ペルサキス新聞 帝国歴100年2月1日



新暦は『紀元』。両陛下が宣言

 我が国の独立より3ヶ月。帝国の残滓を処理すると旧貴族の大粛清が行われたことは記憶に新しい。

 その一環としてペルサキス王国議会商人ギルド代表ヘルマン・リブラの進言により、来月5月1日より帝国歴を刷新することが決定された。

 表題通り新歴は『紀元』。アンドロメダ連合国とも協調して新たな始まりを歩むという両陛下の意志の表れであり……


――ペルサキス新聞 帝国歴100年4月15日



ラングビ、帰ってくる!

 帝国の崩壊とともに終わったかに見えたラングビが、ニキアス国王陛下の強い要望により復活すると公式に発表された。

 新ラングビリーグでは、旧西側諸侯地域であるデュシス共和国、アンドロメダ連合のアルフェラッツ王国から5チームも新規に参加することになる。

 より遠征が増え、より試合数が増え過酷になるが、それだけ我々ラングビファンも楽しめるというもの。選手たちの一掃の奮闘に期待したい。

 ちなみに筆者の初代優勝チームは、昨年から一時引退していたアルバートの復帰するトゥリア・レオタリアだ。


――月刊ラングビ新装創刊号 ペルサキス新聞社 1年5月号より抜粋

「どうすんのよこれ……ニキアスのやつ、あたしを泳がせてる……」


 執務室のエリザベスは頭を抱えて、大きくため息を吐く。

 頼りにしていたアルバートはどういう心境の変化かペルサキスとの協調を望んでいて、そのために帝国から引き継がれたラングビという興行に復帰した。

 このままではランカスター人全ての同調を得られないまま、自らの罪を隠すため確実に負ける喧嘩を売らなければいけないと絶望していたところ。


「……なんとかして、何年か先延ばしにできないかしら。その間に、こう……解決策を……」


 いや、隠し続けるのにも限界はあるし、それに大勢いる独立派も帝国崩壊に乗じてといきり立っているし。

 和泉国や海の外に逃げるかとも考えたが、流石にそれは人間として最悪の選択だろう。


「詰んだわ……詰んだ詰んだ……」


 何もかも見誤った。もう終わりだわと酒を煽る。

 あぁ情けない。一度は女神を倒したアーサーの末裔がこんなザマ。そんな先祖に威勢のいいこと言っといて、結局は一族で最も情けない滅び方を。と机に額を打ち付けて。

 完全に打ちひしがれるエリザベスは、非常に不運なことにまだ、悪運に恵まれていた。



――



「……歌?」


 夕食会を終え、四次会くらいまで酒と食事を楽しんで、すっかり真夜中。

 城を出たアルバートは、ランカスター軍の教練場にエクスカリバーを忘れたことを思い出して引き返す。

 その途中、王城の方から誰かの歌が聞こえてきて、若干ふらつく足を止めた。


「あの声、アレクシアの?」


 偽物の娘か。と思い出す。

 よく似た声で、随分上手いな。と頬がほころんで。

 酒のせいで気分が上がっていた彼は、教練場の金庫に仕舞っておいた聖剣を持ち帰ってくると。


「おーい! アレクシア!!」


 軽く虹の刃を出してみせ、偽物の彼女の方に向けて振る。

 その声と光を見て、目を丸くして身を乗り出してきたアレクシアの顔を見て。

 あぁ、やっぱり本人じゃあないな。と軽く息をついた。


「いい歌だ!!」


「あ、アルバート……さん!?」


 昔からラングビが大好きだったユースは、自分が女王アレクシアだという設定も忘れて返答した。

 アルバートはそれを聞いて少し呆れると、彼女が乗り出した王城で最も高い客室まで一息で飛ぶ。


「どうか、もう一曲歌ってくれないか、女王陛下」


「え!? あ……はい……!」


 か、かっこいい……。間近で見ると……本当に……素敵……。なんて完全に心を奪われたユースは、完全に酔っ払っていたアルバートに促されるまま、今は亡き帝国の歌を歌う。

 アレクシア本人は音楽にほとんど興味はなく、そんなに上手くはないのだが。貧民街で生まれ育ったユースの数少ない娯楽の一つであった歌は、アルバートの心にじんわりと響いた。


「あったかいな。君の歌声は」


「こここ、光栄です。あのアルバートさんに」


 素直な感想を言うと、舞い上がったユースは顔を真赤にして答える。

 その様子がなんだか可愛らしくて、アルバートは微笑んで、軽く注意した。


「一応言っておくと、アレクシアは俺を呼び捨てにするぞ。あと遥かに態度がデカい」


「はっ!! ……アルバート。わたくしの寝室に、勝手に飛び込むなどと」


 慌てて女王に戻るユースがおかしくて、アルバートは思わず笑った。

 けらけらと笑う彼に、彼女は涙目で。


「あの、国王陛下には……女王陛下にも……」


「黙っておくよ。いい歌のお礼だ」


 上機嫌のアルバートが背を向けて、窓枠に足をかける。

 さて帰るかと飛び立とうとした時、腰につけていたエクスカリバーの鞘が。

 普段は剣自体に掛けられた魔法で支えもなしにくっついているそれが、まるで自分から外れることを選んだかのように。


「あ、アルバートさん、落としましたよ」


 床に落ちて。とっさに拾おうとユースが手を伸ばす。


「あれ? あぁ、すまない」


 首を傾げたアルバートの前で、ユースがエクスカリバーの鞘に触れた。


「……えっ?」


 触れたところに、じわじわと文字が浮かぶ。

 驚いて手を離そうとするユースを、エクスカリバーはしがみつくように離さずに。


「エクスカリバー! 何を!?」


 アルバートが慌てて彼女の手から鞘を引き剥がすと、ユースは一度ぺたんと座り込んだ。

 何が起こったのか理解できない彼は、座り込んで押し黙る彼女の肩を軽く叩く。


「……お、おい、アレクシア。どうした?」


「……やっと、出られた」


 彼女は何度か自らの手を見つめて、嬉しそうに顔を上げる。

 花が咲いたような笑顔で涙を流し、ぴょんぴょんと跳ぶ彼女に、アルバートは目が点になった。


「やっと出られた! あの悪魔の鎖から! 願いの神様ありがとう!!」


「お前、エクスカリバーの……!」


 地下神殿で戦った、エクスカリバーの呪いか! と理解した彼。

 女神が死んだというのにまだ残っていたのか、と呆れたが、そもそも虹の刃を出せるんだからおかしくはないかと納得して。


「その娘から出ろ、エクスカリバー。顔はよく似ているが、それはお前の身体じゃあないぞ」


「そんなことは分かっている。この娘は、もっと別のものだ。ただ少し具合が良かったのでな。用件が終わったら身体は返すぞ」


 他人に迷惑をかけるなと叱ると、彼女は口をとがらせて返答する。

 そしてコロっと表情を変えて、心から嬉しそうな、踊るような声で続けた。


「幸運だな、我が主よ。この娘は生と死の掟を司る女神……になる器だ。我が主の望みを叶えることができるぞ」


「……?」


 俺の望み? と首を傾げるアルバートに、彼女はうきうきと続けた。


「アストライアが奪った力、解き放たれた真の神だ。この大地に生きる全ての命の、その運命と生き死にを定める者だ。わからんか?」


「……もったいぶるなよ」


 んー? とアルバートの額をつつく彼女に、少しイラっときたアルバートは眉をひそめる。

 生と死、なんて言われたら薄々想像がつくが、ただ、その望みの事を話されたら。


「我が主の妻、アンナを生き返らせることができる」


 やはりか。とアルバートの血が沸騰した。


「そんなことは望んでない! アンナはやっと眠れたんだぞ! ふざけるな!!」


 呪い風情が、人間を馬鹿にするなよ!!

 そう続けて怒鳴り散らして、彼女の胸ぐらをつかむ。

 エクスカリバーはきょとんとした表情で、アルバートが理解できないとばかりに言った。


「? 我が主よ。喜ぶと思ったのだが……」


「お前に人間の心は理解できないだろうけどな。アンナの死を愚弄するな」


 その表情に毒気を抜かれたアルバートは、優しく彼女を下ろして。

 軽く説教すると、彼女は申し訳無さそうな顔で言葉を続けた。


「……悪かった。それでは次の願いを叶えてもらおう」


 それが、彼女の主が無理やりへし折った、最悪の願いであるにも関わらず。


「ん?」


「そう、願いといえばランカスター人の独立だったな! 共に行こう我が主。我らならあの、アストライアの末裔を始末できる!!」


 喜々とした表情で、自分たちの願いだと主君の手を取って叫ぶ。


「何を言ってるんだ。アストライアもミランも死んだだろ」


 つってもミランには子孫居たよな。と、アレクシアから聞いたミラクのことを思い出して。


「ミラクに行くのは面倒だぞ。遠いし。それに独立だって今やることじゃない。俺たちの子孫が、この王国に失望してからやるべきことだ」


 呆れた顔をした彼は、冷静に断る。


「出涸らしの娘などどうでもいいわ!! あの女は他に血を遺している……しかもアレクシアとかいう……新たな神まで産んでな。あれを倒すのは我が主の願いでもある!!」


 その拒絶を聞いたエクスカリバーは真っ赤な顔をして。

 お前の願いだと一方的に叩きつけ、彼の手に口づけをした。


「心を委ねよ! 願え我が主! 生と死の掟、『旧き願いのユースティティア』の名において、アルバート!! 共に行こうぞ!!」


 我を忘れて叫ぶ彼女。

 口づけされた手の甲に、先程エクスカリバーの鞘に浮かんだ光の文字が刻まれて。


「行かない!! 行かないっての!! ……うわぁぁぁ!!!」


 必死に断る彼は、彼女がユースを媒介にして無理やり呼び出した、神の力に飲み込まれた。



――そのころ、オーリオーン市オーリオーン城跡、地下神殿にて



 雨から遺跡を守るために、アルバートがぶち壊した天井には屋根を張り直し。

 その下で昼夜問わずに神殿の解析作業を行うアレクシア大学の調査チームの中に、アレクシア女王陛下本人の姿もあった。


「また、力が抜けてきましたね。女王陛下」


「ですわねぇ。このまま無力化してもらえると良いのですけど」


 アストライアが集めた神の力である虹色の粒子が光を失い、煤のように黒く地に落ちる。

 この四ヶ月で何度も見た光景を、特に誰も気にしておらず。

 未だに埋まったままの神殿の奥で、大規模な力の消失現象が起きたことなどつゆ知らず。


「んぐぐぐぐ。これ全然解読できねぇですわ。旧き願いの……固有名詞っぽくはありますのよね」


 難しい顔をして首をひねる彼女に、研究主任が紅茶と菓子を渡す。

 この作業に没頭していても、得られた成果は殆どなく。

 ただ、アストライアはこの神殿に何か神のようなものを封印していた、とまでは分かっていた。


「つーか五百年前から見ても古代文字って、これいつのですのよ」


 そうボヤきつつ、科学的な調査はまだまだ先の話ですわねぇ。と嘆く。

 事実、この時代にアレクシアが調査したのは神殿のほんの一部であり、大小三百以上の建造物が建てられた、数百平方キロメートルに渡るアストライア地下神殿……かつて彼女が築いた都市にして彼女の墳墓の全容が明らかになるのは、この四百年ほど後になった。

 

 ぼやくアレクシアに、主任は疲れたように額に手を当てて。

 やれやれと成果を伝える。


「ミラン=ミラクの日記もあたりましたが、手がかりはほとんどありませんでしたね。連合国にある近い時代の遺跡で、解読が進んでいるところから資料を引っ張ってきてますが……」


 今見ましたわ。と分厚い資料をペラペラとめくり、女王陛下は紅茶を啜る。

 食べていた菓子の食べかすがこぼれ、資料に落ちていくのを慌てて跳ね除けると、彼女は続けた。


「それで曰く、『最後に残った生と死の神』ってやつの力を生の方に偏らせて、大地の恵みを豊かにするための力に変換して使ってたみたいですけれども」


 アストライアが集めてきた力を、この神殿の魔法陣で、現代の科学から見てありえない魔法……生と死の神とやらの力に変換した……と。まぁ多分、その神様もかつてのアストライアと同じように、大昔にこの地に居た誰かなのだろうな。と感じて、アレクシアはしみじみとお茶を飲む。


「ですね。豊作への祈りと、何度も何度も『我は願う』と書いてありまして」


「ただ、ここまで厳重に書いていると……別に願いがあればそちらを叶えてしまうので、無理やり豊作への願いに矯正しているようにも読めますわねぇ……」


 まだまだこの世界はわからないことばかりで泣きたくなるな、とアレクシアは弱音を吐いた。


「はい。現状の結論はそんなところでしょう。ただ、詳細な術式はさっぱり……」


「それに、これが解除されたらどうなるかも分かっていない、と」


 結論がわかっただけマシっちゃあマシですわね。と目を細めて、彼女の頭に諦めの選択肢が浮かぶ。正直一生掛かっても調査を終えられないだろうし。自分はこれにかかりきりにできる立場でもないし。と嘆息した。


「残念ながら。飢饉はまた来そうですけどね」


「そりゃあ、恐らく中央大平野はこの魔法で作られた、偽りの豊穣の地でしょうからねぇ。近いうちの大飢饉を想定して備えておきますわ」


「ご賢明な判断かと」


 魔法が切れて、土地の養分や豊かな水量がいつまで保つか。

 今はデュシス共和国の領土になったが、飢饉が襲ってきたとき一度帝国に牙を剥いた彼らが、今度は王国を攻めないとも限らないし。

 それを考えたらやはり、自分が調査にかまけている場合ではないと席を立つ。


「とりあえずそこだけ分かればまぁ。ということにしましょうか。わたくしはそろそろ戻りますので、十年単位で予算は付けておきますわ。調査に命を賭けられる酔狂な研究者が居たら、そちらの裁量で採用しなさい」


「ありがたきお言葉にございます。女王陛下」


 深々と頭を下げる主任に、彼女は背を向けて手を振って。


「それと、ちゃんと寝るんですのよ」


 過労死は困る、とだけ告げると、修理の終わったアトラースへと戻った。


「……やはりこの、『ありがとう』は」


 そして紙切れをポケットから出して見つめる。

 真面目に嫌な予感がする。あのアストライアが封印した古代の神で、しかも現代まで神殿の中で神の力を喰らい生きてきたもの。

 少なくとも五百年は生きていて、ずっと帝国を豊かにし続けた生と死の神。


「しかも、あの女神の焦り方からして……」

 

 おそらくアストライアですら完全には制御できていなかった神代の力。

 本当に危険なものを置いていきやがったな。と頭を抱えて、ただそれは、現代を未来を生きる自分たちが、いずれ乗り越えていけないものだと直感する。

 

 しかしそれが既に、一振りの剣に刻まれた呪いに叩き起こされていることは知らなかった。

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