第一話:これから
――『紀元』1年5月。
5月になると、帝国歴は100年の1月で終わりと定め、ペルサキス王家は新たに暦を変えると発表した。
連合国とも合わせヴィクトリア大陸全土で統一した暦であり、貿易により世界各地に伝わった、現代まで続く暦の始まりである。
「ぶっちゃけ中身は帝国歴と同じなんですけれども」
「完成度高かったしね」
「神祖はバケモンですわ。天文学まで極めてたなんて」
そんな夫妻のやり取りがあった、とされている。
――ランカスター王都
「「我らはずっと!! この日を待ちに待った!! 我らが偉大なる勇者!! 革命の旗手!! ラングビ界の巨星!! アルバートの復活だァァァァァァァァァァ!!!!」」
大歓声の中、彼の名前が響き渡る。涙声で彼の名前を叫ぶ大勢のファンも居る。
観光に訪れた外国人すら、その熱気に圧倒されて見様見真似で彼の名前を呼んで。
彼を観に訪れた旅行者たちも、改めて彼の人気に息を呑む。
昨年の夏以来ずっと行われていなかったラングビのシーズン再開とともに、彼は帰ってきた。
「行こう!! みんな!!」
円陣を組んで、足を踏み鳴らす。
思い切り力を込めて、大地の神に祈りを捧げると。
「勝つぞ!!!」
「おおおおおおおおおお!!!!!」
気合を入れて、思い切り叫んだ。
――観客席にて
ランカスターの春はもう暑く、ひときわ高いところにぽつんと作られた客席で扇子を仰ぐ国王夫妻は天覧試合のために訪れていた。
既に酒を飲んで赤い顔をするニキアスの横には、オーリオーン市に残ったアレクシアの影武者を務め、各地を回ってきたユース。
目をキラキラさせて見渡す彼女に、彼はなんとなく話を振った。
「まぁ再開初戦だし、ランカスター訪問するよねぇ。ユー……アレクシア。ラングビは?」
「よく競技場で日雇いの仕事をしていました。やっぱり好きなのはウラニオ・トクソティスのジェバダイア選手ですね。アルバート選手も好きなのですが、彼は基本的に力任せの派手なプレーが中心なので、技術的なものや細かな裏の動きに関してはジェバダイアさんの右に出るものはいないんですよ。ちょっと見た目が怖いので、そこまでファンが居ないんですけど優しいんです。よくサインをねだる子供に何時間も練習場に残って書いてあげていますし、試合で使った防具をプレゼントしていたこともありますし。いつかぜひお会いしたいなって思うんです。……思うのですわ」
あー。好きすぎて早口になるタイプかぁ。アレクシアは全く興味を持ってくれなかったけど、話が合いそうで良かったと安堵する。
周りに誰もいないのを確認して、彼女が素に戻っていても問題ないなと。釘を刺す必要もないか、と笑顔を向けた。
「ジェバダイアかぁ。渋いなぁ。随分なベテランなのに」
「はい! 小さい頃から何度も観ましたし、練習場にもよく行きました。女性のファンはなかなか居なくて、私しか居ないこともよくあったんですが、お陰で顔を覚えてもらえて。サインもしてもらったんです。焼けちゃったんですけど……トクソティスの活動が再開したら見に行けると良いなぁって。女王陛下にもお願いしたんですが、好きにしろと。なので国王陛下、どうか首都の試合があれば私を連れて行ってもらえたら……嬉しいですの」
うん、相変わらず早口だけど、元気でいいねぇ。あのアレクシアの顔で普通の女の子とはなかなか……ぐっとくるな。と若干悶々としつつ。
「彼も確か生きていたし、そのうち会いに行こうか」
「ありがとうございます! 楽しみです!!」
この数ヶ月、不審なところなど何一つとして見せず、年相応の少女のように目を輝かせてフィールドを見下すユースの横顔を見る。
今度からラングビには毎回彼女を連れて行ってあげようと思いながら、ニキアスはちらとアルバートを見下ろした。
「しっかしあいつ、復帰したのか。……僕が言えた義理ではないが、復讐に身を焦がす人生よりは実りが多いだろうな」
彼の選択は正しい。そう感じて、目を細める。
ただそんなアルバートの背中に、少し寂しさを感じた。
「自分を殺して、民のためにってとこか。それならそれで、僕はお前を影から手伝うよ」
お前のことは嫌いじゃないしな。そうニキアスは呟いて、酒のおかわりを要求しに席を立つ。
やがて試合が終わり選手たちを出迎え、これから夕食会を開こうとするところで。
「ではアレクシア、長旅で疲れただろう。休み給え」
「……分かりましたわ。それではよろしくお願いしますの」
訪れた新聞記者や、遠くから見ようとするトゥリア・レオタリアの選手たちの前で言い放つ。
亡くなったニケに代わりランカスター市長を命じられたエリザベスや、アルバートに出くわせば影武者だとバレるだろうと考えた配慮で、ユースは堂々と去っていった。
――
彼女が去ってしばらく、ニキアスはランカスター市の役人たちと会話しながら立食していると。
唐突に肩を叩かれて、そちらの方を向いた。
「おい、ニキアス。久しぶりだな」
「お前から話しかけてくるなんてなぁ」
アルバートは眉間にしわを寄せた難しい顔をして、ニキアスに挨拶する。
ニキアスは話を続けようとする役人を断って、アルバートに連れられて壁に寄った。
「話しかけたいわけじゃない。アレクシアはどうした?」
「長旅でね。休んでるよ」
怪訝な顔で問い詰めると、ニキアスは涼しい顔で返答する。
アルバートはアレクシアの姿に疑問を持っていて、その正体を突き止めようと耳元で囁いた。
「……偽物だろ?」
「不敬だぞアルバートくん」
やはり見破られたか。とニキアスは凍りついた顔で、アルバートを咎める。
咎められた側はバツが悪そうにため息をついて、軽く頬を掻きながら言葉を返した。
「ったく。こっちは心配してんだよ。せっかくランカスターも解放されたのに、その張本人が死んでたとか言われたら笑えないんだからな」
「……あー、なるほどね。まぁそこは大丈夫だよ。今は女神の後始末してる」
「そいつは安心した。……それで、こっちの事情になるんだが」
お互いに、そういうことか。と安堵して。
アルバートは、アレクシアに伝えようとしていた話を続けた。
「ん? なにかあるのか?」
「……エリザベスが、セルジオスと組んで何かしてる。知っているか?」
帝国を倒して、革命組織スコルピウスの活動は終わったはずだった。
実際アルバートはそれ以来ラングビに復帰して関係を持っていないのだが、最近はどうやらきな臭い。
仲間として戦っていたはずのジョンソンからもどこか距離を置かれていて、ワシムは何かから自分を遠ざけるようにしている。
その理由がいまいち分からなかったが、ただ嫌な予感がすると伝えると。
「だいたいやりたいことは分かるんだけどねぇ。お前にそのつもりがなければ、あの二人だけでは民衆の支持を得られないから、まぁお前次第だと思うよ」
ニキアスははぐらかす。
彼は今だにくすぶるランカスター独立の運動と、そのついでにペルサキス王国を弱体化させようと目論むセルジオスの動きを知っていて、それは彼らの英雄たるアルバートが乗らなければ無理だろうと判断していた。
ただアルバートにはペルサキスと戦う権利があると感じているからこそ、彼はアルバートに決めさせる。
「……俺としては、もう静かに暮らしたいんだが」
「やれやれ、牙を抜かれたかい?」
その言葉を聞いて少し考えて、アルバートは言う。
拍子抜けだなぁ。と感じたニキアスがからかうように言うと、彼は首を横に振った。
「いいや、俺が何をしようと、他人を巻き込んでしまう。お前のことは憎いが……それをしたらランカスター人は昔に元通りだからな……」
なるほどなぁ。お前は凄いわ。と口には出さず、小さく頷いたニキアスは彼の選択を尊重した。
実際に手を取り合えるならそれが一番いい。拒絶されるならば原因が自分にあるとは分かっているが。
「自由を失うってのは辛いな。同情するよ」
「お前のことを最近少しだけ尊敬してるんだ。失望させるなよ」
肩をすくめるニキアスに、国王ってのは大変だろ? と笑うアルバート。
今度はニキアスが首を横に振り、お前がその選択をしたのなら自分も負けていられないと決意を込めた目で、アルバートを見た。
「そのつもりはない。僕たちはちゃんとやるさ。それが責任ってもんだろう」
「……頼んだぞ」
良かった。これからの王国は大丈夫だろう。そう、アルバートは感じて。
握りこぶしを作って、ニキアスに向ける。
「あぁ。お前こそ、自分の決めたことを誤らないようにな」
それに習ってニキアスも拳を作ると、アルバートの拳に軽くぶつけた。
「分かってる。じゃあなニキアス」
「元気でな、アルバート」
次会うとしたら、失望して殺しに行くときだな。と、笑いながら背を向けて、アルバートは去っていく。
その背中を見送った先に、先程から国王に挨拶もしてこない不敬な女を見つけて、彼はつかつかと歩み寄った。
「エリザベス市長」
「国王陛下、お久しゅうございます」
名前を呼ぶと、部下と談笑していたエリザベスは表情を消して。
恭しく頭を下げると、他人行儀な挨拶を返した。
「畏まらなくて良い。市政は順調かな?」
「もちろん。西側諸侯……もう違うわね。デュシス共和国との貿易も順調よ。それに交通網の整備もそこそこ進んでるわ」
普通は敬語を崩さないものだがね。とニキアスは、やはりこの女はろくでもないなと呆れて。
しかし仕事は別。今のところ報告を受けた限りでは、真面目にやっていることを知っていた。
そして、今聞きたいことはそんなことではなく。
「問題は、ランカスター人が我が王国の傘下に入って、どう暮らしているかでね」
「……皆、恭順してるわ」
彼女は抑揚のない声を返す。
エリザベスは嘘をついているわけではなく、事実として帝国から解放されたランカスター人達は、実に生き生きと新たな王国での生活を始めていた。
ただし、ニキアスが知っている通り。すべての人がまだ王国を信用したわけではなく、独立してペルサキスと対等の立場になることを望んでいる民も大勢いる。
「君はどうかな? セルジオスの理念に随分感化されてたみたいだけど。民族自治とか言ったっけ?」
西側諸侯地域、今は独立し、古語で『西』を意味するデュシス共和国と名乗る地域。
そこで流行っているという、人種や地域ごとに分かれて自分たちに合った政治をしようという思想。そして地域ごとに選んだ政治家から代表者を中央に送り、皆で国政を行う……らしい。
ニキアスは散々セルジオスが語ったその思想をよく理解していて、帝国から何度も独立を図ってきたランカスター家の、エリザベスは特にそれを好んでいるのだろうと聞く。
彼女はためらうことなく、模範解答で返した。
「ランカスター人は、王国の一員よ」
その回答に、とりあえずニキアスは頷いた。
公式の回答がそうなら、今この場では受け取るしかない。
ただ、不審な動きについて咎めるだけにしておく。
「市境のムスタカス城砦。あそこになにか運び込んでいるようだが。それは?」
「あの辺は野盗が多いって報告が行っているでしょう? 警備を強化したわ。少し前に収穫祭も襲撃されたし、あそこは貿易街道でも通信拠点でもある要所よ。ランカスター市の命綱なんだから守るのは当たり前でしょ」
昨年、エリザベスが勝手に占拠した砦。ただしその情報は当然ニキアスやアレクシアには知らされていない。
彼は物資の動きだけを見て、そこに不自然な数の軍需品を集めていることが気になって調べると、近隣で野盗の報告が多いとあった。
どうせエリザベスがその台本を書いたのだろうと、ニキアスは釘を刺す。
「理には適ってるけどね」
そして彼女の肩を引き寄せて、入れ墨だらけの横顔に顔を寄せて。
小さく、しかし力強く耳打ちをした。
「いいかエリザベス。余計なことは考えるなよ。君主たるもの、民がどうしたら豊かに暮らせるか。それを一番に考えるべきだ」
「分かってるわよ」
鬱陶しそうに彼を押しのけて、エリザベスは苦い顔をする。
彼女としても、このままペルサキス王国に恭順していたほうがいいのではという考えはある。
しかし、『アルバートがニキアスへの復讐を遂げる』ことに賭けてムスタカス城砦を占拠し、そこにいたペルサキス軍人を野盗の仕業に見せかけて葬った以上。もう止まることのできないところにいた。
彼女はセルジオスと組んでランカスター独立のために戦うしかなく、自分が何をしたかを誰にも知られてはならなかった。
「なら行動で示せ。わざわざお前を市長に据えた理由、少しは考えてみろ」
追い詰められていたエリザベスは、ニキアスの言葉へ返答することができず。
「……では執務に戻りますので」
逃げることしかできなかった。




