終話:祭りの終わり
前回のあらすじ!!
終わったと思うな。アレクシア。
――アルバートの日記 2年頃? 彼の日記の、最後のページ。
※明らかに歴史上の誰のものでもない筆跡で書かれているが、彼本人の血で書かれている。
「アレクシア! アレクシア!!」
皇帝の極光を目にし一目散に走ってきたシェアトが、眠るアレクシアの身体を揺さぶる。
「んぅ……シェアト?」
幻想的にひらひらと舞う虹の飛沫の中心で、父に覆いかぶさるように。
彼女はまだチカチカする目をこすり、ほんの少しの間呆けた表情をして。
完全に意識を取り戻すと、慌てて起き上がった。
「はっ!! 次は女神を……うっ……」
立ち上がったアレクシアは、まだ目がくらんでいたようで。
ふらっと倒れそうになる彼女に方を貸しながら、シェアトは聞く。
「無事で何よりです。ところでアレクシア、その左手……」
「ん?」
ふと左手の甲を見る。
中央に皇帝の紋章が描かれた、なにか魔法陣のような図形が虹色にうっすらと光り。
アレクシアがそれに気づいた瞬間、それは淡く輝いた。
「これ、お父様の……?」
光の剣を出し入れするときに光るやつ? と首を傾げると。
その輝きは次第に強くなり、呼応するように彼女に降り注ぐ虹の飛沫が輝いた。
「おおおお…???」
「わぁ……!」
飛沫がその魔法陣に吸い込まれて消えてゆく。
二人は思わず声を漏らして、その光景を見守った。
「まさか、『受け取るがいい』って」
満ちていく力の感覚。
ゼノンを処刑する時、競技場で覚えたような不思議な充実感を覚えて、アレクシアは気づく。
どこか満足気に眠る父の顔に目をやってしばらく呆然としていると、足元が揺れた。
「危ない!!」
呆けたままの彼女をシェアトが抱える。
とっさに飛び退いた二人が見守るなか、地面に巨大な亀裂が走り。
凄まじい轟音が響き渡ると、天に向かって虹色の柱が立ち上がった。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「アルバート! 女神を倒したんですのね!?」
アルバートの叫び声を聞いて、アレクシアが我に返る。
そうだ、まだ終わっていない。あの女神が倒れたことを確認しなくてはと思い出した時、彼女の背後から声がした。
「女神ならもう倒しましたよ」
振り返ってみると、灰色の髪に金色の目。
ミランの顔が見えて、アレクシアはほっと息をついた。
「ミラン? あぁ、それなら良かった。貴女も無事だったのですね」
「まぁ大したことは。女神の神殿を壊していただきたいので、一緒に降りてくれませんか?」
「ふむ。確かに、まだ生きてたら困りますしねぇ」
娘が言うなら。とアレクシアはその言葉を聞いて、大地にできた裂け目を覗き込む。
その横で佇むミランの背中に、シェアトはなにか邪悪な気配を感じた。
「下にはアルバートもいますから。行きま……」
「アレクシア!! それはミランさんじゃありません!!」
この気配、確か女神に見つかったときに感じたもの。
そう直感したシェアトが、言葉を遮るように叫んで。
「オイドマ・フォティア! 真理の炎、暴く陽炎!」
以前アレクシアが彼女に請われて書いた、炎の魔法をすらすら唱える。
シェアトの周囲が柔らかく虹色に輝いた次の瞬間、大気が揺らぐとミランの身体が燃え上がる。
しかし炎に包まれたミランのような何かは、何事もなかった顔のまま、驚いた声で聞いた。
「まぁ、神の力無き魔法など効きませんが……何故気づいたんですの?」
「以前、見たことがありましたから」
「殺しておくべきでしたわね。……ネア・セリーニ。真なる闇……」
あぁ。あの時か。とアストライアは舌打ちをして。
闇の呪文を唱え始めたところで、すぐ隣から自分と全く同質の、より強大な力が溢れ出すの感じた。
「……あぁ。貴女、死体を操れるんでしたわね」
つまらなさそうに、アレクシアは言う。
大方アルバートに負けて、なんとかミランの身体だけは奪えたといったところか。
それで今度は自分を騙して、身体を奪って逆襲するつもりだろう。
「おファックですわ。卑怯者が」
吐き捨てて睨みつけると、アストライアは観念したように手を挙げた。
「バレては仕方ないですわねぇ。ですがこの身体には、娘が集めた力がまだ……」
ただし全く観念するつもりはなく、まだ諦めずにアレクシアを狙う。
「大して入ってないように見えますけれど。アルバート、どうなんですの?」
「出涸らしだろうな。ミランは奴をアンナから追い出したときに、相当力を使ったようだし」
アストライアから目をそらさずに、裂け目から出てきたアルバートに聞く。
彼は抱えていたアンナをそっと降ろして、苛ついた声で剣を向けた。
「いい加減しつこいんだよ。お前。大人しく消えろ」
「ちなみに何回戦ですの?」
「三か四かな。正直飽きたぞ。こいつの相手は」
「しぶとすぎて笑っちゃいますのよ」
表情だけは真剣で、冗談めかして笑う声。
侮辱されたと確信したアストライアは怒りを込めて怒鳴った。
「このわたくしを愚弄しましたわね!! エクリプシ……ぎゃっ!!」
呪詛を吐こうと手を広げると、アレクシアから無言の紫電が走る。
直撃を受けて尻餅をついた彼女に、アレクシアとアルバートの二人はつかつかと歩み寄り。
「シェアト、ミラクはこの女が死んだらどうなりますの?」
「……初代女王が生きていることは王族の一部しか知りませんし、信仰対象でもないですし。変わらないと思いますよ。女狼っていう切り札を失うのは痛いでしょうけど」
とどめとばかりにミランの人生そのものである国の事を聞く。
アレクシアは既に調べ上げて、ミランがアストライアの予備の身体であることも、その可能性に気づいたミランが母への復讐のためにずっと準備してきたことも突き止めていた。
それをシェアトに話させると、アレクシアは満足そうな顔で告げた。
「ですってよ。ミランはこの時のために、神の力を失う努力をしてたんですのね」
何の力も持たず、出涸らしになった身体に取り憑いた悪霊は、絶望した表情で。
泣き出しそうに震えた声で、逃げようと背を向けた。
「……そんな……わたくしは、こんなところで死にたくない……」
「とっくの昔に死んでるだろ……」
呆れた声のアルバートは、エクスカリバーを構えると。
「ミラン、悪いな」
一言つぶやき、逃げる背中に突き立てる。
何が起こったかわからずに打ち倒されて這いつくばる悪霊は、一瞬遅れて痛みに叫んだ。
「ぎゃあああああ!! 痛い!! 死ぬ!!」
「だからもう死んでるだろ!!」
しぶといな。自分で呪いをかけた不死の身体だから、そりゃ相性いいんだろうなぁ。
そう、アルバートが呟いて。
「俺の方も出涸らしだな。悪いが頼む」
アレクシアにそう言うと、彼女は小さく頷いた。
「アストライア。貴女を倒す術は、先程お父様から受け取りましたので」
「うっ……」
アレクシアは、まるで汚いものでも見るように眉をひそめて。
一方のアストライアは大粒の冷や汗を流し、怯えた瞳で彼女を見る。
「皇位を継承とは、このためでしたのねぇ……!」
父が女神の力を奪い取り、その力を継承した理由。
光そのものであるエクスカリバーでなければ斬れない女神の身体。
アレクシアはこの魔法で女神を倒せと言われたことに気づき、父が紡いだ呪文を真似る。
「あまねく天光。虹龍の終焉。最果ての極光……!!」
「やめなさい!! わたくしが消えたら!!」
「……アウローラ!! シャスマティス!!!!」
「あああああああああああああああああああああああ!!!!」
父のそれとは随分違う。
アレクシアなりの解釈を経た極光は、天上から突き立てられた光の槍。
空が裂け、打ち下ろされた極大の光がアストライアを串刺しにした。
「死にたくない!! まだ死ねない!! あああああああああ!!!!」
ったく、何百年生きてるんだか。と呟いて、アレクシアは更に力を込める。
やがて燃え上がったアストライアの、ミランの身体。
「アレクシア!! アルバート!! お前たちに、お前たちの国に、永遠の呪いを……!!」
「かかってこいやですの!!」
「もう何年呪ったんだよ……勘弁してくれ……」
不敵に歯を剥いて笑うアレクシアと、げっそりした顔で首を振るアルバート。
最期の呪詛を遺して、女神アストライアは灰へと還っていった。
「さて、ニキアスは無事かしら」
「呪いの全てが解けてるとは思えないからな……」
ふぅ、とふたりはため息をついて。
女神が消滅した瞬間、彼女が暴走させた力は失われた。
しかし首都の民に掛けられた魔法はまだ解けていないのだろうと、未だ戦い続けているはずの味方を心配する。
「シェアト、連合国軍はもういいですわよ。アルフェラッツ王には後ほど直接お礼を言いに行きますわ」
「分かりました。こちらは撤退に入りますね」
もう助力はいらないだろう。あとは帝国内の人間でどうにかする。とアレクシアが言うと。
市街地で死闘を繰り広げていたニキアスが、急に不死の軍団が動きを止めたという報告を持ってきた。
「いきなり皆倒れてね。今は生者と死者を分けているところだ」
「あら? やけにあっさりですわね」
拍子抜け。とまでは言わないが、アレクシアは目を丸くする。
ニキアスはとりあえず良かったとため息をついた。
「まぁ君のおかげだよ。あとはアルバートもだが。休んでいるといい」
「お言葉に甘えて。貴方もほどほどに休むんですのよ?」
「なに、大したことはしてないしね」
アレクシアの言葉に、ニキアスは笑って。
アルバートの方を向いて、穏やかに言った。
「どうする?」
「お前より先に、アンナを弔う」
決闘するか? と持ちかける。
アルバートは一度アンナの亡骸を見て、それを断り。
まずはランカスターに戻ると言い切った。
「そうか。ありがたいね」
今のアルバートを相手にしなくてよかったと、ほっとした表情でニキアスは笑う。
一方の彼は、ニキアスに対してある意味での敬意すら持っていた。
「本気で俺を殺そうとすれば、いくらでも手段は取れるだろ」
暗殺を試みてすら来ない宿敵。
それをわかっているから、今ここで空気を読んだ。
「どこかで勝手に死んでくれると嬉しいね」
「……やりづれぇんだよなぁ」
にやりと笑ってその敬意を受取るニキアスに軽くぼやくと、妻の遺体を背負う。
「あぁ、アルバートに……そうだな。アレクシア、製氷機はあるよね?」
「ええ。アルバート、こちらへ」
そしてアレクシアに促されるまま、アトラースに帰還した。
――
「うぐ……重いな……」
「一度休んでいったらどうですの?」
氷と食料を受け取り、大きな荷物を背負う。
アレクシアが心配そうな顔で見ると、アルバートは手を振った。
「その必要はない。それで、頼みがあるんだが」
「どうぞ。ある程度は聞きましてよ」
首を傾げて、まぁ女神を倒した報酬くらいはあっていいだろうと頷く。
その彼女の目を見て、アルバートは言った。
「ランカスターの事だ」
「独立でしたら許可できませんわ。そもそもアレは借金のカタですの」
ランカスター、という言葉を聞いて、アレクシアは首を振る。
真っ当に買い取ったようなもの。何故渡さなければならないのかと。
それにペルサキスの傘下に入っていても不満など聞こえてこない、と続けて。
「扱いに関して、少し優遇しろってのも拒否ですわ」
全力で拒否するアレクシアに、アルバートは慌てた声で言う。
「そうじゃない。ランカスター人への差別を撤廃して欲しいんだ」
「……あぁ、それは勿論。ただ、帝国人に馴染む努力はそちらでするんですのよ。いくら貴方が英雄でも、ランカスター人そのものが英雄なわけでは無いですし」
「感謝するし、努力しよう」
そもそも忘れていたけれど、帝国ではそんなこともありましたわねぇ。
なんてアレクシアは顎に手を当てて。平等にはするが優遇しない、と伝えた。
アルバートも何度も頷くと、嬉しそうに手を出して。
「じゃあ、俺は行く。ランカスターも西側諸侯もペルサキスと共に歩めるように、助力しよう」
「助かりますわ」
ふたりは握手を交わす。
笑顔で視線を合わせると、それぞれの道を歩みだした。




