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第二十八話:女神という亡霊

前回のあらすじ!!



 アレクシア。お前にこの手紙が届くことを願っている。

 これは神の世を終わらせたお前に、私が遺していく呪いだ。


 この帝国はお前を許すだろう。ただ私がお前を許すことはない。

 私は歴史の海に埋もれるだろう。だがお前は太陽のように輝き、君臨し続けるだろう。


 アレクシア。我がオーリオーン帝国最後の皇帝よ。

 民を幸福に導き、人の世をより豊かに繁栄させよ。

 我が帝国がお前の記憶の彼方に消えたとしても。私はこの地で見守っている。


 ――愛しき娘よ。結婚おめでとう。

   ニキアスと幸せにな。


――アポロン四世から、アレクシアに宛てられた手紙 帝国歴100年1月1日 合衆国立博物館所蔵

 なにか巨大なものが激突したような、凄まじい衝撃と轟音。

 地下神殿の扉を開こうとしたアルバートとミランは身をかがめて、落ちてくる瓦礫から身を守りながら。


「一体何が……?」


「見当もつきませんが……ま、まぁ行きましょうか」


 彼らの頭上で、空中要塞アトラースがオーリオーン城へ突撃してることはつゆ知らず。

 猛烈な地響きが落ち着いてきたところで、ミランは改めて神殿の入口に手を翳す。

 石造りの扉に光の模様が浮かび上がり、やがて軋むような音を立てて開いた。


 どうぞ。とミランに促されて、アルバートは恐る恐る入っていく。

 中へと向かうに連れてどんどん周りが明るくなっていき、やがて真っ白な輝きに包まれた大広間に二人は到着した。


「あぁ、来ましたの」


 その中心で、振り返る女神アストライア。

 どこか気だるそうな顔で、疲れたように声を吐く。

 つい先程ヒステリックに喚いていたばかりの彼女は、うんざりした声で告げた。


「何もかもうまくいきませんわね。あぁ、あの小娘、もうすぐそばまで来ているのに……」


「アレクシアのことか……」


「はぁ……貴方なんて興味もないのに……どうしてアーサーの血はわたくしを……」


 女神は手で顔を覆い、泣き崩れる。

 少し離れたミランが訝しげな顔で見る中、アルバートはそんな彼女を前にしてエクスカリバーを構えた。


「お前の事情などどうでもいい。その身体を返してもらう」


 アンナを返せ。と告げる彼。

 女神は覆った手から目だけを出して、地の底から這い出るような亡者の声で。


「……また、わたくしから奪うんですの?」


 アルバートにとって意味の分からない言葉を絞り出す。


「何を言っているんだお前は」


 思わず呆れた声が出る。

 苛々してきた彼は、もう話すことはないとエクスカリバーに力を込めて、虹の刃を煌めかせる。

 しかしその輝きが目に入った瞬間、女神は思い切り反動を付けて立ち上がった。


「もう二度と!!! わたくしから何も奪わせない!!!」


「っ! なんだこいつ……」


 急激に彼女の周りが光りだす。

 七色に点滅を繰り返し、彼女の集めた力そのものが渦を巻く。

 結界を暴走させ、彼女への信仰の力を手放しても尚、地下神殿に蓄えられたそれは強烈な重圧をアルバートに打ち付けた。


「うぐっ! 正気を失った奴に……!!」


 エクスカリバーを杖にして膝をつく。

 女神は彼を見据えて、喉から血を流しながら呪詛を吐いた。


「イリアキ・エクリプシ……!! 絶望に眠る安寧、蝕む暗澹、喰らいつくせ!!」


 聞いたこともない呪文だ、とアルバートは冷や汗をかく。

 その瞬間、彼の周りの光の中に水玉模様が浮かぶように。

 小さな漆黒の球体が無数に現れると、彼に向けて襲いかかった。


「ミラン!! これ、当たったらマズイやつだな!?」


 直感的にエクスカリバーを振り回し、球体を蒸発させながら振り返る。

 流れ弾をひょいひょいと回避しながらも気まずく黙っていたミランは、聞かれたからと短く答えた。


「あー、死にますよ」


「だろうなぁ!!」


 昔はこんなに出せませんでしたけど。と呟くミランと、見た通り恐ろしい魔法だとむしろ安心するアルバート。

 無数の弾を振り払い、女神に近づこうと前進しても、広間の中心で立つ彼女との距離は全く縮まることはない。


「近づけない? 幻覚を見ているのか?」


「正々堂々なんて縁遠い人ですからね。あれ、多分幻影です」


 母の姿を疑っていた彼女の指摘。

 アルバートは思わず振り返り、怒りの声でエクスカリバーを振り回す。


「なんで言わなかった!!」


「確信がないんですよ。本体がどこかも……」


「どこにいる! アストライア!!」


 最後まで聞く気もなくアルバートは叫んで、虹の刃へ更に力を注ぐ。

 ひときわ強く輝き、大きく長く膨れ上がる刃。

 闇雲に振り回して暗黒の球体を切り払っていると、その切っ先が周囲の光を切り裂いた。


「……壁!」


 そういえばここは神殿の中だ。とアルバートは思い出す。

 周囲の光で遠近感も狂っているし、どこにいるかも忘れていた。

 ただ切っ先が傷つけた神殿の壁に、なにか古代の文字のような魔法陣が刻まれているのに気づき。


「罠だったのか!」


 そう直感した彼は叫んで、エクスカリバーを右手に携えたまま、左手でアンナの手を握る。

 女神の体の一部でもあるその腕を通して、女神の力を奪い取ると。


「エクスカリバァァァァァァァァァ!!!!」


 絶叫し、薙ぎ払う。


「あっぶな!」


 神殿の壁を切り裂きながら突き進む虹の刃。

 ミランは頭を下げて回避して、アルバートは必死の形相で思い切りぶん回して。

 上下ふたつに分断された壁が柱がずれ始め、天井からパラパラと破片が落ちる。


「ちょっと! どうやって逃げるんですか!?」


 ミランが慌てて抗議すると、アルバートはどうでもいいとばかりに視線すら合わせず。

 エクスカリバーを床に突き立てると、あらんかぎりの声で絶叫した。


「アンナ!! 今、君を取り戻す!!」


 全身全霊を聖剣に込めて。

 彼の黒髪が虹色に輝き、床に大きく亀裂が走る。

 床下で膨れ上がった力が上に向かって迸ると、神殿は弾け飛んだ。

 暗黒の球体は全て蒸発し、地下空間の天井に当たって落ちてくる瓦礫を払い除け。


「……卑怯にも程があるぞ。アストライアの提案か?」


 アルバートは何度か剣を振って、周囲をならす。

 彼の視線の先には、ふわふわと浮かぶ女神の姿。

 ただ先程までのヒステリックな姿ではなく、神々しく後光を纏い、ゆらゆらと揺れる純白のドレスを翻した。

 彼女を見た彼は、どうせまた『何か』に戦わせているだろうことを直感して聞いた。


”……我が前から失せよ……”


 アルバートの問いかけに答えることもなく、それは右腕を振るう。

 真空の刃が渦を巻き、天井まで到達するほどの巨大な竜巻が何本も立ち上がった。


「アル! 女神が暴走させたのは、結界ではなく……!」


「奴の呪いそのものか」


 ふん。と不機嫌に鼻を鳴らす。

 アストライアは、自分が戦いが苦手なことをよく理解しているのだろう。

 だからこそ、ここで自分を排除するために、自ら意志を与えた力そのものに命令を下したのか。

 そう推理して、アルバートは竜巻の群れの中央に浮かぶ女神に聖剣を向けた。


「まずはお前を斬る」


”……やってみろ……”


 短く言葉を交わし、走り出す。

 女神が軽く腕をふるたび縦横無尽に動く竜巻をくぐり抜け。

 ほんの数瞬で彼女の眼前に立つと、アルバートは目を見て言った。


「その身体を、アンナを返してもらう」


”……許可できん……”


 頭の中に声が響く。

 女神はその右手に、エクスカリバーによく似た虹の剣を創り出し。

 アルバートに向けて振り下ろした。


「っ!!」


 紙一重で回避し、反撃を返す。

 エクスカリバーの刃は彼女に当たった瞬間歪み、傷一つ付けられずに突き抜けた。


”無駄だ。神の器。我の力に満ちたこの空間で、我にその刃が届くことはない”


「お前はなんでアストライアごときに従うんだ!!」


 アルバートは叫ぶ。

 どうしてこんなに強大な力があって、あんなろくでもない、女神を自称する女に従うんだ。

 ただ、目の前の女神は虹の刃を振るいながらも、諦めたようなため息をつく。


”奴は我の産みの母。選択の余地はない”


「随分嫌そうだな!! それなら戦いようがある!!」


 そう強がってみても、打開策は見当たらず。

 ミランもなにか策を考えているようで、周囲の瓦礫を調べて首を傾げているのが視界の端に映る。

 しばらくは耐えるしか無いと考えていた矢先に、女神の持つ虹の刃の輝きが急に小さくなった。


”!?”


「今だ!!!」


 驚いたような顔をする彼女。

 アルバートはその瞬間を逃さずに、女神の心臓へ向けてエクスカリバーを突き出す。

 今度はなぜか、刃が歪むことはなく。


”……ほう、なるほど……これが死か……アポロン……そちらにいるのか……?”


 どこか満足げな声が頭に響き、女神の後光は消え去って。

 胸の真ん中に大きく穴の開いたアンナの遺体は、崩れ落ちるように横たわった。


「終わった……のか? アンナ!!」


 何があったかわからず、しばし呆然としていたアルバート。

 慌ててアンナを抱き上げて、その頬に頬ずりをする。

 今度こそランカスターへ帰ろう。そう決心して、彼女と唇を重ねて。

 涙を流す彼は、死体の目が見開いたことには気づかずに。


「アル!! まだ生きてますそれ!!」


 まだこの地下空間が明るいままで、周囲の瓦礫に刻まれた魔法陣も作動している。

 つまり女神はまだいる。と気づいたミランが叫ぶ。

 アルバートがその声に気づきアンナを放り出そうとすると、およそ人間とは思えない強靭な力で、死体は彼の頭を掴んだ。


「……アタナシオスめ……勝手に力を使いやがって……ですわ!! こうなれば道連れですのぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 アタナシオス? とアルバートの頭に疑問符が浮かぶ。

 その時の彼は誰のことか知らなかったが、後にこの時皇帝アポロン四世の極光魔法によって、女神の力の殆どが吸い尽くされていたことを知った。


「このっ!! 離せっ!!」


「拒否しますわ!! エクリプシ・イリウ! 深淵の闇よ、我が生命を糧にこの者に呪いを……」


 アストライアが喚き、呪詛を吐き出そうともがく。

 漆黒の闇が右腕から流れ出るようにアルバートの頭を包み込もうと触手を伸ばすと、その腕をミランが掴んだ。


「お母様。やっと弱ってくれましたね」


「ディケー……母に向かって、なんですのその目は!!」

  

 ミランは冷徹に母を見下ろし、氷のような冷たい声で言い放つ。

 怯えたような憤怒の表情を向けるアストライアに、彼女は続けた。


「アルを離しなさい。私たちはもう過去の亡霊です」


「嫌ですの!! わたくしは女神……だから何百年もこの日を待っていたのに!」


 駄々をこねるアストライアの手を引き剥がし、アルバートを蹴り飛ばす。

 思い切り蹴られて吹き飛んだ彼が、床に手をついて咳き込んでいると。


「アル。アンナさんの遺体、ちゃんと返しますので」


 微笑みを向けて、ふぅ。と小さくため息をついて。

 彼女は静かに呪文を歌う。


「ネキオマンティア・アネリキスティラス。亡者よ亡霊よ。彷徨うことなく地へ還れ……」


「ディケー、やめなさい!!」


 アストライアの悲痛な叫び声。

 彼女の身体は、糸が切れた人形のように力が抜けていく。

 やがて口すらも動かせなくなったようで、ぐったりと仰向けになった遺体だけが残った。


「……今度こそ、終わったのか」


「あとはここを爆破でもして、女神の力を全部解き放ってしまいましょうか」


 起き上がったアルバートが歩み寄る。

 ミランは晴れ晴れとした顔で返答すると、一度外に出てアレクシアに頼もうと提案した。


「そうだな。いや、俺にはこいつがある」


 その提案に、アルバートはニヤリと笑って。

 エクスカリバーを天に向かって掲げ、気合を入れて叫ぶ。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 聖剣に、この空間の全ての力を宿し。

 天井を破壊するイメージを込め、力をためて。

 思い切り解き放つと、空間すべてを飲み込むように虹の光が輝く。


「おー、流石真のランカスター王。まがい物の王家とは違いますねぇ」


 思わずため息をついて、小さく感想を漏らすミランの耳元で。


”まだ終わってませんわ。お前の身体を何のために維持してきたと思っているのです”


 天井をぶち破る轟音の中、はっきりとアストライアの声がした。

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