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第二十七話:極光

前回のあらすじ!



最初の記者に選ばれたことは名誉だと思っているのだが。

アトラースによる突撃は、筆者が人生で体感したどんな悪夢よりも酷かった。

今でも飛空艇には乗られないほどに、あの気持ち悪い浮遊感と地面を這うような揺れを思い出すだけで吐きそうになる。

最悪の乗り物といっていい。あんなものに乗るくらいなら船で何ヶ月でも過ごしたほうがマシだし、プテラノドンで何日も寒い思いをしたほうがよっぽど健康に良い。


――『ペルサキス新聞・従軍記者のコラム』 13年2月 建国記念日特別号

 天を覆い隠すほどの巨大な構造物が、音もなく静かに突き進む。

 まっすぐとオーリオーン城へ向かって、鋼鉄の円盤は地表に張り付く市街地を斥力波で押し潰しながら。


「味方は居ませんわね?」


「えー、多分大丈夫です!!」


「多分、ってのは報告で使うべき言葉ではなくてよ……目標と正対。高度一〇〇まで降下」


 飛石による重力制御に全神経を使うアレクシアは真下に向けた斥力波を弱めて、徐々に高度を落とす。

 やがて彼女から見る窓の外にオーリオーン城の天守が見え、思わず笑みを浮かべた。


「ぶちかましますわ!! 総員! 耐衝撃姿勢!!」


 前方に斥力の壁を貼って速度を落とし、アトラースの圧倒的な質量をぶつける。

 がらがらと音を立てて崩れ落ちていく城。崩落する帝国の歴史の上に聳える天空の城は、アレクシアの復讐心と共に瓦礫の中に降り立った。


――

 

 突如崩落を始めた城から辛くも逃げ出して、城に突き刺さる天空の城を眺めるアポロン四世。

 手には偉大な将軍にしてかつての親友二人の形見を握り締めて、彼は弾けるように笑った。


「ふははは! 流石だな俺の娘は!!」


 ひとしきり笑い、思わず咳き込む。

 女神の力でなんとか動かしているだけの、既に病に侵されきった肉体で無理をしすぎたかと舌打ちして。


「……あいつを女神に近づけるわけにはいかんな」


 アレクシアが取り込まれれば、今度は帝国が終りを迎えるだけではない。

 女神に付けられた鎖が解けてしまった以上、アレクシアという肉体を得た瞬間また、アストライアは世界を支配するだろう。と皇帝は考える。


「俺を倒せばあいつの方が女神よりも強くなる……俺が斬れば女神の野望は終わる……」


 今にも泣き出しそうな顔で一度目を伏せ。

 皇帝は思いきりアトラースを睨みつけて叫んだ。


「アレクシア!! 俺を倒して行け!!」


――


「……っ!!」


「艦長?」


 皇帝の視線の先にいたアレクシアの背筋が冷たくなり、軽く震えた。

 側に控えるテオが心配そうな目で見るのを彼女は手で制し。


「いえ。白兵戦隊は出ましたわね? 留守番は頼みましたわよ」


 何度か鋼鉄製のブーツを踏み鳴らして武者震いを隠すと、彼女は純金の糸の張り巡らされたドレスの重さを物ともせず、軽やかな足取りで出ていった。


「艦長、今はしごを」


「不要ですわ」


 たっ、と甲板の縁から飛び立って、ブーツやドレスに仕込んだ飛石による重力制御を起動する。

 アトラースで培った重力制御の技術を最大限に活かし、彼女は風魔法もプテラノドンも使わずに空を飛んでみせた。

 ふわふわと宙に浮かんだ彼女の姿に、周りの兵士たちは呆気にとられて声を漏らす。


「……女神だ」


 これから殺しに行く相手と同じ肩書とは。とアレクシアは小さく笑って。

 ドレスの裾が柔らかく膨らみ、静かに着地すると、先程から向けられる視線と悪寒を覚えた方を見る。

 穏やかに輝く後光を背に、つかつかと歩み寄る老いた影。

 彼は光の剣を足元に突き刺すと、腕を組んでアレクシアを見下ろした。


「久しいな。もう二年になるか」


「お久しゅうございます。皇帝アポロン四世陛下。この度は百年祭にお招き頂き、心より感謝いたします」


「面を上げよペルサキス公アレクシア。ようこそ朕の城へ。祭りを楽しんでいくと良い」


 その姿を前にして娘が儀礼的に頭を下げると、父も同じように儀礼的に頷いて。

 父娘は目を合わせて、同じように不敵な笑みで笑いだした。


「次は交通手段の指定もしたほうが良さそうだな」


「ふふっ、そうさせてもらいますわ。修理費も馬鹿になりませんもの」


 目尻を下げて冗談を交わすと、二人はすぐにきりっと眉尻を上げて。


「女神に操られていないのであれば、そこを退きなさい」


「俺に命令とは随分偉くなったものだ。貴様を奴に合わせるわけにはいかん」


 アレクシアは既に皇帝には戦う力も残っていないと判断した。

 光の剣を輝かせ、ピンと伸びた背筋に威厳を出してはいるが、皇帝の身体には自ら手当した跡だらけ。権力の象徴たるマントを破いて包帯代わりに使い、失血の瀬戸際であろう唇の青さと小刻みな震え。

 かつて偉大な父であり皇帝だと思っていた男が。

 今は強大な敵だと思っていた老人が、実に小さく見えた。


「……お父様。その身体で無理はできませんわよ」


 挑発ではなく、アレクシアは最後の警告をする。

 もう貴方への復讐など意味をなさないのだと。帝国はもう終わったのだから諦めろと。


「まだ、父と呼ぶとはな……」


 父は僅かに唇の端を上げて呟くと、光の剣を引き抜いて。


「女神を殺したいのなら、俺を殺して力を奪え。元よりそれしか手段はない」


 アレクシアに向かって構えると、その説得は無駄だと言い切った。

 彼女は少しの間目を瞑り、袖から二振りの短剣を取り出す。


「皇帝アポロン四世。貴様のおファックな治世はここで終わりにしますのよ!」


「来るがいい馬鹿娘! 貴様が我が帝国へ成した仕打ち、その身に返させて貰う!」


 見開いた虹色の瞳の端に、僅かに涙を湛えて。

 父の返答に、自分が命を狙われた理由を理解して。


「まさか、あの薬の事ですの?」


「知らんとでも思ったか!」


 襲いかかる光の剣を双剣で受け流し、踊るようにドレスの裾を翻す。

 光の剣は地面に突き刺さった瞬間にかき消え、次の剣が瞬時にアレクシアの頭を狙って生成された。


「っとぉぉぉぉ!! ……あれは元々ランカスターの軟膏ですわ!!」


 それを思い切りのけぞって回避して、彼女は反論する。

 ついでとばかりに短剣の柄に付けられた引き金を引いて、刃の部分を撃ち出した。


「っぶねぇぇぇ!! ……だからなんだというのだ!! 貴様が改悪したのだろう!!」


 すぐに光剣を消し、新しい剣で刃を受け止める。

 確かアレクシアの日記には、物質の中にある純粋なものを取り出す方法についても書かれていた。と皇帝の頭によぎった。

 しかし、だからなんだというのだ。流通させたのは貴様だろう。と怒声を上げて、まだ反論できるかと剣を振るう。


「まぁ、それはそうなんですけど……」


 冷静に考えなくても自分は悪いな。と彼女の頭に初めて罪悪感が芽生えて。

 父の剣を受け止めると、彼女は思い切り開き直った。


「だからなんだというのです! あれのお陰でペルサキスは大国になりましたし! 連合国との戦争なんてもう二度と起こりませんし! そしてなにより!!」


「なんだ言ってみろ馬鹿娘!!」


「このわたくしが!! 今ここで!! この国を奪うことが出来るのですわ!!」

 

 もう戻れないんだと全力で開き直って、初めて父への怒りが芽生えた二年前を思い出す。

 元々皇帝位を継いでこの国を統治するつもりだったのだ。それをわざわざ二年も掛けて簒奪しに来たんだぞ、と怒りを込めた声。

 それを聞いた父は目を丸くした。


「お前も、結局女神と同じじゃねぇか!」


「うるせぇですの!! クソ親父!! 議会の決定だかなんだか知りませんが、わたくしを勝手に追い出したのが悪いんですの!!」


 呆れた目で見る父のごもっともな指摘に、アレクシアは青筋を立てて拒絶する。

 完全な逆ギレに、改めて自らの家に女神の血が色濃く流れていることを思い知った父は、小さくため息をついた。


「クソが!! 少しは手加減してやろうと思ったがな……!!」


「最初から全力で来いや老いぼれが!!」


 互いに血管が切れるほどに怒りをつのらせながら、剣戟を交えて距離を取る。

 天に向かって手を翳した父の白髪が虹色にきらめいて、彼の口から滑らかに異界の音が流れ出る。


「あま■■■光、虹■■■■、最果■■極光!! アウローラ・シャスマティス!!」


 唱えた瞬間、広大な首都全てが一瞬で夜の闇に閉ざされ、淡く輝く虹の光が天に浮かぶ。

 これは……? とアレクシアは何の魔法なのか推理しようとして、父の方を見て。


「女神の力を得た、我が光魔法の極意。受け取るがいい!!」


 首都に降り注ぐ太陽光エネルギー全てを集約した、超大規模な光魔法だと理解した。


「さ、流石に死ぬかもしれませんわね……」


 冷や汗を流しながら、何が出来るか考える。

 じわじわと降りてくる極光の輝きを見上げたアレクシア。

 ドレスに刺繍された消術の、エネルギー許容量はどれくらいだったか計算しようとしてすぐに放棄した。


「……太陽光とかバカみたいなエネルギー量ですのよ。無駄ですわ……!」


 焦った顔の娘に、父は自分の最後の魔法は使ったと晴れ晴れとした顔で笑う。

 娘は人として悪に随分傾いているが、君主として名君であることを理解している父は、最後まで立ちはだかる壁であろうと気を引き締め、厳かに言った。

 

「虹の帳が降りるまでは数分。俺を殺せば魔法は解ける」


「……何故それを?」


「身内を殺すのは、これで最後にしろ。無論、身内というのは民のことでもある」


「……」


 父の言葉に、娘はほんの少し黙り込む。

 父は今この瞬間まで、帝国の民を想う皇帝でいることを理解して。

 だからこそ帝国の敵である自分に、女神の後継者となりうる自分に、この期に及んでまで刃を向けるのだと。


「……女神を倒せば終わりますわ。お父様も一緒に」


 それならもう闘う理由はない。帝国を倒し、女神を倒して自分の戦いはもうすぐ終わるのだからと手を差し出した。

 しかし父は首を横に振って、もう遅いと呟く。


「それはできん。俺の身体は既にあれの力なしでは保てんのでな。せめて、お前が女神にならぬように歯向かうのが精一杯なのだよ」


 それに、と続けて。


「帝国において、お前のしでかしたことは許されるものではない」


 改めて罪を突きつける。

 アレクシアは罪悪感を抑え込んで、父に短剣を向けると言い放った。


「踏み倒しますわ」


「帝国法などもう意味が無いのでな。勝ったほうが正しい。それは認めよう」


 虚空から光の剣を生成しようとした手が空を切る。

 舌打ちした父を見て、アレクシアは靴底の飛石に電気を流し、一気に地面を蹴った。


「もう力は残ってませんのね」


「そのようだな」


 涼しい顔をした父はマントを脱いで放り投げ、アレクシアの視界を遮る。

 続けて背中にくくりつけていたドラグーンによく似た銃を取ると、それに付けられた引き金を引いた。


「ぐっ!!」


 直撃した衝撃に反応して、アレクシアのドレスに仕込まれた火薬が炸裂する。

 視界を遮っていたマントがボロ布になり消し飛んで、腰だめに銃を構えた父と娘は対峙した。


「魔法の制御なしでは威力は出んなぁ」


「よくまぁ作れたもんですの」


「お前の科学のおかげだよ」


 言葉を交わし、銃弾を浴びせる。

 アレクシアは腕を交差させて頭だけを守り、ドレスに当たった衝撃を身体強化に変換して、まっすぐ突き進む。

 右手に持った短剣に宿った雷が放たれる瞬間、父はおもむろに銃を放り投げた。


「!!」


 アレクシアの目の前で、放り投げられた銃に雷が直撃し爆散する。

 その爆風をもろに浴びて、彼女は後ろに吹き飛んだ。

 

「もうひとつ!!」


 今度は袖から小さな筒。

 爆薬!? とアレクシアはそれを視界に捉えた瞬間身をかがめる。

 しかし父はその筒を軽くひねると、しゃきん、と音がして伸びる小さなナイフ。

 それを握って、倒れ込む彼女に振り下ろす。


「やることがせこい!!」


「がっは……!」


 爆発物だと騙したな、と怒るアレクシアはとっさに蹴り飛ばして起き上がり、もう間もなく自分に叩きつけられるであろう虹の帳を見上げて。

 既に起き上がる力もなく、倒れ込んだ父を見下ろした。


「なにか、言いたいことがあれば」


「……我が帝国に祝福あれ……アレクシア、お前の人生に幸多からんことを」


 アレクシアは口を真一文字に結び膝を付き、父の顔に手のひらを翳す。

 せめて苦しまないように、傷をつけないように脳だけを焼こうと、電流の調整をしていた彼女。


「痛みを感じる暇もないはずですわ」


「……介錯は必要ない」


 父はその腕を優しく掴むと、かすかに何かを呟いた。

 それを聞こうと顔を寄せた娘に、穏やかに笑って続ける。


「この者……アレクシアに……皇位を……継承する……」


「今更何を……?」


 もう滅びるのに皇位を継承って。と疑問符を浮かべた瞬間。

 虹の帳が弾けるように消え失せて、きらきらとした光の飛沫が降り注ぐ。

 いきなり夜が昼になって目が眩んだアレクシアは、その輝きをまともに受けて意識を失った。

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