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第二十話:空中要塞

前回のあらすじ!!



・ベネディクトになぜ呪いが効かなかったのか。

一昔前は彼は実は養子であり、帝国人の血が流れていなかった……などトンデモ説があったが、彼の毛髪のDNA鑑定によって否定された。

その時検出された仮説と当時の文献から、彼は魔法の殆どを扱えなかった代わりに魔法に対する非常に高い耐性を持っていたのではないか、と推測されている。

(中略)

彼がアストライアの呪いを受けなかったことは犬猿の仲であった妹アレクシアですら感謝している。

彼からの情報によって、少なくとも20万人以上のペルサキス・西側諸侯連合軍の命が救われたからだ。


――『呪術の歴史』標準教科書出版 897年 347頁



確か数日前に、甘い香りの暖かい風が吹いた。

幸福な気分のまま。ずっと、それ以来。

手がだんだんきかなくなってきた。かけない。うまく。

おかしいのに、わたしはできない、それをかきしるすこ。


――ある帝国新聞記者の手記 帝国暦99年12月23日

  ※その後の文章は支離滅裂で解読不能。同時期の帝国新聞は抽象画のような挿絵と、でたらめな文字列で紙面が埋められている。

――シェアトから話を聞いたアルバートは愕然とした様子だった。


「……聖女が……」


「ここに来るついでに首都も見てきましたが、まず本当でしょうね」


 シェアト自身、西側諸侯を訪ねるついでに首都に寄って様子を見てきた。

 民は以前と全く変わらないように日々を過ごしているように見えて、どこか物静かな雰囲気が漂って。

 何よりもいつの間にか路地という路地に貼られた女の似顔絵が目についた。

 その辺りに居た子供に誰の似顔絵かと聞いてみたら、急に正気を失った顔で延々と隻腕の聖女の素晴らしさを語るのにドン引きし、逃げるように首都を去った彼女。

 こうして先程まで会談していた諸侯にそれは伝えられ、戦の準備を進めようと団結したところ。


「セルジオスさんもエリザベスさんも知っています。あなたにも後で知らされるでしょう」


「礼を言いますよシェアト様。先に聞いていなかったら、すぐにでも首都まで走るところでした」


 心の準備ができて良かった。とアルバートは笑う。

 その彼にシェアトは一度微笑んで、困ったような顔をした。


「ですから、諦めたほうが良いです。あの女神に対抗できるのはアレクシアしかいませんし、あなたがその彼女を倒そうというのは無謀です」


「少なくとも、女神は俺の妻です。そしてアレクシアとニキアスは、妻の仇です」


 取り付く島もないアルバートの言葉に、シェアトは仕方ないと頷いた。


「……そうですか。わたしは……」


「無事など、祈ってもらわなくても結構です。アレクシアに仕える神官でもあるのでしょうに」


 気にかけてくれていることへの素直な感謝はあるが。と、彼は笑う。

 彼女は彼なりの気遣いを理解して、手を合わせた。


「では、わたし個人として。お元気で」


「ええ、そちらこそ」



 こうして、逃亡したベネディクトから情報を得た各地の貴族たちは、帝国に反旗を翻す意思を固めた。

 皇帝は既に聖女の傀儡として、帝国は既に簒奪されている。仕えるべき国は滅び、今残っている帝国の形をした屍を自分たちのものにするために皆が動く。

 女神たるアストライアはそれを盛大に出迎え、自身の糧とすべく百年祭の準備を進めていた。



――帝国暦99年11月、ペルサキス、アレクシア大学近郊



「とりあえず叔母様には、百年祭に出席しないよう連絡しておきましたわ。領主権限で、留守番をしろと……あまり気分は良くないのですが」


「首都の事情は知らないはずだし、巻き込みたくないしねぇ。後で怒られるのは僕がやるよ……」


 エリザベスに手紙を預け送り出して。

 二人はランカスター地区を治めるニケを動かないように言いつけておいて、その間に革命を成し遂げようとしていたところ。


「アレクシア様、ニキアス様も。あれがアトラースにございます」


 後二ヶ月と迫る決戦。

 大学の近くの平原に築かれた船のような城のような何か。

 完成の報告を受けたアレクシアが、感謝を口に出す。


「試運転ができるように、間に合わせてくれたことに感謝を」


「もったいないお言葉……」


 巨大な鉄のお盆に乗った、木製の城。

 まるでカガミモチのようですわね……とアレクシアは率直な感想を漏らすと、その船から垂らされたロープをスルスルと登る。


「上出来ですわね。中身はほぼ空洞ですが……」


 三重になった、ほとんどハリボテの船体。彼女が知っているような機械類は一切がなく、飛石を敷き詰めた船底に銅で作られた電線が張り巡らされている。

 その上の階層にはプテラノドン部隊の運用を行う甲板に、弾薬庫や食料庫、調理室などが連なり、最奥にはアレクシアの力を使わずとも兵士だけで最低限動かせるように作られた簡易魔力発電機室。

 最上階には彼女の座るための艦長席と、測量と監視を行うためのデッキ。

 彼女のためだけに作られた、数百年後まで史上最大と謳われる建造物が完成していた。


「アレクシア様、準備はできております。いつでもご命令を」


 出迎えに現れたテオ将軍が、緊張した面持ちで彼女を席に案内する。

 見学に来たニキアスも固唾を呑んで見守る中、静かに席についた彼女は、笑顔で命令を下した。


「空中要塞アトラース……さて、いきましょうか。総員配置。チェックリスト確認。五分後に浮上」


 命令を受けたテオが鉛の伝声管に向かって怒鳴り散らす。


「総員配置!! 最終確認せよ!! アトラースはこれより浮上する!!」


 砂時計をひっくり返して確認を待つアレクシア。

 次々と帰ってくる報告をチェックし終えたテオが報告をすると、彼女は嬉しそうに笑った。


「チェックリスト完了! いつでも飛べます!!」


「四分半。素晴らしい成果ですわ、テオ将軍。後で家名を考えて差し上げますの」


 最大級の褒め言葉を貰ったテオが、目を丸くして任務達成の充実感を噛み締めていると。


「では、浮上。船首方位ゼロ、微速前進」


 楽しそうに笑うアレクシアの髪が虹色に輝いて、彼女の座席からばちばちと雷の弾ける音がする。

 電力の制御が安定すると、アトラースは音もなく浮上し始めた。


――二時間後


「結構、難しいですわね。重心は重力制御で補完できると計算していましたが、もう少し中心に寄せたほうが楽かしら……」


 ぶつぶつと呟きながら、アレクシアは船体を制御する。

 計器を確認している士官から水平儀や測距儀の報告を受けながら、艦を水平に保ったまま前後左右に動く、というのは彼女にもイメージしづらく、非常に大変な作業のようだった。

 予定の時間を大幅に過ぎて安定飛行に入り、やっと次の訓練に移行できると謝罪する。


「遅刻してしまいましたが、テオ将軍。飛行訓練を許可しますわ」


「はっ!! 翼竜隊!! 発艦準備!」


 伝声管に叫ぶテオを見ながら、ずっと邪魔しないように静かにしていたニキアスが口を開く。


「しっかし凄いなこれ。アレクシア、これどうやって動かしてるんだ?」


 窓から外を眺めて、感慨深そうに声を漏らす夫の背中に、妻は席を立つと話しかけた。


「トビイシは雷の力で物を浮かせますの。イズミノクニの翼船の超でかいやつですわ」


 あれも見たけど大概よくわかんないんだよなぁ……とニキアスはボヤいて理解を諦めると、眼下で行われるプテラノドン達の発艦を眺める。


「……落ちたら死ぬと思うけど、よくやるなほんと」


「命知らずの馬鹿しかいない部隊ですしね。計画を伝えた時は本当に楽しそうでしたわ」


 呆れたような顔で笑う二人。

 まぁアトラースが落ちたら皆死ぬんですけどね。とアレクシアが言うと、ニキアスは振り返って驚いた。


「アレクシア!? 席から離れて大丈夫なのか!?」


「あぁ、トビイシは、しばらく電力を保持するので。限界時間は把握していますので大丈夫ですのよ」


 全力で集中して魔法を使って、疲れた様子のアレクシアはしばらく雑談をして。

 水平線の彼方に浮かぶペルサキス城を眺めたり、空の旅を楽しんでいた二人を、一人の士官の叫び声が引き裂いた。


「高度下がっています!! 艦長!! 操縦を!!」


「あ、あら? なんですってぇぇぇぇぇ!?」


 席を離れた時に砂時計をひっくり返すのを忘れていて、危うく試運転で墜落するところだったアトラースはギリギリのところでその初飛行を終えた。


――


「重すぎたのかしら? 再浮上までに思ったより時間を食いましたわね……着陸は想定通りの負荷でしたし、船底の損傷は思ったよりも軽微、カウンター用にトビイシを少し逆方向にも配置して……」


 陸に降りてそうそう、研究者や技術士官たちとブリーフィングを終えたアレクシア。

 後二ヶ月もない百年祭に持っていくためにと、改良案をまとめているその小さな背中を、命の危機にさらされたニキアスは叱りつけた。


「君の失敗に関しても、少しは反省してほしいんだけどな!!」


「……電力計と時計は最優先で自動化しておきますわ。あとはチェックリストも改善しておきますので」


 マニュアルは血で書かれている。前世で散々口酸っぱく言われた事だが、自分の血で書かなくてよかったと、ニキアスに怒られながらもアレクシアはホッとしていた。

 そう。生きているからこそ次に繋げられる。


「後何回か飛行して、一ヶ月後にはペルサキスの市街地に降りる訓練もしますけど、貴方も付き合います?」


「断る。……怖いんじゃない。執務が滞るからね」


 実にやる気に満ち溢れて見える妻の顔に、ニキアスは引きつった笑顔で返して。

 空なんか飛ぶもんじゃないなと、若干震える膝を叩いて決意した。



――同11月中旬、ランカスター地区、ランカスター王城



 王城の外で日課の訓練をしている元大熊将軍ニケ=ペルサキス。

 丸太に素手で穴をあける巨大な老婆の姿に、恐る恐る声を掛けたエリザベス。

 話しづらいことがあると切り出して応接室に案内すると、首都の現状を伝えた。


「エリザベス、それは本当ですか?」


「ニケ様、私も見てきましたが……百年祭は、かの女神の罠です。ベネディクト様もお連れしましたから、話を聞いてくださると」


 本当かとエリザベスを睨むニケ。

 エリザベスは目を逸らし、横に座るベネディクトに発言を促した。


「あぁ、ニケ。……信じてくれ」


 皇帝が操られ、今は聖女が君臨している。

 それをわざわざ僻地に送られた彼を探してきて、ニケを焚きつけるために話させた。

 切羽詰まった顔で話し合う皇太子と、皇室に仕えた将軍の表情を見て、エリザベスはほくそ笑む。


「……皇帝陛下を助けなくて、何が将軍ですか。すぐにでも行きます」


 一通りの話を聞いて、ニケが席を立とうとする。

 それをわざとらしい顔で制止したエリザベスは、甥夫妻についていけとそれとなく示唆する。


「待って下さいニケ様。ペルサキスのお二人が、それに向けた準備をしています」


「なら、なぜこの私に言わないのです」


 想定通り。この脳筋は絶対に行く。

 少なくとも西側諸侯の民やスコルピウスの連中を率いていくアルバートとは、確実に衝突するはず。あわよくば、皇帝を倒そうとするアレクシアとニキアスとも。

 操られていたとしても皇帝は皇帝。ニケには奴を護るために戦って散ってもらおう。

 そんな考えを胸に隠して、エリザベスは告げた。


「ニケ様の身を案じたのでしょう」


「この私が、戦えぬ老いぼれだと? ガキ共が一丁前に?」


 おー、怒ってる怒ってる。と、丁寧な口調が崩れるニケを嗤う。

 ベネディクトの顔が強張り、老婆の気迫に押し黙るのを尻目に、エリザベスは続けた。


「お二人はニケ様の事を大切にお思いですから。百年祭へ出席するな、と連絡も預かっております」


 そう言って手紙を渡す。

 首都の情報が一切書かれていないそれを読んだニケは、手紙を破り捨てて怒鳴り散らした。


「ふざけるな! 侮るなよ小娘!! あのガキ共も!! ……殿下! 百年祭に間に合うようにご準備を!!」


 ベネディクトの目を見て、自分が皇帝を救い出すと叫ぶ。

 ギラついた鋭い視線に彼は竦んで、なんとか言葉を絞り出した。


「あ、あぁ。ニケ将軍、貴女の助力を感謝する」


「儀礼的な言葉など。さあ行きますよ殿下。……エリザベス!! 留守は貴様に任せる!! ニキアスには適当に返事をしておけ!!」


 はい。と静かに返事をして。

 いきり立って出ていったニケと、それに付き合わされるベネディクトの背中に手を振って。


「さーて。さっさと奪還しますか……我らがランカスター。愛しい故郷を」


 女神? 皇帝? 革命? 勝手にやっていろ。

 私には私の戦いがあるんだ。アルバートを失った以上、無理することはない。


「まぁ卑怯くさいけどね……ワシム、ジョンソン、旧領境の様子は?」


 ボソッと呟くと、窓の外に待機していた二人がスルッと入ってきて報告する。 


「全員ランカスター人に入れ替えましたよ。ペルサキス軍、大したことないですね。こっちで作った、対プテラノドン砲も配備してます」


 ワシムは既にペルサキスとの境界の関所を奪還し、防備を固めている。

 一方ジョンソンは南部港で取引をする外国人たちと協力して準備を進める。


「海路もいつでも封鎖できます。イズミノクニとやらも、ペルサキスに心酔してる奴らだけじゃないみたいですし、連合国もそれは一緒みたいですね」


「いい感じねぇ。あとは勇者様が帰還しなきゃいけないように頑張りましょうか」


 報告を満足そうに聞くエリザベス。

 彼女はアルバートがランカスターの独立を助けなければならない状況に持っていくために、まずはニケからこの地を奪還すると誓う。


 幸運にも、今は彼女の動きに気づいているものは誰も居なかった。

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