第十七話:一期一会
前回のあらすじ!!
教師というのも悪くないな。
神の力を集めるためにはなかなか効率がいい。
まぁ、それよりも丁度いいものが見つかったわけだが……喜んでいられないな。
皆を救いに行かなくては。
――アルバートの日記 帝国暦99年7月
学長には『消術』、と一言で片付けられたが、この魔法は一体何なのだ?
何か、言葉にできない大いなる力を出し入れしている? 変換している?
アレクシア様は一体、何を知ってこの魔法を創造したのだ?
――アレクシア大学研究者のメモ 2年頃?
※彼の研究から110年後、エネルギー保存の法則が証明される。
アストライアの経験からくる助力は、我々帝国にとって感謝するべきものだっただろう。
我々が百年祭を盛大に開き、再び帝国の威光をこの大陸に轟かすまでの間、彼女は民の不満を抑え込む切り札と言ってもいい。
我々は一蓮托生……神祖ですら握れなかった女神の手綱を、私が御しなければならない。
――アポロン4世の手記 帝国暦99年夏頃
私に従え。全てを差し出せ。
永遠の幸福と永久の絶頂を与えよう。
私を殺した反逆者共を殺せ。私を拒絶した無礼者共を犯せ。
私を信じよ。私に捧げよ。
力ならば与えよう。知恵ならば授けよう。
愚かなる帝国を滅ぼし、あまねく世界に私の威光を轟かせよ。
――隻腕の聖女アストライアの呪いの一部。740年、彼女の左腕から観測されたもの。
※合衆国民にとってかの邪神はあまりにも強大な呪いであるため、和泉国の調査チームによる分析。
この呪いを転写して製造された呪詛爆弾が第三次世界大戦で使用され、西海岸セルジオス州の人口の9割を失った。
――帝国暦99年7月頭、帝国西部諸侯=南西辺境領付近
道なき道を馬車が通れるように整備しつつ歩き数週間、ついに南西辺境領との境目に来たアルバート。
此処から先は開拓者としてミランと二人、安全なルートを探りに密林の中を歩く。
一日ほど歩いて細い川を見つけて、それに沿って南下しているところ。
「……ランカスターの近くまで着けば、プテラノドンが飛んでいるのが見えるんだが」
「見えませんねぇ。まぁ街道でも最短で三日くらいの距離ですし」
「俺の足なら一日あれば着くんだがな……」
「こんなとこ走って、天気悪くなったら一瞬で迷子ですよ。しかも安全な場所に出られるとは限りませんし、この暑さで水がなくなったら終わりですよ終わり」
ちまちまと目印を付けながら、全く同じような風景の道を歩く。
川に沿っていけば水もあるしまず迷うことはないだろうが、それでも万が一というものはある。
二人共じれったそうに歩いていると、ふとアルバートの腹が鳴った。
「猪でもいればいいご馳走なんだがなぁ」
「ん? お腹すきました?」
「そりゃあもう丸一日歩いてるからな。お前は随分強いな……」
あはは……と力なく笑うミラン。空腹も疲労も感じない彼女はそろそろ休憩でもするかと考えだしたところ。
何かに気づいたアルバートに思い切り腕を引かれ、藪の中に放り込まれた。
「なにするんですか」
「人の気配だ。それも複数人」
「こんなところに?」
小声で軽く言い合って、アルバートが指差したほうを見る。
少し開けた川上の遠くの方、何人か連れ立って人が歩いているのが見えた。
「……帝国兵ではなさそう……ですね」
「あぁ。やけに軽装だな。村があるとは聞いているか?」
イクトゥスからもらった地図を見るミランが、村は無いと返答する。
アルバートは首を傾げて考えていたところ、彼女は人の奥に小さく、藪の中に隠されてわずかに顔を出した布と竹の人工物に気づいた。
「……あれ、プテラノドンに見えません?」
「ってことは、ペルサキスの……?」
断定はできない。加工品としては単純だから首都でも作られているし、帝国軍も僅かではあるが導入している。
こんなドのつく田舎への交通手段として帝国兵が使っていても不思議ではない。
そう考えた二人は隠れながら少しずつ近づいていく。
「最悪逃げます? 殺します?」
「逃げ一択だな。帝国兵に見つかった時点でほぼ終わりだが、殺して警備されたら計画が完全に終わる。逃げて熊か何かだと勘違いしてくれるのを祈るしか無い」
「はいはい、分かりましたよ。消術はあなたのほうが得意ですよね」
「あぁ。もう少し近づく……」
音と気配を消して、藪をかき分けて進む。
顔がわかるところまで近づいたアルバートは、何か作業の指揮をとっている、入れ墨だらけの顔の女を見て思わず目が丸くなった。
「……エリザベス?」
思わず消術を解いたアルバートに気づいたエリザベスの部下たちが、彼の居る方に一斉にドラグーンを向ける。
彼は両手を上げて敵ではないことを示しながらそろそろと前に出ると、その顔に気づいた皆がドラグーンを下ろして呆気にとられていた。
「え、なんでアンタがこんなとこにいんのよ」
「それはこっちの台詞だが……」
いや、どっちもか。とお互いに苦笑して、アルバートはミランを呼んだ。
のそのそと出てきたミランがエリザベスに自己紹介をして。エリザベスは部下たちに作業の再開を指示すると三人は河原の石の上に腰掛ける。
――丸一日食べてないと言った二人に呆れたエリザベスから、パンと干し肉を受け取って。
小さなかまどで火を起こして焼きながら、三人は話し合っていた。
「ふーん。西側諸侯との交易路ねぇ……」
「まぁそんなとこで。あなたがたは?」
「連合国の人間には教えられないわよ。まぁここは整地するから通ってもいいけど、通行料はもらおうかしら」
なかなかケチくさい事を言うようになったな……。とアルバートは呆れたが、彼女の言葉はありがたかった。
「ランカスターまでの道は作ってるのか?」
「無いわよ。プテラノドンで来たし。低空飛行にも程があって死ぬかと思ったわ」
「空から来たルートを知りたい。それに沿っていけば良いってことだろ?」
「まぁそれくらいなら教えてもいいかしら。地図貸しなさいよ」
ミランが地図を渡すと、いい加減な旧式地図ねぇ……とため息を吐いた彼女は、懐から別の地図を取り出した。
「こっちは空から作ったから正確よ。ミラン、あんたは見ちゃダメ」
「……帝国金貨で払いますよ。その代金」
うっ。とエリザベスは一瞬ためらって。
しばらくこそこそと二人で耳打ちをして、納得したというふうに地図を手渡した。
「いい取引でした。感謝します」
「ま、まぁいいでしょ。それで二人共、この川沿いに南下して行くと去年戦った街道の中央大平野側に出ちゃうから、一旦西側を迂回する必要があるわ」
呆れた目で見るアルバートからの視線を振り払うように話題を変えたエリザベス。
アルバートとミランは偶然に感謝しながら彼女の話を聞いていく。
――数時間後
「ありがとうエリザベス。これで行けると思う」
「ペルサキス家……というかニキアスにはあたしから連絡入れとくわ。ニケにはバレないようにね」
「……やはりニケ様は……」
「ゴリッゴリの親皇帝派よ。だからペルサキス本邦から遠ざけたのなんて、誰も言わないだけで東部の貴族なら皆知ってるわ」
アレクシアとニキアス。ペルサキスの二大巨頭が中央貴族、つまり親皇帝派貴族と張り合っていることは既に公然の秘密。二人から見て恩人であるが、同時に邪魔者である親皇帝派のニケをランカスターの管理に充てた事を、二人の周りの貴族や官僚たちはエリザベスと同じように見ていた。
当の二人、特にアレクシアからは、帝国の革命に巻き込みたくないという思いやりもあったのだが。
「……分かった。ありがとうエリザベス」
この時、アルバートは確信していた。
百年祭の反乱で、誰かがニケを倒さなければならないと。
自分は皇帝や女神を倒す。ただニケは並の兵士では歯が立たない。それもソロンと二人で皇帝を守るのであれば……。
そう考えを巡らせていると、エリザベスがふと話した。
「あと、ジョンソンから伝言なんだけど、隻腕の聖女のこと」
「アンナに似ていた、ってとこだろ?」
アルバートの言葉に、なんだ知ってたの。と相づちを打ったエリザベス。
ただ、なぜ知っているかとは聞かずに、彼を気遣った。
「お前も聖女を見れば、きっと気づくさ。アレの正体に」
「……まぁ、無理しないようにね」
エリザベスは彼の発言を聞いて、嫌な予感がこみ上げてくるのを感じた。
自分の目のことをわざわざ言う。それは恐らく、隻腕の聖女とやらはきっと、女神の関係者か、恐らく本人か。
ただこれは今なにかできることではないかと諦めて、まずはクソニキアスの仕事をなんとかしなければと、がっかりしたようにため息を吐いた。
「じゃ、こっちは仕事に戻るから寝てきなさいよ」
二人はその言葉に甘えて、河原に立てられたテントの中で朝まで休むことにした。
――真夜中
ミランが河原で星を眺めていると、寝静まったテントからエリザベスが歩いてくる。
その気配を背中に感じながら、敵意はないことを確信したミランは、彼女に話しかけられるまで気づかないふりをしていた。
「やっぱ居たわねミラン」
「……なぜ、そう思ったんです?」
「……寝る必要ないんでしょ? アンタ、本当に人間?」
エリザベスは彼女の横に腰掛けて、昼間から気になっていたことを聞く。
右半身に掛けられた祖先の呪いが、『ディケー』を殺せと呼びかけてきて、なかなか眠れないエリザベスはイライラしていた。
「偽名でしょ。ミランってのも」
「驚きました。その、なんだか嫌な気配のする右眼のせいですか?」
「そんなとこ。まぁ、あたしからしたらこんな物はどうでもいいんだけど……アルバートを騙して利用するってなら、同じランカスター人として止めたいところね」
ミランは顔の前で手を振って、それを否定する。
騙している。利用している。それでも彼の不利益にはならないだろう。どうせ通らなければならない道を歩く彼の背中を、自分は押しているだけだ。と確信して。
「あなたの心配しているようにはなりませんよ。私も、女神は嫌いなので」
そう言いながら、ミランは火を起こした。
川の水をくんで沸かし、連合国の茶を淹れて渡す。
「あなた、多分私と同じで……何かろくでもない呪いの被害者ですよね」
「……よく分かったわね」
「その入れ墨、冗談だと思ったら本物ですしね。私、あなたの事はそこそこ知っていますけど、結構好きですよ。お互いの目的のため頑張りましょ」
「そうねぇ。まぁ邪魔になるなら手加減は無しで」
ですねぇ。と二人はコップを交わして、先祖に呪われた者同士、たった一度の出会いと別れを惜しんだ。




