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第十話:結婚式

前回のあらすじ!



悪魔アレクシアの日記の原本は、極めて近代和泉語に近い言語で書かれていた。

論文の一つごとにバラバラな文体で書かれたそれは何かを複写したものだと思われる。

ただ、魔法についての記載だけは一言たりとも見つかっておらず、魔法に依存しない高度な文明から得た文献であることが伺え、あの悪魔は恐らく異界からの来訪者だということが明らかである。

合衆国の畜生共は結局、水槽の外から餌をくれた者を神と崇める愚かな魚に過ぎない。


――『アレクシア=オーリオ―ンという異物』 牛王 重蔵 703年 ※戦時中の表現であるが、そのまま記載

――ニキアスとアレクシアの結婚式当日



 中心街で祝いに沸き立つ人々、昨年の和平記念祭以上のお祝いムード一色の中。

 主役たる二人は連合国や、帝国各地から訪れる貴族たちの相手に慌ただしく走り回っていた。

 

 式典そのものよりも遥かに忙しい外交の場。アレクシアは帝国伝統の体のラインを強調して美しく見せるデザインでなく、新たな神であると言う意志を込めた、超然的な優雅さを見せる……というコルセットを締めない言い訳を必死に考えた結果のゆったりとしたドレスで臨んでいた。

 伝統を重んじるニケの説得が一番大変で骨の折れる仕事だったのだが、なんとか逸らしてごまかして、彼女からの渋々といった納得をもらっている。


「アレクシア=ペルサキス婦人。ごきげんよう。ミラクの女狼です」


「あら、女狼って確か。シェアトの件、感謝していますわ。あまり大声では言えませんけれど」


 結婚式の事前、訪れた客からの挨拶を受けるアレクシア。

 既に何人も来ていたが、その中にいた一人。灰色の髪に琥珀の瞳をした老夫婦と、その手を引く、同じ髪の色で同じ瞳の若い女。

 あぁ、これがミラク女王夫妻と、その護衛の女狼か。とアレクシアは納得をして、挨拶に応えた。


「いえいえ仕事なので。今後とも良い関係を。それでは私は外します」


 続けて老夫婦から儀礼的に祝いの言葉を受け取ったアレクシア。

 リブラ商会が使えなくなった以上はミラクの諜報機関とうまいこと取引をしないとな。と考えていると。よく見知った顔が近づくのが見えて、思わず変な声が漏れた。


「うげぇ……ソロン宰相閣下。こんなところまで賠償をせびりに来たんですの?」


 挨拶に来た禿頭を見て、アレクシアの顔がゆがむ。

 ソロンは若干怒ったような顔をしつつも、老練の大貴族として役割を遂行していた。


「ご機嫌麗しゅう、ペルサキス婦人……ワシとて無礼者ではないわ。今日は陛下のお言葉を持ってきただけでな。しかし……いや、お美しくなられました。皇后陛下もお喜びでしょう」


「儀礼的な定型文で言われても嬉しくありませんわねぇ……」


 これからは同格の貴族であるという事と、かつて仕えていた彼女へのお祝いと。

 ソロンは彼女の母と本当にそっくりな姿に感心していたが、アレクシアは彼の普段の言動を鑑みて、そうは受け取らなかった。


「大昔、皇后陛下に同じことを言われたな。……あぁ、この前の反逆騒ぎはリブラの件で議会が喜んでいたから皇帝陛下も譲歩したが、次はないぞ。自分のためでなく帝国のために力を使え」


 軽くボヤいた彼は、去り際にチクリと釘を差していく。

 アレクシアはうんざりした顔で軽く相槌を打って、一応父が盛大に怒っていることを知らせる、彼なりの気遣いなのだろうと感謝した。

 どの口が言えたもんですの。腐敗貴族のくせに。とは思っていたが。


「うげっ! ニケ、なんで貴様がいるんだ!」


「当たり前でしょうソロン。どこの家の結婚式だと思っているのです。我々老人は連合国の宿敵共と昔話でもしているのがお似合いですから。行きますよ」


「やめろ! 僕は奴らの顔も見たくない!!」


 ニケに襟首を掴まれて昔のように素に戻った彼の姿に、思わず吹き出した。



――その後も軽く挨拶に回り式を終えて、ますます馬鹿騒ぎがエスカレートする中心街。



 いつの間にか参列していた貴族たちが民衆に混じって大騒ぎをしているのを、馬車の上から手を振り、大通りを進む二人は苦笑いで見下ろした。


「ん? ニキアス、あれは?」


 アレクシアが遠くの方で仁王立ちするエリザベスを見つけて。

 そういえば式に来ていなかったな。と思い出す。


「エリザベスの警備隊だよ。あいつも招待したが、いいドレスがないとゴネてね。仕方ないから仕事で来てもらった」


「めちゃくちゃ不機嫌そうですけど」


「ランカスター家からワシムの花火を買ってやったんだがなぁ……まぁ、あっちは僕に任せときなよ」


 ちょっと仕事を押し付けすぎたかなと反省するニキアス。

 実際エリザベスは彼からの通信網建設の仕事、それにアルバートが残していったスコルピウスの独立派を抑え込む仕事を一手に引き受け、正直参っていた。

 少し前に呼ばれた彼女は、ボレアスの立てた警備計画にダメ出しをして。式典での行進の監修や指導に明け暮れて目にはどんよりしたクマを作り、今二人を……特にニキアスを睨みつけている。



――



「……なんであたしがこんなことやんなきゃいけないのよ。ボレアス、あんたニキアスの側近でしょ? 警備隊長なんて、あんたがやればいいじゃないのよ」


「エリザベス様、ニキアス様も貴女の腕は高く評価していまして」


「こっちはあいつの仕事で毎日忙しいってのに……まぁいいわ。西側からの連絡は?」


「定時連絡では異常無いと。翼竜隊からも同様です」


「つまんないわねー。酒でも飲もうかしら」


 皇帝は妨害工作を仕掛けるか前日の夜まで迷いに迷っていたが、最終的に親心が勝り、それをすることはなかった。

 その妨害を想定して備えていたエリザベスは暇を持て余し、この後記憶を亡くすまで飲んでいたことが彼女の手記に残されている。



――ペルサキス城、応接室



「ふぅ。馬鹿騒ぎも悪くはありませんわね。たまには」


 先に戻って休憩していたアレクシアが、少し嬉しそうな顔をしてぼやく。

 城に戻ってきた彼女は翌日に行われるゼノンの公開処刑、そして音楽祭、更に次の日には披露宴と目白押しのイベントを想定して目を細めた。


「いくらわたくしが、『ペルサキス婦人としてゼノンを処刑することに意義がある』と言ったって……結婚式の翌日に人殺せって言うのもなかなかおかしな話だと思いますけども」


 彼女は若干不満そうに口を尖らせる。

 まぁ官僚とかいろいろな人間のアイディアだ。従うほかない。と理解はしていてもなんとなく抵抗があると、椅子にもたれかかってぐったりしていると、自分しかいないはずの応接室に人の気配を感じた。


「ッ!! 誰ですの!?」


 とっさに袖のナイフを取り出そうとすると、その人の気配がカーテンから姿を表す。


「どうも。ミラン・ミラク……ミラクの女王でございまして。こっそり休んでいたのですがご婦人がいらっしゃって、とっさに隠れてしまいました」


「えぇ……シェアトといい、カーテンに隠れるのが好きですわね……」


 若干引き気味に手をだらんとさせて、アレクシアは警戒を解く。

 ミランは愛想笑いでなんとなくごまかして、彼女の近くの椅子に腰掛けた。

 少しの間、ボーッとしていたアレクシアだったが、ふと疑問が頭をよぎった。


「んんん? 貴女はミラクの女狼で……女王は昼間お会いしましたわよね?」


「女王、とは名乗らなかったと思いますよ。私は一応あの子の娘で護衛という設定でしたね」


 あの子? とアレクシアが眉をひそめる。言われてみれば確かに女王とは名乗っていなかったような気もするが、老夫婦とその横にいたミランの事は確かに覚えていた。

 その様子をよそにミランはアレクシアの顔をまじまじと見て、感慨深げにため息をつく。

 母親であるディミトラもアストライアによく似てはいたが、彼女は完全に瓜二つの、ただの色違いだなと改めて驚く。そりゃあ体を奪いにきますよねぇと納得をした彼女は、真剣な眼差しで彼女を見た。


「ん、わたくしの顔になにか?」


「…………婦人。良かったら、真面目なお話をしませんか」


 お金の話なら、こんなめでたい場でやらなくても。と前置きした彼女に、ミランは首を振る。

 アレクシアは軽く首を傾げて、話に応じることにした。


「感謝しますよ。多分あなたならもう知ってると思いますけど、ミラクは女神の信者が建てた国でして、私はそこの女王です」


「そりゃあ、シェアトに調べてもらいましたから。貴女が女王かどうかは半信半疑ですが……その女神様についての話ですの?」


「えぇ。アストライアは私の実の母親です。信じてもらえないかもですけど」


 えっ。とアレクシアが言葉に詰まる。いやまぁ神の子とかそういうのはよくある設定ですけど……と困っていると、ミランは話を続けた。


「それなら少し信じてもらう努力をしましょう。あのお母様は、あなたの夢に出ましたよね? しかも生前の、あなたとそっくりな姿で。もっと詳しく言えば、黒髪で赤い目のあなたですね」


「……どうしてそれを」


「やっぱり。首都に潜入してた時、あの地に眠るお母様の神の力が弱って、皇帝が病気にかかることが多々有りまして。それで多分……今回の神の器であるあなたのところに行ってるのかなと」


 夢の話を言い当てられたことと、今回の、という発言でアレクシアは納得した。

 これまで何度も何度も、エクスカリバーに見込まれたものと、神の力に辿り着いたものの戦いを見てきたのだろう。ただ、なぜ。


「そこまで知っていて、なぜ貴女は何百年も黙っていたんですの」


「そりゃあ……お母様を殺す機会をずっと待ってましたから。私の不死の呪い、女神の加護と言い換えてもいいんですが……お母様が死ななきゃ解けないですし。だからミラクを建てて、ずっと、ずっと待っていたんですよ。あの女神が顕現しようとして、呪いの中から現実の世界に出てくるのを」


 ミランは憎らしそうに、自分の母の話をする。

 どんな経緯があってそうなったのか。おそらく二人にしか分からないだろう。

 ただ、自分が今父としているような親子喧嘩というよりは、もっと別なものかな。とアレクシアは感じていた。


「首都で一緒にいたという、アルバートはそれを?」


「教えてませんよ、もう一個の器のアルには。彼はいい男でしたから、あまり仲良くすると悔いが残るので」


「……優しいんですのね」


「自分勝手な女王様ですよ。国民には何も言っていませんから」


「貴女が死んだ後、民はどうなると思いますの?」


「ウチは議会が強いって言いましたっけ? まぁ人間は強いですよ。神の力も、女神の加護も……そんなものなくたってみんな生きていけます。何度も結婚して、何人も産んで、何回も見送って、もう私は疲れました」


 寂しそうに笑うミランの顔に、アレクシアは同情した。

 あの女神のように、自分の執念で生きながらえている存在ならともかく。

 遥かに長生きをしているだけのただの人間は、時間の残酷さに耐えられなかったのだと。


「ここまで話したということは、協力する気ですわね」


「お母様を倒すところまでは、ですね。それで多分私も消えるので、その先は議会に問い合わせてください。あの子達……私の百三十七女まではペルサキスに協力するよう伝えています」


 それではニキアスくんに挨拶して、アルのところへ行ってきますので。首都で拾った情報は後で間者に持たせます。と姿を消そうとするミランの背中に、アレクシアは声をかけた。


「せっかくのお祭りですのに、楽しんでいかないんですの?」


「いいんですよ。結婚式とは二人の未来を祝うもの……私にはもうその資格はありませんし」


 懐かしむような、悲しそうな表情で彼女は笑って、窓を開けると夜の闇に消えた。

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