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第八話:親子

前回のあらすじ!



助け出したシェアト様は酷い有様だった。

これが帝国が、皇帝がやることなのか?

(中略)

アストライアが彼女を見て、何かを考え込んでいた。

彼女にそれほどの価値があったのか、それとも何か理由があって彼女を傷つけられなかったのか。

それを考えるのは、連絡が来てからになるか。


――アルバートの日記 帝国暦99年4月21日

――アルバートはソロンと向き合い、じりじりと距離を離す。


 背中を向ければ、今度は当てられる。そう感じたアルバート。

 並々ならぬ気合を感じて、後ろに見える城門への道筋を思い描きながら、彼は一瞬の隙も見逃さないように目を凝らした。


「アルバートよ。自分が何をしているのか分かっているか? ランカスター人の起こした問題は全て、ペルサキスへ責任が行くのだ。しかもその女は連合国の間者、貴様が助けたとあればペルサキスは反逆罪に問われるであろうな」


 そのように仕向ける。とソロンは言い切る。

 アルバートはその言葉を、何の感情も持たずに聞いていた。

 どうせ、アレクシアが何とでもごまかすだろう。政治家としての腕なら彼女のほうがよっぽど格上だと、憎き女神の後継者たるアレクシアには奇妙な信頼すら覚えている。


「それがどうした。俺は俺の行くべき道を行く。脅しになるとでも思うのか」


「……どういうことだ? 貴様は、皇女の手先ではないのか?」


 知らん。とアルバートは返す。

 ソロンが一瞬うろたえて、その隙を待っていたアルバートは背中を向けて駆け出した。


「き、貴様! 風の神よ!! 嵐の神よ!!」


 竜巻か。と呪文を聞き取ったアルバートはジグザグに走る。

 ソロンは舌打ちをして、その軌道の中央に向けて魔法を放った。


「ソロン、感謝してやるよ」


 アルバートは呟く。ランカスターで一度見た竜巻。

 防御陣地を吹き飛ばしたそれは、外に向けて吹いていることは知っている。

 彼はそのまま吹き飛ばされることにした。


「んなっ!! や、やりすぎた……クソッ!! 調子が良すぎる!!」


 遠く離れた城門すら崩壊させるほどの強烈な竜巻を放ったソロンは、久しく覚えていない全盛期の自分に愕然として。


「アルバート!! 逃さんぞ!!」


 急遽身体強化に切り替えて、慌てて彼が吹き飛ばされた方向へ走っていく。

 ただいくら強化しても老人の体。足は思うように上がらず、数歩走っては心臓が悲鳴を上げる。

 身体強化に耐えられる体力もないのかワシは!!!! と自分の老化に猛烈な悪態をつきながら、ソロンは必死の形相で小さくなるアルバートの背中を見上げ、苛立っていた。


「全くソロン、お前は本当に抜けておるな。まぁ今回は無理もないが」


 そこにアストライアから事情を知らされた皇帝が、皇帝直轄軍の兵士たちを連れて駆けつけた。

 ランカスター街道での彼の活躍を知っていた皇帝は、兵士たちから聞かされた、彼の人知を超えた肉体について既に見当がついている。

 直轄軍の兵士にアルバートを追わせ自らも行こうと準備を整えた皇帝に、ソロンが弁解をしようと返答した。


「こ、皇帝陛下。これは……」


「足止めは評価するが、逃したのもお前。城門の修理費はお前持ちだ」


「ははぁ……」


 頭を下げるソロン。

 カネがないのでな。国としては。と呆れたような悲しいような顔で皇帝は笑う。

 

「まぁ、奴がおそらく真のランカスター王だろうから、上出来だ。あとは俺がやる」


 真のランカスター王? と首をかしげるソロン。ただその疑問に皇帝は答えない。

 そして皇帝は、自分の息子の方を一瞥もせずに言い放った。


「貴様は、なぜそこに立ち尽くしている。次期皇帝の自覚はないのか?」


 言葉に詰まるベネディクトに、皇帝はため息をついた。

 本当にこの息子は役に立たん。市民からそれなりに支持をされておきながら、神の力の片鱗にすらたどり着けないとは。と、心底期待はずれだった彼を軽蔑している。


「……人気取りしかできぬ無能が」


 皇帝の小さな呟きは、ベネディクトの耳に確かに届いた。

 屈辱と悔しさに拳を震わせて、しかしそれでも何も言えずに頭を下げる。

 だがしかしとっくに成人を超えた彼の胸に、この時やっと本当の意味で自覚が宿ったことに、皇帝が気づくことはなかった。



――オーリオーン城外、城下町



 あっちだ!! 逃がすなよ!! と大声がして。

 ぱひゅん。と音がした瞬間、アルバートの背中に激痛が走る。


「ぐっ!! ドラグーンか……」


 身体強化をかけっぱなしで良かったと安堵して、背後から追いかける数十人の精鋭たちがそれを装備していることを察した。

 当たり前か。あの戦いで数丁奪われたんだ。同じものくらい用意できるよな。と理解して、それが自分の知っているものよりも小さい音なことに気づく。


「ペルサキスでは新型は作っていなかったはずだが……いや、アレクシアの父、何をしてきても不思議じゃないか……」


 肩に抱えたシェアトを隠すように前に抱くと、更に続けて大量の銃声と弾丸の嵐が彼を掠めたことで、アルバートは驚いた。


「連射できるのか……参ったな」


 一旦路地裏に身を潜めて弾幕をやり過ごす。

 壁から顔を出すと、反撃がなかったことを確認した兵士たちが更に前進してきているのが見えた。

 手の動きで互いに連携を取り、それぞれ新型のドラグーンを構えたまま、遮蔽物に隠れながらじわじわとにじり寄る。


「エリザベスの戦術まで模倣してるのか。誇りってもんがないな。いい意味で」


 ともかく、長居はできないな。と判断したアルバートが、一度身を晒してでも駆け抜けようとした瞬間、聞き慣れた銃声が響き渡った。

 最前列にいた兵士の一人が打ち倒され、精鋭たちは一斉に隠れながら銃声のした方へ射撃を行う。

 アルバートがその援護射撃の主を探そうと目を凝らすと、屋根の上に昇る満月を背にして、琥珀色の鋭い眼光が浮かんでいるのが見えた。


「ミラン!」


 思わず口をついた彼女の名前は銃声にかき消され、琥珀色の眼光の主は立てた親指を後ろに倒し、アルバートに走るように促す。

 彼が頷き走り出すと、背後の銃撃戦は激しさを増した。


――


「さて、弾は十五、相手は……三十? まぁ赤字ですねぇこれ」


 港で待つリブラ商会の人間が二人を見つければ、任務はこれで終わりなのだが。

 ただ彼女の目線の先には皇帝直轄軍の精鋭部隊。しかも半年前に誇りを粉砕され、今度はアルバートに勝つためにとこれまでの全てを捨てて鍛え直した最強の兵士たち。

 ミランはそんな彼らからの銃撃が止むのを屋根に隠れて待ちながら、深くため息をついた。


「やってらんないですよもう。割りに合わない仕事ですね」


 ミラク本国議会から任された仕事。連合国盟主アルフェラッツの鼻をへし折るために絶対に成功させろとうるさく言ってきたので、部下たちが死ぬくらいならと仕方なく自分が引き受けた。

 正直自分でも厳しいとは思っていたのだが、アルバートのおかげで勝ち筋が見えたのだ。

 ただ一向に止まない銃声に苛ついて、彼女は少し文句を言いたくなった。


「向こうのドラグーンはなんなんですかねほんと。一丁盗んでペルサキスに売りつけます?」


 まぁ生きて帰らなきゃいけないんですが。と深呼吸をして、次に銃声が止んだ瞬間に倒す一人の位置を音だけで割り出す。

 そろそろこの家の屋根も限界だ。一発撃ったらすぐに移動する。これで行こうと彼女が計画を立てていると、馬が走ってくる音がする。それに気づいた直轄軍の兵士が銃撃をやめた瞬間、彼女はその馬の主に向けて射撃をして、思い切り飛び立った。


「……アルバートの協力者か。いい腕だな。しかもあの気配、見覚えがある」


 馬の主、皇帝アポロン四世は額から血を流して、感慨深げに呟く。

 本当は結構痛かったのだが、部下の手前、必死に歯を食いしばって耐えていた。


「こ、皇帝陛下、お怪我は……」


「ふん。貴様らはさっさとアルバートを追え。あの狙撃手は追い払っておく」


 城下町を破壊するわけにもいかんのでな。と皇帝は直轄軍を進ませる。

 彼らに向けられた銃撃を風魔法で逸らし、一人になったところで額の傷を拭き、ミランがいるであろう方角に向けて眼光を飛ばした。


「この俺に傷をつけたな。絶対に殺してやる」


 怒りに燃える、アレクシアと同じ虹色の瞳。

 少なくとも彼女の性格の大半はこの父親譲りであった。

 

「逃げましょ」


 その殺気を感じたミランはドラグーンを捨て、迷いなく逃げ去る。

 消術という新しい魔法には慣れていないが、夜の闇に紛れるくらいはできるだろう。としばらく進んで辺りを見回したところで、殺気が真っ直ぐに走って来るのを感じた。


 嘘でしょ。と血の気が引く。

 振り返ると、全身から湯気のように殺気を漂わせた男が馬上から見下ろしていた。


「……彼なら逃げましたよ」


 自分を追う? なぜ? シェアト王女を逃さないことが第一だったはずでは? とミランは混乱する。皇帝はその彼女に対して、にこやかに微笑んで返答した。


「あちらは正直どうでも良くてな。貴様の方が価値のある獲物だろう、ミラクの女王。女狼といったほうがいいか? 三十年ぶりくらいになるが、随分若作りをしているようだ」


「帝国人は失礼ですねほんと。私の歳は国家機密でして。それにこっちはあなたみたいなジジイは覚えてませんよ。美青年だった頃のアポロン四世と、超美女だったディミトラちゃんの結婚式なら覚えてますけど」


「連合国人は無礼だな。まぁいい。貴様ならこの地で俺に抵抗することが無駄だと分かっているだろうに」


 諦めろ。と諭すアポロン四世。しかしミランは彼の目を見据えて、歯を剥いた笑顔でそれを拒否する。


「こっちも国民背負ってるので。私だってバレてるんなら負ける訳には行かなくなりましたし、それに……」


 ん? と皇帝が眉をひそめる。


「この地で女神の加護を受けているのは、あなたたちだけじゃないので」


「女神のことを知っている……? 貴様! まさかその姿は、本当に歳を取っていないのか!」


 あの女神め。黙っていたな! と皇帝は激怒した。

 連合国に渡った女神の信者が立てたミラクという国、その中のひとりの……それも女王。ただ人間の枠に収まっているだけで、こいつ……!

 

「ここ、最初は『お母様』の墓として作られた都市ですからね。あなたほどではないですが、それなりに力は使えますよ」


「ふふふ……良く数百年も隠れていたものだな……」


「女神の力を求めていたのも隠したのも、あなたたち一族だけですよ。こんなもの邪魔でしかないですし」


 アストライアの娘! と皇帝は確信を持った。それが数百年もこの大陸で、しかも連合国に潜んでいた、神祖アポロンすら知らなかった事実を知った彼。

 少し考えを整理すると、口角を上げて心の底からの笑顔を浮かべた。


「貴様にはわからんだろう。帝国の民を導くのに、それがどんなに重要か」


「何百年も女王やってますけど、使わなくても特に困ってないですよ。人間は強いので」


 その笑顔に、ミランも笑顔を浮かべて返す。

 皇帝は空に手をかざし、軽く拳を握る。光の魔法で形作られた大剣を虚空から引き抜くように構え、その虹色の瞳が輝きを増す。


「貴様は生かして囚える。アストライアの肉になってもらうぞ。そしてこの帝国がアレクシアという最大の驚異を乗り越えるための、礎となってもらう」


「嫌ですよ。子離れできない母親とかみっともないですし。子離れできない父親も大概ですけどね」


 ミランは挑発で返し、脚に身体強化を注ぎ込むと、逃げるためのルートを探す。

 二人が睨み合っていると、誰かの絶叫と共に、虹の刃が皇帝を襲った。


「エクスカリバァァァァァァァァ!!!!!」


「ッ!!!」


 とっさに光の剣でそれを受け止めた皇帝が、勢いを殺しきれず馬上から叩き落され、膝をつく。

 その声の主はミランを抱え上げ、皇帝に向かって剣を向けた。


「すまない、遅くなった。シェアト様は無事に逃した。行くぞミラン」


「あらかっこいい。……この地で運が良いのは『娘』の私だったようですね、アポロン四世」


 ミランはアルバートの腕の中で皇帝に手を振り、彼の胸に手をかざす。

 直轄軍の精鋭に蜂の巣にされてズタボロの皮膚がみるみるうちに修復されて、彼は驚いた。


「ミラン、これは……?」


「お礼です。シェアト王女には内緒ですよ?」


 あぁ、分かった……と大人しく頷いて、アルバートは走り出す。

 必死で追いかける皇帝と兵士たちを振り切り、北部港近くの岸壁へ辿り着いた彼らは迷いなく海に飛び込んだ。


――


「クソが!! やられた!! アルバートも、ミランも逃した!!」


「ここから飛び込めば普通は死にますよ陛下……」


「普通じゃねぇんだよ奴らは!! 周辺の船を全て臨検しろ!! 全てだ!!」


 しばらくの後に、彼らの足跡を追って皇帝と兵士たちが辿り着く。

 岸壁に無残に散る波を見た兵士たちは愕然としてへたり込み、子供のように地団駄を踏むアポロン四世の怨嗟の絶叫が、朝日が登り始める穏やかな春の海に虚しくこだました。

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