第三話:遥か遠き祖国
前回のあらすじ!
アンドロメダ連合国王女、逮捕。オーリオーン城不法侵入。
帝国議会の発表によると、昨夜未明、アンドロメダ連合国盟主アルフェラッツ国第一王女シェアト・アルフェラッツを不法侵入の罪で現行犯逮捕したとのこと。
彼女の発見には隻腕の聖女ことアストライア様が大きく貢献しており、近々皇帝陛下より勲章が授与される。授与式の場ではアストライア様による治癒の奇跡の抽選会も同時に行われる。抽選券の配布は……
――『帝国新聞』 帝国暦99年5月2週発行より抜粋。
シェアト第一王女逮捕。帝国議会からの圧力か。
我らが友邦たるアルフェラッツ国王女が逮捕された。ご友人として知られるアレクシア皇女殿下への取材では『答えられる立場にない』とのこと。
リブラ商会の一員として我らがペルサキスに多大な貢献をしてきた彼女の逮捕で、商会は帝国中央部からの撤退を強要される恐れがある。逮捕に協力したという女が、それによって大きく利益を受ける帝国議会貴族のと関係を持っている可能性が高い。
――『ペルサキス新聞』帝国暦99年5月10日発行より抜粋。
アルフェラッツ王女シェアト、逮捕。
帝国議会からの発表によると、オーリオーン城への不法侵入の現行犯逮捕とのこと。アレクシア皇女殿下は『帝国と連合国の友情に亀裂を入れる行為であり、許しがたい』と非難した。
――『ペルサキス新聞』帝国暦99年5月10日 ※『役人提出用』と角に小さく記入されている。
――シェアトが出ていった後、アレクシアとヘルマンは話し合っていた。
「……まぁいいですわ。スピロが帰ってきますので、彼と新しい貿易先の開拓をお願いしますわ。貴方はこっちの連絡役ですけれど」
あぁ、普通の仕事だ……よかった……! と内心でガッツポーズをした彼だが、意外な名前に思わず聞き返した。
「あれ? まだ一年はかかるかと思ってたんですが。あいつ諦めたんですかね?」
自分に会長の座を押し付けて財産はおろか貴族という身分すら売り渡して、世界一周の冒険に出た愛すべき馬鹿で盟友、スピロの顔を思い出し懐かしむヘルマン。
彼がこんなに早く帰ってくるということは、途中で病気にでもかかったのだろうか。帰ってこないよりは嬉しいのだが……と感慨深げにうんうんと頷く。
しかし、それは違いますわねぇ。とアレクシアは指を振った。
「海を渡って遥か西方……この星の裏側ですわね……イズミノクニという孤島の島国で、面白いものを見つけてきたとのことですわ。彼の国の使者を連れてもうランカスターに着いたそうですの」
「はぇー。そんな遠くから持ってくる価値のあるものですか。金とかです?」
数日前にランカスター南部港に辿り着いた一隻の、船体に大きな翼のついた帆船。
この星の裏側からたった二ヶ月で辿り着いたという彼らからの献上品と、それとは別に届けられた荷物。
ヘルマンにはまだ知らされていなかったが、受け取ったアレクシアは大いに喜んでいた。
「金なんかよりよっぽど価値がありますわ」
自信満々で言い切るアレクシアに、ヘルマンは不思議そうな顔をして。
ただ彼女が言うのであれば、それは正しいのだろうと納得した。
――数日後、ペルサキス城
翌月に控えたアレクシアとニキアスの結婚式に備え、慌ただしく準備が進められるペルサキス城。
ゼノンの処刑が前座として行われるかもしれない、だとかペルサキスを讃える歌が納品されるかもしれないから音楽祭を開くかもしれないだとか、未確定なことが多く壮絶に頭を悩ませる官僚たちを尻目に、当事者の二人は他人事のように別のことをしている。
ニキアスは軍を動員して修復工事と、ゼノンに与してアレクシアの護衛を怠った者たちの粛清を行い風紀の引き締めに当たり、彼女はというと……。
「んふふ、うふふ。お久しぶりですわねスピロ。素晴らしい成果ですの」
「お褒めいただき何よりにございます。……資金供与の件、よろしくお願いいたします」
変な笑いを漏らしながら、玉座に座るアレクシアは満足そうに笑う。
スピロは深々と頭を垂れて、すっからかんになった資金の供与を乞うていた。
「もちろんですの! ただ、すぐにとはいきませんのよ。貴方の発見した貿易航路をリブラ商会に引き継ぎ、イズミノクニとの交易が安定してからになりますわね」
ぶっちゃけ現金ないし。という本音は隠し、アレクシアは仕事を命じる。
ただスピロは彼の夢、世界一周の冒険に向けてその命令を飲んだ。
「存じております。しかしあのトビイシというものはそんなに価値のあるものなのですか? 翼船はあまり重量を運べないですし、操縦も途方もなく難易度が高いですし、やはり普通の船のほうが」
『飛石』――通電すると一定の方向に斥力を発生させる鉱石。
この時代はイズミノクニでしか産出されなかった、非常に希少な物質である。
彼の国では飛石を乾いた布で摩擦することによって静電気を発生させて、その斥力によって船体を浮き上がらせ、海上を滑るように高速で航行する翼船を生み出していた。
実物を見たアレクシアが、まるでSFですのよ!? と驚いていた記録が残されている。
「そりゃあもう。歴史が変わりましてよ。安定性についてはともかく、重量制限については無制限になりますわねぇ」
疑問を浮かべるスピロに対して、アレクシアは自信満々に言い切る。
クリアするための方法は既にドラグーンで実証した。原理への理解などなくても、出来上がる結果さえ知っていればそれっぽい装置を作ればいい。適当に考えた呪文でも唱えさせることで科学を魔法にすり替えて、十分に使用に堪えるものが出来上がるはず。
にやにやと笑うアレクシアに、不思議そうな顔をしたスピロが話を進めた。
「はぁ。では可能な限り購入できるように取引いたします。対価については、彼の国では鉄が採れないそうなので、そちらでと考えております」
「てててて鉄でいいんですの!? え、えぇ、いくらでもどうぞ。末永く付き合いたい相手ですので、そのように良く取り計らうことをお願いしますわね」
ペルサキスの良質な鉄を、あとでイズミノクニの使者に会うときに持ち帰らせてやろう。それでなるべく沢山購入すれば、きっと帝国軍との数の差をひっくり返す軍隊が出来上がる。
ニキアスにその構想を説明しなければ。ここに来てまさに渡りに船ですわね。とアレクシアは頬が緩むのを感じていた。
「それではイズミノクニの使者を呼びますので……通訳はわたくしめが」
「……えぇ。多分必要ありませんけれど」
? とスピロは首を傾げ、アレクシアも眉間に皺を寄せて何かを考え込むような素振りをする。
しばらくして連れてこられた使者の格好を見て、彼女の推測は確信に変わった。
美しい紺色の着物を着て、長い髪を頭頂部でまとめる特徴的な髪型をした男。
彼は厳かに頭を下げると、一生懸命練習したのであろう帝国語で挨拶をした。
「アレクシア様、イズミノクニから参りましタ、ゴオウ・サイゾウと申しまス。この度は……」
彼の挨拶を聞きながら、アレクシアは母音をしっかり発音する、懐かしさを感じる訛りに胸が高鳴っていた。
あぁ、懐かしき言葉。自分はまだ喋れるかしら? と彼の挨拶に答えてみる。
「頭を上げてよろしくてよ。わたくし個人としては、貴方がた和泉国には好意を持っております」
サイゾウとスピロは目を丸くして、目の前の少女が流暢な和泉語を話しだしたことに驚いた。
たった数日で? 全く文法も発音も違う言葉を? と、船の中でお互い言葉を教え合っていた二人共引き攣った表情でアレクシアの顔を見る。その視線を受け取ったアレクシアは苦笑いで手を振った。
「ま、予想通りと行ったところですわね。飛石と鉄の交易については聞いております。全面的に許可をしますわ。しかし幸運ですわねサイゾウ、この世界で最良の鉄を作ることができるのはこのペルサキスですので、そちらの皇帝にはいい報告ができますわよ」
アレクシアは続けて流暢な和泉語で話す。スピロはその自然な速度を聞き取れず、サイゾウは自分がここまで来たことは無駄でなかった事にほっとしたように頷き、言葉を返した。
「ありがたき幸せにございます、アレクシア様。しかし、我々の言葉をどちらで……?」
彼の純粋な疑問をアレクシアははぐらかすように笑って。
「ま、いいでしょう。そんなことより飛石以外にも、あの翼船に使われている魔術に興味がありますの。良ければ交易だけでなく技術的な交流も行いたいのですが、そちらの皇帝は何と?」
「天帝は私に全権を与えられましたので、私から。この『ぺるさきす』という都市は、我々から見て百年は先に進んでおります。一方我々が引けを取らないと自負できるものもあります。……つまり、互いの利益になると確信しております」
だそうですよ。スピロ。とアレクシアは帝国語に切り替えていきなり振る。
二人の和泉語を聞き取るのに精一杯だった彼は、頭を混乱させながらもなんとか返事をした。
「えぇと……すみません。多分、研究者を連れてイズミノクニに行け、ということですか?」
「よくできましたわ。それでは成果を楽しみにしていますわね」
技術、交流、互いの利益となんとか追いつけた単語を抜き出して彼は必死に考えた結果。
合っていたようで、アレクシアの笑顔を見た彼はホッとしたため息をついた。
既にプテラノドンを用いた空軍が完成していたペルサキス。
この交易で得た資源と技術を総動員して、雷神アレクシアが操る世界初にして人類が宇宙に進出するまでの間、史上最大と称された巨大魔法兵器、空の要塞アトラースが生み出される。
謁見を終え、すぐさま大学に飛んだアレクシアはしばらく引きこもって研究に没頭していたせいで、シェアトが囚われたという知らせを聞き逃した。




