第二話:神々の密約
前回のあらすじ!
アストライア。と彼女は名乗った。
貧民街で病人や怪我人を魔法で治癒しているという女の噂を聞き、調査に向かわせた兵士が連れ帰ってきた片腕の女。
その神々しい雰囲気に圧倒されていると、彼女は優しく私の頬を撫でた。
――ベネディクト=オーリオーンの手記 帝国暦末頃
――オーリオーン城に到着したシェアト。
玉座の間に通された彼女は儀礼的に跪き、皇帝アポロン四世と皇太子ベネディクトの到着を待つ。
やがて入室した皇帝は彼女に顔をあげさせ、話を始めた。
「シェアト王女。会うのは初めてであるな。年末の災害については哀悼の意を表す。要件を述べるが良い」
「もったいないお言葉にございます。皇帝陛下。この度は、ゼノン=オーリオーンの件について、連合国の立場からお願いと、アレクシア皇女殿下からの言伝を持って参りました」
ふん。とアポロン四世は鼻を鳴らす。
ゼノンが結局失敗したことは想定通り。奴が何の成果も得られないまま囚えられ、そして処刑される予定だろうという事は掴んでいた。
しかしそれを連合国の王女を使って告げに来るとは。と彼はしかめっ面で、アレクシアの作成した調書を読む。
「納得した。良い。帝国として、ペルサキスの正当性を保証する」
しばらくそれを読んだ皇帝が頷く。
わざわざ連合国の王女を使いによこして、アレクシアは脅しているつもりだろう。もし逆らうなら大河を連合国に明け渡し、こちらと戦うつもりでいるのだろうな。……まず勝てるだろうが、被害が大きすぎる。
そう、皇帝は判断した。
「そのように皇女殿下には伝えておきます。そして我々の立場としても、連合国民の受け入れを行っていただいている以上、彼女の意に賛成にございますので」
「そうであろうな。シェアト=アルフェラッツ」
皇帝の余裕そうな態度に、最初から見透かされていたのか。とシェアトは感じた。
自分の弟を処刑するというアレクシアの宣言、それを予め知っていたように何の感情もなく受け取って、この皇帝は何を考えている? そう彼女が推理を進めていると皇帝が続けて口を開く。
「アレクシアの食い物にされている自覚はあるのか?」
罵倒めいた質問に、シェアトの拳が震える。
食い物に? 何を言っているんだ。わたしたちは自らの幸福のために喜んでアレクシアに協力をしているというのに。帝国貴族の、歪んだ自尊心の頂点がふざけたことを。と怒りが募った。
「シェアト殿、陛下の言葉は行き違いがある。……ゼノンを囚えたことはアレクシアの手柄。わざわざ連合国の王女を小間使いにして伝える必要のあることではない。と陛下はアレクシアに対して怒っていらっしゃるのだ」
皇帝の言葉を、ベネディクトが取り繕う。
しかし彼もまたシェアトを小間使いと侮るような発言をしたことで、彼女の唇が震えた。
「わたしはあくまで、連合国としての意見を述べたまでにございます。……皇帝陛下、皇太子殿下、どうか我々と末永い友好を」
「朕とて戦争をしたくはない。仕掛けてくるならば別であるが」
どうせそのつもりだろう。アレクシアも、この小娘も。
あの悪魔の薬の流通に関しては随分手こずらされた。なんとか首都ではこれ以上の汚染を食い止めたものの、手遅れになった連合国はもうアレクシアに隷属するしか無いのだろうに。
そう皇帝は判断していて、既に彼らが一蓮托生になっていることを咎めるように牽制した。
「我々はアレクシアに仕えているのではなく、あくまで帝国と連合国の友好を願っているのです」
図星を付かれたシェアトは、かろうじて反論する。
くだらん嘘を。と皇帝は少女の考えを見透かして、無言で笑った。
――シェアトが退出して、皇帝はベネディクトの方を見る。
「アレクシアもさぞ喜んでいるだろう。便利な女だ。それで、ベネディクト。あの聖女はどうした」
「魔法を使いすぎたと、休んでいます。彼女はこちらの切り札ですから、見せておいたほうが良かったのでは?」
「どうせペルサキスもどこかから情報は掴んでいるだろう。だから先の小娘が来たのだろうな」
は? とベネディクトの頭に疑問がよぎる。
その疑問に答えるように皇帝は続けた。
「不死の魔法将軍。奴の母親だ。聖女の魔法を見て感じたが、あらゆる傷や病を癒す……おそらく同質の魔法だろう。噂を聞いて、わざわざ確かめに来たといったところか」
「会えなかったわけですし、諦めて帰るでしょう。彼女が去るまでは抽選会もしないことにいたします」
ベネディクトがそう答えると、皇帝は自分の息子の見通しの甘さに少し苛ついて、彼が理解できるように話を続けた。
「先の謁見は相当な屈辱に感じているだろう。だからあの小娘は絶対に聖女を探りに来る。小娘の手の者をうまく囚えられれば、役に立つ手札になるのだよ」
病から完全に復帰し、聖女アストライアのおかげで信仰を取り戻しつつある皇帝は力強く歯を剥いた笑顔で愉快そうに笑う。
「それに聖女とは少し話をしたいと思っていたからな」
そう言ってベネディクトに案内をさせた皇帝は、アストライアに与えた部屋の扉を叩く。
中からドタバタと音がして、その扉が僅かに開いた。
「……どなたでしょうか? わたくしは今日は休みたいのですけれど……」
皇帝は手を振ってベネディクトを下がらせる。
首を傾げながら追い出された彼を尻目に、中へ入った皇帝は扉を閉めた。
「休む、と言うなら寝ていて構わん。本当に必要があるのならな」
「……!」
え、なんですのこの男? とアストライアは驚いた。
しかし大人しくベッドに入り、芝居がかった口調で体調の悪さを告げたところで、皇帝は笑い出す。
「人間の体の良し悪しくらい魔力の動きでわかる。……無論、貴様が人間でないこともな」
当然、アポロン四世も信仰を受ける身。神祖アポロンの遺した書物を受け継いだ彼は、神の力の扱いにも慣れている。
そしてその皇帝は、目の前で臥せって見せるアストライアと名乗る女が、自分と同質の存在であることを見抜いた。
最初にベネディクトが連れてきたときから既に疑っていたが、まじまじと見るその女は、やはり人の皮を着た何か異質なものであることに間違いはない。
「…………アポロンの直系は流石ですわね。ベネディクトは騙せていますのに」
アストライアは素直に驚いた。アレクシアですら、シェアトに化けた自分に気づかなかったというのに。肉の体を得てより生者に近づいた自分に良く気づけたものだと感心して、笑顔で手を叩いた。
「あれは法で決まった後継者だ。神の力の強弱で決めていたなら、アレクシアが既に皇帝になっている」
「あら、やはりかなり多くを知っていますのね」
「神祖の書には女神アストライア……貴様についての記述もある。ただ神祖とは違い、朕は貴様の協力者になるがな」
信仰を集めるために本名を名乗ったのは、不可抗力だったが失敗だったかもしれない。と彼女は苦い顔をする。
ただ皇帝が協力者だと言ったことに、少し疑問を覚えた。
「……どういうことですの? アポロンはわたくしの呪いを都合よく書き換えた優秀な男でしたが、同時にわたくしの力を奪おうとした敵でしたのに。神祖の書とかいうのも、わたくしと皇帝を繋いで力を奪うための呪文が書き連ねてありますのに」
今は逆に利用して皇帝の力を奪っていることを彼女は黙っていたが、彼女がアレクシアにちょっかいを掛けるタイミングでことごとく皇帝が体調不良になっている原因がまさにそれであった。
ただ皇帝は、アレクシアが自身の信仰を奪った結果だと信じていたのだが。
「神祖は神祖だ。朕には貴様の力が必要なのだ」
「はぁ。都合のいい話ですわね」
都合のいいのはそちらだろう。勝手に聖女などと言って活動をしおって。と皇帝は呆れた顔をしたが、そういえば神祖の書は女神の人格に対する悪口が半分くらいのページを占めていたことを思い出して増々呆れた顔をした。
それを無視して、アストライアは問いかける。
「……わたくしに協力といったところで、わたくしの目的は分かっていますの?」
「神祖の書の記述と、貴様の今の姿を見ての推測になるが。顕現を目指していたという割には、肉体が合っていないようだし……」
今この時代に丁度いい肉体が現れたから、それを奪うために力を取り戻している途中だろう。
しかも神の力を取り戻してまで奪わなければいけない相手、しかも女神アストライアに最適な体の持ち主など一人しかいない。
「アレクシアの肉体を依り代にする。違うか?」
「……その通りですわ……貴方の娘ですのに、冷静ですわね」
向こうは復讐する気満々でしたわよ。とは聞かれてないので言わない。
自分のことが完全に把握されているのなら、このアポロンの子孫の協力を受けるというのも一つの手段かと、アストライアは納得した。
「はぁ。嫌になりますわねぇ。しかしわたくしの願いを叶えるつもりなら、仕方ありませんわね」
貴方の願いを聞きますのよ。と悔しそうな顔で尋ねたアストライア。
皇帝は少し言いよどんで、やがて決心して告げる。
「アレクシアの……帝国に、いやこの世界に災いをもたらす悪魔の討伐。あれの肉体は貴様の好きにすればいい」
まぁ公平に見て、彼女のやっていることの多くは割と民のためになっていますけれど。あの薬は最悪ですが。とアストライアは悪魔とまで言われるアレクシアに少しだけ同情をした。
しかし同時に自分の役に立つならと喜んで皇帝の申し出を受ける。
「それでしたら喜んで。いい取引ですわね」
「そうであろう。……これから恐らく、シェアトという小娘が貴様の魔法を探りに来る。貴様の正体を知られるわけには行かないからな。奴が首都にいる間、奴の前で魔法を使うな」
シェアト……? あぁ、アレクシアの手下の。便利な顔でしたわねぇ。と思い出した彼女は、皇帝の言葉に頷いた。
「なるほど。ではしばらくは貴方の言うことを聞いておきましょう。アレクシアの肉体を得たら、この帝国の神として祀ってもらいますのよ? それとわたくしの墓も厳重に守ること。この地でわたくしが自由に魔法を使えるのは、わたくしが埋葬されているからだと理解してくださいませ」
「ふん。この帝国で、朕だけが神である必要はない。まして少し信仰が失われた程度で弱る神など。まぁ、貴様の墓は綺麗にしてやろう。貴様を弱らせるために百年以上掃除をしていないからな」
皇帝と女神は少しの間見つめ合い、お互い自嘲気味に笑いあった。
――やがて皇帝が部屋を出ると、扉の外でベネディクトが寝ている。
「……ふむ。やられたか」
背後から一撃、といったところか。殺してもいない、鮮やかな手並みだな。と彼の体を調べていた皇帝が呟く。
その後ろから女神が声をかけた。
「隠す暇もなかったとなると、そう遠くへは行っていなさそうですわね。探しましょうか」
多分シェアトだろう。と二人は判断して、会話を聞かれたかと焦る。
手分けして探そうと二人がそれぞれ歩き出した時、一人の少女が隣の部屋のクローゼットの中で口を抑えて震えていた。
「(……あぁ、アレクシア、わたしの女神、どうかわたしを生きて帰らせてください……おねがいします……)」
聞いてしまった。聞いてしまった。あの、アンナと同じ声をした女が女神だと。しかも皇帝はアレクシアを殺すために、彼女と協力関係にあると。
そして自分が潜入しているのもバレて、一つ一つ部屋を探りながらこちらへ来る。
消術で気配を消した彼女はひたすらに祈りを捧げ、脱出できる機をうかがう。
来なければよかったと後悔をしていた。迂闊に探りに来たことは失敗だった。聖女を消そうなどと考えなければ、こんなことにはならなかったのに。
しかも気づいてしまった。女神は伝承と呪いの中で生きていて、神祖アポロンが彼女の力を奪うために書いた呪文書を通して逆に皇帝の力を吸っているのだと。さらに女神はこの地に埋葬されているから、皇帝と女神の本拠地である首都では全てが彼女の都合のいいように働いてしまう。つまり逃げられる訳が……
「あらあらあらあら、シェアトさん。こんなところにいましたのね」
唐突に開け放たれた扉の向こうに、見覚えのある顔が邪悪に歪む。
「……アンナさん……?」
シェアトは絶望と恐怖のあまり表情を失った。




