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第十五話:寝起きの皇女

前回のあらすじ!



(前略)当時のペルサキス市の識字率は高めに見積もって6割程度、低く見積もっても4割は超えると推測されている。これは当時世界一の水準であり、最も豊かで高い教育の施された都市であったと言える。


――『高校世界史教科書』 改訂版、193頁より。



完成した宮殿を見て、ランカスター王…………は喜んだ。彼の城を少し小さくしたこの城は…………と名付けられた。…………大河を望む美しい風景。色とりどりの植物が植えられた中庭。彼は夏になると涼しいこの宮殿で過ごすのを好んだ。


――ランカスター王国時代のものと思われる手記 虫食いが多く詳細不明。帝国暦4年ごろ、ペルサキス城にて発見。

 暫く呆然とアレクシアの逃げていった方を見つめていた四人だったが、シェアトはクスクスと笑いだす。

 アルバートは隣のアンナに耳打ちした。


「えぇと……今のお方がアレクシア皇女殿下だ。寝起きのようだが……」


「……あれが皇女殿下……」


 アレクシアを直接見たことのないアンナは呆然と眺めていた。

 話に聞くアレクシアは超常的で、絶対的な支配者でかつ天の遣わした優秀な統治者。

 しかし今走り去っていったのはただの寝ぼけた少女だった。


 一方ボレアスが呆然としていたのは罪悪感からだった。

 軍人として、彼もあの日あの場所であの雷の奇跡を目撃していた。連合国との戦争が終わったおかげで夜はぐっすり寝られて、旅行へ赴くシェアトの護衛などという前線に比べたらよっぽど気楽で楽しい任務に抜擢された。

 しかし自分の仕える君主が激務で滅多にこの屋敷に帰らないことを分かっていた彼は、たまの休日すら遊びもせずに寝ることくらいしかできない姿を目撃してアレクシアへの畏敬の念を強めていた。


「アレクシア様……我々のために仕事をしているから……」


 そう口から漏らすボレアスは、感極まって目に熱いものがこみ上げてきた。

 目頭をハンカチで押さえながら静かに涙する彼の肩を、優しくシェアトが叩く。


「ボレアスさんったら……皆さんの働きのおかげで、アレクシアもたまにゆっくり出来るのですよ」


「シェアト様……」


 自分たちはあんな少女の小さな背中に背負われているのか……シェアトが旅路の最中にアレクシアの偉大さについて滾々と説教してきた理由がよく分かる。

 こんな素晴らしい君主を抱けるとは。我々が支えなければとボレアスは強く決意した。



――とんだハプニングがありつつ、時間を置いて次々と料理が運ばれてくる。 

 

 時間を置いて調理したての料理が一品ずつ運ばれるスタイルは、冷めた料理を食べたくないとわがままを言った幼い頃のアレクシアのためにオーリオーン城の料理長が考案したものだ。いちいち食器を交換するために非常に手間がかかるのだが、その丁寧さが帝国貴族の間で人気を博し、今では少人数をもてなす場での最上級の礼儀作法にすらなっている。


 旬であったり珍しい食事を提供できるかも貴族の格の見せ所になっており、前世の記憶のおかげで味にやたらとうるさいアレクシアの好みに合わせて考えられた料理は特に人気が高く、レシピ本も売られている。

 

ーー帝国産の生ハムと葉野菜の小さなサラダから始まり、数日煮込んだ牛骨とコンソメのスープ、この時期に大河を遡る獲れたばかりの鮭と旬のキノコの網焼き、地下水でよく冷やしたランカスター産きゅうりの浅漬けで口をさっぱりさせて、カラフルな野菜が添えられた牛腰肉のステーキ、帝国各地から取り寄せた様々な種類のチーズ、北部ではこの時期が旬の桃、そしてチョコレートのケーキと続く。


 勿論目を楽しませるためにも趣向が凝らされ、ソースだけでなく香辛料や薬味野菜を添えて見ているだけでも飽きが来ないような料理が考案されていた。



「おお……」


「あぁ……」


 食前酒で軽く乾杯をし、サラダをひとくち食べた瞬間からアルバートとアンナが口を抑えて揃って唸る。卵黄に酢と塩、油を混ぜたドレッシングの食べたこともない風味が食欲をそそる。


「美味しいですよねそのドレッシング。まよねーず? って言うらしいんですけど」


 シェアトは上品に食器を動かしながら二人に笑いかけた。こくこくと頷く二人を見て、満足そうに雑談を続ける。

 この料理からも分かるように、彼女から帝国を眺めてペルサキスはどんなに優れているか。そしてアルフェラッツは彼らと手を取り未来に向けて進んでいくと決めたこと。いずれ連合国全体としても仲良く発展していきたいということ。

 スープ、魚、箸休めをして肉、酒のお供にチーズ、そして果物に甘味……と続くにつれて、どんどん深く続いていく話は、やがてランカスターの事情にも差し掛かった。


「……アレクシアは素晴らしい方です。わたしたち連合国と同じように天の神を崇め、皇帝を崇拝しないあなた方でも、彼女のことは尊敬できるのでは?」


「シェアト様、……アレクシア様に関しては同意ですが……流石にそれは禁句で……」


「ボレアスさん、それは帝国の事情でしょう? わたしは連合国人として、ランカスター人に聞いているのです」


 楽しく話をしていたボレアスの顔が青ざめ、アルバートのケーキを切る手が止まる。シェアトはボレアスを手で制すると、アルバートの目を見た。

 確かにそれはそうだ。敵だとは思っていたが、このたった一日だけでわかる。彼女は本当にこのペルサキスの平和と発展のために働いている。それこそ休日は過労で寝込むほどに。

 もし彼女がランカスターも一緒に導いてくれるとしたら、エリザベスはどう思うだろうか。そう考え込む。


「俺個人としては……アレクシア様、それにニキアス様は名君だと思いますが……」


 煮え切らないアルバートの横からアンナが口を出す。


「確かに素晴らしい方で、ランカスターも学ぶことは多いです。それでも祖先の神を捨てることはできません。だから百年も戦ってきたんです」


「……神を捨てる……不思議なことを仰るのですね。この世のあらゆる場所にはそれぞれの神が宿るというのは、あなた方ランカスターの信仰にもあるでしょう? 旧王国で開発された魔法の呪文も様々な神々へ力を貸すよう祈るものが多いですよね?」


 ですから、アレクシアはその神々の一柱なのでは? とシェアトは目の前の彼らを見ていない、陶酔した表情で笑う。

 言い返せずに言葉に詰まり考え込んだアンナを、自分を肯定したと受け取ったシェアトはさらに続けた。


「そう、アレクシアは既にわたしたち連合国司祭の間では主神ゼウスの娘、天秤の女神アストライアと同一視されていまして……どうでしょうみなさんも」


 上気した頬、艶っぽい声でアレクシア個人への祈りを歌うように捧げるシェアト。

 この少女の豹変に圧倒されていた三人は、食堂の扉を蹴り開ける大きな音で我に返った。


「布教は死罪……言ったはずですわシェアト。いくら貴女とはいえど余計な事をすると叩き出しますわよ」


 凍りつくような威圧感。白金の髪を僅かに虹色に煌めかせ、身支度を整えた皇女アレクシアが立っていた。

 怒気を帯びた声でシェアトを一喝すると、彼女の首根っこを掴んで担ぎ上げ、食堂から連れ去ろうとする。

 去り際に振り返ったアレクシアの声は、穏やかだったが怒りを隠しきれていなかった。


「……ボレアス。今日のことは全て黙っていなさい。それと二人とも、わたくしの客人の非礼を詫びます。もう遅いですし離れを使って構いませんが、迂闊なことはなさらないように」


 それだけ言うと、シェアトを担いでそのまま去っていった。

 残された三人は食後のお茶が運び込まれてきたのでとりあえずそれに手を付ける。


「……身体強化使ってなかったな」


 アルバートは展開についていけず、頓珍漢な言葉が口から出た。


「アレクシア様、実はかなりお強いからな」


 ボレアスも頓珍漢な相槌を打った。


「あ、このお茶おいしい……」


 アンナは素直にお茶を飲んでいた。



――その夜、ボレアスを見送り、アレクシアの屋敷の離れでアルバートとアンナは宿泊していた。

 建前上夫婦ということで一つの寝室があてがわれ、入浴を済ませ寝間着に着替えた彼らは同じベッドの上に寝転がっていた。

 アルバートは一度断ったものの、試合前に体を痛めてはいけないとアンナに説得されて彼女の横に転がった。


「なぁ、アンナ」


 星明かりがうっすらと差し込む中、アルバートは背中を向け合うアンナに問いかける。


「アルバート……なんですか?」


 紅潮した頬、暗くて見えていなくて助かったと思いながら、平常心を装ってアンナは答えた。


「シェアト様の話、少し分かるかもしれない」


「……アレクシア様が神の一柱だと?」


「流石にそこまでは思っていないが……富と幸福をもたらす。しかも人種別け隔てなく自分に協力するもの全てに。……そんな彼女に着いていくほうが良いのかもな」


「……そもそも帝国打倒は手段で、目的はあくまで皆が豊かになることですから。私はどうあれ、あなたに着いていきます」


 そう言って寝返りを打ち、アルバートに振り返ったアンナは彼の大きな背中に手を添える。

 彼の背中に耳を当てると、急にお互いの鼓動が早くなるのを感じた。

 


―― 一方、アレクシアの寝室ではシェアトが椅子に縛られていた。開け放たれた窓からは秋の涼しい風が吹く。

 怒ったアレクシアの虹色の煌めきを目にして、シェアトは抵抗もせず大人しく縛られていた。



「……今晩はここで頭を冷やしなさい」


「あぁ……わたしはアレクシアの事を思って……皇帝打倒には彼らの力も必要ではないのですか……?」


「まぁそれはそうなんですけど……なんで貴女に言われなきゃいけないんですの」


「わたしはあなたを中心としたあなたを信じる者達の国を作りたいのです……」


 泣き真似をして語るシェアトの言葉には確かに否定はできない。今のペルサキスからは徴兵で来た軍人の殆どが去っていき、兵力で言えば中央の半分もない。つまり人数だけはそこそこいる反帝国派にはなるべく引っ掻き回して貰う必要がある。

 それでもまだ明確に味方とするには早いんですわよねぇ……と頭を抱える。しかしシェアトは悪びれもせずに続けた。


「そもそも以前お伝えしたとおり、もう民の心が離れた皇帝に神の力はないのです。それはあなたが持っていますし」


「はぁ?」


 そんなこと言ってたっけ、とアレクシアは思い返すがよく覚えていない。そもそもこいつの話は基本半分くらいしか聞いていなかったと思い出すアレクシア。

 困った様子の彼女に、シェアトは彼女なりにわかりやすく説明した。


「神の力……というのは人々の信仰を集めた力なのです。あなたはあなたを崇めるこの地に来て以来……ちょっとした幸運に恵まれたりしていませんか?」


 えっ、と最近の出来事を思い返す。いきなり厨房で見つけたチョコレート、偶然誰も居ない時に投げ込まれた爆弾、それにいきなり尻尾を出したソロン。

 そもそも雨の季節とはいえ雷を起こそうとした場に雷雲が都合よく現れた事自体そう。確かにそう言われてみればなんとなく幸運ではあるが……と顎に手を当てて考え込む。


「いやいや、流石にねーですわ。シェアトったらわたくしまで信じさせようとして……ちょっと書斎で仕事してきますから、終わったら解放してあげますわ」


「本当ですのに……いずれあなたが目覚めて頂けると信じています。わたしはあなたを導く立場ではありませんから」


 馬鹿馬鹿しい、と手を振りシェアトを置いて自分の寝室を出ていくアレクシアに、それを心から信じ込んでいるシェアトは椅子をガタガタさせながら少し不満そうな顔を見せた。

 後手に縛られた袖からこっそり小さな刃物を取り出しながら。



――アレクシアの屋敷、書斎にて



「……とはいったものの……うーん……」

 

 とりあえず持ち帰ってきた仕事も一段落し、シェアトの発言を思い返しながら書斎の椅子に座って腕を組むアレクシア。

 皇帝の神の力。確かに皇族の一員として似たようなことを聞いたことはある。善政を敷けば良いことが、悪政を敷けば悪いことが。小さい頃から言い聞かされてきたが、どうせおとぎ話だと思っていた。

 だいたいそれなら現皇帝はどうなんだ。自分に対する裏切りはともかく、皇室の汚点である祖父と比較すればよっぽど善政を敷いていた父だって現に今病に倒れているじゃないか。と引っかかることばかり。

 ただ、それはそれとして一つだけ思いついたことがあった。


「信仰の……集団の意志の力が何かを起こす、ってのは面白い考え方ですわね。魔法に応用できるかもしれませんわ」


 意志の力といえば魔法の力。全員の力を集めて放つ魔法は前世の創作でも見た記憶がある。とはいえどこでどうやって実験したものか……と頭を悩ませる彼女。

 

「あぁ言うのって、パーティ全員が同じ呪文を一斉に唱えたり……一人が他の皆の力を集めて撃ったりするんですのよねぇ」


 大学でやるにしても団体行動が明らかにできない変人狂人の巣窟では流石に無理か、と赤い唇に指を当て残念がる。

 なにか面白そうなことはできないものかと夢日記の複写をダラダラと読みながら記憶をたどる。

 そんな彼女の狂信者が音も立てずに扉を開けて入ってきた。


「それは素晴らしいですね。人々の意志を統一して強大な魔法を使う……大昔の話ですが、不毛の地に雨を降らせた伝説の司祭の話を聞いたことがあります」


「……シェアト。もう貴女に何を言っても無駄なのでしょうけれど……」


 ため息をつくアレクシアは完全に諦めていた。このネジが外れているどころか元々付いてない女を縛り付けるというのは不可能なことにすら感じる。

 諦めきった瞳で見つめられたシェアトは普段通りのおっとりとした口調で続けた。


「アレクシアの願いに応えずして何が司祭でしょうか。わたしたち教団が出来る限り助けになりましょう」


「助けになるって、何が出来るんですのよ」


「民を導く神への祈りとは司祭の仕事。そうですね、あなたにも協力していただかなければなりませんが」


 連合国の背教者に天罰を与えて粛清をしたい、その場でアレクシアの考えを実行してみせると意気揚々に語り始めるシェアト。

 頬杖を付きながら相変わらず話半分で聞いていたアレクシアは、彼女に要求されて仕方なく火の神への祈りのやたら長い文章を連合国の古語で書き記し手渡した。


「あぁ! アレクシアの直筆の呪文書! これならばきっとあなたを通して火の神に祈りが届くはず……! 年始には戻りますので!」


「何をするつもりか知りませんけれど、まだ夜ですのよー」


 駆け出していくシェアトを呆れた顔で見送る。

 火魔法なんかで何するんだろう……と少し興味はあったが、とりあえず放っておいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 十六話まで一気に読みましたわぁ。 この手の王女追放物を読んだのは初めてですが、読み易くて助かりました。 話も淡々と進んでいき、その中でメリハリが効いていて楽しかったです。 また時間のある時に…
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