黒猫娘が現れた
「あっ。彼岸丸さんのところの黒猫さん。今日は一緒にここにきたんですよ」
美咲はそんなことを言いながら、ご機嫌だ。
動物は好きだし、最初避けられていた猫がおとなしく抱えられているのも嬉しいらしい。
「そうか、そうか。では今日は店じまいにして、座敷に行こう。充分働いた」
「ああ……それは……まあ……えっと……分かります」
美咲が苦笑する。
「短時間でしたけど、とても賑やかでしたもんね」
「ああ。疲れた。女学生は驚くほどよくしゃべるな……いや、あの二人は特別か。美咲はおとなしいし。ん? 美咲が特別なのか?」
「うーん。真里さんとほのかさんは特別お喋りさんだったと思います」
学校ではそこまではしゃいでいませんけど、と美咲が言う。
お互いに運動奨学生と美術奨学生なので授業の半分が違うのだ、と聞くと、いろんな制度があるのだなぁと沖常が感心した。
座敷にみんなで腰を下ろして、はーーっとひと息つく。
撫で撫で撫で撫で撫で撫で。
美咲がひたすら黒猫の頭や背を撫で続けている。
「つやっつやのふわっふわのサラッサラですねー! 癒されます〜」
「そうか。では俺は茶を淹れてくるので、寛いでいてくれ」
「あっ。私が……」
「猫が膝の上で伸びているだろう? 相手をしてやるといい。そして夕飯は期待している」
はあい、と美咲が返事をすると、沖常が台所に消えた。
「ねぇ炎子ちゃん。おきつねさん、なんだか笑っていなかった?」
「うくくっ。そうか? ぷぷぷっ」
「あれっ。炎子ちゃんも? どうしたの?」
美咲は不思議に思いながらも、とくに嫌な笑いというわけではなかったので、炎子と会話をしながら黒猫を撫で、沖常を待った。
黒猫が耐えかねたように少しずつ喉を鳴らして、ピクピクとヒゲを揺らす。
美咲の手が喉の下に伸びた。
すり………………
「っっっにゃああーーーーー!!」
「きゃあああああー!?」
美咲の目の前に、黒髪少女が現れた!
すぐ前に現れた少女は、そのまま美咲の膝の上に乗っかり、腕を背に回すとぐりぐり頭を擦り付ける。
向かい合わせで抱っこしている状態だ。
ぐりぐりぐりぐり。
くんくんくんくん。
「ひいいいいうわああああっ……!」
美咲がぞわぞわと震えて、首を動かして炎子に視線で助けを求める。
「うひひひーーーーっ」
「こ、これはたまらんな。腹が痛い」
「たまらんにゃあ? ってか? ぷぷぷぷっ」
炎子は笑い転げている。
「た、助け……ひいっ!」
いきなり、がばっ! と思い切ったように美咲から離れた黒髪少女が叫ぶ。
「オマエ……美咲ィ……なんっっって匂いをつけてるにゃあ!? うぐぐぐぐウチを惑わすなんて!」
「えええ……? あっ爪が食い込んで痛いですっちょっすみませーん! よく分かんないけど!」
「よく分かんない!? 身に覚えがないつもりにゃあ!? こんなにメロメロ骨抜きにしておいてー!」
ぺろりと黒髪少女が美咲の首筋を舐める。
ざらっとした感触。
「ひいいいっ」と悲鳴が上がる。
この時にやっと気づいたが、黒髪少女の頭には真っ黒な猫耳が揺れていた。
「……あっ。黒猫さん……?」
「ド鈍感」
黒猫のジト目。
「語呂がいい」
炎子が爆笑。
「……おきつねさぁん……!」
美咲が助けを求めた。
障子が開く。
「……っ無理。面白すぎて……っ」
「おきつねさんー! 笑っていらっしゃるけど、ピンチなので助けてくださぁい!
この方は誰ですか……痛い痛い痛い! 舌がザラザラするぅ! わかってます黒猫さんなのは分かってますから、そこじゃなくて!
状況が……黒猫さんは神様なんですかー!?」
「おお、鋭いな」
盛大に肩を震わせていたおきつねは咳払いして、居住まいを正す。
「この者は”猫娘”だ。時として上位神に雇われて、諜報をこなす。優秀な情報屋だぞ。
それに良縁を呼ぶ力がある。
味方にしておくと色々得だ。
良かったな、美咲」
「良かった!?」
痛い思いをしている美咲が思わず聞き返すと、
「よくないとでも!?」
猫娘が敏感に反応する。
「良いです」
「そうに決まっているにゃあ。誰だって良縁に期待してウチにたーっぷり貢ぎ物をして従えたがるけど、今まで主人を持ったことはないんだから。
彼岸丸様だって対価を払って、ウチを雇っているだけなの。
高貴なる独立猫とはウチのことよ」
とっさに美咲が意見を覆したことで満足したらしく、猫娘はつらつら自分から機嫌よく話した。
「へぇ」と美咲は余計なことを言わずに愛想笑いで相槌を打つ。
「猫娘に自分から名乗らなかったのはえらいな。美咲は確実に成長しているぞ」
「あ、はい……気をつけていました。神様への対応について」
(神様への対応ってなんだ)と言ってから美咲は一人ツッコミする。
これからこういうことは多いだろうし、諦めた。




