115.強者、睨み合う
ヘイロンは目の前に立ちはだかる敵を前に高揚していた。
今回の戦いはニアを守るためのものでもある。けれどルプトに出会った瞬間に、その目的は一瞬頭の中から消えてしまった。
きっとこいつは全力を出しても簡単には壊れない。能力の底も未知数。久しぶりに心の底から楽しめる戦いになる。
「ハッ! それはこっちの台詞だぜ! 犬っころ!」
既に攻撃態勢に入ったルプトは煽り文句を無視して大地を焼き焦がす。
ルプトの操る雷炎は並みの雷火の扱うものとは一線を画している。威力、範囲ともに比べものにならない。
彼がこれに姿を変えると、周囲は文字通り焦土と化す。
燃え尽きるのは大地だけではない。大気も同じだ。一瞬にして空気は高温へと転じ、あたりの木々は自然発火してしまう。
故に彼が本気を出すのは滅多にない。
そして、この状態になって立っていられる生物は熱に耐性を持つドラゴンくらいのものだ。人間など呼吸をするだけで肺を焼かれ、身体は焦がされ死に絶える。
それなのに――
「なぜ立っていられる?」
焼き殺すつもりの攻撃だった。
けれどそれを受けてもなお、ヘイロンは立っている。ルプトはその違和感にすぐに気が付いた。
(奴の周りだけ燃えていない……何かしたか)
ルプトは注意深く観察する。
ヘイロンの周囲一メートル、そこだけが燃えずに残っているのだ。地面に生えている雑草も残っていることから、あの空間は熱の影響を受けていない。
何か結界でも張っているのか……その割にはヘイロンの周りには何もない。
通常、結界というものは何かしらの媒介がないと効力を発揮しない。事前の準備が必須なのだ。それを省いて使用するというのは見たことも聞いたこともない。
「この状態でも生きていた人間はお前が初めてだ」
炎の輪郭がにやりと笑む。
しかし――だからと言ってヘイロンにルプトを殺せるかと言えば、状況は厳しいと言える。今の攻防は手の内の一つを見せただけだ。やりようは幾らでもある。
突っ立っているヘイロンを睨んで、ルプトは次の手を仕掛ける。
焼け焦げないのなら、圧倒的な力でねじ伏せるだけ。人間など手のひら一つで簡単に潰してしまえる。
否、それよりも先に直接雷炎で触れてしまえばいい。物理的な接触には流石に動かざるを得ないだろう。
「さて、次はどう出る?」
巨体を雷炎に変えたルプトの強烈な一撃。
頭上から迫る眩むような炎を見据えて、ヘイロンは笑みを湛えた。
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ルプトの元へ辿り着くまでの間、散々雷火たちの相手をしてきたヘイロンは彼らの弱点を見抜いていた。
雷炎となった身体は衝撃に弱い。変化した輪郭を崩せばその状態を維持出来なくなる。魔力切れ以外の明確な弱点がそれだ。
けれど雑兵たちと同じ手を打っても、ルプト相手ではそれも意味をなさない。
体格も違いすぎる。あの巨体にちんけな衝撃を与えたところで焼け石に水である。
――ならば、その焼け石を海に投げ入れたらどうなる?
(狙い通りだ!)
迫っていていたルプトの雷炎は瞬きをする一瞬のうちに、搔き消えてしまった。
ヘイロンの頭上、周囲一メートルの範囲。ルプトの炎が及ばなかった領域に侵入した途端、見えない何かに弾かれたように炎の輪郭がブレる。
ルプトがそれに驚くよりも先に、ヘイロンは握っていた剣を振りぬいた。
まるで空気を裂くかのような鋭い一閃と共に一瞬にして刀身が発火する。
しかし、頭上から迫ってきていたルプトの前脚を切り裂いた一撃は決定打には至らない。あの巨体からしたらかすり傷のようなものだ。
(クソッ、浅かったか!)
もう少し引き付けてから仕掛けるべきだった。
けれどそうしたくとも、物理的に出来ない状況にヘイロンはいる。今の状態では悠長にしている暇はない。
その証拠に剣を振りぬいた直後、刀身に纏わりついた炎は剣を伝ってヘイロンの腕を焦がしていく。
ルプトの雷炎の発火現象。これはたった今それに足を踏み入れたという事でもある。
ルプトが予想した通り、ヘイロンは雷炎が発する熱から身を守っていた。
自身の周囲一メートル。そこに重力場を作り出したのだ。ただの重力場ではない。領域内の空気を遮断して真空を作り出す。
炎が燃えるには空気が必須。熱も空気がなければ伝わらない。たったこれだけのことでルプトの攻撃を無力化できる。
とはいえ呼吸を止めて動ける時間などほんの僅かである。
ならば早急にこの状況を終わらせなければならない。
真空内の温度は氷点下にはならず高温にもならないらしいです。
その真空を作り出すのに重力場で出来るのかは調べてもよく分からなかったので、今回のは似非科学としてお楽しみください。




